芽吹きー23
婚約届の提出には保護者と本人の署名が必要なので、今日すぐに王宮へ行けるように支度をしなければならないと、執事のマルスから説明をされた私は、3人のメイドに支度をされました。
今、手元にあるドレスの中から、ソルベール様の瞳の色のライトピンク色とクリーム色に近い色を使ったドレスを着て、小物はソルベール様の銀髪に合わせて、すべてシルバーの物で統一してあります。銀色のリボンがキラキラで綺麗。今日は口紅を塗っています。なにせ、婚約届の提出ですからねっ!ソルベール様に恥をかかさないようにしないと!うん!頑張る。ただ、メイドの1人から「口紅をお持ち下さい。」と言われて持たされたのには、赤面しました。「あんなに熱い視線でお嬢様を見るソルベール様を初めてお見かけしましたので、必要になられる可能性が高いのでは…。」と、3人のメイド達にも生温かい視線で見られ、最後に「微笑ましいです。」「きゃー!初々しい!」「若いっていいですねぇ。(既婚者のメイド)」と言われてしまいました。
そして、すぐ真顔に戻ったメイドの1人に「執事のマルスから、お嬢様を玄関まで連れてくるように言われておりますので、行きましょう、お嬢様。」先導するメイドの後ろを歩きながら、思う。
私だって、いろいろ考えたり思ったりするよー。こんなに早く私の婚約に神様が介入するとは思わなかったー!!って。この婚約を公にしたのにも何か理由があるのではないかと、疑う私。クリナムお婆様の神託の件が尾を引いているようだ。あー、もうー、分かんないー!
「疑うのは仕方ないけど、成人した男性側の都合を考えただけだってーー。」え?
「自分が3歳だから考えてなかったでしょーがー。まったく、仕方ないなー。」立ち止まり、キョロキョロする。
は、え?神様?!メイドがこちらを見てる。「あの、トイレに行きます。」急いでトイレに移動した!!
「宰相はやり手だから、婚約者候補をもう何人かに絞っていて、1花月(月)後にはお見合いだったんだよー!!感謝してもいい筈ですがぁー。」あー、神様だー!目を瞑り、頭の中で話しかける。
「疑って、ごめんなさいっ!!神様、ありがとうございます!!」ソルベール様は成人しているんだったー。
「感謝の気持ちはお供えで、手を打つよー。」
「希望はありますか?」すいません、すいませんと心の中で何度も詫びる。
「苺ミルクアイスクリームは、この前のお礼のお供えだからー、紅茶アイスクリームでいいかなー。」
「婚約の分は?」昨日の婚約の分のお供えはまだだったしー。
「んー、幸せになる手伝いだから、気持ちだけでいいかなー。いろんなのを少しずつでいいよー。」
「専用スペースに入っている物を今すぐ、お供えしますっ!!」画面を出して、スクロールする。冷凍庫から、容器に入っているアイス2種。保温庫から、ケークサレ、スコーン、パンにスープを1人分ずつを「神様への貢物入れ」へ移動させた。
「受け取ったよ。じゃあねー。」
「ありがとうございましたー!!」急いでトイレから出て、メイドの所へ行った。
今朝、ソルベール様、お兄様と朝食をご一緒した時には、そんな話をしていなかったのになー。なんて呑気でいたさっきまでの私!!ソルベール様は優良物件だ・か・ら、婚約までしておかないと、とられちゃう事に気付いてなかったなんて!!なんてお馬鹿なのっ!!神様っ!!浮かれていた私が馬鹿でしたっ!!
メイドに連れられて玄関に行くと、ワトソニアお爺様と、グラジオラスお兄様、執事のマルスの3人が待っていた。私を入れて4人でオーキッド公爵家の馬車に乗り、王城へ向かった。馬車の中で、私からお爺様と執事のマルスに頼まなければならない事がある。すぐに手配してもらわないと刻(時間)を無駄にする。
お爺様が、何か話したそうにする私に、これから話すことを魔球を使って記録してもいいかと聞いた。私が同じ事を何度も説明しなくてもいいようにしたいからと。「はい、お爺様。」魔球の立ち合い人にはお兄様がなった。お爺様の合図で魔球に指をつける。魔球が起動する。
私はこれから7廻(年)間、まるまる(1日26刻(時間)あります。)2晩貫徹の、3日目に睡眠をとる身体へと神様の力により変えられました。3日に1度の睡眠時の添い寝にソルベール様が必要となります。その為に、養女の手続きを早めて欲しいのです。父様や爺様では、添い寝するソルベール様の邪魔しかしないでしょうし、婚約の署名もしたくないとごねるでしょう。家格を合わせれば、私やソルベール様が何か言われる事も少なくなる筈です。婚約届を出す前に、養女の手続きをお願いします。
それから、すぐに家庭教師を付けて欲しいのです。身体だけ成長しても頭の中が空っぽなのは嫌です。ソルベール様の隣に立つ資格を自分で掴みたいのです。だから、皆が寝た後も起きている自分一人で学べる本や資料も早急に用意をお願いします。私専用の台所や調剤室をまずは、出来るだけ早く整えて欲しいです。それと、私に、この国の料理の基礎と、鍛冶の基礎を教えてくれる先生を探してほしいのです。その先生から教えてもらっている間に、私が使える鍛冶場と色々な物を作れる工房とは違う実験室を作って下さい。その費用は、私が作った物を成長したら売って賄います。宜しくお願いします。それと、私と刻が合わず、伝えられないこともあると思います。それを解消するのに魔球を幾つかお願いします。
「陛下に相談してもいいのか聞きたい。」「陛下なら、良い教師にも先生にも心当たりがあるのですか?」
「神からのスキル持ちの希望するモノは、人であろうが物であろうが、王家を通して出来るだけ不都合が生じない様に手配されるのだよ。」スキル持ちについても私は知らないな。調べなくちゃなー。
「では、お爺様経由で陛下にお願いしても構いませんか?」見た目はチャラいジェイド様だけど。
「それは、もちろん。可愛い孫、いや、娘の頼みなら、な。」
「宜しくお願いします、お父様。」あとは、何が必要かな?
「王城に着いたら、すぐに養女の手続きからしよう。」
「グラジオラスお兄様、宜しくお願いします。」
「宜しくな。正式に妹になるのか。」
「お兄様にお願いしたいことがあるのです。私の体力が成長に釣り合わないと困るのと、いざというときに身を守れるように、体力の増強の為、剣術の鍛錬をしたいのです。どなたかに心当たりはありませんか?」
「余程でない限り、軍務省長官の屋敷なのだから大丈夫だろう。」いいえ、お兄様、違うんです。
「身体が成長して、頭の中を充実させても、歳相応の体力が無ければ、何もできません。ひ弱な使えない淑女にはなりたくないのです。」これで、分かってもらえたかな?
「そういう事か。じゃあ、私が教えよう。一人で体力作りする方法と、明日朝にする鍛錬のスケジュールを帰ったら、教えるよ。」お兄様が教えてくれるんだ。厳しそう。でも、頑張らなきゃ。
「先代執事の方がグラジオラス様の剣の師匠でした。その方に私も指南していただきましたので、グラジオラス様のご都合がつかない場合は私が代わりをします。」執事のマルスも力になってくれる。
「マルスもオーキッド公爵家のご令嬢として、ダメなところはどんどん指摘してください。宜しくお願いします。」
「分かりました、プリムラ様。ですが、私には「宜しく」と言うだけで良いのですよ、お嬢様。」
「これから宜しく、マルス。」これでいいのかな?
「そうです、プリムラお嬢様。私も執事として、宜しくお願いします。」
「フリューリンク侯爵に頼めば、魔法の指南をしてくれる人も見つかるだろう。」お爺様、じゃなくてお父様がそうアドバイスしてくれた。
「そうですね。魔法の適性も知りませんし、使い方も正式には知りません。それも、お父様にお願いしてもいいですか?」魔法もあったんだよね、自然に使っていたから意識していなかった。うん、魔法も必要だね。適性はなんだろう。
「ストック殿もすぐに了承するだろう。」
魔球の記録をここで止めた。もうすぐ王宮に着く頃だと呟いたお兄様の言葉通りに、馬車が停まった。私は御者に馬車から降ろしてもらい、ワトソニアお父様とグラジオラスお兄様と私で、神官省戸籍部へ歩いて向かった。執事のマルスは、婚約届を用意している宰相の宰相室へいつお伺いしていいかの確認をしに行ったので、別行動だ。
「今、向かっている先は、神官省戸籍部と言って、貴族の出生届、死亡届、婚約届、結婚届など、戸籍に関する事を扱っている部署なのだ。まずはすぐに養女の手続きをしよう。」
戸籍部へ行くと、神託でお馴染みのヒューゲルト侯爵が居た。
「おはようございます。オーキッド公爵ワトソニア様。今日は何の手続きでいらしたのですか?」
「おはよう。セイクリッド殿。知っていて意地悪を言うのか、王からの許可証を出してくれるだろう。」ヒューゲルト侯爵としか周りが言ってなかったから、初めて名前を知りましたっ!セイクリッド様ね。
「意地悪ではないですよ、婚約届かと思いましたから。」神託で叩き起こされて機嫌が悪いとか?
「相変わらず、王家にだけは忠実か。」ああ、私が王家と婚約しなかったから機嫌が悪いんだ、この人。
「皆様、陛下の臣下ですから、私と同じです。」食えない人だよねー、ヒューゲルト侯爵は。私の婚約に水を差すなってーの!!
「では、許可証を添付書類として、養女の手続きをするので、書類を出してくれるか。」
「少々お待ちください。」
書類を持ってヒューゲルト侯爵セイクリッド様が戻ってきた。手元の書類から魔法の気配がする。何か嫌だなと思うし、気分が良くない感じがするので、小声でお父様に聞いてみた。
「書類には魔法がかかっているのですか?」私に魔法が見えるのを知っているお父様だから聞いてみた。
「契約魔法で、書き換えできなくしてあるが、どうかしたのか。」
「ヒューゲルト侯爵様の手元の書類に魔法がかかっているのが見えるのですが、嫌な感じがして気持ち悪くなってきたのです。」
「王家の犬め。何か細工をしたのか。」ここまでは、小声で私と話していたお父様。
次に、周りに聞こえるようにお兄様へ話しかけた。
「グラジオラス、忘れ物をしてしまったようだ、フリューリンク家まで取りに行きたいが、行けないので、侯爵を呼んで来てもらえないか。出来たら、プリムラが前侯爵にも挨拶したいと言っている。連れてきてもらえるか。出来るだけ早く。」お兄様に伝わってくれ!!魔法の専門家を呼んで欲しいのっ!!
「是非、挨拶がしたいのです。お兄様、お手数ですが2人に絶対会いたいのです。でないと、手続きをする気になれなくて。」真剣な目付きでお兄様を見つめる。お父様は少し鋭い目付きでお兄様を見る。
「わかった、すぐ呼んでくる。私の妹は甘えん坊だな。」そう言ったお兄様の目付きが鋭くなっている。何かを感じたようだ。すぐに動いて、魔法省へ向かった。
「待っている間、あそこに見えるテーブルセットで座って待っていよう。(離れたら、気分が悪いのは緩和されないのか?)」
「お父様、待ちきれないので、ここでない他の所で待てないのでしょうか?(離れても嫌な感じと気持ち悪さは変わらないので、ここから離れたいです。)」
「ここでないと、書類を用意してくれた侯爵に悪いからな。(離れると、書類を隠したり、なかった事にされそうだから、我慢してくれ。)」
「そうですね。お父様の言う通りにしますわ。(わかりました。我慢します。)」
「ヒューゲルト侯爵殿、娘が挨拶を済ませるまで待ってもらえるか。まだ3歳なので、まだ親が恋しいらしい。手続きはその後でする。」
「そうですね、まだ3歳でしたね。分かりました。」
少しだけ離れたテーブルセットのイスに2人共、座った。ヒューゲルト侯爵の手元の書類の、嫌な感じも気持ち悪さも変わらない。お父様の目を見る。抱き着く振りをして、念話をする。
【お父様、くっついていれば念話は使えますよね。】【ああ、接触していれば使える。】【寂しくなって泣きついた事にしておいてください。】【そうしよう。】
「そんなに寂しいのか、挨拶しなければ嫌なのか。」私は無言でくっついているだけ。
「来るまで、待とう。」【これでしばらくは刻(時間)が稼げる。】【嫌な感じとは、何か他の書類を偽装した気配がするのです。】【王家との婚約届の偽装あたりか。】【私にもそんな気がします。】【神官省とは、王家に忠実過ぎる信教者が多い。中でもヒューゲルト侯爵がその筆頭だ。】【お兄様が私の婚約を嫌がる、あの2人を早く連れてきてくれないと、どうにもなりません。】【娘の危機なのに、まだ来ないのか。】【すみません、お父様。父様と爺様は母様とお婆様に甘やかされているので、こういう事に弱いんです。】【うちとは、逆か。】【お父様の苦労は、この間の神託で、思い知りました。】【すまない、普通に過ごすことも出来るのに、しないんだよ。】【クリナムお母様はお父様に甘え切っているんですね。】【ま、そんなところだ、ね。】
バタバタと駆けてくる足音がする。「プリムラ、大丈夫か!」「泣いているのか!」「連れて来た。」父様と爺様が心配して私の背中に手をあてた。【2人共!手を離さないで!お願い!】
「グラジオラス、プリムラの頭を撫でてやって欲しい。」お父様が言う。
「甘えん坊だな。」とお兄様が私の頭を撫でた途端に【お兄様!事情を話すから、手を離さないで!】
はたから見ると、泣いている3歳児を慰める親族達の出来上がり。
【詳しい事は後で話しますが、ヒューゲルト侯爵が持ってきた手続き書類から嫌な感じがして、気持ち悪くなったのです。】【念話が出来たのか。】【それは、後で話します。】【嫌な感じとは、何か他の書類を偽装している気配がするのです。】【私は、王家の犬のヒューゲルト侯爵が、王家との婚約届を偽装していると思っている。】【ヒューゲルト侯爵の手元の書類です。灰色の靄が見えます。】【父様と爺様で視てみるから、プリムラと公爵とグラジはそのままでいてくれ。】【ストック、用意はいいか。】【ええ、父上。】
「かわいそうに、皆で慰めよう。」「父様も爺様もそのままがいいの。お兄様も撫でていて。」
その隙に手元の書類を視た2人から念話が来た。【王家との婚約?結婚?届を養女手続き書類に偽装してある。】【やっぱりな。】【父とプリムラの様子が違ったから、急いで呼んで来て正解だった。】【相変わらずの忠臣ぶりだが、こんな卑怯な事は見逃せない。】【変わっとらんのぅ、あの家は良くも悪くも。】【どうしたらいいんですか?】【私からジェイドに今、連絡する。王家のせいで起こった事だから、あいつに収めてもらう。しばし待ってくれ。】【おい!ジェイド!お前のせいで、ヒューゲルトが暴走寸前だ!またうちの家に迷惑や被害をかけるのか!王家の関係で私の娘に余計な事をするな!!】そうして、私から手を離した父様が、ここで見たことを話したようで、すぐに陛下が私達の傍にやって来た。
「プリムラちゃん、どうして泣いているのかな?お祝いに来たのに。」白を切るのが、上手いなぁ。
「だって、怖いんだもん!ヒューゲルト侯爵の顔が!!」
「小さい子には怖い表情でいたらダメだろ、セイクリッド!」ジェイド様がそう言うや否や、ヒューゲルト侯爵に近付き、侯爵の持つ書類を取り上げた。ヒューゲルト侯爵は何も言わずに顔色を青白くして、だんまりだ。
「こういう事をしても王家は喜ばないんだよ。まだ、わかんないのか、お前は。」
ヒューゲルト侯爵セイクリッド様は唇の端を強く噛んだのか、血が滲んでいる。
「今度は神罰が下るんだぞ。下手したら、国が滅びるかもしれなかったのを自覚しろ!!」
「で、相手は誰になっていた!!」ストック父様が食いつくのは、即座に気にするのはそこかっ!!
「2重魔法で偽装していたみたいだ。婚約通り越して結婚届で、相手はクンツァイトだ。」げー、暴言クンツァイトなんて断固お断り!!!それも結婚なんて!!!!いやーーーーー!!!!!!
「相変わらず、フリューリンク家を見下すのか、オマエ!!プリムラはフリューリンク家に生まれた娘だ!!どこに行こうとも、うちの血が流れている娘だ!!」そうだそうだ!!
「うちの家と王家とヒューゲルト侯爵家の関係を知っていて、こんな馬鹿な事を起こすとは儂も思わなんだ。何度繰り返したらいいんだ、儂達家族から息子を奪った家が、今度は孫娘を奪うのか、いや、国を亡ぼすのか。」何か深い事情がありそう。だから王家には嫁に出さないし、ヒューゲルト侯爵をお茶会にも呼ばないんだ。神殿を嫌う傾向があるのを知っていたけど、ここまでとは私も思っていなかったわ。
「じゃあ、本当の書類を王家が用意しよう。王家の魔力がかかっているから、偽装も複製も王家の成人した者の許可がないと出来ない。まずは養女の手続きから、と。」ジェイド様が出してきた書類を見ると、すごく光っているように私には見える、とても目に眩しい書類だった。
「これに、公爵と、プリムラちゃん、ストックの3人が署名すると完了です。立ち合いは私と、マンサク殿で。」3人が署名すると、光がおさまって普通の書類に見えるようになった。これは面白い仕組みだなー。
「で、この書類の写しを戸籍部に出して、原本になる方は王家で保管すると。婚約届も王家の書類で用意しよう。これから皆で宰相室まで行くんだろ。」
「あれはどうするんだ。」とうとう父様からアレ扱いになったヒューゲルト侯爵。
「勝手に死ねない契約と、職務に逆らうことが出来ない契約をしてあるから、放っておいても大丈夫だ。」
「ストック、納得いかないだろうが、そういう契約でなされていることだから、陛下の言う通りだ、心配ない。」
「グラジオラスやソルベールの若いのは詳細までは知らないだろうが、関係者には話しておかねばなるまい。」
「父上、宰相室で、ですね。」
「ああ、陛下も詳細までは知らないでしょうから、丁度いいでしょうな。聞いてください。」
しんみりな空気を纏ったまま、宰相室に向かった。おめでたい空気が見当たらない。私の立場(婚約でお祝いの主役!!めでたい!!)はどこへ行ったのだろう。