芽吹きー22
ある一介の商人、宰相、フリューリンク家、オーキッド家の目線でお送りします。
その神託はセンセーショナルだった。神のスキル持ちが生まれた時も凄かったが、あれから3廻(年)、夜が明ける前に神からの神託がいきなり各国の王族、貴族、商人のみならず、この世界の全員に知らされた。
「我の愛し子に相思相愛の相手が出来たので、神である私の立ち会いの元で昨夜、婚約した。2人の仲を裂いてはいけない。私の立ち会いで婚約したのだから、不埒な事をしようとする有象無象には個人での天罰をすぐさま、与えてやろう。」
私は一介の商人だ。お貴族様の話には全く縁がないと思っていた。生まれて3廻(年)で婚約とは度肝を抜いたけれど。スキル持ちの婚約相手も可愛らしい子供かと思ったがどうやら違うようで、話を聞く限り、次期宰相の呼び声も高い立派な公爵家のご子息だそうだ。商人の間でも今朝一番の話題だ。目出度い話イコール儲け話の匂いを嗅ぎ取ったようで、私を含む皆、準備をするために動き出して整え始めている最中だ。
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うちの上の息子が一番の当たりを引いた。スキル持ちのご令嬢の心を射止めたのだ。いや、あいつも心を鷲掴みにされたというか、堅物で面白味が少ない息子が、恋に落ちたのには正直驚いた。下の息子も惹かれたのだろうが、上の息子の方に分があったのだった。
オーキッド公爵家のお茶会で初めて話したプリムラ嬢は、聡明だった。言葉を交わしたのだが、話していると3歳とは到底、思えなかった。どんな話題を振っても、何かしら答えて話を続けられた。まだまだ常識知らずで、恥ずかしいです。と話しながらも堂々としていて、見ているこちらの気分が良かった。上の息子と同じぐらいの歳のご令嬢でも、あれ程の幅のある話題を振って答えられる方を見かけない。だから、上の息子が沢山のご令嬢方にモテていて囲まれても、一切、そのご令嬢方に興味を持たなかったのだろうと思う。プリムラ嬢は今のままでも、宰相の奥方をこなせる力がある。そこら辺にいるご令嬢では太刀打ちできないだろう。
お茶会の後、上の息子からプリムラ嬢が宰相室の見学に来たいと言っていると聞いて、ただ見学という名の遊びに来たいだけなのかと最初は思っていた。だから気楽に、下の息子も一緒に見学させてやろう、子供だからいいかと、安易に考えていたのだ。だが、宰相室で会ったプリムラ嬢は挨拶もキチンとして、話を聞きながらメモを取り、手土産もプリムラ嬢の作った物だった。大変美味しく皆で味わえた。秘書官達にも大好評で、定期的に癒しの訪問と美味しい差し入れを希望するとの要望があった。実現するには、上の息子の許可と上の息子がいる時限定になるだろうが。ま、あのトンでも神託で仕方なかった部分もあるが、歳相応の態度をとる姿が(娘のいない私にとっては)可愛らしく映ったのだった。
それに加えて、上の息子が甲斐甲斐しく世話を焼いている姿は新鮮であった。公爵家のお茶会の後、ソワソワしていた理由が気になっていたが、その理由が判明して、笑いそうになる自分を律するのが大変だった。グラジオラス殿の変装にも大いに笑わせられた、我慢できずに噴出しそうになったが、な。
下の息子もプリムラ嬢のおかげで、人を見た目だけでなく中身を見ないとならないと実地で教えてもらった。その上、美味しい手土産を食べさせてくれたので、興味と淡い好意を持ったようだが遅かったな。隣の控えの間に2人で行っていた間に、上の息子が先手を打ったみたいだ。そこで何かがあって変化したのが、婚約の決定打になったのだろう。まぁ、私の息子だから、ここぞというときは外さなかったんだと自惚れてみる。
見学と神託で集まった皆が帰った後で、上の息子からのプリムラ嬢が秘書官の控室でした発言を聞いた上で、宰相として手に入れたい人材であると思った。親子で同じ意見になったようだ。
ともかく、プリムラ嬢を見つめる上の息子とプリムラ嬢が見つめ合っていたのを見て、これはいい報告が聞けると思ってはいたが、思ってはいたんだが、まさかの夜が明ける前の神託で報告がされるとは思わなかった。
そして、いきなりの神託で婚約が周知され、息子の幸せも確実になった。
昨日中に仕事が終わらなかったら夜会には出れないので、オーキッド公爵家に行って夕食を食べてくると、前もって聞いていた。夜会から帰宅した私に、上の息子がオーキッド公爵家に今夜泊まる事になったと使いが来たと執事から聞いても、いつもの事かと流したが、まさか翌日、神託で息子の婚約を知らされるとは思わなかった。だってそうだろう、オーキッド公爵家にプリムラ嬢が滞在していると、グラジオラス殿やワトソニア公爵殿から聞いていたのだ。そのプリムラ嬢が居るオーキッド公爵家に息子が宿泊したとなる事実に、息子がプリムラ嬢と婚約したんだと即、判断した。つい、自室で喜び小躍りしてしまったが、誰も見ていないので大丈夫だった。(注:神様は見ていて笑い転げたよ。)
オーキッド公爵家から帰宅したばかりの上の息子が、心から嬉しそうな笑顔で、婚約を神に了承されたと私に報告がてら話す。3日に1度、公爵家に通って添い寝する必要性も説明されたが、その詳しい方法は他言無用で、それだけは報告できないと言われた。でも、息子よ、その締まりのない顔を見れば想像がつく。ご令嬢の名誉に関わることで言えないのだろうと察しをつけた。そして、早速、婚約届の書類を準備し、王城にてフリューリンク侯爵とオーキッド公爵と、公爵がプリムラ嬢を連れてくるだろうから、その署名をもらい、すぐに提出しよう。婚約式はフリューリンク家とオーキッド家を交えて相談し、早急に手配しなければ。1花月(1月)後の婚約式が時期としても妥当だろう。
黒髪の乙女が嫁に来る。妻のサラベルーナも公爵家のお茶会からの帰りの馬車内で「うちの息子の嫁に来てくれないかしら。あの娘なら、息子を支えられるし、孫にも期待できる可愛さ!あんな娘が居たら、いろんな服を是非着せたいわ!着せ替え人形にしちゃうわ!絶対!」と気に入っていたプリムラ嬢だった。それが上の息子と婚約したのだ。妻は、上の息子に「よくやった!」「偉い!」「逃がすな!」と褒めている。下の息子の失恋が決定したなと思ったが、妻の実家に行っていて良かったと思う。こんなに浮かれたソルベールを見たら、傷口を抉られるだろうから、な。
「父上、私は両想いからの婚約ですが、念には念を入れてライバルを潰しておきたいのです。婚約式に友人のメテオールとラムディース、外務省のロッシュを呼びたいのです。」
「逃したり、横取りされないようにするのよ。」
「逃げたりはしないと思います。両想いですから。」
惚気る息子に「あら、ご馳走様。でもライバルは確実になくさないとね。」と答える妻。
「ですから、父上に協力を頼んでいるのですよ、母上。」
「王家ではクンツァイト様始め、王子方に娶れなかったと陛下と王妃が歯ぎしりしているだろう。今日くらいは陛下の愚痴も聞こうという気にもなるものだな。」
お祝いの書簡もあちこちから来るだろう。陛下も荒れるな。黒髪のスキル持ちなんて王家にとっても喉から手が出る程、欲しかった筈。わざわざプリムラ嬢の1歳のお披露目パーティーに、第3王子と第4王子をお忍びで連れて行った甲斐もなかったようだが。
「そういえば、そうでしたね。すっかり忘れていました。」にこやかに、王家なんて眼中にないと言い切るのか。惚気話が出来るようになるとは。成長したな。
「まぁ、それだけ幸せの中にいるのだろう。今日ぐらいは浮かれていても誰も咎めないぞ。」
「そうですね。幸せって心が浮足立つんですね、父上、母上。」今日は使い物にならないか、仕方ない。
「ねぇ、あなた。私も婚約式の衣装の話し合いに混ざりたいわ。あんなに可愛らしいんですもの。うちには息子しかいないのですし、この機会を逃したくないの。」
「無理強いは出来ない。それだけは覚えておいてくれ。あちらはまだ3歳なんだから、な。」
「これからいくらでも衣装を作る機会はある。そうだな、ソルベール。」
「はい。母上が衣装を手配しなくても私がしますが。」
「あくまで、衣装は向こうの主導だ。息子の衣装を合わせる方向で持っていけばいいと思う。」
「素敵だわ!そうね、息子の衣装と合わせる楽しみがあったわ!その線で行くわ。」妻がウキウキしている。息子から聞いた話だと、1廻(年)で2歳の歳をとるんだったな、服は成長に合わせるなら、この先いくらでも作る機会はあるだろう。
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神託を受けたフリューリンク侯爵家では、プリムラの父と祖父が慌てていた「そんないつの間に!!」「うわーぁ!3歳なんだぞー!早過ぎるー!」それを笑い合いながら、お茶して眺める祖母と母「自分だって嫁にもらった方でしょうに。」「すっかり忘れているのね。」と。兄と姉は「先越されたか。」「仕方ないよ、私の妹は可愛いもの!!」と平和であった。概ね、屋敷の中も婚約には好意的であった。
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オーキッド公爵家では、父と子の話し合いがもたれていた。
「やっぱり早くなるか。」
「仕方ない、こればっかりは。あいつなら任せられると思う。」
「ま、お前には要らぬプレッシャーをかけたからな。」
「貴族なら、当たり前のことだと分かっているから、もう言わなくてもいいよ。」
「クリナムは、嫁に行く順番が姉妹で逆になったのね。と落ち着いている。」
「母上も娘2人を嫁に出した方だから、今更、慌てないんじゃないですか。衣装には滅茶苦茶口を出すけれど。イリス姉上と派手な喧嘩をしないといいが。」
「ピーオニー家のサラベルナール殿は衣装にこだわるお方だから、十中八九衣装決めには参戦するから、親子喧嘩にはならないだろう。」
「衣装に一家言を持つ、こだわりの人でしたね。」
「イリスとタッグを組んで、クリナムを説き伏せるだろうな。」
「それなら、大丈夫ですね。」
「それよりも、今朝2人から聞いたプリムラの成長が神の采配で、7廻(年)限定の1廻(年)に2歳でしたっけ。衣装で揉めたら、3家で持ち回りすればいいのでは?」
「そうだな。その相談もしないと。」
「ソルベールの部屋も用意しないと、父上。」
「それなら、東棟に用意するか。」
「あのマルスが気に入っているプリムラですから、ね。メイド達も差し入れとやさしい声掛けで、すっかりプリムラの虜ですよ。」
「婚約届の書類は、宰相が既に用意していそうだ。保護者と本人の署名が必要だったな、プリムラを連れて登城する。マルス!プリムラを出来るだけ早く登城出来るようにしろ!書類の署名に行く!」
「すでに、メイドが3人がかりで支度をしております。もう用意が出来る頃かと。」
「帰りの馬車の付き添いには、グラジオラスと、マルスに頼む。」
「御意。お嬢様を無事連れ帰ります。」「私も帰宅後の妹とのお茶を楽しみに、必ず帰ります。」
そうして、4人を乗せたオーキッド公爵家の馬車が王城へ向かった。