表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄紅色の花が咲いたら  作者: 巻乃
22/56

ソルベールー1

ソルベール側から見た話です。

 父に言われて隣の控えの間に、プリムラ嬢を抱き上げて連れて行った。その時チラッと視界に入ったノワールも、プリムラ嬢が気になるのか、こちらを見ていた。2人で控えの間に入ったが、彼女が落ち着くまではこのままがいいと思ったから、抱きしめたまま、イスに座った。プリムラ嬢も抱き着いたまま何も言わない。私も敢えて何も言わないで、落ちつくのを待つ。いや違う。何も言えなくて…が正しい表現だ。


 今まで、女の子に抱き着かれた事はあったが、何も感じなかった。もう18歳だから、大人の女性とのあれこれも経験済だ。なのに、3歳の女の子に抱き着かれてドキドキしてしまった自分に驚いている。そんな場合ではないと分かっているが、あんなにしっかりしているのが、急に弱々しく私に縋りついて、全幅の信頼を寄せてくれている。それだけで心が温かくなる。さっきまでは、褒めると嬉しそうな顔をして可愛かったのに。それに、あんなに美味しい物を作れる貴族のご令嬢は他に居ないだろう。貴族の令嬢は厨房に入らないのが普通だから。ノワールがこちらを見ていたのが、気に障る。歳の差をあまり感じない、小さくて可愛らしい女の子。譲れない気持ちが育ってしまったらどうしようか。選んでもらえなかったら攫ってしまいそうになるのだろうか。もし、選んでもらえたら、絶対に手放さない自信だけはありそうだ。


 私がつらつらとそんな事を考えていると、プリムラ嬢と目が合った。何も考えずにぼんやりしているのか目が潤んでいる。見つめていると、プリムラ嬢が目を瞑った。引き寄せられるように唇にキスをしていた。嫌がられないのをいいことに、何度かキスをする。マズいと思って目を開けると、プリムラ嬢の瞳が開いた。綺麗な紅赤と薔薇色の混じった瞳、宝石の様だ。その中に私が映っている。口から呟きが漏れた。

「好きだ。」プリムラ嬢も「私も好きです。」と呟いた。そのまま抱きしめ合う。何故、彼女が成人していないのかと歯痒く思う自分がいる。自覚が今、遅れて来たのだ。この()がいいと。他は要らないと。これが私の初恋なのだ、そんな自分に笑ってしまいそうだ。妥協でもない計算でもない純粋な好意のみが私を歓喜させている。3歳の女の子に打算も卑怯もない。好意のみで私を見ている。彼女の初恋が私になったのだと認識した。神託された15歳差が私であったのかと今更な事も思う。


 他の者にも可能性があった事は否めない。私も彼女を選んだが、私を選んだのは彼女。上手くいかなければ、私も彼女も片思いで、失恋していた可能性もある。早く大きくなって欲しい。切実に。


 うるさいノックの音がする。仕方ない刻(時間)切れか。恥ずかしそうにおろして欲しいと頼む彼女。私の為に少しでも淑女でいたいのだと言う。ただ、宰相室ではまだ少し怖いから、手を繋いで欲しいと可愛らしいお願いに快諾した。


 神託の内容を聞き、そんな馬鹿な話があるか!と思った。王弟の語る続きの神託の内容も、更に酷い内容だった。菓子で、一族皆が悲惨な目に遭うとは、にわかには信じたくないが、神託であるので真実だろう。プリムラ嬢は生きてはいるが、それ以外が分からないと聞いた途端に、頭の中が真っ白になった。王弟の神託による回避策を聞いて、氷菓子を盛り付ける位なんてことないと思った。


 プリムラ嬢が私に、甘酸っぱいのと、酒のきいたのと、コーヒーのどれが好みか小声で聞いて来る。どれもこれも迷うと答えた私に、少しだけ困ったような表情をしたと思ったら、新しい味の氷菓子(アイスクリーム)を出してきた。その後、新しい味の氷菓子(アイスクリーム)を食べる私を見て、どれが好みか聞いて来るプリムラ嬢のその姿が可愛いと思った。


*****

 プリムラ嬢に会えたのは見学会翌日だった。プリムラ嬢はフリューリンク家のお二方がどうだったのか聞きたいだろうという大義名分を掲げて、オーキッド公爵家を訪れたのだった。


 グラジに聞いた話によると、フリューリンク家の大人達が怒髪天を衝く程の怒りをオーキッド家に表したので、フリューリンク家からの影をクリナム様に付ける口実に、プリムラ嬢を言い訳に使う事としたそうだ。公爵家としての表向きの理由としては、プリムラ嬢がお婆様を見張るために公爵家に滞在するのだから影を増やす事になったと。


 プリムラ嬢とお茶を飲みながら、お二方の話をしたり、雑談をしたりして楽しい刻(時間)を過ごした。


 日常の仕事に追われている私に、グラジから、来れるようだったらいつでも夕食へ来いとの誘いが来た。両親と出るはずだった夜会に私だけ仕事で出れなくなった。ノワールは母方の実家に行っているし、屋敷の使用人達にわざわざ夕食の用意をさせるのも…と、戸惑っていた所だったので、二つ返事で了承した。これで、プリムラ嬢に会う理由が出来たと。


 昔から、社交シーズンになると、いつもよりも忙しい両親に気を遣って2人きりにするために、グラジの所へは夕食を食べに行ったり、お茶をしに遊びに行ったりするのが当たり前になっていた。ここ何廻(年)かは、お互いの仕事が忙しくて、偶にしか一緒に夕食を食べたり出来なかったが。何かをわざわざ持っていくと今更感があって勘繰られるだろうから、手ぶらでいつも通りにオーキッド家に着いた。執事が言うには、先程お嬢様も帰宅なさって夕食の為のお召し替えをしております。しばしお待ちください。と。オーキッド家の執事のマルスもプリムラ嬢がいて当たり前の扱いをするほど、気に入っているのか。少しだけモヤモヤする気持ちになったが、両想いであることを思い出して、不安を払拭した。


 夕食時にグラジが私が来た理由と、しょっちゅう来るのは当たり前だからと話してくれた。とても良いフォローだ。グラジを理由に来る口実が出来たと内心ほくそ笑む。夕食後のお茶を飲んでいると、グラジに飲んで泊まっていけと誘われた。私が付き合い程度であまり飲まないと告げても、飲めることが嬉しいのか気にしない態度でいたので、宿泊を了承した。プリムラ嬢が部屋まで戻るのに合わせ、宰相室見学の話をもっと聞きたいらしく、聞かせてやってくれと言われたのを幸いに、プリムラ嬢の自室を訪れる機会を手に入れた。


 並んで歩いていると、これから訪れる部屋に緊張している自分がいる。自然と無言になってしまっても嫌な感じがしない。「ここが私の部屋です。どうぞ。」「それでは、失礼します。」扉が閉まった。「扉を閉めてもいいんですか?」そう問うと、「へ?」「ふふっ。可愛らしい。」意味に気付いたらしい、プリムラ嬢の百面相が見れた。顔を真っ赤にして可愛い。腕の中に囲い込んだ。


 イスやソファーじゃ抱きしめの密着度が多くならない。隣の寝室のベッドの上で抱きしめたら隙間は少なくなるだろうかと、いそいそと移動した。ベッドの上で抱きしめると隙間が少なくて密着度が上がった。可愛いから、頭を撫でてみたくなったので、撫でてみる。癒される、これは癖になりそうだ。


「あなたの部屋に入れるとは、今日はツイていますね。」「え、と、ソルベール様が家族以外で初めて部屋に入った方です。」「そんなに可愛らしい事を言う口を塞ぎますよ。」「え?」キスした、何度も。「早く大人になって下さいね。」「………。(真っ赤)」その後しばらく、ベッドに腰掛けた私の膝の上で抱きしめていた。これ以上はマズいと唐突に、立ち上がる。「そろそろ支度して行かないと、グラジに怪しまれます。」理由をつけて、逃げる。「はい。では、おやすみなさい。」「おやすみの挨拶にはまた伺いますので、それは言わないで下さい。」もう一度、寝る前に2人だけで会う機会を作ろうとする自分に素直に従う。「それでは後で。と言えばいいですか?」「ええ。では後で、挨拶に。」


 部屋から出た途端、しゃがみ込む。自分がこんなに変わるとは思っていなかった。悪くない。新しい自分を発見できた。プリムラ嬢といれば、新しい自分にも出会える。私はなんて幸運なんだろうと思った。そうして立ち上がり、速足で用意された客間に向かう。まずは風呂に入りながら、グラジを早く酔い潰す算段を考えなくては。そして、酔い潰したら、またプリムラ嬢に会いに来よう。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ