木苺ミルフィーユ
東京の街に慣れてきた。日本橋。学生時代は歩けなかった街。今日も友をまた一人見送る。甘いケーキを頬張った日が遠い。
日本橋を彷徨う。カツン。カツン。学生時代の友がまた一人花嫁になる。カツン。カツン。老舗百貨店のエレベーターガールが微笑む。その笑顔はいつも変わらない。閉店を告げる鐘がなる。携帯の画面を見つめる。彼女の到着まであと10分。夕闇に映る顔は疲れていた。老けたな。もう若くない。私はいつまでこのポジションにいても大丈夫かな。独身貴族。仕事が楽しくて気がついたら周りはどんどん結婚していった。最後のキスを思い出せない。恋の仕方も忘れた。好きという感情に切なさを覚える年齢ではないな。実家に帰るのも気後れする。無駄に積み上げた実績。姉さん女房になれるほどの器量もない。笑顔を作る。ほうれい線が浮かぶ。結婚祝を買う事に慣れていく。
「お待たせ。」左手薬指のダイヤが輝く指輪が眩しい。何も無かったかのようにいつもの蕎麦屋に向かう。金曜日の夜に女二人で乾杯する。日本酒に江戸切子がよく似合う。何気ない会話を続ける。私は頷く。彼女は微笑う。幸せだな。いいな。素直な想い。憧れるけど私には食べられない葡萄。その葡萄は酸っぱい。甘くないよ。私のおまじない。酔いが回る。甘い話に耳を傾ける。くるくる回る。彼女の頬が上気する。可愛い。どこか色っぽい。綺麗だよ。花嫁は美しい。蕎麦を啜る。ずるっ。ずる。ずるずる。周りの客が居なくなる。沈黙さえも心地よい。時計をみる。21時。まだ早い。「ちょっと歩こうか?」女二人で東京の街を歩いていく。彼女がカバンの細いベルトを持ちくるりと回る。私も笑う。物足りないな。夜はまだ長い。長い信号を待つ。八重洲口からバスが旅立つ。出発点は一緒でも到着点は全国各地様々だ。もう会わないだろう人達。風が吹く。まだ冷たい風。ラストオーダー間際に喫茶店に入る。最後の一つのケーキを二人で分ける。余った季節のケーキ。木苺ミルフィーユ。ケーキが倒れる。上手く分けられない。不恰好。だけどクリームは甘かった。酸っぱい木苺のジャム。ただシャンソンだけが流れていた。懐かしい曲。今度は一人で来ようかな。ナポリタンが食べたいな。Fin.
月一、不定期更新になっています…。
久しぶりのしんみり小説です。