プロローグ
「デ=メール王、万歳!ヴェーテ王国に勝利を!」
大通りを通り過ぎていく何台もの車と、それに向かって平伏す人々。硝煙と火薬の匂い。鉄の溶ける匂い。濁った空の色。
それらに眉をひそめて、ふと気づく。
私たちは、何をお祈りしているの?
…この街で作られた武器が、どうかたくさんの人間を殺しますように、って?
ーーばかみたい。
私は耐えきれなくなって、群衆を抜け、路地へと後ずさった。
レピエ通りの粗末な石畳を駆けて、民家の隙間にあるさらに小さな裏路地へ、隠れるように体を滑り込ませる。
こんなのおかしい。この街は、この国は…おかしい。
その場に座り込みそうになって、”お祈り”をサボっているところを兵士に見つかっては大変だと、慌てて立ち上がって路地の先へと足を進める。
狭く湿った路地には、ゴミが散乱して虫が這い、至るところに生き物の死骸が転がっている。立ち込めた腐臭に、たちまち吐き気がこみ上げた。古びた建物からは怒号や赤ん坊の泣き声が聞こえ、街の人々の祈りの声に混ざり合う。
耳を塞ぎ、目を細めて、私は路地の1番奥まで進んで行った。少しずつ、”レピエ通りの裏路地”に住む人々の声も、街の人々の声も、遠くのものになっていく。
突き当たりの民家は、空き家のようだった。一段と古く壊れかけているし、物音1つ聞こえない。私は扉を開いて中を確認すると、そっとその建物に入り込んだ。
部屋の隅々に蜘蛛の巣が張り、天井は破れ、そこから垂れるらしい雨水に床板は腐り、苔が生えている。二階部分は倒壊しているし、やっぱり人は住んでいないようだ。
腐っている部分を踏まないようにして、部屋の奥へと進んでみる。奥の壁にもたれて座ると、破れた天井からオレンジ色の空が見えて、こんなにボロボロの家だけど、少し落ち着いた。空気も、少しいい気がする。
深く息をついて視線を落とすと、足のすぐ横の床だけ石でできていることに気づいた。その部分の壁を見てみると、暖炉らしきものがあるが、薪を入れる部分にはなぜか板が張ってある。
なんだろ、これ?どうして閉じられてるんだろう?
手をかけてみると、もう板は腐りきって、釘も緩んでいる。簡単に外れそうだ。
気になるし…外しちゃおう。誰も住んでいない家だから、きっと誰にも怒られない。
力を込めて引っ張ると、パキッと音を立てて、板は外れた。それを脇に置こうと持ち上げた瞬間ーー
触れたことのない、澄んだ空気が流れ込んできたのを感じた。
驚いて暖炉の中を覗くと、なんと奥の壁が貫通して開いている。その向こうには、青々とした草が生えているのが見えた。
どこに…繋がっているんだろう。
抗えない何かに導かれるように、私は四つん這いになって暖炉の中に潜り込んだ。さらさらした灰が手のひらや服にひっつくのを感じながら、先に見える景色に向かって進んで行く。
そして、暖炉の壁の穴から抜け出した瞬間…息を飲んだ。
街と外を隔てる壁と建物の隙間にできた、わずかな空き地。そこに、大きな木が立っていた。
見たこともない形の葉は、その艶といい、光に透ける深い緑色といい、表す言葉もないほど美しい。
葉をつける幹は、まるで胸を張って立っているかのように大きくどっしりとして、その木が生きてきた長い年月を感じさせる。
中ほどに、きれいな石でできたお守りを、首飾りのように下げていた。
私はこの日、あの木を見つけて、こう思ったのだ。
ーーああ、きっとこの木は、この街の神様なんだ。




