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ただ血だけが暖かく、確かに命を物語った

1265年 1月 25、午後日

環境調査の為に降車し、合流地点まで横広がりになって輸送車のルートと並行に歩く。

その予定だったが、とんでもない不運に見舞われて少しのびてしまい、隊に置いて行かれた。

危うく死ぬ所だった。

人は、死ぬ間際になると、想像を絶するほど美しい光景を見るのだという。

私の脳が純粋な人間と同じ構造をしているか確かではないし、きっと死ぬ瞬間には何も見えないかもしれない。

でも、私は見た。

氷の刃がごまんと降り注ぐ中で私は限りなく死へ近づき、そして生き残った。

そして今まで想像する事さえできなかった景色の中心に立ち、光と眼差しを交わした。

具体的に何があったかはうまく思い出せないが、このことは一生忘れないだろう。

とりあえず氷窟に設けたキャンプで夜を越すことにした。


 ゾム・・・ゾム・・・

「自分」とは何なのだろう?

ゾム・・・ゾム・・・

記憶と思考が連続することを指していいのだろうか?

ゾム・・・ゾム・・・

ふとした事で直ぐに消し飛び、戻ってくるかもわからない

そんな不確かなものが「自分」であるなどと考えたくはない。

ゾム・・・ゾム・・・

今、脳を動かしている、この身体を指していいのだろうか?

ゾム・・・・・・

内から外から常に入れ替わり留まることない

絶対性のかけらもなく、いつ止まるかも分からない。

そんな残酷なものを、「自分」などと思いたくはない。

・・・・・・

「自分」とは?

流れて征く記憶と思考、その流れを指せばいいのだろうか。

循環して継続していく、血と息を指せばいいのだろうか。

・・・・・・

全ての存在は喰らい、喰らわれ、「己ら」や「己」そのものを生み出し続けながら廻ってゆく。

それが一細胞単位であれ、一つの惑星であれ、すべての廻りは繋がって続いていく。

その巡りの「どこ」から「どこ」までを「自分」と呼べば…

・・・・・・?

違う、違う!違う!考える必要など全く無い!

答えはシンプルだ。

手首を強く噛み、歯を食い込ませた。

「いってて」

痛みを感じた。痛いのは嫌だろう。それじゃあ口を放そう。

そう、放した。馬鹿みたいだろう。馬鹿そのものだ。それが「自分」だ。

少し、間を置く、そして

なにかスゴいものを暖炉に投げ込んでしまったような喪失感を胸に抱えながら、眼前を見据えた。

視界の下半分が白、上半分が灰色。こんな場所で自分は何時間歩いたのだろう。

腕時計のフタをパカリと開き見てみる。

寒さで歯車が空回りしているのか、針の動きがおかしい。

なんてことだ、頭が痛くなってきた。

・・・まぁ、いい。方角さえ分かれば歩くことはできる。

冷気で呼吸器が死なないようにガントレットのクスリをシリンジ一本分全部使う。

磁石とコップを取り出し、コップに雪を詰めてウキ磁石を置き、かがみこんで口にあてがって口呼吸。

水に磁石を浮遊させる。簡易コンパスだ。もっとマシなコンパスもあったが、隊員が死んだとき道連れにしていった。

本当ならコンロやバーナーを出す所だが、満足に周囲の確認が出来ない状況で火を焚くのは自殺行為だ。

奴らは、熱に向かって飛んでくる。

ちょうど10メートル先ぐらいから、のたくって出てきた火虫がそれだ。

熱を視られれば、首を撥ねられる。誇張ではない。

息を、潜める・・・

火虫は少しふらつきながら、ヘラのような足で雪の上を歩き氷のようにつるつるした甲殻をしきりに開閉している。

遠目に見れば砂糖を塗ったパンが這っているように見えて少し滑稽だ。

火虫がでたらめな方向に向かって歩き始める。

私の呼吸を察知して出てきた訳では無い様だった。

変だ。じゃあなぜ?

火虫は被食者でもあり、堅実なサバイバーでもある。

無用に姿を晒すことはない筈 そういえばさっきから頭が痛い。

突然頭の奥から甲高い音と痛みが発せられ、コップを取り落としそうになる。

全身の関節も痛むし、目玉が飛び出そうだ!

空の彼方から山鳴りにも似た轟きが襲い掛かり、辺りの地面から次々と火虫が手足をばたつかせながらひっくり返って出てくる。

次の瞬間、氷の刃が雹のように降り注ぎ、鎧に突き刺さった。


・・・


ふと、不自然な静けさが訪れた。

鎧を貫通した氷が肌に触れているのが分かる。氷は死そのもののように冷たく…

噴き出した血は、心に触れたかの如く熱かった。体が、生きている。生きることを望んでいる。


奮起するように顔を上げ、彼方を見据えた。遠くの視界だけが晴れ、山のシルエットが見える。

この現象、思い当たりがある。そう感じてすぐに真上を見た。

暗く深かった。この世の闇を集めたようなそれは、自分が地面に立っているのが不思議になるくらい、吸い込まれそうに感じた。

やがて闇が轟きを発し、私はハッとしながら身体に刺さった氷を引き抜けるだけ引き抜き、氷の刺さっていない地面を探して身体を投げ出し伏せた。

 生きるために

轟きが猛烈な勢いでその威力を増し、地面に叩きつけるように空気と吹雪の塊を空から落とした。

私は祈り、目を閉じた。

体の前で全てが留まり凍り付き、背中ではすべてが滅び荒んでいくのを感じた。


私は現実逃避し、直近で平穏だった瞬間を夢で見る

暖かく、オレンジ色のランプが木造りの部屋で燃えている。自分以外誰も…いない。

…ノックが聞こえたので入室を許諾した。

すると、珍しいことに喜びながら近づいて来て同じテーブルに着く奴が居た。

いくつか抱えた衣類をそのへんに置いて私へ向き直った。

作戦ブリーフィングで知り合った変な奴だ。


相席になった奴は自分とあと勝手に私のマグに熱々の香辛酒を注いだ。


「本当に寒いねぇ!ベールの一番厚くなる日はこいつに限る」


「ありがとう」


「飲むだけじゃつまらない、ひとつ、話でもしよう!」


「それは、面白いんだろうな?」


「面白くなくたって、無いよりマシさ」


「うん」


腕を組み、話し始めた。

「長くなるけど昔話さ。ここの風土の。

 世界は遥か昔から火と闇の連合、光と氷の連合で戦ってたんだ」


「んにぃ」


「まぁ聞けよ。ある時氷と闇が裏で結託して雲のベールで前線を仕切って、強引に戦争を終わらせたんだ。

 事情を聞かされない別のお二方はもうカンカン!やれベールを取れだのやれ相手を闇討ちしろだの口酸っぱく言われ続け、とうとう氷と闇だけで逃げ出したのさ」


「ふぅん」

話を聞いているうちに酒がぬるくなってきたので、飲み始めた。


「逃げ出した氷と闇を殺し尽くすために光と火は手を組んで秘密兵器を開発した!

 それが、人間だ。火と光を愛して探求心のままにどこまでも踏みしめ照らしていく動物だよ。

 氷と闇は焦って対抗策を練った。それが、今回のターゲット、氷遣イ」

急に声のトーンが落ち着く。


「氷遣イ…」


「氷遣イの活躍は見事だった。氷を集めて蓋を作り、火山を塞いでしまったんだ。お陰で火は瀕死さ

 しかし人間は手ごわかった。いつでもどこにでも火を持ち出して氷遣イの手足を溶かしてしまう」


私は相槌を打ちながら壁に掛けた軽機関砲をちらりと見やり、ポケットの完全燃料炸裂弾を手で転がした

マグはすでに空で、身体は火照っていた。暑くなって来る前に服の前を開ける。


「だから直接攻撃することにした。ベールに潜んで攻撃するんだ。

 ベールを一部分だけ重点的に分厚くして闇に包み、氷の刃と吹雪を叩き降らして引き裂くんだ。

 そして光に見つかる前にベールを引きずって退散。これが、今起こっていることさ」


「それって急圧縮氷雨のことかな?」


「ロマン無いこと言うなよ~。旧きものどもの仕業だって考えたほうが面白いだろう!」


「そうかなぁ。あと火虫の存在はどうなる?火を吹きながら人を襲うんだけど、味方じゃないの?」


「そいつらはつい最近まで誰も知らなかっただろう!まだ神話ローカライズ中なんだろうさ」

少し苦しい誤魔化し方に、ちょっと心がほころんだ。


「ロマン無いこと言っちゃってるよ?」


「面白けりゃ何だっていいんだ!」


お互いの馬鹿馬鹿しさにひとしきり笑いあった後、私は口を開いた。

こういった事はガラではないがちょっとなら話してやってもいいかもしれない。

「それにしてもすまなかった、衣食住を全部都合してもらって。現場指示は私に一任してくれ」


「いやいいってさぁ、その代わりほっぺ貸して」


「?」


突然不可解な事を口走ると、やたら滑らかしい動きで迫ってきて頬肉を揉み始めた。


「おっ!やわらか!」


私は嫌悪感を露わにした。

「ウビャーッ!なんで!」


「いや、なんだかよさそうだったし」


「いやって、なんで、女同士でこんな事して恥ずかしくないの?それに私は…」


「それ関係なくない?いやーホントによかった!よしじゃあ今度は一緒に寝てみよう」


えっ

「えっ」


今度は鼻歌交じりに手をつないでベッドへと誘導しはじめた


「ちょっとやめろ、マジで気持ち悪い」


「俺は気持ちいいよ!それにくっついたほうが絶対あったかいって」


「知るか!」


力では私のほうが勝っているが、買った恩もあってあまり力を振るう気になれなかった。

「ヨーイショ!」


「うわぁ」


ベッドに引きずり込まれ、嫌にねっとりと押し倒される。

抵抗して暴れてもよかったが、身体が火照ってる今暴れるのは正直面倒くさい、私は熱に弱い


「あーこれ気持ちいい」

そう呟きながらはだけた服からはみ出した私の胸に顔をうずめ始め、秒で眠った。

碌に知りもしない相手にここまで触れ合うなんて正気とは思えない。

それに私は…

「…」

いや、私は知り合いが居ない。

私は疎まれている。私に深く関わった人間も疎まれる。

戦力として協力することはよくあるが、それ以上でもそれ以下でもない。

向こうはこちらに踏み込まないし、こちらだって踏み込みはしない。

どうせなら一人で大自然引きこもり暮らしでもしようと思った事もある。

でもすぐに、人間でいるためには人間と関わり続けなければならないと気付いた。

とても近くにありながら、絶対に手が届かず、とても寂しくなった。

だから、手を伸ばすのをやめた。

気が付くと私はこのズケズケ踏み込んできた変人を抱きしめていた。

今気づいた。自分がここまで寂しがっていたなんて。

思えば、この仕事を始める前からずっと、こうして人と触れ合ったことが無かった。

私は仰向けのまま、この奇妙な変人を抱きしめ、目を閉じた。

少し重たいが暖かくて心地いい。こういうのも悪くないかもしれない。

そんな事を思いながら、眠りに落ちた。


・・・


暖かさを感じ、地面は硬く冷たかった。

裂けた鎧の隙間から光が入ってくる。

凍った地面に刺した爪を引き抜き、ゆっくりと起き上がる。

夢から覚めて少しずつ感覚が戻ってゆく。眩しい。視界のあちこちが輝いて白飛びしている。

地面を見ると、生臭く醜い肉と骨と氷の塊があちこち雪に埋もれていた。

水平の彼方はあいかわらず灰色に暗い。ならなぜこんなに眩しいんだろう?

だんだんと目が慣れてきて、白飛びの正体を悟った。空だ。

自分の居る真上を中心に、雲に穴が開いていた。

子供が青空の写真を切り取って吊るしたように突然、そこだけに青空が張り付いているように見えた。

その中心に太陽が佇み、遮るものもなく、直接光を投げかける。

大きな瞳のようだった。青空を通して、光が見つめている気がした。

死んだ肉と氷の世界に座り込む私に、生き残った事を、祝福してくれているようだった。

ズタズタに引き裂かれた醜い大地と、幻想のように現れた美しい青空が徐々に広がっていく。

そのコントラストに私は心を奪われ、しばらくは何も出来なかった。


陽が向こうの山にかかるころ、ようやく我に返った。

そうだ、無線機!脇腹のポーチを探り、取り出し、状態を確かめる。

よかった。壊れてない。しかし仲間にかけても応答がない。寝てる間に置いて行かれたようだ。

鼻で溜息をつき、周囲に警戒しながら情報通信部隊にチャンネルを合わせた。

「こちら3番分隊18。同隊隊長への通信中継を求む。どうぞ」


《そちらを状況不明者と把握済。優先で状況報告せよ。どうぞ》


「氷嵐に直面し停止、対応時に装甲及び物資損耗軽微。同隊19は死亡、その他不明。

 中継求む。どうぞ」


《了解、中継開始》

《ピー、ガー、バヅッ》

《こちら3番分隊隊長、どうぞ》


「こちら同隊18、生存報告。指示求む。どうぞ」


《あっ!ン"ン"ッ!予定通り行軍せよ。こちらは目的地に着き次第、一部順路を引き返しそちらを回収する。何か?》

一瞬だけ、喜んで部屋に入ってきた時のような声を出し、咳払いで誤魔化したようだった。

まぁ作戦行動に私情を挟んでこないだけマシだ


「無し。終了」

無線機をもとの場所にしまい、辺りを見渡す。

全ての雲が晴れ、目が覚めた時より景色のコントラストが落ち着いている。

仲間との連絡が通じたこともあり、ようやく、自分の見慣れた世界に帰ってきたという実感が湧く。

ふと手の甲が痛む事に気付き、見てみると氷の破片が刺さっていた。

横着して口で引き抜き、しばらく見つめる・・・・・・再生しない。クスリが切れているようだ。

血を舐め取って誤魔化す。寒冷地で破傷風のリスクは低いし、包帯もクスリも勿体ない

それに、少しくらい痛む方がいい。

私は生きている。私はここにいる。

手の甲の傷を見つめながら、私は確かに胸にそう抱いた。

山を見渡して方角を確認し、私は歩き始めた。

鎧で気太りした丸太のような足を雪から引き抜き、そして前の地面へ突き刺した。

ゾムッ!・・・

ゾム・・・ゾム・・・

あなたは生きている。あなたはそこにいる。

辺りにまき散らされた血肉の跡が、そう語りかけてくるような気がした。

血と肉と残酷に過ぎ去っていく時間だけが歯車として廻っていくこの世界で、この身体の温度だけが、確かに、自分が生きている証となった。

1265年 1月 23、午後日

今日も寒く、空は暗かった。軍は新路上の町に駐留することになった。

灯りの暖かさで溢れる街並みはその見た目と裏腹に、私に対してはひどく冷たかった。

また一人で、都市防護壁の外でテントを張って野営する。日に日に活動力が削がれる

生命の温かみが残る鹿肉に生でかぶりつきながら余った分を燻製にした。

本当に、余裕がなかった。

そこに、息を切らせながらある人間が現れた。

ブリーフィングの最中チラチラとこちらを見ていた、便医部隊の人間。

私に注目する人間は大体が私を追い出したがっている者でしかない。

時にはこの世から追い出そうとしてきた事さえあった。だから最初は疑った。

しかしすぐにそうでないと気付いた。こちらが立ち止まると、ものすごい勢いで引き返してくる。

私をどうにかするのが目当てではなく、私自身に興味がある様だった。

利用できる物は最大限利用して生き残る。それが自然界に踏み込む上で一番大事な事。

この冷たく明るい石の森は人工物で溢れていても私にとっては厳しい自然とそう変わりなかった。

私の身分を隠して宿を都合して貰った。私が一息ついて具足と兜を外すと、内心喜んだようだった。

そして部屋を出ていった。が、案外すぐ戻ってきそうだ。

少し嫌な予感がするので一旦書くのをやめる。


残念なことに予感は的中した。

今度は食べ物を持ってきて、燻製と交換された。私が咀嚼するとしきりに口を覗き込んでくる。

まぁ医療関係者なんだし、善意で心配してくれているんだ。この時まではそう思っていた。

そして出ていくと、いろんな、うーん、服を持ってきた。

社交経験の浅い私にはどれがどんな服なのかわからなかったが、とにかく服らしかった。

彼女はその一つ一つを見せながら、それがいかにして私を飾るか静かに語りだした。

そこで私はやっと気付いた。こいつ、おかしい。決定的に変人だ。

私の生活で薄手の物や飾りは荷物にしかならない、

といった旨を伝えて突き返すと、ひどく落胆したようだった。

少し気の毒になり、実用的なら民間のものを使う事もあると告げると、考えこむように部屋を出た。

もうすぐ寝る時間だし、日記を書き上げるなら今だけしかないと思って、これを書いている。

とにかく、立て続けに衝撃的な出来事が起こりすぎた。もっと書きたいこともあるが階下から奴の声が聞こえてくる、私が日記を書いているのを知れば覗こうとするだろう、書き終えて、隠す。

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