8:王都にて
「ここが、王都クランベルです。道中お疲れ様でした」
ベルーガさんの手を借りて馬から降り、自分の目線で王都を見た。さすがに王都、国の中心だけあって活気がある。お店がたくさん並んでいて、ここを順番に見ていくだけで何日も潰せそうだ。向こうには石造りのお城が見える。ここが、王都。
関所を越えて道なりに進むこと一日弱。私はずっとベルーガさんの馬に乗せてもらっていたのだけれど、その隣をおよそ人間の脚では不可能なスピードで進むアロイスさんとルシェさんがとても恐ろしかった。
どうしても気になったから聞いてみると、神に選ばれた際に身体に神の加護が付与されて、そのために身体能力が通常の人間の何倍にもなっているのだそうだ。だから飛び石を飛び移るような移動の仕方でも速いし、途中でちょっと手合わせなんかしながら移動するだけの余裕がある、と。危ないからやめてほしかった。
しかし神子なのはアロイスさんだけ、ルシェさんは?
その疑問に対する答えは簡単だった。神子であるアロイスさんと契約することで、ルシェさんも同じだけの加護を受けているのだそう。つまり二人共常人ならざる身体能力を持っていることがはっきりわかったのである。運動不足とかそれ以前の問題だった。
「僕は団長に報告がありますから、これで失礼しますね」
「はい。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げてお礼を言うと、ベルーガさんは初めて会った時のように笑顔で敬礼をしてくれた。関所から王都までの道中、移動速度が少し落ちていたのは気のせいではないだろう。気を遣わせてしまった。
彼には今後も騎士団でお世話になるのかもしれないな、と考えると、今の内に出会えてよかったと思う。ルシェさんが同じように敬礼で返していたから、私も見様見真似で敬礼をした。それを見たベルーガさんが嬉しそうに笑うものだから、何だかこちらまで嬉しくなってくる。笑顔がよく似合う人だ。
ルシェさんと一緒にベルーガさんの後ろ姿を手を振りながら見送っていると、背後から何やら話し声が聞こえた。
「ああ? だから護衛なら連れてるだろうが。何が不満だ、何が」
柄の悪い聖職者もいたものだ。
私達の背後にいたアロイスさんは、左手首に嵌めた赤い石がついた金のブレスレットに向かって話をしている。どういう原理かはわからないけれど、あれには通信機能があるのだろう。それ以外にも用途があったりするのだろうか。
「ルシェさん、あれ、何ですか?」
「あのブレスレットのこと? 細かいことは私もよくわかってないんだけど、あの石に魔力を注ぐことで遠くにいる人とも話せるっていう便利な魔法道具だよ」
要は携帯電話みたいなものか。しかし、番号も何もないのにどうやって通信相手を選択しているのだろう。どうせ使えやしないけれど、気になるから使い方だけ知りたい。
「小言なら後で聞いてやるから、それまで仕事でもしてろ」
アロイスさんはその言葉を最後に、赤い石に触れていた右手を離した。やっぱりというか何というか、彼は誰かしらに苦言を呈される人なのだ。そりゃそうだ。偉い人が護衛を一人しか連れてない状態で、いつ何時襲われるかわからない土地を歩き回るなんて、普通ならとんでもないことだと思う。多分、この人はお小言なんて聞く耳持たないのだ。彼の周りには苦労をしている人が何人もいそうである。
「相手は姉さんでしょ。後で一緒に怒られに行こうね、兄さん」
「さてはその言い方は、いつも怒られてますね?」
「昔っからずっとな。ルシェのおかげで小言の内容が増えた」
「姉さんは心配性だよねえ」
ルシェさんもアロイスさんも、怒られると言う割には何だか楽しそうだ。その人が二人のことを心配しているから怒るのだ、ということを知っているからだろう。ただ、心配されていることを理解はしていても、改めるつもりが全くなさそうなのが問題である。
それじゃあ行くか、と伸びをしながら歩き始めたアロイスさんの後ろをルシェさんと並んでついて行く。騎士団預かりになると言っていたから、これから向かうのは騎士団の屯所だろうか。
「団長は今日も忙しいのかなー」
「そりゃそうだろ。ただでさえ人数少ないんだからな」
ほうほう、騎士団は人手が足りていないのか。でも国が統一されているのなら、騎士の仕事は魔物の討伐くらいしかないんじゃないのかな。それなのに忙しいということは……魔物の数に対して戦うことができる人間が少ない、と解釈して相違ないだろうか。守るべき対象の数が多いとか。それか、王都から離れた場所では反乱の動きがあったりするのかもしれない。
何にしても、人手不足の状態なのに異世界の人間の保護までしなければならないなんて、大変だなあ。……保護してもらう立場の私が言っていいことではないけれど。
遠くに見えていたお城がだんだんと大きくなっていって、とうとうそのふもとまで来た頃。お城のすぐ傍にある大きな建物の前でアロイスさんが足を止めた。
「ここは……?」
「騎士団が駐屯してる建物だよ。ここに色んな情報が集められるから、傭兵とか旅商人とか……とにかくたくさんの人がこの建物を利用するね」
「異世界人の登録は今のところ二箇所でしかできなくてな。一つがここだ」
登録とはまた、事務的な。けれどそういう地味な作業が一番大事だったりするのだ。
今この世界に何人の異世界人がいて、それぞれが何という名前を与えられているのか、個人の能力はどれほどなのか。そういったことをちゃんと国が把握しておかなければならないらしく、登録作業というのはつまり出生届けを出すようなものらしい。
……つくづく異世界人に優しいな、この世界は。