6:王都への道程
思うに、この二人はゲームなんかでチートキャラと呼ばれる存在なのではないだろうか。使えば難易度が途端に下がる、いわゆるお助けキャラ。
運動不足の私のペースに合わせながら王都を目指して早四日。 平坦な道程で、目指すところなのであろう高くそびえる壁はずっと見えているというのに、距離が縮まった気がしない。出発地点となった町は王都から一番近い場所だったというのだから、世界の広さに圧倒される。
これまでの道中では、二人はもちろん私が傷つくこともなく、空から突然襲いかかってこられても、気づけば魔物は地面に倒れ伏している。皮や毛、牙や角、爪といった恐らく何かに使われるのだろう部分をごっそり奪われる魔物の姿に、哀れみの感情しか浮かばない。自分一人だけで相対すれば足がすくんで逃げることさえままならないだろうに、ルシェさんとアロイスさんが揃っていれば怖いものなんかないんじゃないかと思う。
魔物の肉はしっかりその日の食事になる。最初こそ抵抗はあったけれど、二人があまりにも当然のように食しているから、そういう文化なのだと言い聞かせて、焼いただけの魔物の肉にかぶりついてみた。案外美味しくて驚いたのが既に懐かしい。
「王都って、あとどれくらいで着くんですか?」
今まさに先程倒した魔物の皮なんかを剥いでいるルシェさん達を、遠巻きに眺めながら疑問を投げかけた。魚もロクに捌けない私があの作業に参加できるはずがない。ルシェさんはざくざくと刃を進めながら、うーん、と考える素振りを見せた。もうすっかり彼女は私の疑問に答える係と化している。面倒見がいいのか、説明するのが好きなのか。何にしても助かる。
「このペースだとあと三日かなあ。魔物も活性化してるっぽいし、レナさんの体力のこともあるし」
あの高い高い壁は、王都がある島の周囲をぐるっと囲んでいるもので、壁から王都まではそれなりに距離があるのだそう。てっきりあの壁の門を通ればすぐに王都が広がっているものだと思っていた。
体力についてはまことに申し訳ないと思っている。勉強が得意なわけでも運動が得意なわけでもなかった、ごくごく平均的な生徒だったために多大な迷惑をおかけしている。ルシェさんは責めるつもりで言ったわけではないだろうけれど、戦いだって私を守りながらになるのだ。二人だけで移動する時とは勝手が違うだろう。
「抱えていいならもうちょっと早く着くが、どうする?」
牛が変形したような魔物の角を、ばきばきと音をたててへし折るアロイスさんから出された提案は、王都を目指し始めてすぐの時にも出されたものだ。私の歩くペースの遅さ、運動能力の低さを知った二人が「抱えて走った方が速い」と口を揃えて言った。元の世界での平均はこちらでは最低水準なのかもしれない。いや、そもそも普段からあんな、激しく戦闘という名の運動をしている二人と比較されると困る。私の日頃の運動なんか駅と学校の階段を上下することくらいだったのだ。
とにもかくにも、私はその時二人の提案を自分で歩けますとお断りした。どんな抱え方をされるにせよ、恥ずかしいものは恥ずかしいと思ったのである。あと、自分でもこんなに体力がないとは思っていなかった。
「……参考までにお聞きしますが、お二人は私を抱えて走るとなるとどう抱えるんですか?」
私のペースに合わせているとあと三日かかると聞いて、恥じらいが揺らいだ。本来の二人のペースだったらもうとっくに王都に着いていたんじゃないだろうか、と思う。
どんな抱え方をするのか、私を抱えた状態ならどれくらいの時間で着くのか。それを確認することくらいはしておくべきだった。
恥じらいなんてものはかなぐり捨てて、お言葉に甘えてしまった方がいいかもしれない。散々お世話になっているのだ、これ以上迷惑をかけてもそう印象は変わらないだろう。そんな開き直りからくる考えだった。
「私ならこうかな」
「移動距離を考えると、そんなところだな」
肩に乗せるモーションをするルシェさんと、それに同意するアロイスさん。ちなみに以前私を町まで運んだ時は、いわゆるお姫様抱っこの状態だったらしい。……意識がなくて本当によかった。
私の身長は二人よりも低い。これでも平均身長よりは高くて、160センチはあるのだけれど、二人共それを余裕で超えてすらりと背が高い。ルシェさんは大体170センチ前後、アロイスさんはそれより更にリンゴ一つ分くらい高い。三人で横並びになればきれいな階段ができあがるんじゃないだろうか。そんな感じの身長差だ。まあ、目測だから数字に誤差はあるだろうけれど。
とにかく、背は高いし鍛えてもいる二人は、私程度なら何の苦もなく担げるということだ。……だからといって担がれたいかと言われると、断然ノーだけれども。
「俺とルシェがレナータを交互に担ぐとして、休み無しで丸一日走れば壁には着くか?」
「魔物と交戦することがなければ、そんなとこかなあ」
いくらなんでも体力オバケすぎる。人一人抱えて長時間走るって時点で相当厳しいのに、更に丸一日休み無しで走る? まさか、この世界の人間はみんなそれくらいは余裕なのだろうか。だとすると、どのくらい鍛えれば同じレベルに達することができるんだ。お願いだから、誰かにこの人達の身体能力にツッコミをいれてほしい。ルシェさんとアロイスさんが異常なのだと私に言ってほしい。
私も鍛えなくちゃなあ、と柔らかい二の腕をぷにぷにしていると、ルシェさんが突然大きな声をあげた。
「兄さん、あれベルベルだよ! ベルベルー!」
おーい、と両手を大きく振って存在を主張するルシェさんが見ている方向には、確かに馬に乗った誰かが走っていた。
あっという間に目の前まで来ると、その人は馬から降りて、胸の上で右腕を横にする形――恐らくこの世界の敬礼なのだろう――にした。
白い鎧に何かの紋章が入った緑色のマント、腰には剣。堅苦しい服装とは裏腹に、オレンジ色のふわふわした猫っ毛。にこにこと笑いながらお疲れ様です、と言う彼には、ベルベルという可愛らしい愛称がとてもよく似合っていた。
「ちょうどよかった! 私達、王都に行くの。ベルベルも戻るんでしょ? 一緒に行こ!」
「こいつをお前の馬に一緒に乗せてやってくれ」
「わかりました!」
「そんな即決で大丈夫ですか!?」
特に事情も聞かずにそんな、と困惑していると、ベルベルと呼ばれた彼に手を取られて更に困惑する。
何も言えずにされるがままになっていると、あれよあれよという間に馬に乗せられていた。当然だけれど、すぐ後ろにはベルベルが乗っている。
今の状況、アロイスさんとルシェさんに担がれるのとどっちが恥ずかしいのだろう。…………それは担がれる方が恥ずかしいか。客観的に見て。