4.5:熱に浮かされる
異世界からの訪問者は久しぶりだった。
保護はほとんど兄さんの仕事と化していたし、私も異世界人を保護することについて異論はない。だから、今把握できている異世界人のほとんどは、私達二人が保護している。
何人もの異世界人を見てきた。それはもう、こちらを警戒して臨戦態勢をとる人、混乱して夢に違いないと騒ぐ人、逆に落ち着き払って現状の把握に努める人。色んな人がいた。
だからまあ、今回はどんな人なんだろうな、って楽しみになっていた自分がいたのは確か。
「…………おかあ、さん……」
熱のせいか夢のせいか、うなされているレナさんの額に濡らした布巾を置いた。
兄さんは別の部屋で休んでいる。私も兄さんも一切気にしないけれど、レナさんは気にするかも、ということで部屋を分けたからだ。熱で苦しんでいるレナさんの様子を見られるのは私だけ。放っておいて休むこともできるけど、うなされてるのを放置できるほど人でなしにはなれなかった。
レナさんに対する私の印象は、ばかな人、というところに尽きた。他の表現方法を思いつかない。
私達がレナさんを呼び寄せた張本人だとは思わなかったんだろうか。私達が悪人でないと、どうして思えるんだろうか。どうしてこちらの言葉を疑いもせず受け入れられるんだろうか。
これまでにも、私達の言葉を全部信じた人は何人かいた。そういう人は決まって逃避願望とか、そんな感じのものを持っていたんだけど。レナさんのうわ言を聞く限りでは、そういう風には感じられない。
まあ、レナさんのようなばかな人は、ひねくれ者の私と兄さんにとって庇護対象にしかならない。人のことを根拠もなしに信じてしまうような純粋な人。他にも一人そんな人を知ってるけど、やっぱり私達二人はその人がお気に入りだ。面白いから、っていうのが最大の理由かもしれないけど、実際面白いんだから仕方ない。理由はどうあれ、その人に対して好意を抱いてるのは事実だし。
「ルシェさん……?」
「あ、起こしちゃった? ごめんね。うなされてたから心配になって」
汗くらい拭いた方がいいのかな、と思って額のとは別の布巾で軽く拭き取っていたんだけど、そのせいで起こしちゃったかな。
潤んだ瞳は私の姿を映しているようで、焦点が定まっていないようにも見える。
お母さん、とか色々言っていたうわ言から想像はできてるけど、あえて「何か変な夢でも見た?」なんて聞いてみた。こっちに来てすぐの人は、よく元の世界の夢を見るんだそうだ。本来いるべきでない場所にいることで、脳が混乱しているのかもしれない。
「…………家族とか、友達の夢、でした」
そっか、と返しながら軽くレナさんの頭を撫でた。
心中を察することはできない。私は異世界に一人放り出されたことなんてないから。絶対帰られるよ、と言うこともできない。確約はできないから。
結局のところ、私が異世界人にできることなんて、そう多くはない。
「……私、帰りたい……帰りたい、です」
苦しそうにたどたどしく主張するレナさんの目から、涙が零れた。
熱のせいで潤んでいるんだと思っていたけど、もしかしたら夢のせいでもあったのかもしれない。
「ごめんね、私は何もしてあげられないよ。泣かないでとも、諦めないでとも言えない。何なら死なないで、とも言えないんだよ」
どうしたいか、どうするのかなんて、全部その人自身が決めることだから。私達が「異世界とこの世界を繋ぐ方法を見つけてみせる」って言ったって、いつになるかなんてわからないし。
だから、異世界人がみんな諦めてしまっても、私達は何も言えない。それでも自分の仕事をするだけだ。
「…………あれ、寝ちゃった?」
さっきまでよりも穏やかな顔つきで、レナさんは眠りに落ちていた。いつの間に。
私が言ったことは聞こえたんだろうか。まあ聞こえてても聞こえてなくても、別にどっちだっていいんだけど。
心底の願望を口にしたことで少しは落ち着いたのかな、と思う。帰りたいよねえ、そりゃあ。
私達にできるのは、異世界についての調査を進めることとか、せめてこの世界で生きられるように助けになることくらい。
「もっと帰りたいって言ってもいいんだよ」
なんとなく感じたことを呟いて、隣のベッドに入った。
レナさんの寝息は落ち着いてるから、この調子だと大丈夫だろう。布団を被って瞼を閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。
翌日、うなされていたことを話すと「全く記憶にない」って返ってきたから、多分自分が言ったことも覚えてないんだろうなあ。
つついたところで飛び出してくるものもなさそうだから、大人しく自分一人の胸にしまっておくことにした。