26:お人好し
「えっ、3番隊には異世界の人がいないんですか?」
本の解読を進めながらの雑談にも随分慣れたものである。本当はこういうながら作業はよくないのだろうけれど、まあユーリッツさんも仕事をしながら受け答えしているから大丈夫だろう。
「書類整理とかの事務的な作業をしたがる異世界人はいなかったから。1番隊か4番隊に配属になってる。他は自由に傭兵やってたり、農業に従事したり。何にしても身体を使う仕事に就くのが基本」
「なるほど……。自分の得意分野があるならそっちに行きますよね、そりゃあ」
納得して頷く。戦えない異世界の人はいなかったと言っていたから、みんな元の世界で色んな生物と戦ってきたんだろう。中には人同士の戦争を経験した、なんて人もいるのかもしれない。
……以前会ったナナリーさんにも、戦闘能力があるのか。
「あんたが騎士団に残るなら、3番隊……ルチアナの小隊に入ってもらうことになると思う」
「つまり、ここに勤務することになるんですね」
知っている人が上司になるというのは、ありがたい話である。実は自分の待遇を他の人達がどう感じているのか、結構不安だったから。ルチアナさんと一緒に仕事ができるなら多少は安心できる。
異世界の人間だから、というだけで他の人達がこなしてきた下積みをまるっきり無視して騎士見習いという立場をやっているのだ。不満を抱かれていても仕方ない。
「一応どんな職になら就けそうか、紹介はできるけど」
「うーん……やっぱり、このまま騎士団に残ります。ここで書類整理します」
「ん、了解」
この本を見ている限りでは、まだまだ先の話だけど!
本の内容を日本語で簡単にまとめつつ読み、日本語で要約と感想を書いてからこちらの言語に直すというめちゃくちゃ面倒な手順で課題は進む。今まで異国語の本を要約しろなんて課題出されたことないから、この手順が正しいのかどうかはわからない。ただ一つ言えることは、外国語が苦手だった私にはただの苦行であるということだ。
「…………両親の石像割れたんですけど……」
「最後まで読むことを勧める」
***
物語の展開に多少のダメージを受けながらも、なんとか終業まで頑張った。主人公に苦難が畳み掛けててしんどすぎる。あれハッピーエンドで終わるんだろうな……。
ユーリッツさんと並んでフロアに向かうと、そろそろ見慣れてきた物々しい装備の男性が受付の人と談笑していた。……談笑というよりは、受付の人が男性に捕まってしまったと見える。
「ああいう装備は偉い人の法則……」
「正解。あの人は4番隊の隊長」
法則と言っても、まだ二人しか見ていないけれど。ユーリッツさんはあんな風に鎧を着込んでないし。街中だから武装の必要がないのかもしれない。
あの装備はわかりやすく他の騎士と区別されている感じがする。マントの色は緑だ。髪色も緑でマントも緑、これで鎧も緑なら頭の先から足の先までオールグリーンの目に優しい人だったのだけれど、残念ながら鎧は緑ではない。
緑の隊長さんはユーリッツさんに気づくと、笑いながら軽くひらひらとこちらに手を振ってみせた。ちゃらそう。
「何しにきたんですか、アルバートさん」
「仕事終わったから報告がてら王都に寄ってみただけだ」
「報告だけなら別に来る必要ないはずなんですけどね。またミシュティカさんに何か言われますよ」
「あいつはもっと王都に顔出すべきだろ……ベルーガもそうだけど、全然こっちに来てねえじゃねえか」
頭の上で会話が交わされている。首が痛い。
そういえば、王宮騎士団と言う割には王都に常駐している騎士ってあまり多くない気がする。まあ、一度に大人数を見る機会なんかないから、実際には思っているよりもずっと多くの人がいるのかもしれないけれど。
「王都に戻る必要がないんだから仕方ないんじゃないですか。アルバートさんこそ、近くで仕事がない限りは王都に入らないでしょう」
「そりゃ用事がなけりゃ来ないけどな? 暇なわけじゃねえし。けどたまには他の奴らの顔見たいじゃねえか」
ユーリッツさんが敬語、ということは緑の隊長さん、もといアルバートさんは彼よりも年上なのだろう。逆立った髪と右眉の辺りにある傷が印象的だ。
喋り方とか接し方からして、こう、気のいいお兄ちゃんって感じのイメージになる。
「……あ。アルバートさんとこの異世界人、今王都にいます?」
「いや? オレは見習いの指導ばっかりだからな。別行動だ。なんだ、この嬢ちゃんが他の奴に会いたいっつってんのか?」
「そういうわけじゃないんですけど。騎士団に残るらしいんで、一応他の人の話聞きたいかと思っただけです」
嬢ちゃんって呼ばれるような年じゃないんだよなあ。20歳相手に使う呼称じゃないと思う……けど、ユーリッツさんはユーくんだしベルーガさんはベルベルだから、気にするだけ無駄か。
うーん、それにしてもユーリッツさんは気遣い屋さんだな。疲れそう。私のことなんてそんな気にしなくてもいいのにな。日頃お世話になってる分でありがたいんだから。
「じゃあ今のところ俺からは用事ないです。アルバートさんの用事は終わりました? 仕事終わりの挨拶しないとみんな仕事終われないんで、もう行っていいですか」
「あー、そりゃ悪かった。そんじゃ、団長んとこに報告に行くかな」
アルバートさんはそのまま、またな、と片手を軽く挙げて去って行った。本当にここには寄っただけだった……? 実は暇だったりするんじゃないだろうか、と勘繰ってしまう。
「たまには他の奴の顔が見たい」発言から、単なる寂しがり屋の可能性もある。隊長は隊長同士で横の繋がりがあるのだろう。
ずっと上を向いていたから首が痛くなった。左右に傾けるとゴキゴキと音が鳴る。関節を鳴らすのはよくないんだっけ、と思いつつも特に気にはしていない。
「あ、気を遣っていただいて、すみません。ありがとうございました」
「礼を言う必要はないだろ。結局いなかったわけだし」
「いや……迷惑かけてばっかりだから、せめてその都度お礼はちゃんと言おうと思いまして」
「あんたがかけてるのは心配。俺も他のヤツも、自分の身を守ることもままならないあんたがここで生きていくのを心配してる」
「人がいいにも限度がありますよ!?」
思わず勢いよくツッコんでしまった。いやだって心配してるって、何を言っているんだ本当に。そこまで私害がないどころか小動物的扱いになってるの? いや、害がないのは確かだけれども、捕食者か被食者なら完全に後者だけれども。心配されるレベルで私死にそうなの?
だって戦えない人間はそういないし、との言葉に愕然とする。じゃあいつも行くパン屋さんで働くおじさん達とか、道端で立ち話をしてるおばさま方とか、みんな何かしら戦う手段を持ってるってこと? 冗談キッツイですよ隊長殿!
「魔法道具が普及して、魔力流すだけで魔法が使えるようになったから……。みんなある程度身を守るくらいできる」
魔法が使えないことによる弊害が生じている。そっかー自衛手段はあるのかー。
……まあ心配されること自体は悪いことではないから、とありがたく受け取っておく。これはあれだ、早く強くならないと、このままでは心配をかけまくって人の好ましい騎士団の人達の胃に穴を空けてしまう。
強くならねば、という決意を筆圧強めにして日記に書き残した。




