23:神様と言語
それは、月が変わって少し経った、ある日のこと。
「……なんか、微妙に涼しくなってきました?」
建物の中は、魔法道具のお陰でいつも温度が一定に保たれている。だから季節感とかはあまりない。暑いなあって思うのは外で剣の指導を受ける時とか毎日の行き帰りと走り込みの時くらいだ。
本当に微妙な変化だけれど、少しだけ日差しが弱まった気がする。
「お気づきですか。今は9の月、火節の最後の月です。どの時節も最後の月は少し、次の時節の影響を受けるのです。火節は暑く、水節は寒いため外気温の差が激しいですが、火節の後にやって来る風節と地節は穏やかな気候が続きます」
春夏秋冬、この世界にも四季があることは知っている。日本のようにじっとりと湿気の多い暑さではないから、多少楽だ。
今は半袖の制服で過ごしているけれど、他の季節は長袖の方がいいかもしれない。火節とやらが特別暑くて、他は寒いか過ごしやすいかといったところか。火節がいわゆる夏、水節が冬、風節と地節が春と秋どちらかって感じかな。春一番が吹くとかいうくらいだから、風節が春だろうか。
「7と8はそこそこ暑いけど、9は比較的涼しくなるんですね」
「そうですね。水節の最後の月である6の月も、少しだけ寒さが緩和されます」
1から3が地節、4から6が水節、7から9が火節、10から12が風節だって教えてもらったっけ。私のイメージ通りに変換すると、秋冬夏春って順番になるのか。……冬と夏が連続してるのすっごい嫌だな。身体が変化についていかなさそう。
「それぞれを神様が治めてるんですよね、確か」
「はい。……あ、そういえば。レナータさんは疑問に思われませんでしたか?」
「何がですか?」
「この世界は誰もが同じ言語で話しているわけではなく、単にそう聞こえているだけである、という部分についてです」
にっこりと微笑みながら言われた言葉を反芻する。今こうして会話をしているルチアナさんだって、私とは全く違う言葉で話している。それについては理解しているけれど、特に疑問に思うことはなかった。
「実は、文字とその意味は統一されていますが、読み方が統一されていないのです。というのも、読み方を統一したくともできないからです」
「…………あ、読み方を説明しようにもできないんですね」
「はい。勝手に変換されて伝わるので、読みは各々が自由に自分の言葉で示すのです。では、ここで問題です。生まれたての赤ん坊は、どのようにして言葉を学ぶのでしょう?」
言われてみれば、確かにそうだ。この翻訳機能は「相手が話している言葉の意味を知っている」ことが前提になる。そうでなければ変換することさえままならないからだ。
なら、言葉を知らない子供は何から言葉を学ぶのか。この世界では書き言葉は統一されているけれど、話し言葉は統一されていない。両親共に違う言語で話している可能性は十二分にある。じゃあ一体、子供達は何の言葉を話すのだろうか。
「…………わかりません。降参です」
「国が統一される前は、4の国が世界にはありました。それぞれ大地、水、炎、風の神が治める国です。そして言語は国毎にあり、今も受け継がれています」
「てことは、今も4種類の話し言葉があるってことですか?」
「その通りです。話し言葉だけでなく、書き言葉も受け継がれています。ですから、後になって統一された文字は書けなくともそれ以前の文字は書くことができる、という方は多いのです」
確か現在の王国歴は512年だと教えてもらったけれど、この500年の間に話し言葉を統一しようとはならなかったのだろうか。……まあ、現状統一する必要がないから、そんな話にはならなかったのかも。
「かつてはその国に住まう人々が使っていた言語が、何故今も受け継がれているのか。それが、生まれたての赤ん坊の言葉に繋がります」
何故突然こんな話になったのか、にも繋がるのだろうか。ルチアナさんがどこからこの話を連想したのか、私には皆目検討もつかない。
「古くからある慣習で、生まれた赤ん坊は神の祝福を受けるのです。それが名付けの儀と呼ばれる、神から名を賜る儀式です」
「あれ? その儀式って、元々あったものなんですか?」
「はい。神から名を与えられることで、この世界の住民となるのです。レナータさん達異世界人の方に行うものと全く同じ内容、というわけではありませんが」
なるほど。元々この世界の人が生まれた時に行われる儀式だったのか。
何かぴんときそうでこない。500年経っても尚受け継がれ続ける4種類の言語と、生まれた時に受ける神の祝福。一緒に説明されたってことは、この二つに間違いなく繋がりがあるはずなんだけどなあ。
「生まれた時節によって、祝福を与える神が違うのです。今なら炎の神チャカの祝福を賜ることになります」
「……まさか、どの神様の祝福を受けるかで言語が変わる?」
「正解です! 名付けの儀の際、名前と、自分がどの部族であるのか、ということがその身に刻み込まれます。この儀式によって我々は分類され、部族の特徴を受け継ぐことになるのです。炎の部族とはこういう言語を操り、炎の魔法を得意とする者達である、という風に」
部族としての特徴そのものを刻み込まれるとは。それじゃあこの世界の人達は学ぶ間でもなく、自分が所属している部族の言語なら自在に操ることができるのか。なるほど、あらゆる場面で思うけど、本当に便利な世界だな。翻訳機能がなかったら今頃大変なんだろうなあ。
異世界人にする儀式は少し違う、と言っていたから、私や他の人達も特にどこかの部族に所属している、ということはなさそうだ。私は日本語を喋ってるし。
ちなみにルチアナさんはどの神様の祝福を受けたんですか、と尋ねると、炎の神様ですと返ってきた。やっぱりそうか。




