20:目も当てられない
「俺だってルチアナに任せていいなら丸投げしたいよ……」
隊長、目、死んでますよ。
隔離されている間、私の相手は小隊長以上の人間が務めるのはわかっている。普段は私と同じ部屋で仕事をしているけれど、剣の指導となると話は変わってくるだろう。その分業務が滞るからだ。
だから、「どうしてユーリッツさんが担当するんですか?」と質問してみた。あわよくば、剣から離れられないかと考えて。そうしたらユーリッツさんは、深く大きなため息をつきながら冒頭のセリフを言ったのだ。
王都にいる3番隊の人間で、小隊長以上は現在ルチアナさんとユーリッツさんしかいない。彼でないならもう一人が担当することになる、のだけれど。
「ルチアナさんに任せることに、何か問題が……?」
「あいつは手加減なんか全然できないから、全くの初心者相手なんかさせられなくて……」
ああ、私の運動能力が低いせいでユーリッツさんの仕事を増やしているのか。…………めちゃくちゃ申し訳ない。
ため息をつきながら持っていた木製の剣を一本私に寄越すと、とりあえず適当に打ってきて、と至極だるそうにもう一方の剣を構えた。適当に、とは難しいことをおっしゃる。
「…………えいっ」
「……どこからどうしたもんかな、これ」
木製の剣は軽いもので、筋肉なんか全然ついていない私の腕でも簡単に振り回すことができる。うまく使えるかどうかは別問題だ。
思いっきり振り上げてから、重力に任せて振り下ろした一撃は、いとも簡単に受け止められた。そりゃそうだ。
剣を下ろし、どうするかな、なんて呟いているユーリッツさんの指示を待つ。他の異世界の人はこれ、どうしてたんだろう。
「一応聞いとくけど、なんか得意な武器とかあるか?」
「武器……? 包丁、でしょうか」
「無理して捻り出さなくていい」
運動そのものに慣れていなさそうだとは聞いてたけど……とかなんとか言いながら天を仰ぐユーリッツさんに釣られて、私も空を見上げた。どこへ行っても空は青い。
「話がまとまらない内に質問してもいいですか?」
「まとめようとしてる人間に言うことか、それ。……いいけど」
「いや、何で今更剣の指導なんて、と思ったので……」
昨日から気になっていた疑問をぶつける。そもそも突然剣を持たせる前に、色々と準備が必要なんじゃないだろうか。走り込みとか筋トレとか、できることはあったと思う。
だからこそ、突然剣の指導なんて言われても、なんて戸惑ったのだ。
空から目線を外し、お互いの顔を見る。いつ見ても無表情のその顔にはもう慣れた。
「何であの人達は中途半端に説明してないんだ……?」
「というと、ルシェさんとアロイスさんのことですか?」
「そう。異世界人は、こっちの世界に来てすぐの時は身体がうまく動かせなくなるらしくて。だから最低でも一月は様子を見ろって言われてる。一月もすれば馴染みもするだろって」
「あー! 確かに、やたら体力落ちたなあ、歳かなあって思ってたんですよ! ……そういえば、今はそんなでもない……?」
王都に向かうまでの道程が一番しんどかった。私はただ歩いていただけなのに、やたらめったら疲れたのだ。高校までは強制的に体育の授業があったけれど、大学の講義では体育を選択していなかったから、てっきり自分が運動不足なんだとばかり思っていた。私が悪いわけじゃなかったんだ!
「今日から指導に入るとは言ったけど、元々様子見のつもりだった。動けるようならそのまま続ければいいやと思ったし」
「結果がこれで、すみません」
「いや……多少なり覚悟はしてたし。身体がなんともないなら、今日から毎日素振りと走り込みしてもらうから」
うわ体育会系の部活だ。
いや、しかし騎士になるには必要な……じゃない、私は別に騎士になるとは一言も言ってない! 確かに騎士団に残る以外の道なんてまだ欠片も考えていないけれど!
「け、剣は使えなくちゃ駄目ですか」
「んー……まあ、駄目ってわけじゃない。けど、いざって時に自分の身を守れる手段はあった方がいい。それにこっちは、あんたが戦闘に於いて使いもんになるとは誰も思ってない」
使い物にならないっていうのは……うん、そりゃそうだ。だって、騎士見習いとして面倒を見てもらえる期間は短い。その間にド素人が他の騎士と肩を並べるくらいになるっていうのは土台無理な話だ。
けどそうか、この人達は、私が生きる為の術を教えてくれているのか。運動はあまり得意じゃないから、というだけで回避しようとしていた自分が情けない。
「ユーリッツさん、私頑張ります」
「うん、頑張ってくれ。体力作りはルチアナに任せるから、あいつと相談しながらやって」
「了解しました!」
「とりあえず今からは素振りだけ」
運動部になんて入ったことがないから、身体のどこにも筋肉が発達している部分なんかないけれど。それでもあと5ヶ月の間に、目も当てられないレベルから目を覆うほどでもないレベルに成長できたらいいなあ!
……できたらいいなあ、じゃないか。やらなくちゃいけないんだ、これ。




