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異世界転移に巻き込まれた  作者: ももた
1:異物混入
2/28

2:こんにちは異世界

「保護するのは久しぶりだねえ」

「最後は確か……3年前だったか?」


 誰かの声に反応して、落ちていた意識が浮上する。鼻で息を吸うと、草と土の匂いがいっぱいに広がった。何故自分は地面で眠っているのか、昨日は何をしていたのか……と、そこまで考えて、意識を失う原因となった出来事を思い出した。そうだ、あのブラックホールに巻き込まれたんだ。……ということは、私は死んでしまったのだろうか? ブラックホールに吸い込まれたものは全て塵と化す、なんて聞いたことがあるけれど。

 おもむろに身体を起こすと、おはよーと間延びした声で挨拶された。


「……おはようございます?」

「とりあえずは元気そうで何よりだ」


 何やら座り込んで紙を広げながら話をしていたらしい、現代日本では考えられない装いの男女二人組。正座をして二人に向き直り、失礼だとは思いつつもまじまじと二人を見つめた。

 日本語が通じているということは、日本人なのか……? 服と髪色はさておき、顔つきはアジア人のそれではない。だからやっぱり海外の、人? ……いや、その前にもっと根本的に解決しなければならない疑問があるじゃないか。


「私、どうしてここに寝ていたんでしょうか?」


 ぐるりと首が動く範囲で周囲の景色を見たけれど、広がる見渡す限りの大草原。遠くに壁のような建造物や木々が茂った森が見えるくらいで、本当に何もない。海外だろうが日本だろうが、こんなところに自分が寝ているのはおかしい。ツッコミどころはそれだけではないけれど、ひとまず最低限自分の状況は知りたかった。


「何でここに寝てたかって疑問に答えるなら、俺達が空から降ってきたお前を保護したからってことになる」

「空……!?」

「知りたければ色々説明はしてあげるけど、今はとにかく儀式を済ませちゃわないと」


 空って、天を仰げば今も変わらず広がっている、真っ青なあの空のことで合っているだろうか。いや、それしか知らないけれども。

 あんな高さからノーロープパンジーだなんて、よく五体満足で生きていられたな、とか、この人達もよく空から落ちてきた人間を保護できたな、とか、言いたいことはたくさんある。けれど、今は二人組の片割れ、濃紺の長い髪を三つ編みにしている女性が言った「儀式」という言葉を聞き流すわけにはいかなかった。


「ぎ、儀式って何するんですか? 痛くないですか!?」

「名付けの儀をするだけだよ。すぐ終わるし痛くない痛くない」


 三つ編みの彼女はけらけらと明るく笑いながら説明をしてくれたけれど、名付けの儀が文字通り私に名前を付けるための儀式だというのなら、必要性が全く感じられない。だって私にはもう20年慣れ親しんだ、銀山紬かなやまつむぎという名前がちゃんとあるのだから。


「あの、私――」

「名乗るな。事情は後で説明してやる」


 真っ黒のローブを身に纏った、深い赤の目と髪を持つ男性の言葉が、私の口を止めた。彼女もそうだが、この人の髪も随分と長い。触れれば熱を感じられそうだ、なんてどうでもいいことが頭に浮かんだ。

 三つ編みの彼女も黒いローブの彼も、さっきから説明はしてあげる、と言ってくれている。ならば私は彼らが説明してくれるのを大人しく待っていればいいのだろうか。

 しかし、突然赤の他人に名前を付けられるなんて一大事、口を挟まずにいられる人間がどれだけいるというのか。少なくとも私自身は、説明もなしに改名なんてさせられたくはない。


「事情は、今! 説明してください!」


 地面を手でぱしぱしと叩きながら全力で主張する。その様を見た黒いローブの彼が、はあ、とため息をつく。前はどうしてたっけなあ、なんてぼやきながら頭をかく彼に無言で抗議する。私は自分が置かれている状況さえ理解できていないのだ、当然の要求だと思う。

 私は助けてもらった身――彼らの言葉を信じるなら――なのだから、お礼を言うよりも先にこんな主張をしているのは失礼だと思う。でも、どうせならちゃんと諸々理解した上で助けられたことのお礼が言いたい。


「…………さっさと終わらせたかったんだが……」

「この場合は説明を先にした方が早く終わるよ、兄さん!」


 仕方ないか、とまたため息をついた――暫定的にお兄さんと呼ばせてもらうことにする。どうも口ぶりからして、儀式を行うのはお兄さんの方らしい。説明をするのもお兄さんなのだろうか。

 ……しかし、兄妹だったのか。見た目から歳の差はあまり感じられないし、そもそもあまり似ていないけれど、兄と妹ならそんなものなのかな。私は一人っ子だったからよくわからない。


「俺は先にリシェットに話をつけてくる。説明はお前がしといてくれ」

「りょーかーい」


 のっそりと立ち上がって歩いて行ったお兄さんは、少し離れた場所で何やら腕につけた何かに向かって話し始めた。リシェット、というのは恐らく人名だろうから、やっぱりこの人達は外国人なのかな。いや、今の状況と合わせると、もっと可能性の高い説明があるのだけれど。それについてはちょっと考えたくない。

 ぼんやり考え込んでいた私の目の前では、妹さんが心なしか楽しそうに「どっから説明したもんかなー」なんて呟いていた。


「前はどんな説明したっけなあ。…………うーん。ちょっと考えるのめんどくさくなってきたから、一問一答方式にしようか」

「……つまり?」

「あなたの疑問に私が答える、という形で説明するよ!」

「なるほど」


 でも疑問を出す、というのがそもそも難しいのだけれど。何せわからないことだらけなのだ。私が空から降ってきたという話についても詳しく聞きたい気はするし、名前を名乗るなと言われた理由についてもちゃんと聞いておかなければならないし、できればお二方の名前も知っておきたい。今の私がわかることなんて自分自身のプロフィールくらいなものだ。

 なんでもこい、というような感じで構える妹さんと、何から聞いたものか、と首を傾ける私。


「えー……あー……あ、とりあえず名乗る以外にやっちゃいけないことってありますか?」

「今のところはない、かな? ここには私と兄さんしかいないし、あなたが突然武器持って襲ってきても対処できるくらいの力の差はあるよ」


 話題が物騒だ。暗に「私のことを襲っても構わないよ」と言われているのだけれど、それを聞いて誰が襲うと言うのだろう。確かに妹さんは美人だし、発育の暴力とも言うべきそのスタイルも異性を惑わすには十分だ。しかし、それとこれとはまた話が違う。私が男だったとしても、目の前の彼女を襲うようなことはしないし、できない。そんな輩に遭遇した場合、彼女は今のような笑顔を湛えながら処理するのだろうか。その様は若干ホラーである。


「……人を襲う以上に名乗るのがダメな理由は?」

「えーっと……。まず大前提として、今いる世界とあなたがいた世界は別物だってことを受け止めてもらいたいんだけど、大丈夫?」


 その言葉を聞いて、頭を抱えた。薄々というか、そんな気はしていたんだ。そっかー異世界に来ちゃったかあ、なんて感想も出てこない。あのブラックホールが恐らくは異世界への扉だったのだろう。となると、あの時一緒に吸い込まれた女性もこの世界に来ているはずだ。

 それについては後で聞くとして、今は話の続きを聞こう。強い口調で禁止されたのだ、それなりの理由があるに違いない。


「大丈夫じゃないけど、とりあえず大丈夫です。理解はできます」

「うん、ゆっくり受け止めてね。多分長い付き合いになるから。……それで、これはこの世界での考え方なんだけど、名前っていうのはその個体を示す記号なんだよね。例えば私はルシェっていう記号で示される個体で、兄さんはアロイスって名前で示される個体であるって具合に」


 話の流れでお二方の名前をゲットしてしまった。妹さんはルシェさん、お兄さんはアロイスさん。覚えた。

 名前がその人個人を示す記号である、という考え方はわかる。いわゆる固有名詞というやつではないだろうか。だからこそ同姓同名なんかがいればややこしいことこの上なくなるのだ。


「その身体でその名前を持つ個体っていうのは、同時に二人と存在しないの。何から何まであなたそっくりの個体が存在するとして、たとえそれがあなたと同じ名前を名乗っていたとしても。それとあなたは全く同じものではないんだよ」

「…………世界中のどこを探しても、同一個体は存在しないってことですね?」

「そういうこと! で、ここからが私達があなたに名乗っちゃいけないっていう理由ね。もしその考え方、というか『決まり事』が他の世界にも適用されるとしたら、どうなると思う?」

「?」


 この世界では、全く同じものなんか存在しないという考え方は「決まり事」なのか。同一個体が同時に存在しない、という「決まり事」が、他の世界にも適用される場合? 私の頭が悪いからだろうか、ルシェさんが言っていることは何となくわかる気はするけれど、しっかりと解釈をすることができない。首を捻る私に、彼女は少し真面目な顔をしながら説明を続けた。


「言い方が悪かったかな……難しいな、この辺の説明。あなたの世界にあなたと同一の個体が存在しないのは当然として、この世界にも存在しないとしたら?」

「えー……っと……?」

「うーん……難しいよね。私も今のじゃわかんないと思う。えっとね、私達は『同時に全く同じ個体は存在しない』っていう『決まり事』を『存在しないのではなく、存在できない』と解釈してるんだ」

「……存在、できない?」

「そう。数ある異世界の中には、あなたの世界と似たような、というか同じ文化の世界が存在して、あなたと同じような人生を送ってきた、あなた本人のような人物がいるかもしれない。でも、生きてる世界が違うんだから、そもそも同一にはなり得ないんだよ。あくまでそれは、よく似た世界で生きるよく似た同じ名前の人物なんだ」


 なるほど、と頷きながら説明を聞く。全く同じものは存在し得ない、という考えについてはよくわかった。クローン体を作って同じ名前をつけたとしても、それは似たような身体と同じ名前を持つ別の個体である、ということだろう。物体についての解釈はまた別なのかもしれないけれど、とにかく生物に関しては同一個体はどこを探しても、それが例え異世界だったとしても、存在しないことになる。それをどう証明するのかはわからないけれど。

 引っかかるのは、「存在しないのではなく、存在できない」という部分だ。


「その、存在できないってどういうことですか?」

「調べる方法がないから、もしもの話になるんだけどね。例えば私はこの世界でルシェって名乗ってるでしょ? 別の世界に行った時にも同じ名前を名乗ったとする。そうすると、この身体を持つルシェという個体が二つの世界に存在することになるんじゃないかって話」

「……でも、ルシェさん本人はその時別の世界にいるんですよね? じゃあ同時に二人のルシェさんが存在することにはならないんじゃ」


 思ったことを口にすると、ルシェさんはうーんと首を捻りながら唸った。もしもの話、と前置きをしたということは、彼女自身確証はないのだろう。確証はないけれど、懸念はしている。多分そういうことなのだ。

 少しの間唸った後、ルシェさんは頬をかきながら口を開いた。


「そこなんだよねえ、難しいの。でもね、こればっかりは考えすぎくらいがちょうどいいと思う。私が別の世界でルシェだって名乗った瞬間、私はその世界の存在になってしまうかもしれない。そうなると、この世界に私が存在したっていう事実そのものが消えてしまう、かもしれないんだよ」

「……別の世界のものになってしまうことで、元の世界の自分が消える……?」


 私が元の世界にいた痕跡が消える、と。パソコンに保存されていたデータを切り取って他の媒体に貼り付けるようなもの、とでも思っておけばいいだろうか。そうすればパソコンに元々あったはずのデータはなくなって、別の媒体のデータになる……パソコンに詳しいわけではないから、復元する方法はあるのかもしれないけれど。でもまあ、そんなところだろう。解釈としては多分そこまで間違ってない、と、思う。


「だから、名付けの儀なの」


 そう言ってルシェさんはぱん、と手を叩いた。ここにきてようやく儀式の名前が出てきた。

 解明されていない、それどころか実際に起きるかどうかもわからない現象の心配をしなければならないのだから、ファンタジー世界って大変だなあ、なんて他人事のように思う。私よりもルシェさんの方がよほど私のことを考えてくれているのではないだろうか。


「今は存在そのものが不安定な状態でね。肉体と精神をとっかえちゃうことはできないから、あなたのことを示す記号を一時的に変えることで、元の世界にいたあなたと今この世界にいるあなたは別人だ、ってことにしちゃうわけ。これはこれで問題あるんだけど……まあ、儀式自体は何が起こったのかわかんないまま終わると思う」


 ……パソコンで例えると問題が出てくる。データを名前を変えて保存する、ということになるけれど、じゃあその時「名前を変更する前のデータ」はどうなるのか。一時的とはいえこの世界のものになってしまった私は、今の自分に戻ることができるのだろうか。

 いや、そもそも元の世界に自分の存在を残すことが目的なのだから、コピー&ペーストが行われることになるのでは。つまり、元の世界には既に私の分身体が存在してしまっているのでは……?

 一気に不安になって、考えていることをそのまま――パソコンのくだりだけは置いておいて――伝えると、ルシェさんはそのことかあ、と頷いた。


「私達の考えは、一人の人間が分裂することはないってことが前提になってるんだ。魔法でも生命体を作り出すことはできないからね。だからあなたの不安はどうしても拭えない。ごめんね。でも、分裂した時点であなたとその分身体はイコールではないの。だからえっと、元の世界に戻った時に万が一分身体がいた場合は、殺すなり何なりすることになるかな」


 発想が物騒。普通の人間は人を殺すなんてできません、というか、自分と同じ顔をした人間が目の前で死んでるって、それはもう立派なトラウマだ。

 しかしルシェさんの言っていることはわかる。そもそも分身体が存在してしまった時のことなんか考えたら、元の世界に帰るどころの話ではなくなってしまうのだろう。だから前提条件として、元の世界にいた私がこの世界に移動してきたと考える必要がある。……パソコンで例えたりするからややこしいことになるのか。全くの別物なのだから、自分の知識で説明しようとするのが問題だったんだ。誰だ、そんなことしたの。


「ついでにさっき言った問題について教えとくね。実は名付けの儀はね、本人次第の部分があるの。元の自分を保持するのに必要なのもやっぱり名前でね。この世界の存在になった瞬間からそれは記憶からどんどん薄れていっちゃうの。だから元の自分のことをちゃんと記憶しておいてもらえると、元の世界に戻れるってなった時にこっちも動きやすい」


 自分の名前を忘れてしまう、ということか。それはまるで、いつか見た映画のような話だ。ルシェさん達はこの世界で生きるための手助けをしてくれるから、元の世界に帰るには自分の努力が必要になる。言われてみれば当然の話だ。むしろ自分の力だけでどうにかしろと言われてもおかしくないのに、異世界の人間だと知った上で手助けをしてもらえるのだから、恵まれている。……いや、異世界に飛ばされた時点で恵まれてはいないのか。

 話がちょっとごちゃごちゃしてきたような気がするけれど、なんとなくわかったことがある。


「つまりルシェさん達は、見ず知らずの異世界人である私を心配してくれてるめっちゃいい人ってことですね?」

「褒めてもなんにもでないよ! 私は仕事と趣味を兼ねてるところもあるしね。……あ、元の世界の話をしたけど、今のところこの世界と異世界を繋ぐ方法は確立されてないし、帰れた人もいないからね。生きてる内に元の世界に帰れる方法が見つかればいいんだけど」


 帰る方法が見つかる前に可能性を潰したくはないでしょ? と笑うルシェさんに、何も言えなくなる。痕跡がなくなるだけで、帰れなくなるわけではないかもしれない。そもそも、痕跡が消えるというのも可能性の話だ。この世界に来てしまった時点で私の存在は消えているかもしれなくて、もう二度と家に帰ることなんてできないのかもしれない。そんな可能性なんか、いくらでもある。

 それでも、少なくともルシェさん達が諦めていないのだから、当人である私が諦めるわけにはいかない。まだこの世界のことも何もわからないけれど、とりあえず目標だけはできた。何としても、元の世界に帰るんだ!

説明回。

ルシェは知ってる範囲のことなら聞けば教えてくれる人です。

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