15:勉強会
話をする前にまず腹ごしらえを、と運ばれてきた食事は豪華なものだった。旅をしている間は魔物を食べるのが当たり前だったのに、ここに住んでいる時は立派な食事をとっているのか。胃がびっくりしそうな生活を送ってるな、ルシェさん達は。
ありがたくいただいてから、とりあえずお互いに自分の世界の文字を使って簡単な文章を書いた。それを相手に見せて、この並びでこういう意味になるだのなんだのと教え合う。うん、やっぱりこの世界だと単語を覚えないとやっていけなさそうだ。
「これとこれ、同じ並びの単語なのに何で意味が違うの……」
「文字の数多いなあ……何でこんなにたくさんあるんだろ……」
私がこちらの世界の文字と戦っている横で、ルシェさんは日本語と格闘していた。純粋に疑問なのだけれど、他の世界の言葉なんて知ってどうするんだろうか。もしかして、他の世界に行ってみたいとか?
「……あ、そういえば。統一される前は言語が複数あったって言ってましたよね? 今使われてるのは、どういうものなんですか?」
「統一後に新しく作られたものだよ。当時の王様がやったことの中でも一番の大仕事だって言われてるね」
「新しく……それはまた大変な作業を……」
「文化を新しく作るってことだもんね。難航しただろうねー、当時はさ。それでもやったってことは、新しく作ることでしか解決できなかったのかもしれないねえ」
確かに、四つあった国を一つにまとめるなんて簡単にできることじゃない。王を決めることがそもそも難題だっただろう。それでも今、一人の王が一つになった国を治めているというのだからすごい話だ。
「文字を覚えたらちょっと歴史も触れてみたいですね……面白そう」
「それなら歴史書を勉強道具にするのもアリかもね! 面白いよー!」
歴史を話題に出せば、途端に声が殊更明るくなった。創世神話に詳しいらしいという話を聞いてから薄々思っていたのだけれど、ルシェさんはやっぱり歴史に強い関心を抱いているようだ。いや、興味関心なんてレベルではないのかもしれない。ていうかこの人本当に頭よさそう。
「少なくとも創世神話は押さえておきたいですね。この世界における神様のことを知っておいて損はないでしょうし」
「うーん……。この世界の神様のことを知りたいなら、世界が創られた話より、創られてから統一されるまでの話の方がいいと思うよ。創世神話は本当にただただ神様が世界を創った話だから」
神の手によって世界が創られた、ということが共通認識であるのが不思議だから、創世神話から入りたいのだけれど。あと、誰視点から語られるのかちょっと興味ある。語り部は誰なんだろう、創世神話。
文字を教えたり教えられたりしながら、創世神話について簡単に話してもらった。本を暗記しているらしいから、本当に人間じゃないなって思う。私に記憶力がなさすぎるだけか。
「…………なるほど。この星自体が神の創造物で、そこに存在するものも全て等しく神に創られたものである、と」
「簡単に言っちゃえばね。でも『我々は神の下に平等である!』なーんて言っときながら差別は当然のようにあるから、教会のお偉いさんと貴族様は口ばっかりだってよくわかるよ」
呆れ返ったように放った言葉は、全く表現を選ぶ気がなさそうだった。ルシェさんは心底そういう人達が嫌いなんだろうな、というのがよくわかる。
恐らくは、彼らもルシェさんのようなタイプの人は嫌いだろう。水と油、絶対に相容れない存在なのだ。多分。
「お偉いさん達が嫌ってるものほど私は好きだね。亜人だって、あの人達が勝手に『奴らは我々とは違うのだ』なんて言って見下してるだけだからね! 神の下の平等はどこにやったの!」
「あああ……余計なスイッチを入れてしまったようで、すみません……」
ひどい話だよ! と憤るルシェさんを必死になだめる。勢いそのままに椅子ごと後ろに倒れそうだ。
しかし、ルシェさんの言うことはごもっともである。神の下の平等を謳った口でその発言をしているのなら、不信感を抱くどころの話ではない。
……でも、熱心な信者はそういう特別意識を与えてくれる言葉に酔うんだろうなあ……。
「うっかり聞き流すとこでしたけど、亜人って何ですか?」
「いわゆる『人間』って呼ばれる生き物と見た目は似てるけど、明確な違いを持つ生き物のこと、かな。色んな見た目の人がいるよ」
「はあ……なるほど。だから差別の対象になってるんですね」
「似てるって言っても形が人型だってくらいだからね。獣と交わったもの達だから純粋な神の創造物とは違うっていうのがその人達の主張」
亜人、かあ。日本で言う人魚なんかはその類になるのだろうか。妖怪だけど。……妖怪が含まれるなら幽霊も含まれる可能性があるかな?
思い出したら腹立ってきた! と騒いでいるところを見るに、実際にそのご高説を聞かされた経験でもあるのだろう。確かに私自身そんなことを言われても「何を言ってるんだコイツは」としか思えない。私の場合は無宗教だからというのもあるだろうけれど。
なだめながら亜人について教えてもらっていいですか、と言うと、さっきまで怒っていたのは何だったんだと驚くほどの切り替えの早さで、ルシェさんが会った亜人の話をしてくれた。
…………なんというか、幼いな。この人。




