13:一緒に昼食を
「つっかれたあ…………」
どべっと机に突っ伏して、大きく息をはいた。文字の読み書きをひたすら練習、たまに休憩を兼ねて雑談というのを繰り返すこと4時間。現在の時刻はお昼の12時だ。
朝は宿で食べたけれど、普段の食事はどうすればいいんだろうと思ってユーリッツさんに尋ねると、食事休憩は交代でとることになっているとの答えが返ってきた。なるほど。聞いたこととは少しズレた答えをいただいた。
私はどうしても特別扱いになってしまうため、今日はユーリッツさんと一緒に食事をとることになった。
「さっきルチアナが食事休憩とりにいったから、帰ってくるまで何か……ああ、忘れるとこだった。出る前に異世界人の印つけてもらわないと」
「その印って、どういうものなんですか?」
「手首につけるやつ。念の為言っとくけど、自力では外せないから」
「外しませんよ」
外せるかどうか試みることはあるかもしれないけれど。
一応どういう仕組みなのか聞いてみると、魔法で鍵をしてしまうため、解錠は鍵をかけた本人にしかできないのだそう。同じ魔法でも発動者によって形が変わるから、ということらしい。魔法が使えない私には全く関係のない話だ。
「でも、長い袖とかで隠してしまえば異世界の人間だって気づかれないんじゃないですか?」
「それを嵌めたヤツの周りは魔力の流れが変わるから、隠そうが何しようが感知は可能」
「……魔力ってそんな、普通に感じられるものだったんですか」
「この世界の人間は基本的に魔法使えるから……」
時節が変わると満ちる魔力も質が変わるし、魔力の流れから天気がわかる。そんな感じで、魔力とは生活に密接したものであるようだ。雨が降る前は水のニオイがするようなものだろうか。
部屋の棚から小箱を取り出したユーリッツさんに、されるがままに手首に真っ黒のブレスレットを嵌められた。無機質なそれは手錠を彷彿とさせる。全くそんなことはないのに、とても重く感じた。
それからしばらく、魔物を食すのは一般的な文化ではないとかなんとか、色々と食事について話をしていると、既に慣れつつある、よく通るルチアナさんの声が聞こえてきた。
「よろしいでしょうか、隊長!」
ノックが意味をなさないほどの大きな声。入って構わないとユーリッツさんが許可を出せば、失礼しますとまたよく響く声と共に扉を開けた。腹式呼吸がしっかりできているのだろう。のど自慢大会があれば優勝じゃないかな。
「お先に食事をいただいてきました!」
「了解。じゃあ行ってくるから、何かあったらすぐ連絡してくれ」
「はい! ごゆっくりどうぞ!」
頭の先から足の先まで、芯が入っているようにびしっと立つルチアナさんを見ていると、こちらが疲れてくる。全く嫌いではないしむしろ好感が持てる人柄をしているのに、こちらの生気が吸い取られているような気がするのは何故なのだろうか。
ルチアナさんが去るのを見届けてから、行くか、とのっそりと部屋を出るユーリッツさんの後を、ちょっと離れてついて行く。これからも何度もこの背中の後ろを着いて行くんだろうなあ。
改めて見ると、気だるげな態度の割に背中は真っ直ぐで、猫背になっていたりはしない。そういえば騎士って会う人会う人みんな真っ直ぐだ。何か、騎士の心構えとかそういうのがあったりするのだろうか。……まあ、猫背の騎士がいたところで頼りになりそうもない気がするけれど。
屯所を出て少し歩いたところにパン屋さんがあった。焼きたてが並んでいるらしく、とてもいい香りがする。
腰に下げた袋からお金を取り出そうとしていると、いつの間にやら購入していたユーリッツさんが私の前にパンを突き出した。戸惑いながらも受け取ると、彼は私の困惑をよそに思い切り手にしたパンにかぶりついた。
「朝に注文して、金もそん時に払っとくとすぐ食える」
「あ、あの……お金……」
「自分で種持ち込んであそこで焼いてもらってるヤツもいる」
ユーリッツさんはパン屋さんの前にあるベンチに座り、隣をぽんぽんと叩く動作をした。座れということか。
おずおずと隣に座り、半ば強引に渡されたパンを見つめる。どうしたものか、とユーリッツさんを見上げると、視線に気づいた彼は首を傾げて「食わないのか?」と聞いてきた。いや、だから、お金……。
「……見習いの内は給料が安いから、いくら昼の分だけとは言っても毎日食事を準備するのは難しい。平民で騎士団に入るヤツは大抵家に仕送りをするようなのが多いから、余計に」
「……つまり、これはある種の救済措置ですか?」
「俺がしてもらったことをそのままやってるだけ」
自己満足だけど。そう言ってユーリッツさんは大きめなパンの欠片を口に押し込んだ。
自分がそうしてもらったから、自分も誰かにそれをしてあげる。めちゃくちゃいい循環を見てしまった。情けは人の為ならずとはこのことか。……ちょっと違う気がする。
異世界の人間なのに、このまま騎士団に残るかどうかもわからないのに、私も手を差し伸べる対象に入っているのか。やっぱりなんだかよくわからない人だ。善意で助けてるわけじゃないとかなんとか言っていたけれど、この行動は善意なしにできるものではないだろうに。
「……ありがたくいただきます」
お礼を言って、パンにまふっと勢いよくかぶりつく。ふわふわで美味しい。隣ではユーリッツさんが2個目に手を伸ばしていた。
人というのは誰かに助けられながら生きていくものだ、と何かで聞いたことがある。私はこの世界で誰かを助けることができるのだろうか、なんて、まだまだ足場も固まっていないのにそんなことを考えていた。




