12:雑談
「あー……確かにさっきは気ィ抜いてたけど。元々、その制服着てるヤツに丁寧に接するつもりはなかったし……」
始業の挨拶の後、いくらか起きているように見える顔になったユーリッツさんに、失礼だよなあとは思いながらも「それが地ですか?」と訊ねてみた。その答えがこれである。
曰く、ルチアナさんやベルーガさんなんかの素が丁寧な口調の人物もいるにはいるけれど、相手が同僚もしくは部下なら今のユーリッツさんのように元の口調で話す人が多いのだそうだ。まあ確かに、地を出せないと打ち解けることもできないか。
「外部の人間が相手ならそりゃ多少は気ィ遣うけど……一時的とは言っても今は一応部下なわけだし」
「使い分けですね、なるほど」
ユーリッツさんに言わせてみれば、ルチアナさんのような常に全力投球してる人間の方がおかしいのだろう。いや、おかしいのはおかしいけれど。受ける印象が悪いかと言われると全くそんなことはない。仕事に影響がなければ何でもいい気がする。勿論、許される範囲での話だ。
ちらりとルチアナさんが向かっていった方を見ると、てきぱきと部下に指示を飛ばしている姿が見えた。
たくさんの情報がここに集まり、様々な理由を持って色んな人がここを訪れる。情報の整理、魔物討伐なんかの依頼の整理、助けを求める人々の対応……ここの業務は多岐に渡るようだ。
そんなところで責任者を任されているユーリッツさんといい、指導者を任されているルチアナさんといい、結構とんでもない人達なのかもしれない。
「そんじゃあ、隔離の意味も込めて一旦奥の部屋行こうか」
「か、隔離……」
「他の見習いとはやることが違うから」
ああ、まあ、それは当然か。にしても隔離って、病原菌みたいな扱いだなあ。
昨日と同じ部屋に通されて、昨日と同じように向かい合って座る。昨日は内心びくびくしながらこの部屋にいたのに、今日はそれほどでもない。順応性が高いのかもしれないなあ、なんて。本当は優しい人に囲まれた結果なのだけれど。
「じゃあ、とりあえず個人的に言っといた方がいいと思うこと全部伝えとく」
「はい、お願いします」
個人的に、ということは多少ユーリッツさんの独断も混じっているということだろうか。隊長が直々に対応しているくらいだから、異世界の人間に対しては慎重になっているのかもしれない。何を言われるのかはわからないから、こんな時ばかりは表情の変化に乏しい彼がありがたいと思う。あんまり真面目な顔をされると怖い。
「現在国が把握できてる異世界人の数はざっと70人ほど。総人口2億に対しての数としては少ないかもしれないけど、それだけの数の異世界と繋がってしまったんだと考えると、とても少ないとは言えない」
70人全てが異なる世界の住人だとするなら、確かにすごい数になる。繋がりを持ってしまったという言い方から察するに、今後その世界から人が来てしまう可能性があるのだろう。少なくとも、私ともう一人の女性は同じ世界から来た人間だけれど、まだこちらの世界に彼女が来ているという情報は入っていないらしい。私が来る以前に来た人の最後は3年以上前らしいから、まだ来ていないか見つかっていないだけの可能性が高い。
「まだそんな事例は報告されてないけど、異世界から人が来るってことは、この世界の人間が異世界に行ってしまう可能性があるってことになる」
なるほど、確かに。何故異世界と繋がってしまうのか、その繋がりも解明されていないらしいから、一方通行であると断言できるだけの要素がないのだ。私だってあんな不可思議な現象、説明しろと言われても無理だ。目の当たりにしたし中にも入った、でもあれが何だったのかはまるでわからない。
「騎士団、っていうか国だけど、俺達も単なる善意で異世界人を保護してるわけじゃない。中には『異世界人は神が創ったものではない、神の怒りに触れる前に殺せ!』なんて言うヤツもいるわけで。そんなこと言うのは貴族とか教会の人間なんだけど」
「……この世界では、生き物は神の創作物なんですね」
「そう。まあ創世神話とかはルシェさんに聞くといいよ。あの人詳しいから。……で。何で異世界人を保護してるかって言えば、それは異世界の調査が必要だからってことになる」
何故調査が必要なのか? という問いに対しては、教えることはできない、と言われてしまった。
この世界にとって私は異物で、だから殺せ、と言う人間がいる。それはもしかして、ユーリッツさんが言っていた「青い制服の騎士には要注意」に繋がるのだろうか。
「本当は異世界人だってことを隠して生きていければいいんだろうけど。でも決まりだから、異世界人だってわかる印をつけてもらうことになる。これは後で渡す」
「わかりました」
「異世界人ってことで奇異な目で見られることは多い。いくら国が保護してるって言っても実態は得体の知れない生き物だから、多少は仕方ないと思って諦めてほしい。けど、暴行を加えられたりなんかするのは別問題。それは俺とかルチアナに報告して」
そういう注意が事前にされる、ということは、以前に何かあったのかもしれない。
善意から保護しているのではないとは言っているけれど、それでも保護したからにはということなのか、何かあれば報告しろという言葉には優しさが感じられた。
「さっきも言ったけど、貴族様なんかは異世界人の存在が許せないらしくて。俺がベルーガの隊には近寄るなって言うのはそういうこと。あいつが指揮してる2番隊はほとんど貴族で構成されてるから」
青い制服は2番隊。そしてベルーガさんはやはり隊長さんだった。
しかし、貴族様が騎士団に入っているのはまあわかるにしても、ユーリッツさん曰くバカみたいなお人好しであるベルーガさんが隊長だなんて、ナメられていたりしないだろうかと心配になる。烏滸がましいけれど。
「ベルーガさん、そんな気難しそうな人達をまとめてらっしゃるんですか……?」
「貴族様の弱点って、何かわかる?」
何だ、突然。
ふんぞり返って人を見下すような人種である貴族――かなりの偏見だが――の、弱点と言えば。何だろうなあと考えて考えて、一つだけ単語が出てきた。
「お金?」
「それも間違いじゃないだろうけど、多分貴族様に限った話じゃない」
「じゃあ、何ですか?」
「自分より地位の高い人間」
答えを聞いて、ひどく納得した。確かに、自分より立場が弱い人間に対してはふんぞり返ってナメくさった態度をとるんだろうに、立場が上の人間には媚びへつらう姿が容易に想像できる。
なるほどなるほど、と納得したところで、何でこんな話になったんだっけ、と思い返し、驚愕した。
「ベ、ベルーガさん、貴族なんですか?」
「王家に連なる血筋って言われてる公爵家の長男坊。本人は勘当されたって言ってるけど、家の方はそう思ってないみたいで未だに……多分帰ってこいって内容の手紙が来る」
なるほど、ベルーガさんがまとめるまでもなく、その隊員達はベルーガさんの機嫌を損ねないように行動するわけか。それはそれで歪な形に思えるけど、うまくいっているようだから問題はないのだろう。彼自身に何の問題はなくとも隊員には要注意の意味がよくわかった。
「……このまま話してるとどんどん脱線する気がするから、そろそろ文字の練習始めてもらおうかな。他に気になることがあったら俺かルチアナに聞いて」
「あ、じゃあ一つだけ。どうしてそのお二方なんですか?」
「異世界人の対応を任せられるのが小隊長以上だから」
危険人物扱いでもあるからその形になったのだろうか。何にしても、人手不足だというのに私個人に隊長の時間を割いているという事実が心苦しい。
そんなこと気にしてる暇があったら一つでも多く学べ、と内心で自分を叱った。彼らの仕事を減らすには私がさっさとこの世界についての常識を身につけるのが一番なのだ。




