11:初めての朝
起きてすぐに顔を洗い、寝ぼけた頭を覚醒させた。
昨日渡された白を基調とした制服に着替えて鏡を見るも、純日本人顔の自分にはひどく不釣り合いに感じる。
購入した短剣はとりあえずルシェさんが言っていたように太腿にベルトを巻いて、そこに取り付けた。
胸辺りまでの黒髪は、少しでも気合いが入ればと考えて高いところで一つにまとめることにする。
黒いズボンの上から茶色いブーツを履き、これにもベルトを通してしっかりと固定した。
身支度を全て整えた後、改めて鏡の前に立ち、その場でくるっと一回転してみる。
……うん。やっぱり似合わないな!
今日は準備してもらった私の部屋に、荷物――主に昨日購入したものだ――を運び込むところから始まる。その後は色々と説明を聞くことになるらしい。不安は大きいけれど、ユーリッツさんはいい人だったし、ルシェさんもたまに様子を見に来てくれると言っていたから、大丈夫だ。頑張れ私。
***
「おはようございます」
「あ、あなたがレナータさんですね? おはようございます!」
騎士団の屯所に行くと、建物の前で赤い制服の女性が箒を持って掃除をしていた。魔法があるのに、そこは人力なんだなあ。魔法を使う上での決まり事でもあるのだろうか。町中では使ってはならない、とか。
「隊長から話は聞いております。自分、3番隊で小隊長を務めております、ルチアナと申します! お見知りおきを!」
「わ、は、はい。私はレナータです。こちらこそ、よろしくお願いします」
びしっと敬礼をして大きな声で挨拶をしてくれたルチアナさん。ノリが体育会系のそれだ。小隊長ということは、それなりに出世している人なのだろうか。
慣れないながらも、同じように敬礼をして挨拶をした。赤い制服は3番隊。覚えなくては。
「まだ仕事が始まるまで時間はありますし、今の内に宿舎に案内しましょうか?」
時刻は現在朝の7時10分前。24時間で日が変わるというのは元の世界とも共通で、とてもありがたい。
仕事が始まるのは8時からなのだそう。私はユーリッツさんから7時にここ、と言われたから来たのだけれど、当の本人はまだ来ていないのだろうか。
「あの、ユーリッツさんは……?」
「隊長にご用事でしたか、これは失礼しました! 隊長はいつもなら既に中にいらっしゃる頃かと!」
朝の王都に響く、ルチアナさんの大きな声。
騒音問題とかに発展したりしないだろうかと内心ヒヤヒヤしていると、彼女の後ろからのっそりと人影が出てきた。
「ルチアナ、うるさい」
最小限の言葉で最大限の主張をしたその人は、間違いなく昨日お世話になったユーリッツさんだった。どことなく眠そうな顔をしているから、気だるげな雰囲気は昨日より3割くらい増している。
頭をかきながら屯所から出てきたユーリッツさんに、ルチアナさんは申し訳ありませんでした、とまた大きな声と綺麗な敬礼で返事をした。本人に悪気は全くないんだろうなあ。
「おはようございます、ユーリッツさん」
「うん……おはよう」
はああ、と額に手を置いて大きくため息をつくユーリッツさんとは対照的に、ルチアナさんの彼を見る目はキラキラと輝いている。なるほど、熱血部下と低血圧上司といったところか。今の彼は頭が働いてなさそうだ。
……というかユーリッツさんって隊長だったのか。
「ルチアナがいるならもうお前に任せる……仕事が始まるまでにここに戻ってくること」
「了解しました! 不肖ルチアナ、はりきって行かせていただきます!」
「お前の場合は少し落ち着くくらいがちょうどいいよ……」
では行きましょうか、と先導するルチアナさんの耳には、ユーリッツさんの小さな呟きは聞こえていなさそうだった。
昨日とは少し印象が違うなあ、と思ったけれど、理由はすぐにわかった。昨日は口調が丁寧だったのに、さっきのユーリッツさんはなんというか、雑だった。相手がルチアナさんだからか、部下だからか。昨日はお客様対応だったのかもしれないな、なんて勝手に思った。
騎士団の宿舎は、これもまたお城の近くにあった。何か問題があった時にお城周りの警備を固めやすくするためだろうか。
ルチアナさんに連れられて宿舎の中を歩いていると、通りすがる人々にちらちらと見られているのを感じる。見られる理由はなんとなく想像がつくけれど、居心地が悪い。
「この宿舎は王都で働く騎士が寝泊まりする場所ですが、使われていない部屋もあります。以前は1万を超える人数が騎士団に在籍していたそうなのですが、今はその4分の1ほどしかいませんので」
「随分減ってしまったんですね……」
1万という数字がそもそも少ないように思えるのは私だけだろうか。この世界の総人口がわからない以上なんとも言えないけれど、現在2千人ほどしかいないというのはさすがに少ないと断言できる。
人がいないゆえに騎士団には予算があまり回らないのか、宿舎はあちこちが傷んでいるように見えた。
「ここがレナータさんの部屋になります。私の部屋は隣にありますので、有事の際は何なりと申し付けください!」
「あ、ありがとうございます」
何でルチアナさんはそんなに下手なんだろう。私は騎士見習いという立場なのだから、小隊長を務める彼女はいわば上司だ。もっと偉そうでもいいと思うんだけどなあ。
とりあえず手持ちの荷物を部屋に入れて、二人でまた屯所の方に戻る。歩いて15分ほどの距離だから、仕事が始まる8時には余裕で間に合うだろう。
「ただいま戻りました、隊長!」
「ご苦労様」
ルチアナさんの代わりに掃除をしていたのだろうユーリッツさんに、屯所に入って行く騎士達がみんなしっかりと敬礼をして挨拶をしている。うわ、やっぱり偉い人なんだ。やる気に満ち溢れているというわけではないのに隊長なのだから、優秀な人なんだろうな。憶測でしかないけど。
「女性騎士はルチアナ以外にもいるから、宿舎のことはその辺に聞いてもらえればいいかな……。ああ、あと、始業の挨拶があるからその時に紹介……」
「ユーリッツさん起きてます?」
「ええ、とてもそうは見えないかもしれませんが、ちゃんと起きていらっしゃいますとも!」
箒にもたれかかった状態で話している姿は、どう頑張っても起きているようには見えない。目、開いてないですよ。
野宿とかする時ってどうしてるんだろう、この人。寝起きに魔物に襲われたらひとたまりもないのでは……?




