1:非日常は突然に
仲の良い友達と散々遊んで騒いだ、その帰り道。明日は平日か、嫌だなあ。そんな風にため息をつきながら家路を辿る、何でもない時間。それを一変させたのは、突然聞こえてきた悲鳴だった。悲鳴、とは言っても本当に小さな、漏れ出たような声だった。イヤホンを耳に突っ込んで音楽を聞いていれば全く聞こえなかっただろう、そんな程度のもの。
足は自然と悲鳴のした方へ向いていた。私のような、格闘技経験があるわけでもなんでもない、普通の女が向かったところで何ができるというのか。頭ではわかっていても、行かなければという使命感に駆られていた。
「誰か、助けて」
この先で、何かが起きている。泣きそうな声音の女性が、助けを求めている。私がその立場だったかもしれないと思うだけで、足が竦む。
すぐにでも通報できるよう準備を整え、声の発生源である曲がり角の先に恐る恐る目をやった。
「……な、何……?」
そこにはおよそ警察では解決できなさそうな光景が広がっていた。道の真ん中、空中にぽっかりと空いた、黒い穴。さながらブラックホールと言えるそれは、スーツ姿の女性の半身を飲み込んでしまっている。手から滑り落ちた携帯が地面にぶつかった音で私の存在に気づいた彼女は、必死の形相で私に向かって手を伸ばした。人は得体の知れない恐怖に襲われると声が出せなくなるのだろうか。すぐにでも声高に助けを求めなければならないというのに、私も彼女も歯を鳴らすばかりだった。
何がなんだかわからないけれど、この黒いのはよくないものに違いない。恐怖を押し殺して伸ばされた手を取り、自分の持てる限りの力で引っ張った。
こんな時だというのに、今の自分は絵本で見たような姿をしているんだろうな、なんて考えが頭を過ぎる。あの絵本では、たくさんの人や動物が引っ張ってやっと抜けたのだから、こんな得体の知れないもの相手に私一人で太刀打ちできるものか。……けれど見てしまった以上、この人を見捨てることもできない。引っ張っても引っ張ってもじわじわと吸い込まれていく恐怖は、目の前の彼女が一番よく味わっているのだ。
「っ、誰か……!」
状況は全く変わらない――どころか悪化している――というのに、この状況に慣れたからだろうか、精神的に余裕がでてきた。お陰で少し声を張ることができたが、大声というには程遠い。
この道はちょっとした裏道で、駅の近道として利用する人がそれなりにいる。しかし時間帯は午後十時。田舎に片足突っ込んだこの地域では人の出歩きは無いに等しく、そもそも今いる場所も、右は無人のお寺左は空き地、と人がいる民家まで距離があるのだ。助けを呼ぶにはもっと、声を張り上げる必要がある。
こうなってくるとさっき携帯を落としたことが悔やまれる、が、どの道こんな状況を見た後で警察に適当な説明ができる気がしない。どうせ話したところでイタズラと思われておしまいだったのだ。そう自分に言い聞かせ、息を深く吸い込み腹から声を出そうとした、まさにその瞬間。穴の吸引力が突如勢いを増し、それまで必死に踏ん張っていた彼女と私は、あっさりと仲良く全身を真っ暗闇に飲み込まれてしまった。
タイトルを考えるのが苦手です。
よろしくお願いします。