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202号室 終われない未練

 秘密であり、資料であり、拠り所であり、身代わりであるモノの正体です。

 最終回で、もう少し語られます。


 前向きな回ではありますが、虐待や猟奇の描写がさらっと出てきますので、ご注意ください。


「ん? そろそろ帰ってくるみてぇだな」


「ほんとう? じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ! お、そうだ! 昨日の話が進展しているようだったら、ちゃんと報告しろよ」


「ん。かくさないでほうこくするよ」


 目が頭を撫ぜて欲しいと訴えるので、れいは頭を撫ぜる。

 嬉しそうに目を細めるので、薄い掛布団をぽんぽんと軽く叩いてから転移をした。


「おい。起きてるか!」


「……年寄りの夜は早いんだよ!」


 言いながらも老女は布団の上へむくりと起き上がった。

 眠りが深い性質でもないし、かいむの事が心配だったに違いない老女は数度の瞬きで完全な覚醒を果たす。


「かいむちゃんの様子はどうだい?」


「今、クズ共が帰ってきた所だ。かいむの隣でやりまくるよりはマシだが、この時間までラブホたぁなぁ」


「……第二のかいむちゃんが出ないといいんだけどねぇ」


「どうだろうな? 男だけ、長子だけ虐待するとか色々なケースがあるから、その点に関して確かなこたぁ言えねぇ。ただ、かいむの件に関しちゃあ、あのクズ共がちゃんとチラシ読みさえすれば改善するはずだ」


「まことから聞いたポイントは抑えているからね。恐らくは大丈夫だと思うよ」


 ポストの中身はきちんと全部テーブルの上へ置いておくこと。

 封書などの中身は開けてはいけない。

 チラシも読んではいけない。

 それが、かいむ家のルールだ。

 ピンクチラシが多いせいもあるが、子供が喜びそうなイベント紹介やおもちゃの広告が入っているせいなのだろう。


「ああ。俺も読んだぜ。力作だったな。読みさえすればぁ、な。マシになると信じてぇ」


 老女に相談して作らせたチラシは、格安託児所の紹介がされているものだ。

 近所で安価で、深夜預かりまで引き受ける。

 一番のポイントは、この近辺の住民は皆利用していると書かせた点だろう。

 周囲の意見に流され続け得ているクズ共の弱点を突いたわけだ。


「行動範囲は掴ませたからね。父親には上司から、母親にはパート仲間から、ちょっと日付をずらして何人もの違う人達に、利用するまでしつこく言い続ける手配は整っているよ」


「優秀すぎるぜ、ばばぁ!」


「その顔で、ばばぁ、はやめとくれ」


「孫が褒めてるんだぜ? よくそこまで踏み込む気になったなってよ?」


 老女は額の皺をさらに深く増やして唇を噛み締める。


「実はまだ、迷っているよ」


「ほぅ」


「だけどね。まことが居るとは言え、狭く歪んだ世界へ長い時間居るのは幼子の身には酷過ぎる。かいむちゃんは、もっと色々な人に愛されて大事にされなければ……悲しすぎる」


 それでも老女の目には、今度は違えない。

 以前とは状況も異なるし、自分自身も変わった。

 誠の代わりにではなく、皆無を救いたいという意思が強く現われていた。


「まーしばらくは様子見だな。例の名前の件もな。母親に、どこであんな漢字を覚えたの! って怒鳴られても、テレビでやっていたよ? しんれいとくしゅうで。おなじよみかただから、ぼくのなまえとおもったの。あとね。れいっていうのは、たくさんでてきたから、かっこういいのかなぁって、おもったんだ……ってよ! 三歳児が自分で考えたんだから、恐れ入るぜ」


「まことの教育の賜物だねぇ。本当は……幼くして死んだのではない……違うかい」


 問い掛けにも、ただの自分の意見にも聞こえたが、まことは答えない。


「ばばぁも引き続き情報収集頼むぜ?」


「まことも、かいむちゃんのことを頼んだよ」


「はっ! 頼まれるまでもねぇよ!」


 鼻を鳴らしたまことは、老女が布団の中へ戻るのを目の端で確認しながら転移した。


「んあー。今日も疲れたぜ!」


 れいは自室である202号室の洋間に敷かれたせんべい布団の上で、胡坐座を掻きながら大きく伸びをした。

 食事も睡眠も必要としないれいだが、老女のおせっかいで薄っぺらい敷布団と毛羽立った毛布だけが洋間の中央に置かれている。

 他に家具らしい家具はない。


 知らない人間が足を踏み入れても、不思議な生活感を覚えるのは、れいが住んでいるからのようだ。


「102の親父の召喚も今日は……もうねぇな」


 あくまでも資料としかれいを認識していない男の召喚は一番少ない。

 修羅場ともなれば一晩資料にされっぱなしの事もあるが、今は発売された猟奇ホラーゲームを耽溺しているので大丈夫だろう。


「101の親父がメタボじゃねぇのは俺のおかげだよな」


 今日は早い帰宅だったので老女として内臓を引きずり出され、美女となって男の前で食事の支度をした。


 どういうシステムなのかはわからないが、れいは自分の意思でアパート内に限り実体を持つ事が出来た。

 姿形も自在に変えられるが、人間以外にはなれない。

 また、アパートの敷地から出られもしない。

 あまり自由に動けたら忙しすぎて何をしていいかわからなくなってしまうので、アパートの地縛霊的な存在がちょうど良かった。


「201のばあさんもだいぶ元気になってきたよな。俺とかいむのおかげだろうよ。せいぜい感謝してあの世へ行けばいい」


 自分の押し付け善意が他人を殺すと知った老女の代償は大きすぎたが、そうでなければかいむもれいも救われなかった。

 因果応報という、昔から好きだった格言をれいは、しみじみと噛み締めた。


「あとは、本当103のかいむが落ち着けば、俺も満足なんだなぁ」


 れいと名乗るようになったのは、かいむを構うようになってからだ。

 101、102号室の男達はれいに名前を求めなかった。

 老女は、迷いながらも孫の名前を求めた。

 れいは、霊から取っている。

 かいむが認識しやすいようにと、自分でつけた。

 自分の存在を一番簡潔な漢字で表現するならそれが一番近いと思ったからだ。


「しっかし俺ってば何者なんだろうなぁ。何物でも構わねぇけどよ。やるこたぁ、決まってるしな……」


 俺、だったのか。

 私、だったのか。

 記憶が定かではない。

 101号室の男と、老女に語ったのは記憶の断片を適当に繋ぎ合わせた捏造の過去だ。

 ただ、猟奇的な殺され方をした。


 モノとして扱われていた。

 虐待されていた。

 ……と言う経験を持ち。


 誰かに認識されたかった。

 役に立ちたかった。

 ……という願望を抱いていたらしい。


 今もれいを突き動かすのは、住民のそれぞれの幸福の為に自分をどんな形にでも役立てるという強い意思だけだ。

 

 過去に住民は何度か変わっている。

 転居していった者ばかりだ。

 このままいけばたぶん、老女がこのハイツで安眠する初の存在となるだろう。

 そして恐らく、101,102号室の男がそれに続く。

 初の死亡がかいむの虐待死とならないように、打てるだけの手は打ちたい。

 

「そう言えば、新しい住民が来るんだっけな……」


 老女が大家とそんな話をしていた。

 大家は老女に言われて、202号室には誰かが住んでいることにしている。


 202号室へマスターキーで足を踏み入れ、布団を見て飛び上がって怯えていたが、部屋を出ていく時は一人で納得していた。

 何かが住んでいると、理解したのだろう。

 かなり太っ腹な人間で変わった思考の持ち主だが、そんな人間が大家だからこそ、れいが存在できている気がする。


「今度の住民はどんな奴かなぁ……」


 本人が、本人達が現時点で満たされていない状況なのは決まっている。

 不思議とそういった人間がハイツを求めて辿り着くのだ。


「かいむみたいな、可哀相な子とかじゃないといいなぁ……」


 気持ち的には歪んだ希望を抱く者を満たす方が楽だ。


 忙しく各部屋を飛び回っているが、それも全て自分の満足のためだけにやっている行為でしかないと、ただの偽善でもあると、れいは自覚し、自戒していた。


「何時かはやめてぇって気持ちもあるんだけどなぁ」


 まだまだ、足りなかった。

 満足すれば浄化と言う形で、輪廻の輪へと帰れるのかもしれないが。

 帰ってからの行動こそが、本当の意味でれいを満たすのかもしれないが。

 それでも。


「今はまだ、駄目だなぁ……」


 れいは布団の上へ身体を投げ出すと、自分の声が良く聞こえるように耳を澄ませながら瞳を閉じた。


 やっとこさここまで来ました。

 この回で完結しようか迷いましたが、せっかくなので全部屋書こうと思い直し、次回へ続くとしました。


 お読みいただきありがとうございます。

 次回もお読みいただければありがたいです。

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