101号室 猟奇殺人鬼の秘密
タイトル通りの内容です。
ホラー慣れしている人には、全体的にほのぼのとも感じられるかもしれません。
猟奇的な殺人描写がありますので、閲覧の際にはくれぐれもご注意ください。
「こんばんはー」
男は階段から降りてきた老女へ声をかける。
「今日もお疲れ様でした。毎日ご苦労様ねぇ」
若い頃はきつめだが美人だったのではないかと推察される老女の労いの言葉に、男は軽く手を振った。
「おばあさんこそ、何時も掃除をありがとうございます」
「暇を持て余した年寄りだからねぇ。お礼を言われるほどのものでもないよ。でも、ありがとうね」
くしゃりと皺を寄せて笑顔を作る老女にもう一度頭下げた男は、古びたドアに鍵を差し込んで玄関へと足を踏み入れる。
一日閉め切った部屋独特のむっとした暑さと臭いに一昔前なら苛ついていたが、今は気にもならない。
男は電気とクーラーのスイッチを入れる。
家賃が安い分、家電には金をかけていた。
静かな音をさせながら今年買い換えたばかりのクーラーが良い仕事をして、あっと言う間に部屋が涼しくなっていく。
「……おい。いるか」
一人暮らし暦30年。
誰かと暮らした事は一度もない。
「うん。いるよ」
寝室の扉が音もなく開きひょっこりと首が出てくる。
10歳前後の男児といった風合いの子供の首を、握り締めていた肉切り包丁で叩き落す。
豪快な血しぶきが飛び散り、男の全身に降りかかった。
血の匂いを胸いっぱいに吸い込めば、全身の疲れが抜けていく。
男は至福の溜息を吐いた。
「……上着くらい脱いでからにすればいいのに!」
きょとんとした表情のまま転がった首から、厭きれたような声がする。
「クソ上司がうるさくて、ついなぁ」
近付いて行き、包丁を垂直に降ろして目玉を貫く。
肉とは全く違う抵抗感が堪らない。
包丁を抜き取れば目玉がついてきた。
視神経がぷらぷらと揺れている様は間抜けで良い。
「人当たりの良いフリをしてるから疲れるんだろ?」
「わかってるけどなぁ。今更やめられねぇな。そこまで能力も高くねぇし」
「人殺しの能力はなかなかだよ!」
「俺もそう思うけどな。外で披露するわけにゃぁいかねえよ」
転がっている胴体の股間にも包丁をふるう。
ズボンと下着と一緒に小さな性器が綺麗な断面を見せて切り落とされる。
思わず股間が熱く疼いた。
「そういえば、男の子で良かった?」
「ああ。問題ねぇ。でも明日は、女児……や、女にするかな。爆乳で腰がきゅっと括れた美形が良い」
「……こんな感じ?」
転がっていた首も胴体も性器も洋服すら消え失せて、男の目の前で素晴らしいプロポーションの女性が全裸で腰をくねらせた。
「いいな! 最高だ! 明日はそれで頼むぜ」
「今すぐでもいいよ?」
女は胸を寄せて『据え膳喰わぬは男の恥!』とばかりに誘惑するポーズを取るが、男は首を振った。
「一日一殺だ。それ以上は抑制がきかなくなるからな」
「……猟奇殺人鬼の癖に、変なとこで真面目だよな、アンタ」
「馬鹿言え! できるだけ長い期間、できるだけ多く殺し続けようと思ったら、理性は必要なんだよ。さ。血も片付けてくれ。飯にしたい」
「りょーかい」
男の指示を受けて、女が大きく手を振る。
それだけで、血塗れの部屋が元通り綺麗になった。
男は幼い頃から自分の異常な悪癖を理解していた。
また、それを実行してしまったらどうなるのか、冷静に考えられるだけの理性と頭脳をも持っていた。
だから殺すのは動物だけと決めていたのだ。
捨て犬捨て猫をメインにして、ゴミを荒らすカラス、餌に釣られた掴まった愚かなネズミ。
昆虫も数を殺せばそれなりに欲は満たされる。
ただ、ずっと。
人を殺したいと、思ってはいた。
それが叶ったのは、裏野ハイツに引っ越ししてからだ。
引っ越しして初めての夜。
男の理想が突然現れた。
一番殺したいと思っていた、絶世の美女だ。
『ねぇ、私を殺したい?』
足首から下が畳に沈んでいたので、人でないのはすぐに理解できた。
『ああ、殺してぇな!』
『じゃあ、殺して良いよ?』
『……何かしらの取引とかはあるのか』
『特にはないかな? ただ……必ずしも呼ばれてすぐに来れるとは限らないから、その点の理性は働かせて欲しいかもね』
自分に都合が良すぎる条件に男は顔を顰める。
『不安?』
『当たり前だろ? 悪魔との取引にはリスクがあるに決まってる』
『私は悪魔じゃないよ。人でもないし、霊でもない。ただの……未練の塊』
とろけるような微笑を浮かべて、SEX時の睦言の甘さで囁かれた。
『未練の塊?』
『一般的には、悪霊とか地縛霊とか言われそうだけどね。霊は……触れないでしょう?』
女の手が男の手首を掴む。
華奢な指先に似合わぬ強靭な力。
引き寄せられるがままに、抱きすくめられた女の腕は、記憶のどこかで微かに覚えていた、母親の腕に似ていた。
男が一番嫌悪をする無償の温もりに、反射的に女の心臓を深々と貫いていた。
何時かこうしたいと夢見るままに持ち歩いていた、手入れを怠らない大ぶりのサバイバルナイフは、呆気なく女の命を奪う、はずだった。
『見事ねー。脊髄反射でこの様でしょう? 今までよく人を殺さなかったわねぇ』
『血が……』
一滴も出ていなかった。
女の胸からサバイバルナイフが生えている。
先端は背中から覗いている状態だというのに。
『抜いても出ないわよ?』
するりと抜き取られたサバイバルナイフには血がついていない。
『でもまぁ、それを貴方が望むのなら』
『おわっ!』
『血のシャワーも可能ですけどね』
顔面を血塗れにされて、男はぱかんと口を開けた。
鉄の味が喉から滑り落ちてようやっと、言葉を紡ぐ。
『死なないのか?』
『ええ。だから、何度でも殺せるのよ? 貴方の思うがままに残虐極まりなく殺せるの。男でも女でも子供でも老人でも貴方の好みのま姿を変えられるわ』
『……正直、最高だな』
女の胸からはまだ血が滴り落ちている。
くぱりと開いた肉の穴に指を根元まで差し込めば、絶頂を迎えたように女の全身が震えた。
『私の未練はね。誰かの役に立ちたかったというものなの』
『酔狂だな』
『貴方にしたらそうかもね? でもね、幼い頃から認識すらされないと、そんな歪み方をするモノもいるのよ?』
殺した動物達から、どれだけ非難の眼差しで見られても何とも思わなかったが、女の暗い暗い眼差しと声音には、全身の毛が怖気立った。
『それも、ね。他の誰にもできない方法で役に立ちたかったの』
『なるほどなぁ。殺人鬼として掴まる事なく、極々普通の生活の中で延々と殺したい俺にしてみたら、アンタは最高に役立つモノだな。や。者、だな』
『ふふふ。ありがとう』
望みが叶えられてようやっと、女は、モノではなく、者、になれるのだろう。
『それなら今後も遠慮なく殺ってやるよ』
『ええ。末永く宜しくね』
何時でも幸せそうな顔をしている女……者……だが、今日までその時の微笑程満足気なものは、まだ見られていない。
「……そういえば、カニバリズムにはいかないのね?」
「あー。お前の血肉なら美味しそうかと思うんだがなぁ。それしか食えなくなりそうで」
殺す時以外は基本超絶美女設定にしている。
今もGカップの胸を半分以上見せる服を纏いながら男の側、甲斐甲斐しく給仕をしていた。
「あら、嬉しい」
「あとは、お前を喰うと俺も未練を抱えるかもしれねぇだろ? それはなんか……違う気がするんだ」
食後の渋い緑茶を出される。
妻のようだと思ったりする時もあるが、彼女はあくまで何度も繰り返し存分に殺せる肉でしかない。
「SEXもなぁ……違うんだよ。お前はただただ殺すだけの者なんだ」
「給仕はさせるけど?」
「しろと言ったこたぁ、一度もねぇぞ? お前の方こそ、旦那様が欲しいのか?」
「まさか!」
にぃ、と真っ赤な唇が吊り上った。
絶世の美女の微笑は時に何よりも恐ろしいものだと、彼女を見る都度に思い知らされる。
「いらないわ、そんなもの。虫唾が走る! 貴方が伴侶を望むなら、私はここにはいないわ」
「だろうな」
「ただ……お礼の一つよ。貴方は私しかできない役割を与えてくれるから」
「生真面目だよなぁ。ま。いいんじゃねぇの? 家政婦はお前以外にもできるけど役には立っているからな」
殺しをして心身ともにスッキリできる上に、炊事洗濯掃除まで完璧だ。
どういう手腕なのかはわからないが、彼女の存在は姿の見えない同居人として認識されている。
人から指摘された時には、精神疾患があって人前には出たがらないんです……と声を落とせば、大半の人間は沈黙してくれる。
それでも突っ込んでくる人間には、彼女を殺す時の殺気をちら見せすれば、二度と近寄ってこない。
「……役に立っているなら……いいわ」
「愚痴聞き役にも最高だしな」
「あー。クソ上司の話ね? 存分に聞かせて貰うわ」
男は綺麗に皮が剥かれ食べやすく切り揃えられた桃を咀嚼しながら、上司の愚痴を吐き存分に発散した。
今日から1話づつ更新して、最終締切日に最終話を更新する形になります。
全6話です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
完結までお付き合いいただければ嬉しいです。