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とりあえず一件落着

「お仲間がぞろぞろと。ですが、少しばかり人数が増えたところで、私の可愛いスカルドランには敵いませんわよ」


グリエラが笑みを浮かべて言う。

しかしその笑みにはあまり余裕が感じられなかった。


「スカルドランとは、そちらの骨の塊かな?」


グレイスが剣で差しながら問いかけた。

こちらは対して、何とも挑発的な笑みを浮かべている。


グレイスは昔から強者に挑むのが好きであった。

最近は闘技場でショーとしての戦いしかしてこなかったため、その感情も薄くなっていたようだが、フラウと戦ってその気持ちが再燃したらしい。

今目の前にいる強者に対して、心底喜びを感じているようだった。


レイナはそんな兄弟子を見ながら、こういう暑苦しいところが嫌なんだよなーと考えていた。


「骨の塊とは聞き捨てならないですわね。これでもこの子は立派なドラゴンですのよ」

「それにしては随分と貧相な体をしている様だ。もう少し身をつけたほうが良いのではないか?」

「ふん。剣士風情が、粋がっていられるのも今のうちですわ」


二人がそんなやり取りをしているうちに、空のマンタは消え果てフラウとニナが地面に降りてきていた。

ニナはヘロヘロになって地面に横たわっている。


「よっ。大丈夫だった?」


軽くレイナに挨拶をするフラウ。

レイナはフラウの呑気さに半笑いで返した。


「あの骨強いの?」

「だからこの有様よ。まあ油断してたのもあるけど」

「じゃあ次戦えば勝てるわね」

「当然よ」


レイナは握りこぶしを作ってみせる。

フラウの言葉はどこかやる気にさせてくれる響きがある。


ふと思い出した様に、そう言えばと前付けてレイナはフラウに聞いた。


「何で先輩連れてきたのよ」

「ん? その方が面白いかと思って」

「……」


レイナは呆れて物も言えなかった。

フラウはそんなレイナの反応に満足したのか、意地悪そうな笑みを浮かべていた。

フラウには昔からこういう子供っぽいところがあった。それが憎めない部分でもあったが。


「まあ実際戦力になるからいいけど。でもあの人苦手なのよね」

「うん。知ってる」

「…………。で、あそこでぶっ倒れてるちっちゃい子は誰なの?」


レイナはニナを指差して聞いた。

フラウと長い付き合いだが初めて見る顔だ。

フラウがあんな巨大なマンタを操らないことは知っているので、恐らく彼女がやったのだろうと推測する。


レイナは倒れ伏す少女を見た。

見た目どうみても子供だが、一体何者だろうか。

あの様な召喚が行えるということは、この少女が魔法を使えると言うことははっきりしている。それも並の、ではない。

少なくとも、今まで見たどの魔導士よりも強く見えた。

フラウは別として。


「ああ。あの子はニナって言うの。一応私の一つ先輩の魔導士よ」

「え? あの子フラウより歳上なの?」

「いやー。さすがにそれはないわー」

「そ、そう。よかった」


歳上だったらどう接しようか迷った所だ。


「あの子同い年だよ。だからレイナとも同い年」

「…………」


見た目どう見ても子供だったが、世の中には不思議がいっぱいあるものだ。

レイナは無理やり自分を納得させた。


「そういや何でトノア倒れてんの?」


少し離れた位置で気を失っているトノアを見る。

レイナは先の戦いで、隙をつかれてやられたことを説明した。


「成る程ね。じゃああっちのでかいのは私が相手しようかな」


そう言ってフラウはビッグ・トムの方へと歩いて行った。

レイナは敵ながら、少しビッグ・トムに同情した。


ビッグ・トムはいきなり現れたフラウ達を警戒していた。

登場の仕方からして只者ではない空気しかない。

斧を持つ手に力を込め、眼前に迫るフラウを見据える。


側にいたグリエラもフラウに気づく。


「あら。この間の新人魔導士さん。あなたがビッグ・トムの相手をするのかしら?」

「まあね。一応こいつにやられたのの幼馴染だから」


そう言いながら遠くで倒れているトノアを指さす。倒れながらもトノアは自分がこんな奴と言われたことに小さく抗議していた。


「仲睦まじいことですわね。ですが、蛮勇は身を滅ぼしますわよ。魔導士が戦士相手に戦うなど、愚行も良いとこですわ」

「それはお互い様でしょ?」


フラウはグレイスとグリエラを見比べて意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。

グリエラも同じような笑みを浮かべて返す。

この二人、ひょっとしたら似ているのかもしれない。


「私にはこの子がついていますもの。召喚もできないあなたとは違いますわ」


確かにそうだ。

レイナは一対一でもスカルドランに遅れをとった。グレイスなら十分相手になるだろうが、それでも強敵である事には違いない。

その上まだグリエラ本人は手を出していない。

もし彼女が本気で戦いに臨めば、戦士であろうと関係なく相手にできるだろう。


しかしグリエラはフラウが近接戦を得意とする魔導士であることを知らない。まあ本人に言わせれば得意ではなく普通らしいが。


グリエラの悔しげな表情が見れるのは、それからすぐ後のことだった。


「向こうは睨み合って動かないし、こっちはさっさと始めちゃいましょうか」

「……」


ビッグ・トムは同意とばかりに、無言で斧を構えた。

フラウもそれに呼応するように杖を構える。

周囲の黒服も、黙ってその様子を見ていた。


二人の間に緊張が走る。


フラウはビッグ・トムを見据える。

大柄な体に似合う巨大な斧。体格だけであればグレイスよりも大きい。そこから繰り出される攻撃の威力は考えるだけでもゾッとする。

ましてやその巨体によるリーチは、人一人分の余裕をビッグ・トムに与えていた。


ビッグ・トムは突進の構えを見せる。

瞬間、ビッグ・トムが動き、踏み込んだ地面が陥没する。二人の距離は一瞬で詰められた。そのまま横薙ぎに斧を振るう。

フラウは即座に後方へと跳んだ。

フラウのローブに掠ると布地が大きく引き裂かれた。


フラウが地面に足を着く。

が、ビッグ・トムの反応は早い。フラウが体制を整える前に、大上段に振りかぶった斧が、フラウめがけて振り下ろされた。

が、それがフラウに届くことはなかった。


「アイアンフィスト!」


フラウの振るった杖の一撃で、ビッグ・トムの斧は粉々に砕け散った。

そのまま杖を突き出しビッグ・トムの鳩尾に叩きつける。

骨の砕ける音が響き、次いでビッグ・トムの巨体が宙を舞って後方へと吹き飛ばされた。


周囲の黒服も、グリエラすらも、その光景に驚愕した。


「ほぃ。ついでにあんたらも」


と、驚き固まっている黒服に向けて容赦なく杖を振るい、次々と昏倒させていく。その姿は最早魔導士というよりただ殴るだけの近接格闘家だ。

ものの数分で、黒服達は全員地面に横たわる結果となった。


「な、何ですのあなたは。アイアンフィストは遠距離から鉄の塊を飛ばす技のはず。それにその身のこなし。あなた本当に魔導士ですの?」

「私の師匠はそんなこと言ってなかったけどなー。魔法は自由な発想が作り出すものだ、てね。それに私は成り立てだけどちゃんと魔導士よ。まあ、魔導士になる前にちょーっと色々やってたけどね」


あっけらかんと返すフラウの態度に、グリエラは憎々しげな表情を浮かべた。

拳を握る手に力がこもる。


「私の方は気にせず、そっちもちゃっちゃと済ませちゃえば? 早くニナとレイナをベッドに連れて行ってあげたいしね」


そのフラウの言葉に、グリエラは今日一番の驚愕の表情を見せた。

先ほどのマンタ。そしてその名前。


「ニナ……。まさか、その子供、ニナ・アルヴェイユ、ですの?」

「あれ? あんたニナのこと知ってんの?」


今度はフラウが驚きの声を漏らした。そしてそれは、その場にいる他の人間も同様だった。

何故グリエラが彼女のことを知っているのか。

その答えをグリエラ本人が口にした。


「まさか、あのニナ・アルヴェイユ。歴代最年少で七賢人になった、アルヴェイユ家の一人娘⁉︎」

「な! フラウ君。今の話は本当かね!」


今度はグレイスが驚いた。

アルヴェイユ家の娘ということまでは知っていたが、まさかそれが七賢人だとは、グレイスでも知らなかったのだ。


魔導士協会は七賢人の名前を一応は公表しているが、全てを公にしているわけではない。

ニナの事も貴族であり若い身であること、そして七賢人になって日が浅いことから、魔導士や一部の人間にしか知られていなかった。

当然グレイスがその一部に入っているわけもなく……。


「あれ、知らなかったの? ニナが七賢人になったって結構話題になったけど」

「それは魔導士の間だけの話じゃないのか? 七賢人の名が公表されているとはいえ、年齢のことなどもある。恐らく世間に対しては秘匿されていたんだろうな。まあその対応も分からなくもないが」


グレイスはぐったりしているニナに視線を向ける。

あれが世界に七人だけと言われる魔導士の最高峰、七賢人の一人。

見た目そうとは思えないが、目の前の骨竜然り、世界に不思議な事は山ほどある。

グレイスは無理やり自分を納得させた。


気を取り直してグリエラに向き直る。


「ところで、貴殿は見た所貴族のようだが。何故彼女の姿を見て、彼女がニナ・アルヴェイユであると分からなかったのだ? 貴族であれば、社交界で顔を合わせていてもおかしくないはずだが」

「そ、それは……」

「それは、貴殿がこの国の貴族ではないから、ではないのか?」

「!」

「図星か。つまり貴殿は他国の魔導士。その他国の魔導士がこの国にちょっかいをかけてきている。村の侵略もその一環といったところか。いったい何を企んでいる。まさか再び戦争を起こそうなどと考えているのではあるまいな」

「どうやらあなたが一番の邪魔者のようですわね。さっさと挽肉になっておしまい!」


語るに落ちるとはこの事か。


グリエラは腕をふるうとスカルドランが行動を開始した。

グレイスに向かって鋭利な爪を突き立てる。

グレイスはそれを躱し、伸びきった長い腕に剣を振り下ろした。

しかし予想外の硬さに弾かれる。


「⁉︎」

「先輩後ろ!」


レイナは咄嗟に声を上げた。しかし間に合わない。


グレイスの背面からスカルドランの長大な尻尾が迫っていた。それがグレイスの背筋に突き刺さった。

かに思えたが、剣が弾かれた反動をうまく利用し、尾による一撃を宙回転で回避、着地したその体制からバックステップで距離をとる。


あの背後からの一撃を躱すとは、やはりグレイスは強い。

恐らく気配であの攻撃を察知したのだろう。

レイナは素直にグレイスの実力に感嘆した。


「ありがとうレイナ。きみの愛の叫びが私をピンチから救ってくれたんだ」

「…………」


これが無ければもっと素直に尊敬できるのだが。

レイナは心の中で独りごちた。


「さて。大体そいつの動きは把握した。さっさと片を付けてしまおうか」


鋭い目つきでグレイスは剣を構える。

スカルドランは唸り声をあげながら、妖しく光る双眸をグレイスに向ける。

その背後ではグリエラが静かに魔力を集中させていた。


三者の動きはほぼ同時、スカルドランの噛み付きをグレイスが剣で受け止める。

間髪入れずにグリエラの炎熱系魔法が、スカルドラン共々グレイスの周囲を焼き尽くした。

その熱波を避けるように、グレイスはスカルドランの頭部へと飛び乗り、跳躍。そのままグリエラ目掛けて剣を振り下ろした。

しかし切っ先がグリエラへ届く前に、スカルドランの尾がグレイスの剣を防ぐ。

そのままグレイスは反動を利用して炎から抜け出た。


グリエラも距離を置き、次の魔法の準備に入るべく魔力を溜め始めた。

今度はスカルドランがグレイスに向けて大きく口を開けた。

グレイスは悪寒を感じ素早く真横へと跳ぶ。


ごぉ!


空気が破裂するような音が轟いたかと思うと、スカルドランの前方の炎が吹き飛び、寸前までグレイスのいた地面が抉り取られた。


その光景にグレイスは冷や汗を流す。

不可視の一撃。その上絶大な破壊力。流石のグレイスでも、今の攻撃を食らってはひとたまりも無いだろう。

かと言って、グリエラとスカルドランの連携を崩すのは予想以上に困難だ。


「ニ対一はちょっと卑怯じゃないかしら?」


直後、グリエラとスカルドランの間を魔力弾が引き裂いた。

グリエラは衝撃から逃れるため距離をとる。


「くっ。不意打ちとは卑怯ですわ!」

「あんたが言えた事か」

「新米魔導士風情が!」

「グレイスー。こっちは私が相手するから、そっちは任せた!」

「助太刀感謝する」


正直以前敗れた相手に手助けされるなど、グレイスにとっては屈辱以外の何物でもなかったが、今はそれよりもレイナの前でカッコいい姿を見せる。

グレイスにとってはそれが至上だった。

そして一対一であれば勝てぬ道理はない。


グレイスは深呼吸をひとつした。

前方に剣を構え、そして半眼で相手を見据える。


スカルドランが大きく口を開けた。


グレイスはスカルドランにゆっくりと歩み寄る。

瞬間、スカルドランから不可視の一撃が飛ぶ。だがグレイスは避けなかった。避ける必要がなかった。グレイスは剣を振り抜き、それを切り裂いた。

不可視の一撃はグレイスの背後、左右の地面を大きくえぐり取った。

スカルドランの瞳が揺れる。


「そのような姿になっても動揺はするようだな」


グレイスはその隙を見逃さず、一気にスカルドランとの距離を詰めた。

そして今までで最も膂力を乗せた一撃を見舞う。

グレイスの剣戟が、スカルドランの腕を両断した。


「ヴォオオオオォォォォ!」


既に骨となった声帯からかすれた叫びが漏れる。

グレイスはその姿に哀れみを感じずにはいられなかった。


「今楽にしてやろう」


グレイスを見るスカルドランの瞳が揺れた。

スカルドランの動きが止まる。

グレイスは二撃、三撃と、先ほどより威力を上げて剣を振るった。それはまるで踊るように、そして剣を振るうたび加速する。

剣戟を受けてスカルドランの雄叫びが周囲に劈くが、徐々に小さく、やがて完全に途切れた。瞳に宿る光が完全に消える。

そのまま幾重にも分かたれた骨が地面に散らばった。


グレイスは剣を鞘に収めると、先ほどまで戦っていた強敵に対し、敬意の黙祷を捧げた。


「どうやらあっちは終わったようね」

「!」


フラウがグレイスとスカルドランの戦いを指し示した。

地面に散らばる複数の骨。

手持ちの召喚魔の中で最強を誇るスカルドランが敗れ去ったことを知り、グリエラは歯噛みする。


「嘘ですわ。いくら屍とはいえ、ドラゴンがただの剣士に負けるなんて……」

「流石グレイスね」

「グレイス! まさか剣聖の右腕⁉︎」

「あんた、知ってるのに色々知らないのね」

「何故そんな大物が加勢に。一体あなたは何ですの⁉︎」

「私はフラウ・リーゼンベルグ。ただの新米魔導士よ」


フラウは杖でグリエラに突きを見舞う。

グリエラは風の魔法を使って後方に躱した。


「金剛の槍斧よ。我が手に宿りて眼前の敵を撃ち砕け。アイアンフィスト!」


フラウは杖を叩きつけるため再び距離を詰める。

しかしそれをグリエラが手で弾いた。

そのままフラウに手のひらを向け、風の魔法を放つ。


圧倒的な暴威がフラウを襲い、そのまま数m吹き飛ばされた。しかし杖を地面に突き立てて態勢を立て直す。


「素手でアイアンフィストを弾くなんてすごいじゃない」

「体術がなくとも魔法で強化すれば問題ないですわ。無詠唱魔法も使えないあなたには無理な話でしょうが」


再びグリエラが手のひらを向けると、今度は巨大な氷柱がフラウ目掛けて撃ち放たれた。

フラウはそれを再びのアイアンフィストで打ち砕いた。


「!」


砕いた氷柱の後ろにもう一つの氷柱。そしてそれを囲む様に複数の氷柱が飛来した。

フラウは躱し切れず、グリエラの魔法が直撃する。

辺りに轟音が響き、土煙が巻き上げられた。


「新米魔導士にしては良くやった方ですわ。フラウ・リーゼンベルグ。あなたの名前は覚えておいて差し上げます」

「そりゃどうも。アイアンフィスト!」

「!」


突如粉塵を掻き分けアイアンフィストがグリエラ目掛けて飛来する。

勝利を確信していたグリエラは、咄嗟に風の魔法を手の平に集中させ受け止めた。二人の魔法がぶつかり合い、金属が軋む様な音が鳴り響いた。しかし発動が不完全だったグリエラの魔法は攻撃の勢いを殺しきれず、その体が後方に吹き飛ばされる。

そのまま数m地面を転がり止まった。


グリエラは膝に力を込め立ち上がろうとするが、予想以上の大きなダメージに立ち上がる事ができなかった。痛みに顔を歪めながらフラウを睨みつける。

フラウはグリエラの側まで来ると、杖を突きつけた。


「ぐぅ。どうやってさっきの攻撃を凌いだんですの。あなたは魔法を唱えられなかったはず……」

「あなたに一つアドバイスをあげるわ。無詠唱魔法は魔法の発動スピードが速いから優れているんじゃない。何が発動されたかすぐに判断できないからこそ優れてるの。遠距離からバシバシ使うなんて、あんたはその優位を捨てたのよ」

「何を……」

「はぁ。私は使えないなんて言った覚えはないけど?」

「……! まさか、元から無詠唱魔法をつかえた。あなたは、使っていなかっただけ?」

「はい。よくできましたー」


パチパチとフラウが手を叩く。

グリエラはその事実に奥歯を噛みしめた。

新米魔導士と侮っていた。無詠唱魔法なんて高度な技術は使えないと思っていた。

全て自分の驕りが招いた敗北。


「くっ。スカルドランさえいれば……」

「まさか自分が油断したから負けたとか思ってんじゃ無いでしょうね。例えあんたが万全の体制で臨んでいたとしても、あんたじゃ私には勝てなかったわ。だって、私の方がよっぽど強いもの。先輩魔導士さん」


フラウはにっこりと笑った。

グリエラはフラウのその言葉が真実であると、本能で理解した。

フラウから発せられる暴力的なまでの魔力がそれを物語っていた。

こいつには勝てない。グリエラはそう理解してしまった。最早戦意は完全に消え失せていた。


「じゃあさっさとあそこでぶっ倒れてる黒服達連れて帰ってくれるかしら?」


いつの間にやられたのか、フラウは離れた場所で山積みになっている黒服達をさして言った。

グリエラは一瞬視線を向けるがすぐに戻す。


「何かの冗談ですの?」

「私は冗談はキライなの。あんな所にゴミを放置して帰らないでもらいたいだけよ。何かおかしい事言ってるかしら?」

「おかしいですわ。私はあなた達を潰しに来たんですのよ。それを何故、わざわざ逃がす必要がありますの。さっさとトドメを刺せばいいではないですか」


グリエラは力ない声でそう告げる。

フラウはその言葉に呆れたように溜息を吐いた。


「あんたこそアホなの? 私は生きるチャンスをあげたのよ。なんでそれを素直に受け入れないのかしら」

「……あなたと私では決定的に考え方が違う様ですわね。分かりましたわ。敗者に言葉を紡ぐ権利はありませんものね。今日の所はあなたの情けに甘えて、退散させていただきます。ですが、私は諦めた訳ではないですから。精々私を逃した事を後悔なさい」


グリエラは力を込めて立ち上がる。

ふらつく足取りで黒服達の元へ行くと、範囲回復魔法を発動し、最低限、その場の者を動ける状態にした。

それでも動けないものは別の者に抱えられ、全員が馬車に乗り込んで行く。


グリエラは一度フラウに視線を向けると、憎々しげな表情を浮かべて車内に姿を消した。

全員を乗せた馬車はゆっくりと動き出し、やがて地平の向こうへと消えていった。


「とりあえず結果オーライ?」

「襲撃は回避できたんだ。怪我人は出たが、この程度で済んだのであれば僥倖だろう」

「そうね。村のみんなも無事みたいだし。ところでグレイス、レイナ放っておいていいの?」

「!」


グレイスは慌てて横たわっているレイナへと駆け寄った。

嫌がるレイナを無理やり背負うと、土煙を上げながら村の方へと駆けて行った。全く慌ただしい奴だと、フラウはある種畏敬の念を讃える。

去り際、レイナが恨めしげな表情で見ていたが、とりあえず無視した。


「さてと。どうせならこっちも一緒に連れてってくれたらよかったのに」


フラウはぐったりしているニナとトノアを交互に見て、肩を竦ませた。




レイナ達負傷者をベッドに運んだ後、村人全員が集会所に集った。


「さて、みんな。取り敢えずあいつらは撃退したわ。暫くは大人しくなるでしょう」

「大人しくって、また来るかもしれないのか?」

「まあそうね。全滅させたわけじゃ無いから」


その言葉に村人全員が黙り込んだ。


グレイスは部屋の隅で村人達を眺めていた。

村人達は撃退したという言葉に安堵と不安を抱いている様だ。

そう思うのも当然だ。いつまた連中が襲ってくるかわからないのだから。

だがフラウは、皆を安心させる為に自分の考えを口にする。それにグレイスも同意した。


「大丈夫よ。それにきてもまた返り討ちにするから」

「フラウ君の言う通りです。私の感じた印象からしても、直ぐに彼らが攻めてくることは無いでしょう。相応の痛手を与えましたので。なので、今のうちにいつ攻め込まれてもいい様、力を蓄えた方が得策でしょうね」

「…………」

「どうしましたか?」

「あんた誰だ?」

「!」


王都では知らぬものがいないほどの知名度を誇るグレイスだったが、久々に彼を知らない人間に出会えてショックを隠せないでいた。

真っ白になったグレイスからは変な笑い声が漏れていた。


「あー。この人はあれよ。そう! 王都でちょっと有名な人よ。一応あいつら撃退するのに協力してくれたんだから、みんなも感謝するのよ」

「ぐふぅっ!」


傷口に塩を塗り込む様なフラウのフォローに、グレイスは息も絶え絶えだった。


「おー。ちょっと有名な人か。それはありがとうございました。ちょっと有名な人」


数人の村人がフラウの言葉を聞いてグレイスへ礼を告げる。

しかしそれが更なる追い討ちであると、本人を除いたその場にいる者は誰も気づいていなかった。


「も、もういい。その辺にしておいてくれ」


グレイスは手近な椅子に座り込むと頭を抱えてしまった。

村人達はその様子を少し気の毒に見ていた。


「まあいいわ。取り敢えず、当面の危機は去ったってことよ」

「ならもう村は大丈夫なのか?」


フラウの父、ジョシュアが前に出て聞いた。

皆も気になるのか、視線がフラウに集中する。


フラウは眉間に皺を寄せながら悩ましげに言う。


「あくまで当面だからね。さっきの人も言ってたけど、今のうちにできる限り力を蓄えた方がいいわ」


ぐさりとグレイスの胸に言葉の矢が突き刺さった。


「つまり次攻め込まれても対抗できる様に訓練でも積むってことなのか?」

「それはちょっと違うかな」

「違う?」

「今回の件で暫くは時間を稼げるはずよ。だから壁作ったり櫓作ったりせず、当初の目的に取りかかれる様になったわけ。つまり、今のうちに村興しを成功させて注目を集めれば、あいつらも今度こそ手が出せなくなるってこと」

「なるほど。なら村の整備が急務だな」

「そうそう。そのための助っ人も連れてきたしね」

「助っ人? そこで落ち込んでる剣士さんのことか?」


ジョシュアがグレイスを指して言った。


殆どとどめの一言に近い口撃がグレイスを襲う。しかしそれを共有できる相手はどこにもいない。グレイスにとってここは完全なアウェイだ。


グレイスは先ほどのショックも相まって、今や頭を垂れながらぶつぶつと何かを呟く人形のようになっていた。


その反応に村人は若干引き気味だ。

フラウも若干引いていた。


「一応もう一人いるのよ。でも今ぶっ倒れてるから、元気になるまでちょっと時間かかるかな」

「ならそれまでに村のみんなで出来ることをやっておこう。隣村からも助っ人を頼んでいる。そいつらが来れば、作業の進みも、少しは早くなるだろう」

「そう。ならそっちは任せるわ。じゃあみんな。村興しを成功させて、盛り上げていくわよー」

「「おー!」」



次の日から村人達はまず宿屋の建設に取り掛かった。

それと並行して、フラウは訓練場を設立。

その訓練場ではグレイスが直接指導に当たるという特典付きだ。

その噂を旅商人に伝え、方々で流布して貰うのだ。

これでグレイスを慕う者達が教えを請いに、加えてその武勇を得ようとする挑戦者も同時に訪れるというわけだ。


フラウは頭の中でそれを想像すると、ニンマリと笑顔を浮かべた。




「木材はここに置いておきますね」

「ああ。悪いねニナちゃん」


村人の感謝の言葉に対して、ニナは照れ笑いを浮かべた。


グリエラ達との衝突から早二ヶ月、ニナはすっかり村に溶け込んでいた。


ニナは召喚した魔獣で村周辺の警戒とよそから来た魔獣の撃退、更に土塊から作り出したゴーレムで近隣の森から木材の伐採と運搬を行っていた。

この作業により建設作業は驚異的なスピードを見せ、主要な施設は一通り完成していた。


噂の効果もあってか、徐々に村を訪れる人間も多くなっていった。

特に増えたのが商人だ。


鉱山が閉山して以降、鉱石や加工品のなくなったラウルホーゼンには特産品と呼べるものがなくなった。

その為流通は減り、商人を狙った盗賊も少なくなったのだが、代わりに獣や魔獣が増えたのだ。

ラウルホーゼン近隣の魔獣は凶暴ではないとはいえ、商人にとっては十分凶悪だ。その事が拍車をかけ、ラウルホーゼン経由のルートは頻用されなくなった。

しかしラウルホーゼンを経由するルートは他のルートと違って、隣国であるベルクラント公国へ抜けるのに非常に近道なのだ。


ラウルホーゼンはほぼ大陸中央に位置している。

村の北から西に掛けて広大な山脈が広がり、その山脈の南側には大きな湖があった。

その為ベルクラント公国に向かう場合、ラウルホーゼンを経由せずに行くと、湖を迂回し山道を進む必要が出てくる。

街道は整備されている為危険は少ないが、馬車で向っても最低一週間、積荷の運搬となるとさらに二、三日は余計にかかってしまう。

一方ラウルホーゼンを経由すれば馬車で四、五日という距離だ。


とはいえ、今ではそのルートもニナの魔獣のおかげでだいぶと安全性が確保できるようになった。

その噂を聞きつけた商人達が、ならばとラウルホーゼンを経由するルートを選ぶようになった訳だ。


木材を運び終えたゴーレムを土へと還し、適当な場所でニナは一息ついた。


「お疲れ様」


声のした方を見ると、レイナがカップを差し出して立っていた。

ニナは礼を言ってそれを受け取る。


レイナともこの二ヶ月ですっかり打ち解けていた。

引きこもっていたニナにとって、レイナのさっぱりした性格は意外と相性が良かったようだ。


「こんな所で、次の作戦でも考えてたの?」


レイナが聞いてくる。


ニナにはこの二ヶ月でわかった事が一つあった。

彼女の心に広がる焦燥感。

その原因に視線を向ける。


柵を挟んだ向こう側では、グレイスが剣の稽古をしていた。

再びレイナに視線を向ける。


「?」


レイナの屈託のない表情に思わずため息が漏れた。


この二ヶ月、ニナはグレイスに様々なアプローチを試みていた。

手作りのお菓子をプレゼントしたり、一緒に稽古をしてみたり、色仕掛けをしたり。

しかし恋愛経験がないせいか、一向に成果が出ない。


行き詰まったニナはフラウに相談してみたが、フラウ曰く、『当たって砕けちゃえば?』だった。当然役に立つはずもなく、ニナは再び途方にくれる事となった。


次に相談したのがレイナだった。

レイナはグレイスと旧知の間柄であり、グレイスの好みをよく知っていた。そしてレイナのアドバイスを受けアプローチを行ったのだ。

しかしニナは気付いてしまった。

アプローチをする中で、グレイスの感情が誰に向いているのかを。


ニナは再び隣に座る女性に視線を向ける。


美しい容貌に女性らしい身体つき。そしてグレイスと並び立つその剣の腕前。しかも純粋にニナのことを応援してくれるほど性格も良い。

対して自分は貧相な身体に運動はからっきしで引きこもり。

そんな二人を比べ、自然と溜息が漏れる。


「まあなかなか成果でないけど頑張りなよ」


レイナはそう励ました。


もちろんレイナにも魂胆がないわけではい。あからさまに自分へアプローチしてくるグレイスがニナとくっつけば、自分への被害が減る。そんな打算もあった。

ただそれを抜きにしても、純粋にニナの恋の成就を願っていた。

短い付き合いだがニナはいい娘だ。

グレイスの性格は若干難ありかもしれないが、二人はお似合いのカップルになれるのではないかとレイナは考えていた。


「たのもー!」


突然の大音声に振り返ると、少し離れた訓練場の入り口に二人の人間が立っていた。

一人は肩まで伸びた赤毛が特徴的。整った容姿は自信に満ち溢れている。

もう一人は青毛の、こちらはショートカットの女。こちらも赤毛の男同様、美しいと言って憚られない容姿をしていた。

二人とも旅人なのか、鞣し革の外套を羽織っている。


その風貌、そして身ごなしから只者でないことは確かだ。

レイナはさっと身構える。

先ほどの言葉から察するに、道場破りであろうか。


「そんな大声を上げなくても聞こえるさ。で、一体どういう用件だろうか。随分と物々しい格好をしているが」


グレイスは稽古中の面々に休むよう告げると、声の掛かった道場入り口に姿を見せた。レイナの存在に気づいてにかっと白い歯を見せて笑う。レイナは心底嫌そうに顔を顰めた。

グレイスは気を取り直して、二人の闖入者に対峙した。


その姿を見た赤毛の男は喜びを抑えるかのように一つ息を吐く。


「たのもー! あんたがあのグレイスか?」

「如何にもそうだが、人に名を訪ねる前にまずは自分から名乗ってはどうかな」

「それもそうだな。失礼した。俺はイプサの国、ヘンケの剣士、ソウガ・ヤトだ。で、こっちが」

「レイ・キレイだ」


女はそれきり黙る。

ソウガと名乗った赤髪の男は、その女の反応に苦笑を浮かべていた。

しかしグレイスは気にした様子もなく答える。


「私はグレイス・ボーヴァンだ」


片手を差し出すと、ソウガも慌ててその手を握り返した。

がっしりと、お互い何かを確かめ合うように拳を握っていた。

暫くしてその手を離す。


「イプサの国とはまたずいぶん遠いところから来たものだ。物見遊山、にしては、随分と大仰なモノを担いでいるようだが」


グレイスはソウガの背後に見える剣の持ち手を見た。

持ち手だけでソウガの頭を超えるほどの長さだ。刀身の長さもかなりのものだろう。

ソウガもその様子に気づき、ニヤリと笑みを浮かべる。


「俺は今剣の旅修行をしてて、各地の強い剣士と試合って回ってるんだ。先日王都を訪れた際、剣聖に挑もうとしたんだが、ガードが固くて試合ってもらえなかった」

「はは。だろうな。あの人にはその手の話がひっきりなしに来るんだ。それを全部受けてちゃキリがないからな。挑戦は全部断ることになっている」

「くそー。やっぱそうか。門前払いだったもんな」

「で、剣聖に挑みに来た命知らずが、どうしてこんな寂れた村に?」


グレイスは何処かからフラウの『寂れた言うな!』という声が聞こえた気がした。


「いや、この村にめちゃくちゃ強い剣士がいて、挑戦を受け付けてるって聞いたんだ。何でもそいつは闘技場の覇者とか剣聖の右腕とか呼ばれてるらしいじゃねーか。剣聖と戦えなかった代わりに、せめて剣聖が認めた人間と闘おうと思ってな」


ソウガは拳に力を込め、グレイスの眼前に突きつける。

その手に巻かれた包帯には乾いた血がにじんでいた。昨日今日できたといった感じではない。長い年月をかけて染み込んで出来上がったものだ。

それだけで彼の剣に打ち込んできた人生の一端が垣間見れた。


そんなソウガの言葉にグレイスは眉を潜ませる。

その反応にソウガも首を傾げた。


「期待させてしまったようで申し訳ないが、私はそういった挑戦を受け付けていないんだ。闘技場にいた頃はともかく、今はこの村の警備に当たっているんでね。悪いが君と戦うことはーー」

「その勝負受けた!」


その場にいる全員が声のした方へ顔を向ける。

ちょうどグレイスの背後、訓練場の広場中央に一人の少女が立っていた。

魔導士然としたマントを羽織り、手に持った杖を地面に立てている。


その少女がグレイスの隣まで来て歩みを止めた。

その場にいる全員の視線が一人に注がれる。


「…………」


フラウはポッと顔を赤らめた。


「照れてんじゃないわよ!」


思わずニナの口からツッコミが漏れる。

ハッとして、今度はニナが顔を赤らめた。


「あんたは?」

「私はフラウ。フラウって呼んでくれていいわよ」


『他に何と呼べば?』とソウガとレイは困惑の表情を浮かべた。

他の三人は相変わらずのフラウの反応に冷たい視線を送っていた。


「で、あんたは誰よ?」

「これは失礼した。私はソウガ・ヤト。こっちの女性がレイ・キレイだ」

「ソウガとレイね。私はフラウよ。まあ呼び方は何でもいいけどね」


だから他に何と呼べばとその場にいた全員が心の中でツッコんだ。

しかしフラウはそんな気持ちに気づくことはなく、言葉を続ける。


「ふふふ。何を隠そう、グレイスが挑戦を受け付けるって噂を流したのはこの私なの!」


やっぱりお前かー。

グレイスは心の中で悪態をついた。まあ予想通りの真相だったのでそこまで驚きはしなかったが。


グレイスはフラウの身勝手さに辟易していたものの、どうせ反論は受け付けられないことも分かっていたので口を噤む。

この村への脅威がなくなれば、グレイスはフラウを打ち負かしてさっさと王都に帰ろうと考えていた。

今の仕事が終わってからと考えるところが真面目なグレイスらしかった。


「まあそういう事なら戦わない事もないが。しかし一人でいいのか?」


グレイスはレイに視線を向ける。

レイはグレイスの視線を感じ、鋭い双眸で睨み返した。


「ならそっちは私が相手するわ」


そばで見ていたレイナが立ち上がり、前へ進みでる。片手を剣に当ててレイに視線を向けた。

レイも腰に下げた剣の柄頭に手を当てる。

そしてポツリと。


「キレイ」

「?」

「キレイって呼んで」


それだけ呟いた。

どうやら名前の事を言っているようだ。その妙なこだわりが、冷たい雰囲気を感じさせるキレイを何と無く可愛く感じさせた。

呼ぶ時は気をつけようとレイナは思った。


「纏ったようだし、さっさと始めちゃいましょうか」


フラウは両手をポンと叩いて強引に話を進める。

約三人は溜息をつき、フラウの事をあまり知らない二人はよくわからないが戦える事になったので嬉しそうな表情を浮かべていた。


「あ、戦う前に一つだけ条件があるわ」

「?」

「あなたたちが負けたらこの村に住んで貰うわよ」


フラウはソウガとキレイにそう告げる。

キレイは全く表情が揺らがなかったが、ソウガは口をぽかんと開けて目を白黒させていた。

かくして、四人の戦いが幕を開けた。

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