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助っ人参上!

フラウとグレイスは王都外周区へと足を踏み入れていた。

勿論、目的は問題の魔導士を探すためである。


夜はもう近かった。


外周区への許可証は二人とも必要なかった。

一応王都で二人は有名人。特に兵士の間では、あの試合を見ていた者も多く、闘技場史上伝説の一戦とまで言われているそうだ。

何せ闘技場という狭い空間で、常勝無敗のグレイスが魔導士の少女に敗れたと言うのだから、その噂への注目も加速していた。


外周区も中央区ほどではないものの、王宮に近づく程大きな建物が多くなってくる。

一方で外周区の外側、つまり商業区とを隔てる壁に近づくほど所得が少ない人間が多くなるため、建物が小さくなっていた。


目的の魔導士はちょうど外周区の外側、壁面沿いに暮らしていた。


「しかし魔導士で、しかも王都にいるとなると中々の地位なのだろう? そんな者が、なぜこんな外周区のはずれに住んでいるんだ?」


グレイスの疑問も最もだった。


魔導士は、世間一般ではそれほど大衆的な存在ではない。

魔法という力は広く認知されているが、職業としての魔導士はあまり知られていなかった。

王都ならまだしも、地方に行くほどそれは顕著だ。

しかしそれは協会の力が弱いから、という訳ではない。

協会の影響力は王都でもかなり強いのだ。


一番の原因は、魔導士の適性を持った人間が少ない事にあった。


そもそも、魔導士とは誰でもなれる様な職業ではない。

魔法はまだまだ未知の部分が多く、その技術が体系化されていないのが現状だった。

加えて魔力を扱う、と言うのは非常に高度な作業で、実用的な魔法を使えるだけで特別な存在となる。


魔導士とはそれだけステータスのある職業なのだ。


その為、ちゃんとした魔導士は比較的裕福な暮らしをしているものが多い。

ましてや王都に居を構える魔導士であれば、外周区ではなく中央区に住む者がほとんどであった。


その代表例が七賢人である。


それを知っているグレイスからすれば、外周区のはずれに住んでいる魔導士は不思議でならなかった。

それだけに興味深い存在でもあった。


「まあ、あの子だいぶ変わってるからねぇ。理由が気になるならもう直ぐ着くから、直接本人に聞いてみたら」


フラウはそっけなく返した。


お世辞にも綺麗とは言えない建物群が、二人の背後へと流れていく。

薄汚れた路地を抜けながら、歩みを止めずに進んだ。


フラウの言葉通り、数分もしないうちに一際開けた場所に出た。

周囲とは隔絶された様に、そこには奇怪な形をした一軒の集合住宅があった。


一階部分は細長く、上に行くほど四方八方に枝分かれしている。

グレイスは単純に頭でっかちな建物だという印象を受けた。それ以上になぜこの建物が倒れないのかが不思議でならなかった。


「はい、到着。ここが目的地よ。あ、先に言っとくけど、お願いしてもあの娘が聞いてくれるかは分からないからね」

「む。可能性としてはどれくらいだ?」

「そうね。大体5%くらいかしら?」

「5%⁉︎ それはいくら何でも低すぎるのではーー」


グレイスが言葉を言い終える前に、フラウは筒状にした両手を口に当て、大声で叫んだ。


「ニナー! いるー?」


フラウの声が周囲に響く。

すぐに辺りは静まり返り、物音ひとつ聞こえてこない。


フラウは再び同じ言葉を繰り返した。

が、結果は同じ。何も反応はなかった。


「残念だが、どうやらいない様だな。帰りを待つか? それとも、やはり御者を探すべきか……」


グレイスの言葉を聞き終わる前にフラウは歩き出した。

そしてドアの扉をけたたましい勢いで叩き出した。


「ニナー! 早く出てきなさい!」

「こら。いきなり大声で叫んでは近所迷惑じゃなぶふぁっ」


慌ててフラウを止めに入ったグレイスは、フラウの裏拳のクリーンヒットで地面に沈む。


フラウはなおも扉を叩き続けた。

しかしやはり反応はない。

さすがのフラウも諦めたのか、途中で手を止めてしまった。


「や、やはり誰もいない様だ。さっさと御者を探そうじゃないか」


起き上がったグレイスはフラウの肩を掴んだ。

しかしフラウはその手を振り払い、再びグレイスに裏拳を叩き込んだ。グレイスはもんどり打って地面にぺしゃりと倒れ伏す。


「近所迷惑なら問題ないわ。ここには人よけの魔法陣が張られてるから」

「ひ、人よけ?」


鼻を押さえながら起き上がるグレイス。

言われてみればこれだけ大声を出しても人一人顔を出さない。それ以前に、周囲の建物から人の気配すらしなかった。

フラウは大きく息を吸うと、今までより一際大きな声で件の魔導士の名を叫んだ。


「ニナー‼︎ 3秒以内に出てこないと、あんたの恥ずかしい秘密、一つずつバラしてくわよ! まずはそうね。あんたが私と魔獣退治にーー」


次の瞬間ドタドタドタっと家の中から大きな音がし、乱暴な勢いで扉が開かれた。


「それ以上言うなーーーーーーーーっ!!!!」


唐突に姿を現したのは、フラウより頭一つ分は小さい身長の女の子だった。

ダボダボの着崩したシャツに、ウェーブがかった金髪とこの国では珍しいメガネをかけている。


「あ、やっぱりいたんじゃん。なんで早く出ないのよ」

「お前に会うのが嫌だからに決まってるだろうがっ!」

「またまたー。遠慮しちゃってー」

「誰が遠慮だ誰が! お前のそういうズケズケしたところが私は嫌いなんだ!」


すっかり置いてけぼりにされたグレイスは、言い争う二人の姿をボケーっと眺めていた。


ニナはフラウを罵り、しかしフラウは全く堪えた様子はなく笑っていた。

暫く叫び続けたニナは、やがて叫び疲れたのか肩で息をしながら、ふとグレイスの方に視線を向けた。


「ん? のわぁ! なんでグレイス様がこんなトコいるの⁉︎」


グレイスはさっきまで汚い言葉を吐いていたニナに笑顔を向けた。

内心、自分にはこんなファンしかいないのだろうかとちょっとショックを受けていた。


「フラウくん。紹介して貰ってもいいかな?」


ニナは自分の格好を省みて、慌てて家の中に引っ込んだ。30秒ほど経って再び扉が開くと、身なりを整えたニナがそこに立っていた。


「ニナ・アルヴェイユと申します。以後お見知り置きを」


ニナは左右のスカートを持ち上げてちょこんと頭を下げた。中々に流麗な所作だ。

ニナの名前を聞いたグレイスはあることを思い出す。


「私はグレイス・ボーヴァンだ。時にアルヴェイユとは、どこかで聞いたことがある名前だが……。まさか、アルヴェイユ伯爵のご息女か?」


グレイスのその質問に、ニナははにかんだ笑顔で返した。


「ささ。とりあえず中入りましょ。お腹減ったわ」

「何勝手に人の家入ってんのよ! あ、グレイス様は大歓迎ですよ。あ、ちょっと待てー!」

「…………」


勝手に家へと入ってくフラウを追って、ニナも慌てて後を追った。

グレイスはそんな二人に本当についていっていいのか疑問に思いながら、しかし目的を思い出し慌てて二人の後を追って家へと入っていった。




「で、今日は何の用なの?」

「……」


椅子の背もたれに体を預けながらニナが聞いた。

テーブルに置かれたカップに手を伸ばし、紅茶をすする。


一方フラウはテープルに置かれた高そうなお菓子に夢中だった。


「お菓子食べてないで人の質問に答えなさいよ!」


ニナはグレイスの視線に気づいてはっとした。

顔を赤らめてちらちらとグレイスの様子を窺う。

グレイスはその様子に苦笑する。


「それはそうと、何故伯爵令嬢がこのようなところに?」

「まあ成り行きです。色々事情はありますが、それはレディーの秘密ということにしておいてください」

「なるほど。承知しました」


貴族ともなれば人に言えない事情も多いのだろう。

グレイスはこの問題について深く言及しないことにした。


「所で、本日はどのようなご用で来られたのでしょうか」


グレイスはチラと見た後、フラウに視線を向ける。

彼女の興味は完全にお菓子に注がれていた。夢中でクッキーを頬張っている。

グレイスはため息をつくと、ニナに向き直り事の仔細を説明した。


「実は我々は今遠くへ行くための足を探していてるんだ。それも一刻も早く、目的地へ向かいたい。ただこの時間だ。今から御者を探しても、馬車を出してもらうのも難しい。そしたらフラウくんが、飛行生物を召喚できる魔導士を知っているといってね。それでここに来たとういうわけだ」

「つまり、私に飛行生物を召喚して目的地まで送ってけと言うことでしょうか」

「失礼なのは承知で頼みたい。どうか協力してくれないだろうか?」


ニナは口を噤んだ。

一瞬考えるそぶりを見せたが、少し俯き加減にカップを見つめて黙り込む。


そもそもこんな時間に訪ねてきて、対価も無しに一方的に要求を突きつけるなど、物を頼む上で非常識である。

フラウの言った、ニナがお願いを聞いてくれる確率が低いと言う話以前の問題だ。

グレイスはそう思っていたが、しかし今は一刻が惜しい。余計な時間を割かずに直球で頼み込むしか考えがなかった。


するとそれを見ていたフラウが、お菓子を全て平らげ指を舐めながら答えた。


「あー、ダメダメ。この娘引きこもりだから」

「ちょっ! グレイス様の前で何言ってんのよ!」


ニナは慌ててフラウの口を押さえつけた。

それに抵抗してジタバタともがくフラウ。

グレイスは二人の様子を生暖かい目で見ていた。


ニナはグレイスの視線に気づき、少し照れた様子で自分の席へ戻った。

グレイスはフラウに近づき耳打ちする。


「フラウくん。彼女が引き篭もりだと知っていたのなら、初めからこの話は難しかったんじゃないか?」


引き篭もりでフラウに敵愾心を抱いている少女。

そんな彼女にお願いしたところで、協力してもらえるとはとても思えなかった。


「だから5%ぐらいって言ったでしょ?」


まさにフラウの言った通り。肯定的な要素が何一つ見つからない。

むしろ5%でも高く見積もった方だとグレイスは思った。


しかし彼女が承諾しないことにはこの方法は使えない。

今から御者を探すのは限りなく難しいが、可能性は0ではない。それならば、少しでも早く探しに出たほうがいい。

そう考えて、グレイスはニナに断って席を立とうとした。


「あの。そんなにお困りなんですか?」


余裕のなさが顔に出ていたのか、ニナが心配そうな表情で聞いてくる。

その質問に、グレイスは光明を見出した。

まだ彼女の説得も不可能ではない。5%でもやれるだけやってから次へ行くべきだ。

グレイスは心を落ち着かせ、言葉を選びながら答えた。


「実は我々が急いでいる理由は、ある村を救いに行こうとしているからなんだ。その村は間も無く、野党の襲撃を受ける。しかしここからでは馬車をとばしても3日はかかる距離だ。悠長にしていては、我々が到着した頃には、村が廃墟に変わっている可能性が高い。だから君の力を貸して欲しい。キミの力で私達を、いや、村の人たちを救って欲しいんだ」


グレイスはニナの両手をとり、その瞳をじっと見つめた。

ニナはグレイスの瞳をまともに見れずに、顔を真っ赤にして俯く。


グレイスはぎゅっと握る手に力を込めた。

ニナの体が強張るのを感じたが、構わずさらに強い力で握りしめる。


耳まで真っ赤になったニナは、一言も発することができなかったが、やがてコクリと小さく頷いた。


その反応にグレイスは飛び上がりそうな気持ちを抑えながら、ニナを抱きしめて礼を言う。


「ありがとう。ニナくん」

「ふぁ、あわわわわわわぁぁぁっっっ‼︎‼︎‼︎⁉︎」


グレイスに抱きしめられたニナは、嬉しさと恥ずかしさが頂点に達して、思考回路がショートしてしまった。

これは夢だ。きっと夢だ。夢に違いない。

うわ言のようにそう呟いていた。


「夢なんかじゃない。現実だ。ありがとう!」


再びぎゅっと力強く抱きしめる。

ニナはまるでプシュ〜という音が聞こえてくるかのような反応を見せた。

ニナにとっては至福。しかしその幸せに耐えかねたニナは、アワアワと震えながら、勢い良くグレイスを遠ざけた。


「あ、あわわ。わ、私は、身支度を整えてきます!」


そう言うと勢い良く部屋から飛び出して行ってしまった。

その様子を見ていたフラウが面白そうに言う。


「まさかニナが依頼を受けてくれるとはね。さすがはグレイス様」

「揶揄うな。そもそもこれは君が出した案だろう。なぜこんな流れになってるんだ?」

「でもノッたのはあんたよ。あ〜ぁ、ニナがあんたのファンでよかったわ」

「……初めから織り込み済みという訳か」


グレイスは疲れた表情で溜息を吐いた。

何かニナを騙したようで少し心苦しかった。


「しかしこれも二人の愛の試練だと考えれば致し方なしか」

「ま、私は足が用意できればどっちでも良いけど」


達観した様子で頷くグレイス。事もなげな事をいうフラウ。

当のニナはというと、二人の身勝手な言い分に気づかず、嬉々としながらバタバタと旅支度をしていた。


どこから探してきたのか、フラウは高級そうなチョコを取り出し、口に放り込んだ。

フラウはニナとグレイスを見ながら、満足げな笑みを浮かべた。

あたりにほんのりとチョコの甘い香りが漂っていた。





ラウルホーゼンの姿も少しずつ変化を見せていた。


まだ計画が始まって1週間も経たないというのに、村の周りには外壁が作られていた。

しかしホテルのような建物はまだ手付かずだ。


炭鉱の方はまだまだで、入り口から数十メートルまでがようやく継木で補強された程度。

対照的に、炭鉱入り口近くには立派な櫓が組み上げられていた。

が、現時点では観光地としては全く進捗がなかった。


「そもそもあの魔導士達が来るまでってのは絶対に無理だよな。だって今の作業なんて数ヶ月かかっても整備しきれないんじゃないか?」


トノアがパン生地を捏ねながらレイナに問いかけた。

レイナは壁に背を預けながら腕を組んで首肯する。


「そうね。もっと速いペースで作業しても、どのみち間に合わないわ。人が来るにも時間がかかるし、もちろんグリエラ一行がそんなに待ってくれるとは思えないしね」

「だろ? じゃあ初めからこの計画は無理ってことじゃないのか?」


トノアの言う通りである。

どう足掻いても、グリエラ達が攻めてくる前に村の整備を完成させるのは不可能だ。


急ピッチで作業を急いでも半年以上はかかる。

人手があればもっと早く作業を終えることができるだろうが、それでも数ヶ月は掛かる。


レイナがもしグリエラの立場であれば、力のない村に攻め入るなら直ぐにでも行動を起こすだろう。

それこそ、ここ数日以内に来る可能性も高い。


この間の諍いで、両者の関係は完全に対立した。

即ち宣戦布告と受け取られた訳だ。


問題は、強行手段というのがどれほどのことを行うか。


たかが土地が欲しいだけにしては、今までも随分と強行手段であったし、何よりグリエラはかなり高位の魔導士だ。

フラウの言葉もあってか、レイナはこれが、ただ土地が欲しいだけの話では無いのかもしれないと感じていた。


だとすれば、王都から応援を呼ばれる前に攻撃を仕掛ける。最悪、皆殺しにして何もなかったことにすると言う、凶悪な手段に出る可能性すらある。


どちらにしろ、今は備えることしか出来ない。

そのためにレイナは、観光用の整備より先に、村の補強を優先した。

今作られている外壁と櫓はそのためだった。


「そもそもどう足掻いても間に合わないんだから、人が来るようになるまで耐えるしか無いわね。だから攻められても大丈夫なように壁作ってるのよ」

「村の男どもを訓練してるのもその一環か?」

「もちろんよ。でも正直何もできないでしょうね。向こうは統率がとれて訓練を積んでいる軍隊みたいな連中よ。今やってる訓練はどちらかと言うと、戦うよりは自衛のためね。一番は戦いが起こらないことなんだけど」


とは言えそこまでは高望みだ。

先にこちらから仕掛けられれば活路を見いだせたかもしれないが、近隣の村からもグリエラ達の情報は何も得られていない。

後手に回るしか無い以上、結局防御を固めるしか手は無いのだ。


頼みの綱は、フラウがどれだけ早く戻ってこれるかだ。

今頃は王都に着いて村興しの為奔走しているか、事が早く済んでいたとしても、戻ってくるにはあと2日はかかるだろう。


少しでも戦力が欲しい現状、フラウがいない隙をつかれるのは非常に厳しかった。

ならフラウも残って撃退したあとに動く、という手もあったが、相手の規模が知れない以上二人だけで何処まで耐えれるかわからない。

それに相手を殲滅するか、それに近いダメージを与えられなければ、再び襲ってくる可能性が高い。


その為、今回のフラウの王都行きは、村興しと助っ人探し両方を兼ねてだった。


一つ問題点があるとすれば、フラウに人望があると思えない事だったが……。


「所でそれは新作のパンかしら?」


レイナがトノアの手元を指差して聞いた。

小麦粉で白くなった台の上に、丸い塊のパン生地が手のひらサイズでいくつも並んでいた。


「ああ。このパン生地の中に味付けした鹿肉のミンチを入れて揚げるんだ。すると外はさっくり、噛めば中からは溢れ出る肉汁。それがモチモチのパン生地と相まって口の中がお花畑さ」

「ふーん」


トノアは時々変な言い回しをすることがある。

短い付き合いだがレイナはトノアのその癖を感じ取っていた。


「ほぃ。さっき作った試作品。食べてみるか」


しかしトノアはレイナの気の無い返事を気にした風もなく、試作品のパンを一つレイナに差し出した。

時刻は昼前。

朝から村の防衛について動き回っていたレイナの腹は、そのパンを見て声を上げた。


「…………」

「ははは」


赤面するレイナ。

オホンと咳払いで誤魔化しつつ、トノアの差し出したパンを受け取った。


熱い。

思わずレイナはパンを取りこぼしそうになる。

が、すんでの所で踏みとどまった。

息を数度吹きかけ表面の温度を下げてから、ゆっくりとそれを口に運んだ。


サクッ。


歯切れの良い音の後にすぐ、熱々の肉餡が姿を表す。

歯に触れただけでもその熱さが伝わってきた。レイナはそのあまりの熱さに、途中まで噛み進んだ状態で動きを止めた。

しかしそれでも、パンから口を離すことはなかった。


暫くして少し温度が下がった頃に、やっとパンと肉餡を噛みちぎった。

一噛みすると、思っていた以上にパン生地が弾力を持っていることに気づく。生地の内壁は内側で溢れ出た肉汁をたっぷりと吸っており、肉餡だけでなくパンにもしっかりと味が付いていた。


噛めば噛むほどサクサクとモチモチの食感が交互に襲ってくる。そして肉餡の絶妙な味付け。食べながらも口の中から涎が溢れ出てきた。


レイナは残ったパンを数口のうちにペロリと平らげ、指先に付いた油を舐めとった。

満足そうな表情でため息をつく。


その様子を眺めていたトノアは、レイナが食べ終わるのを待ってから感想を聞いた。


「美味かったか?」

「こんなパン、王都でも見たことないわ。でもとても美味しかった」

「そりゃ良かった。王都にもないならこれも村起こしの材料になりそうだな」

「そうね。私だったら100個は買うわね!」

「おいおい。身内が買い占めるなよ……」


トノアは感想を聞いたあと、次のパン製作に取り掛かった。

パン生地時を薄く引き伸ばして丸めている。

どうやら先ほどの肉詰めパンとは違うものらしい。


レイナはそれを見て先ほど自分が食べたパンでないことに少しがっかりした。

それと同時に疑問も浮かぶ。


「ねえ。トノアはどうして王都にもないようなパンを作ることができるのかしら?」

「ん?」


トノアはレイナの質問に反応をしつつも、パンを作る手を止めなかった。


レイナはトノアがちゃんと質問を聞き取れなかったのかと思い、もう一度、今度は少し声を大きくして質問した。


「ああ。ごめん。ちゃんと聞こえてる。ただ少し言いにくいことなんでな。どう答えようか迷った」

「言いにくいなら無理に聞くつもりもないわ」

「いや、別に良いんだ。あの傍若無人も知ってるから」

「傍若無人ってフラウのこと?」

「それ以外に誰が?」


トノアはニヤリと笑いながら答えた。


レイナも思わず、その言い得て妙な回答に笑みをこぼす。

きっと今頃、フラウはくしゃみでもしているのだろう。

そんなことを考えながら。


「で、どうして俺がこんなパンを作れるかってことだけど。実はこれ、他国のパン料理なんだ」

「他国って、まさか共和国とか帝国とか?」


レイナは表情を険しくした。


このリヴァレント王国は、昔は周囲の国を圧倒するほどの大国であり強国であった。

しかし帝国や共和国を含めた周辺諸国の戦争の煽りを受け、大国であるが故にその国土を徐々に蝕まれていった。


やがて戦火は広がり、リヴァレント王国をも巻き込んでいく。帝国、共和国両方の侵略に対抗できず、王国は当時あった国土の半分を失った。


ラウルホーゼンも現在は国境付近の辺境の村などと言われているが、当時は国土が広かったため、首都への交通の要所となっていた。

結局レイナたちの祖父母の代で戦争は終結したものの、国内には戦争の記憶が色濃く残っている場所も少なくなかった。


レイナが驚いたのもそれが理由だ。


レイナは剣聖の弟子である。

剣聖が若かりし当時は戦争に参加していた。勿論その時の話も聞いている。

だから同年代の人間に比べ、余計に嫌悪感が強かった。


レイナのその反応にトノアは渋い顔で答える。


「レイナの言う通り、帝国や共和国のパンも含まれている。でもそれ以外の国もあるんだ。俺も爺さんから戦争の話は聞いてるし、親父だって諸国漫遊の際には色々あったって聞いた。その親父曰く、『美味いものを求める心に国境なんて無い』、だ。俺が親父から受け継いだレシピには帝国のものや共和国のもの、それ以外の国だってたくさん含まれている。もう滅びてしまった国のレシピだってな。でもその中には様々な料理人の創意工夫が詰まってるんだ。だからこそ、国の滅亡でこの世から消えるなんて事があっていいはずが無い。その料理はきっと、誰かを美味しいって言わせる為に作られたんだからな」

「…………」


レイナは返す言葉がなかった。


確かに戦争は多くの禍根を残した。

だが負の感情を抱え続けても、何も解決しないのもまた事実。


レイナはトノアの言葉を剣聖にも伝えたいと思った。


すると、レイナのお腹が再び声を上げる。


「…………」

「さっきの試作品、まだあるけど食うか?」

「……勿論いただくわ」


トノアは笑って揚げパンを差し出した。

レイナは恥ずかしがりながらもパンを一口かじった。


カランカラン。


扉が開かれる音に少し遅れて、村人の男が慌てた風に飛び込んできた。

レイナはただ事では無い雰囲気を感じ、直ぐに窓から外の様子を伺う。


「大変だ。黒服どもが攻めてきた!」


レイナは思わず歯噛みする。

迎え撃つだけの準備が圧倒的に不足している。


もとよりそんな猶予を与えてくれる相手では無いが、いざその段になると恨めしいものだった。


「向こうはどれくらいいるの?」

「どれくらい?」

「数よ!」

「わ、分からん。馬車が5台ほど来て、中から次々と黒服が降りてきてるんだ。先頭にあの女もいた」


馬車が5台。

サイズにもよるが、一般的なサイズであれば、詰めて座れば10人くらいは行けるだろう。

さすがに貴族然としたグリエラの風貌から、荷馬車にそれ以上の人員を詰め込んでいるとは想像しにくい。


ただ人数は少ないほどこちらに利がある。

この時ばかりはレイナも、グリエラがケチで無いことを祈りたかった。


「相手はまだ壁の外側にいる様ね。取り敢えず私が応戦するから、その間にあなたは村の人たちを避難させて」


男は大きく頷くと、直ぐに家の出口へと急いだ。

店内に再びベルの音が響く。


「俺も協力するよ」


そう言ってトノアは側にあった木の棒を手に取った。


「駄目よ。素人が手を出していい相手じゃない」

「ガキの頃に訓練は積んでる。村に入ろうとする黒服くらいは止められるさ」


ぶんっ、とトノアが手に持った木の棒を振るった。

その音から、嘘ではないことを感じ取ったレイナは、トノアに頷きを返した。


二人が街の入り口に出てみると、入り口から少し離れた位置に、グリエラを先頭にして黒服たちが待ち構えていた。

人数はざっと30人ほど。


思ったより少ない人数に、レイナは少しの安堵と緊張を感じた。


先頭に立つグリエラは不敵な笑みを浮かべていた。


「随分お早いお帰りね」


レイナが投げやりに問い掛けた。


「うふふ。そうでして? そこそこの猶予はあげたつもりでしたが」

「猶予、ね。これのどこが?」

「直ぐに叩き潰さないだけありがたく思って頂きたいですわ。少なくとも、色々なものに別れの挨拶をする程度には時間があったでしょう」

「生憎別れの挨拶は済ませてないわ。今生にはまだまだ未練があるのよね」


レイナは腰から剣を抜いた。

磨き上げられた剣先が陽光を反射する。


「あらあら。やる気満々ですわね」


グリエラは一際口角を吊り上げた。

その美貌も相まって、妖艶ながらも戦慄を感じさせる雰囲気を醸し出す。

同時に圧倒的な魔力が彼女の体から発せられた。


「安心しなさい。直ぐにあなたの顔を、絶望に染めてあげますわ!」

「⁉︎」


弑虐的な笑みを浮かべながら、グリエラは手に持った煌びやかな石を二つ、眼前へと投げ捨てる。

地面に触れた瞬間、その石が光を発して砕け散った。


「おいでなさい。グリム、カエラ」


光が次第に収束すると、そこに二頭の狼が姿を現した。

一頭は燃えるような赤毛、もう一頭は艶めいた漆黒。

その二頭が、グリエラに付き従うように左右に鎮座する。


「魔獣召喚⁉︎」

「ふふ。あなたの所の新米魔導士とは違って、私は召喚魔術を使えますの。それも無詠唱で」


レイナの顳顬を冷や汗が伝う。


レイナは自分の力を過信しない。

過信は隙を生み、敗北につながる。


己の力量と相手の力量、双方を正確に測れるようになってこそ一流。敵わない相手には決して立ち向かわない。仮に立ち向かう場合は、隙を見出すまで耐え抜き、引いて体勢を立て直す。

それは剣聖の門弟に授けられる最初の教えである。


今レイナは正確に現状を分析していた。

目の前の狼二頭。

一頭なら問題ない。二頭だとしても、相応の連携は予想されるが、気配から察するに勝てない相手ではない。

だが問題はもう一人である。


レイナの思考はどうあっても、二頭の攻撃の合間にグリエラからの間隙で詰んでしまう。

さらに黒服達。


いくらトノアが腕に覚えがあるといえども多勢に無勢だ。

レイナがもう一人いれば多少は善戦できるだろうが、現状黒服に対抗する手立てはない。


剣聖の教えから言えば、今は逃げ時だ。

逃げて機を待ち、力を蓄え、決して無謀はしない。


(先生の教えに背くのは初めてかもしれないわね)


レイナは切っ先を二頭の狼へと、そしてグリエラに定めた。


「トノア。あなたは私が討ち漏らした敵を片付けて」

「分かった」


トノアが背後で構えを取る。


レイナの出した結論は守ることであった。

ただひたすら守りに徹する。攻勢には移らない。

少なくとも、村人全員が避難できるだけの時間を稼ぐ。


どの道この戦力で村を守りきることは不可能なのだ。

だからこそ、レイナは人命を優先した。


「守りに徹するつもりかしら? でもまあ、悪くない判断ですわね」


言うや否や、グリエラは片腕を前に突き出す。

その動きに呼応するかのように、狼達が徒党を組んで襲いかかってきた。


左右から襲い来る狼。

余裕を見せているのか、グリエラは動かない。

ならば好都合。


レイナは素早く赤毛の一頭へと肉薄する。

懐に潜り込まれた狼は一瞬たじろぎ、しかしレイナはその隙を見逃さなかった。

突進して来る狼めがけて斜めに切り上げる。

対して狼は驚異的な反応速度でその一撃を躱した。


直後、もう一頭の漆黒の狼が背後から巨大な爪を振り下ろした。

しかしレイナも負けず劣らずの反射神経を見せ、その爪を受け止める。

間髪入れずに今度は赤毛が牙を突き立ててきた。

それもレイナは華麗なステップで躱してみせる。

避けざまに一撃、二撃と剣を振るうが、すんでの所で届かない。

そのまま一人と二頭はバックステップで距離を取った。


そのまま睨み合い、動きを止める。


今の一連の攻防だけで、周囲の黒服達は驚嘆の声を漏らした。

まさに紙一重。しかしレイナは敢えてそれをやって見せた。相手に警戒心を抱かせ、次の攻勢に出られないように。


レイナの狙い通り、二頭の狼は動きを止めて様子を窺っている。

黒服達も遠巻きに同様の反応を見せていた。

その黒服達の様子にグリエラはいらだたしげに声を荒げた。


「あなた達。この女は私が相手をしますわ。あなた達はさっさと村を制圧してしまいなさい」


その言葉で戦意を取り戻した黒服達は、レイナと狼達を迂回するように村へと進んでいく。


グリエラの命令は的確だった。

レイナが動けない隙に事を成してしまうつもりだ。

その状況にレイナは歯噛みするしかなかった。


黒服が悠々とレイナの側面を通り過ぎる。

その時、トノアが先頭の黒服に木の棒を突き立てた。

戦力としてカウントされていなかったトノアからの不意打ちに、黒服が沈黙する。


「俺を忘れるなよな。そう簡単にここは通さねーぞ!」


その様子を見ていた背後の数人が、剣や棍棒を取り出し臨戦態勢に入った。


先程のような不意打ち、次は通用しないだろう。

それはトノアも理解しているのか、緊張した面持ちだ。


すると一人の黒服が飛び出した。棍棒を真上から振り下ろす。

トノアはその動きに合わせて木の棒で受け流す。そしてカウンターの一撃を叩き込んだ。

先ほどの不意打ちがまぐれでない事がわかったのか、黒服達にも緊張が走る。


トノアの実力はレイナが思っていたより高いようだ。

嬉しい誤算に、レイナは少しだけ安堵のため息を漏らす。


その隙をついて狼達が再び襲い来る。

しかしレイナは二頭の猛攻を紙一重で躱し、受け流した。

グリエラ自身も、レイナの巧みな回避に間隙を挟めない。

そのような事をすれば、使役する狼達を巻き込みかねないからだ。


グリエラの計画ではもう村の制圧が完了している筈だった。

しかし現状、たった二人の相手に手間取っている。

黒服も数人やられたようだ。

グリエラの苛立ちが募る中、状況は膠着状態に陥っていた。


しかし多勢に無勢。

そんな状況も長くは続かない。

グリエラは声を上げた。


「ビッグ・トム。来なさい」


背後の荷馬車がゆらりと動くと、中から巨大な影が姿を現した。

身の丈2mはくだらない巨躯。

その筋骨隆々な男は、巨大な斧を携え黒服達の方へと歩いっていった。

レイナはまだ動けない。


明らかにトノアでは手にあまる相手だ。

レイナ自身が相手をしければどうにもならない。

しかし当のレイナも、狼達がいて動く事ができなかった。


「もういいですわ。お遊びはここまでにしましょう。さっさとあなた達を叩き潰して、終わりにして差し上げますわ」


グリエラがパチリと指を鳴らした。

それを合図に、狼達がグリエラの側へと戻る。


レイナはグリエラから迸る魔力を感じ、警戒心を限界まで引き上げた。

次に来る攻撃は恐らくグリエラの強力な魔法だ。


「開け、魍魎の匣。隠り世の間に惑し世界の理、輪廻を巡りて、悪鬼羅刹の幽鬼を落とせ。アンデッドロアー!」


グリエラの眼前、地面に鉄扉が現出した。

その扉が徐々に開いていく。


レイナの背筋にぞくりと悪寒が走った。

この扉の中にいるもの。これはまずい。これを出してはいけない。

出てくる前に、何とかグリエラを止めなければ。


レイナは驚異的な踏み込みでグリエラの側面へと回り込んだ。

グリエラはその動きに反応できていない。

レイナは構わず剣を横薙ぎに振り抜いた。

しかし間に飛び込んだ赤毛がレイナの攻撃をグリエラに届かせない。

返す剣で再び一撃。しかしこれも、漆黒を切り伏せるだけでグリエラには擦り傷すら与えられなかった。


その間にグリエラはバックステップを踏んで距離をとる。

すでに扉は半分以上開かれていた。

その扉から、長い骨だけの腕がレイナめがけて伸びてくる。

レイナはたまらずその攻撃を払いながら背後へと飛びすさった。


グリエラとの距離がさらに開く。

既に扉が開かれる前にグリエラを倒すことは不可能だった。


やがてその扉が全て開かれた。

中から濃密な瘴気が漏れ出ている。

ゆっくりと、骨の腕が、髑髏が、姿を表す。


その全てがあらわになった瞬間、それは吼えた。


「ヴォオオオオオォォォォォォァァァァァ!!!」


全長は3mほど。

長く伸びた首。異様に伸びた腕。そして鋭い牙と爪。うねる尻尾が地面を叩く。

その姿は全てが骨であった。

しかしその風貌は、それがかつて何であったのかを物語っていた。


"ドラゴン"。


人類にとって抗うことさえ躊躇われる厄災。

おおよそ人が立ち向かうべきではない相手。

それを倒しただけで英雄と呼ばれ、富と名声を手に入れられるという怪物。


多くの呼び方がされるが、須く、凶悪で凶暴で圧倒的な力を持っていた。


レイナは思考する。

どうやってこの怪物を相手取るか。

このサイズ、恐らく成熟せずに死んだもの。その骸。

成体に比べれば格段に力は劣る筈。骨であれば尚更だ。

しかしそれでも油断できる相手ではない


ドラゴンと対峙したのは初めてだが、肌を突き刺すこの感覚は、間違いなく強者である事を示していた。


レイナは息を整え、心を落ち着ける。

そして冷静に、眼前の相手を見据えた。


「おやりなさい」


グリエラが指示を出す。

しかしドラゴンは動かない。

周囲をキョロキョロと伺い、まるでここがどこであるか確かめているようだ。


トノアや彼と戦っていたビッグ・トム、その他の黒服達も、突如現れたその異形の化け物に目を奪われた。


このドラゴンがグリエラの指示を聞かないのであれば、レイナにとってこれ以上ないチャンスだ。


ドラゴンは順にグリエラ、狼、レイナ、トノア、黒服と視線を巡らせる。

次の瞬間、ドラゴンはあり得ない角度で手を伸ばし狼達を長い腕で掴むと、頭から貪った。

レイナの一撃を受けていた狼達に為す術はなかった。


周囲の人間全てが、その様子に畏怖を感じた。

グリエラは舌打ちをし、ドラゴンから距離をとる。


ドラゴンが次に目を向けたのはレイナ。

その落ち窪んだ眼窩から、怪しい光を発しながらじっとレイナを見ていた。


次の瞬間、ドラゴンは信じられない速度で長い腕を伸ばすとレイナに掴みかかろうとしてきた。

捕まれば狼と同じ結末を迎える。

レイナは紙一重で攻撃を躱すと、伸びきった腕に剣を叩きつける。


ガキン!

硬い金属同士がぶつかったかのような甲高い音が響く。


ドラゴンの鱗は並みの金属では歯が立たず、達人の一撃でやっと貫けると言われている。しかしまさか骨までこれほど硬いとは誤算だった。


レイナも斬鉄程度は朝飯前だが、骨だけのこれはそれを上回る硬さだ。

レイナは追撃を逃れるため素早く背後に飛び退る。


メキメキ。

骨が軋む音が聞こえた。

同時にレイナの痩躯は数mの距離を吹き飛ばされる。


「がはっ!」

「レイナ!」


肺が押しつぶされるような衝撃。

息をするのが辛い。

かすれた声が喉から漏れた。


一瞬何が起こったか分からなかった。

何とかドラゴンに視線を向ける。

ドラゴンの尻尾が地面を叩きつける度、土埃が巻き上がった。


どうやらあの尻尾の一撃を受けたようだ。

吹き飛ばされた衝撃で身体のあちこちが軋む。


今まで受けたことのない位置からの攻撃に、レイナはドラゴンを相手にする恐怖を痛感していた。


剣を支えに何とか立ち上がる。

しかし誰の目から見てもこれ以上戦えないのは明らかだった。

たった一撃で勝敗が決してしまった事実に、レイナは悔しさを滲ませた。


どさっ。


トノアの方も決着がついていた。

レイナに気をかけた瞬間、トノアはビッグ・トムの一撃を受け止めきれず吹き飛ばされた。


グリエラは指を鳴らしてドラゴンの動きを止める。

命令はできないようだが、どうやらオンとオフの切り替え程度はできるようだ。


勝敗は決した。

しかし村人が避難できるだけの時間は稼げた筈だ。

レイナは負けを認めながらも、どこか安堵の表情を見せていた。


「どうやら観念したようですわね」

「そうね。私たちではあなた達に勝てないみたい」

「従順なのは嫌いじゃないですわ。あなたの態度に免じて、苦しまずに送ってあげましょう」


グリエラは手を上げて、動きを止めていたドラゴンに指示を送る。


「ふふふ」

「何がおかしいのかしら?」


不意のレイナの笑い声に、グリエラは手を止めた。


この状況を打開することは不可能。

事前に魔導士が村を離れたことも確認済みだ。

さらにこちらには強力な手駒であるスカルドランがいる。

これを打ち倒せる者はそうそういない。


だのにこの状況で笑みをこぼすとは、一体どういう事か。

ただの馬鹿か、或いはーー。


「もう少し早ければ勝てたのにね」

「一体何を言っているのかしら?」


突如、周囲に影が落ちる。

グリエラはその正体を確かめるため、上空を仰いだ。


そこにいたのは巨大なマンタ。

両翼広げて10mはくだらない大きさだ。


グリエラはその光景に驚愕を隠しきれないでいた。


グリエラは気付いてしまった。

それが召喚された魔獣であるということに。

自分が召喚した魔獣より、はるかに強力な存在であるという事実に。


そのマンタの上から声が響く。


『レイナー。遅くなってゴメンねー』

「ははは。全くあの娘ったら、緊張感のかけらもないわね」

『後は私たちに任せてゆっくり休んでてー』

「私たち、か。どうやら助っ人探し、うまくいったみたいね」


するとマンタから何かが飛び降りた。

それは急激な速さで落下を開始し、しかし地面直前で動きがゆっくりになると、静かに着地した。


筋骨隆々な大柄の男が、巨大な剣を携えそこに立っていた。


「待たせたな。助っ人参上だ」

「うげっ! 何で先輩が⁉︎」


そう言ってグレイスは、レイナに向かって輝く歯を見せつけた。

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