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フラウの作戦

カラカラと、車輪が乾いた音を上げながら、一台の馬車が街道を走っていた。

その荷台ではフラウが丸くなりながら、小さく寝息を立てている。


ラウルホーゼン復興計画が開始してから一週間。

現在フラウは王都に向かっていた。


ラウルホーゼンでは今、急ピッチで作業が進められている。


建物や鉱山の整備に関しては、腐っても元鉱山職員。

高齢ではあれど、取り敢えずは村にいる人間と、近隣村民に助けを乞うことでクリアできた。

目玉のパンについても、もともと味は文句なしだったので大して問題ではないだろう。


しかし一番の問題がまだ残っていた。

それは『集客力』である。


いくら村が整備され綺麗になった所で、例え世界一美味しいパンが作れた所で、村に来る人間がいなければ宝の持ち腐れにしかならない。


時間をかければ、旅人の伝聞で村に来る人間は増えるだろう。しかしその頃にはとっくにリゾート地に様変わりしているかもしれない。


噂が広がるのを待っているだけでは遅すぎる。

その問題を解決する為に、計画開始早々、フラウは王都へ戻るためこうして移動していた。



フラウの乗った馬車の車輪が、音を徐々に小さくしていく。

暫くして車体が完全に静止し、御者が馬をいなす声が聞こえてきた。


「お嬢ちゃん。着いたよ」


御者がフラウの肩を揺すった。


『ふぁ』と間の抜けた声を漏らして、フラウが薄目を開ける。暫くぼーっとした後、思い切り伸びをして意識を覚醒させた。


フラウは馬車の出入口にかかった幌を上げて外に出ると、腰から下げた金貨袋から代金を取り出し御者に渡す。

御者は礼を述べて馬に鞭打つと、再び街道に沿って馬車を走らせた。


「さてと」


目の前には巨大な門と固く閉ざされた扉。

門の左右には屈強な衛兵が直立不動で待機している。


王都はおおよそ中央区、外周区、商業区の3つからなっており、中心から順に円形に広がっていた。

中央区には貴族や有力者などが住んでおり、外周区には一般庶民が、商業区は主に商店が立ち並んでいた。


各区に入るにはそれぞれ許可証が必要となっており、許可証のないものは商業区までしか立ち入りができない。

加えて門番による厳しい武装のチェックが行われ、王都

内へは武器の持ち込みが制限されていた。


王都内に入っても聖騎士隊と呼ばれる王都を守る護衛部隊によって、諍いが起こらないよう巡回がされている。

それだけ王都の警備は厳重だった。


フラウは門の前に並ぶ入場待ちの行列を横目に見ながら衛兵の近くまで歩いていくと、首から下げたペンダントを掲げて見せた。

衛兵はフラウとペンダントを見比べ、少し驚いた表情を見せたが、直ぐに表情を元に戻すと快くフラウを通した。


フラウは礼を告げて王都への門をくぐった。


門をくぐると、そこには多くの商店が立ち並び、荷車を押す者や荷物を運ぶ者でごった返していた。


目の前の道は遠くまで伸びており、その先に今くぐったばかりの門と同じ様な門が聳えていた。

その門の上部を突き抜けるように、王宮が僅かながらその姿をのぞかせている。


闘技場での試合以来久々に訪れた王都に、フラウは少し懐かしさを感じた。

時間があればゆっくり観光でもしたいところだったが、生憎と今は悠長にしている場合ではない。


グリエラが強硬手段に出れば、ラウルホーゼンなどひとたまりも無いだろう。

彼女から漏れ出た魔力は熟達の魔導士のそれであった。


こちらにもレイナがいるとは言え、集団で攻め込まれてしまえば多勢に無勢である。

魔法を使えばまだ多人数を相手どる事もできる。だからこそフラウは、一刻も早く村へと戻る必要があった。


「取り敢えず闘技場に向かわないとね」


フラウはそう独りごちた。


闘技場は外部からも大勢参加者が訪れるため、商業区内に建設されている。

ただ現在のフラウのいる場所少し離れた場所に位置している。


王都内では魔法の使用も禁じられているため、空を飛んで向かう訳にもいかない。仕方なくフラウは闘技場へと徒歩で向かうことにした。


「あ、おじさん。リヴァまん一つ頂戴」

「はいよ」

「ありがと」


フラウは王都名物リヴァまんの入った袋を受け取り、代金を店主に渡した。

久々の王都を少しだけ楽しんでいるフラウだった。





グリエラは暗い部屋の中、椅子に掛けながら薄ぼんやりと光を放つ水晶玉に向かい合っていた。

水晶玉から声が響く。


『あの村はまだ奪えんのか?』

「申し訳ございません。よもやあの村に魔導士が派遣されてくるとは思ってもみませんでしたので」

『速やかに事を片付けろと言っておいたはずだが?』

「ですが、あまり強行的に事を行っては、王都に感づかれてしまう可能性が」

『それをどうにかするのがお前の仕事であろう。分かったらさっさとあの土地を奪ってこい。次に報告してくるときは……分かっているな?』

「……はい」


水晶玉の光が小さくなり、やがて消えた。

部屋は小さな蝋燭の明かりが頼りない光を灯すのみ。


グリエラは長い溜息をつく。


「本当に勝手なことばかり言ってくれますわね。あのジジイは」


片手を振り上げると部屋のカーテンがひとりでに開かれた。外の明かりが室内に雪崩れ込んでくる。


グリエラは椅子の背もたれに体重を預け、再び息を吐いた。


「あまり悠長に構えている訳にはいかなそうですわね」


グリエラは表情を引き締めると、さっと椅子から立ち上がる。そしてそのまま部屋を後にした。


グリエラと黒服一行がラウルホーゼンを再訪するまで、さほど時間はかからない。





「相変わらずでっかいわねぇ」


フラウは目の前に聳える闘技場に感嘆の声を漏らした。


歩みを進めて闘技場入り口にいる受け付け係に声をかける。


「こんにちは」

「こんにちは。て、リーゼンベルグさん⁉︎」

「あ、そうそう。リーゼンベルグ」


受付の少女があわあわと狼狽しながら一度窓口の中に姿を消した。暫くすると、何かを持って早足にフラウの元へと駆け寄ってくる。


「こ、これ! サインお願いしますっ‼︎」

「え? サイン?」

「ははは、はひぃ! この間のボーヴァン選手との戦いすごかったです! あんなに強い女性初めて見ました。一目でファンになっちゃいました!」

「んんん〜。そこまで言われちゃしょうがないなぁ」


突然の告白にフラウはすっかり調子に乗ってしまった。

快く差し出された色紙とペンを受け取ると、さらさらとサインを書いていく。


「ところで支配人いる?」


少女に色紙とペンを返しながら聞いた。


「あ、はい。今、事務室にいると思います」

「そ。ありがと」


そう言い残してフラウは場内の事務室に向かった。

その後ろ姿を少女は羨望の眼差しで見送った。


その姿が曲がり角に消えてから、手に持った色紙に視線を移す。

そこにはでかでかとあまり綺麗ではない字で『フラウ・リーゼンベルグ』と書かれていた。

少女はしばし唖然としながら、しかしやがて嬌声を上げた。


フラウの人生初めてのサインは、こうして少女の家の家宝となり、後々まで受け継がれる事になる。



フラウがしばらく歩くと広く開けた空間に出た。

そこは闘技場参加者が戦いの前に集うホールだった。


闘士達はここに待機し、自分の試合の順番を待つ。呼ばれた者から順に控え室へと案内され、入場のアナウンスで闘技場へと進む。

フラウもグレイス・ボーヴァンとの試合の際は、同じ流れで闘技場へと向かった。それほど時間が経った訳でもないが、妙に懐かしさを感じる。


今は誰もいないホールを素通りし、端ある事務室へと続く通路へと向かった。暫くすると事務室の扉が見えてくる。


扉の前に立つと、中から何やら話し声が聞こえてきた。

が、気にせず扉を開けた。


「邪魔するわよ」


フラウが中に入ると、驚いた顔の人間が二人、室内で彼女を出迎えた。


「誰だ。ノックもなしとは失礼だぞ!」


椅子に掛けた小太りの男が声を荒げた。


「久しぶりね。支配人」

「な! フラウ・リーゼンベルグか? いきなりどうしたんだね」

「今日はちょっとお願いに来たんだけど。と、あんたもいたのね」


そう言ってフラウはもう一人の人物に声をかけた。


「試合以来か。キミは相変わらず傍若無人だな」


グレイスはフラウに苦笑を返した。


二人は突然の来訪者の正体がつかめて、一先ず落ち着きを取り戻した。

二人ともフラウの性格をわかっているので特にそれを咎めようとはしない。


「で、突然の来訪にお願いとは何かね?」

「ああ。そのことなんだけど。実はーー」


フラウは村の状況と、村興しのために集客が必要であることを支配人とグレイスに説明した。


「と言うわけで、ここで私の生まれ故郷の宣伝してくれないかしら?」


と言うのが、フラウの『有名人』のアテであった。

つまり自分である。


話を聞き終えた支配人は腕を組んで考え込む。

フラウはその様子を見て、期待した表情で待っていた。


「うーむ。一応リーゼンベルグくんは闘技場のチャンピオンだからね。ワタシとしても、協力できる範囲で手を貸してあげたいと思ってるんだが」

「え、何? まさか宣伝できないとか言わないわよね?」


フラウが冷たい瞳を向けて聞き返した。

支配人は思わずたじろぐ。こめかみを冷や汗が伝った。

その様子を見かねたグレイスが支配人に助け舟を出す。


「確かにキミは私に勝って闘技場のチャンピオンになった。だがそれだけで村に人を呼べるかといえば、答えはノーだろうな」

「どうしてよ」

「その理由は明らかだ。キミのネームバリューが低すぎる」

「ネームバリュー?」

「そうだ。闘技場のチャンピオンになっただけでは、その試合を見にきていた人間しかキミを知らないわけだ。もちろん人伝にキミのことを知った人間も多くいるとは思うがね。だが、それはキミのファンではない。ならばその中でどれだけの人間がキミの故郷へ行きたいと思うか。それも王都から馬車で3日だ。それだけの労力をかけてそこまでいこうと思えるほど、キミのネームバリューは高くない。それが、私がノーと言った理由だ」


グレイスの言葉は尤もだった。

フラウが闘技場のチャンピオンで有名人になったことは間違いない。しかしそれだけでフラウに興味を持つ人間がどれだけいるか。

はっきり言って、フラウの算段は甘かった。


「分かったら、別の集客方法を考えるべきだな。もっと人々が興味を持つような人間を連れて行くか、大道芸や踊りのような興行を行えば少しは人も集まるだろう。まあ直ぐにというのは難しいかもしれないが」

「それじゃあダメなのよ。あいつらに攻め込まれたら村は今直ぐにでも滅んじゃうわ。できるだけ早く成果に結びつけないと意味がないのよ」

「少し焦りすぎじゃないのか? 多少の猶予くらいはあるだろう」

「そんな時間ないの。おそらく近いうちにあいつらは村を潰しにかかるわ。私という魔導士が現れた以上、下手に増強されたら対応が難しくなる。そうなる前に強硬手段に出てくるはずよ」


そこまで聞いて、グレイスは腕を組んで唸った。

フラウの言葉が本当だろうことは伝わったが、だからと言って手助けできることは何もない。

下手な同情は期待を生むだけ。グレイスはそれが分かっていたのでそれ以上何も言わなかった。


支配人も同じである。

思いつくところもグレイスの意見と同程度のものしかない。

自分の関われる事ではないと、諦観の構えを見せていた。


フラウもそれが分かっていた為、二人にそれ以上の事は言えなかった。

どうしようもない現状に、フラウは肩を落とすしかなかった。


「リーゼンベルグくん。すまないが、我々にはどうする事も出来ない。同じことの繰り返しになるが、別の方法を探したほうがいい。さぁ、グレイスくん。彼女を入り口まで送ってやってくれ」


グレイスは支配人の言葉に頷くとフラウを促した。フラウも黙ってそれに従う。

支配人は二人を室内から見送った。


一歩を踏み出すたび、廊下に響く靴音が虚しさを助長する。

期待していた策が取れなかったのだ。かと言って、代わりの案があるわけでもない。

フラウはやりきれなさを押し殺して、廊下をトボトボと歩いた。


グレイスに先導されて、再びホールまで戻ってくる。

煌々と照らされる灯りが妙に恨めしかった。


二人がホールに足を踏み入れる。

すると突然、グレイスが足を止めた。

フラウは何事かとグレイスの前に視線を向けると、そこには先ほどまでいなかった数人の女が立っていた。

すると女たちが突然、


「「キャーーーー‼︎ グレイス様ぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎」」


黄色い声が飛び交い、その数人がグレイスの前まで駆け寄ってくる。

見ると背後からは警備員が、女たちを止める為慌てて追いかけて来ているところだった。


女たちはグレイスの前まで来ると、次々に手に持ったプレゼントを差し出した。


「こらこら。そんなに慌てて、怪我でもしたら大変じゃないか。それにここは闘士以外は立ち入り禁止の場所だぞ」

「いや〜ん。優しい〜!」


その言葉に女たちは身をくねらせて煩悶していた。

グレイスは後から来た警備員を手で制すると、女たちへ向けて優しげな声音で諭した。


「気持ちは嬉しいが、さっきも言ったように、ここは闘士しか入れない神聖な場なんだ。だからキミたちはここに入ってきちゃいけない。キミたちは観客席から僕を応援してくれ。その方が僕の力になるから」


そう言って白い歯を見せて爽やかな笑顔を送った。

その笑顔に女たちはたちまちのうちにノックアウト。


その様子を見ながら一人、悪魔の笑みを浮かべる者がいた。


「……あなた達、よく聞きなさい」


ずいっと一歩前に出たフラウが女たちに声をかける。

一瞬誰が出てきたかわからず女たちは困惑したが、直ぐに以前グレイスを叩きのめした女だとわかると罵詈雑言を浴びせかけた。


「あんたどういうつもりよ。グレイス様倒しといて、なんでグレイス様の隣にいるのよ!」

「そうよそうよ! この糞豚女が!」

「あんたなんか馬の○○○○にでも○○○○突っ込んで○○○○しなさいよ!」


警備員は女たちのあまりの凄まじさに顔を引きつらせていた。

グレイスでさえも、ヒートアップする女性陣の言葉に口角をヒクつかせる。


フラウは余裕の笑みを浮かべながら、その言葉を聞き流す、訳もなく……。


「うるさいわね! 殺すわよ⁉︎」

「「!」」


フラウの一喝に女たちだけでなく、警備員とグレイスもびくりと肩を震わせた。一喝と同時に魔力も漏れたので、一瞬女達は気を失いかける。

皆が静まったのを見計らいフラウは言葉を続ける。


「せっかくあんた達にグレイスのいい情報あげようと思ったのに、話す気失せたわ」

「え、いい情報?」


その言葉に女たちが色めき立つ。随分と現金な反応だ。

槍玉に挙げられているグレイスはと言うと、次の言葉を聞く前から既に嫌な予感しかしなかった。


女たちは情報を教えてもらえるようフラウに懇願した。仕方がないという風に、フラウは大きくため息をひとつ。

そして笑顔で言った。


「ある場所に行けば、もっとグレイスと身近に触れ合う事ができるわよ」

「あ、ある場所?」

「そう。ある場所よ」

「そ、それは一体どこなの……?」


グレイスは彼女の言わんとしている事が直ぐにわかった。

慌ててフラウを止めに入る。が、フラウが後手に杖を突きつけたため、グレイスはそれ以上動くことができなかった。強烈なプレッシャーがグレイスに襲いかかる。

そしてフラウは、今日一番悪どい笑みを浮かべると、グレイスに対して最後通告を突きつけた。


「ラウルホーゼン。グレイスはしばらくそこに滞在するわ。そこに来れば、今よりももっと、グレイスと身近に触れ合う事ができるわよ」


女たちは口々にその真偽を確認しようとフラウに問いかけた。

フラウは調子よくうんうんと頷く。

止めに入ろうとするグレイスは尚も杖のせいで動けない。


やがて満足した女たちは笑顔でホールから出て行った。

フラウは女たちを見送りながら、最後に、


「他のファンの人たちにも伝えてあげてねー。グレイスはみんなのものだから」

「おっけー。あんた結構いいやつねー」


そう言い残して去って行った。


警備員は絶望的な表情のグレイスを横目に、何事も無かったかのようにそそくさと自分の持ち場へと戻った。


たまらずグレイスはフラウに詰め寄る。


「な、なんて事をしてくれたんだキミは! 私は別にラウルホーゼンに行く気なんかないぞ。それは君の問題だろう!」

「何よ。ネームバリューのある有名人がいたんだから計画通りじゃない」

「だから、私は行かないと言っているだろう。それに私は、この闘技場の専属闘士なんだ。ラウルホーゼンに行く暇なんかないんだ」

「そ。なら支配人に解雇してもらいましょう」

「は? 今何て……?」

「だーかーらー。あんたは専属闘士解雇。代わりにラウルホーゼンの用心棒ね。良かったわね。直ぐに新しい仕事が見つかって」

「ふざけるな! 勝手に人の職を決めるんじゃない。私は絶対、ラウルホーゼンには行かんからな!」


グレイスは肩をいからせながら再び事務室へ続く廊下へと戻っていった。


これ以上フラウの無茶に付き合っていられない。

さっさと戻って、支配人とファンの女性達の誤解を解く算段をつけねば。


そんな事を考えていると、ふと背後からグレイスの顔の横を何かが高速で通り過ぎた。

何が通り過ぎたかはっきり視認は出来なかったが、それが当たった壁に、手のひら大の穴ができていた。


今できたばかりだという証拠に、パラパラと石の破片が落ちる。


グレイスは驚き振り返る。


視線の先には杖を構えたフラウ。

その切っ先はグレイスに向けられていた。


「あんたが嫌がるなら力ずくってのもありだけど、私としてはなるべく穏便に済ませたいのよね。何ならここでリベンジマッチってのも良いけど?」

「それは願っても無い話だな」


グレイスは笑みを浮かべると、腰に下げた剣を抜き放った。

鋭い目つきでフラウを見据える。


「あらら。乗っちゃったか。まあそれでも構わないけど」


フラウはグレイスに杖を向けた。


グレイスがジリジリと距離を詰める。

フラウはグレイスとの距離を保つが、前回と違ってここは広さがない。

グレイスの踏み込みがあれば直ぐに距離を詰められるだろう。


さらにフラウにとって厳しいのは、ここが屋内ということだった。強力な魔法は建物を破壊する危険性があるため使えなかった。


フラウはいつ攻撃されても良いよう身構えた。

二人の間に緊張が走る。


が、フラウはふっと体の力を抜いて構えを解いた。


「止め止め。やっぱりあんたと戦うのやめとくわ」

「どうした? まさか怖気づいた、なんて、キミにある訳がなかったな」

「もちろん。まあここでやったら建物壊れちゃうしね。あんたの事は諦めることにするわ」

「随分と素直じゃないか」


グレイスはフラウに戦う意思が無くなったと悟り、剣を鞘に収めた。


「それにしてもほんと残念よね」

「私にとっては残念、とは言えないがな」


グレイスは余裕が生まれたのか、すっかり笑顔で返せるようになっていた。

しかしフラウはそんな様子を見ていやらしい笑みを浮かべた。


「そう言えばあんたって好きな人いるわよね?」


その言葉にグレイスはピクリと反応した。

しかしあくまで平静を保ちながら答える。


「何を言い出すかと思えば。別にそんな特定の異性はーー」

「妹弟子」


そこでグレイスの動きが止まった。

まるで貼り付けたような笑顔を浮かべながら、しかし口をヒクつかせているのが見て取れた。

額には汗が滲んでいる。


明らかな動揺を感じ取ったフラウは、さらに追撃を加えた。


「ほんと残念よね。せっかく彼女もラウルホーゼンに行ってるのに。ま、断られちゃしょうがないか」

「待ちたまえ。もう少し詳しく話そうじゃないか」

「詳しく? 何をかしら?」

「その彼女のことさ。彼女とは一体誰のことを言っているのかな?」


フラウはにんまりと笑った。

あまりに予想通りの反応に嬉しさを隠しきれない様子だ。


「あんたも私と彼女の関係、もちろん知ってるわよね?」

「……」


グレイスはその言葉の意味を理解し、沈黙で答えた。

フラウも望み通りの回答に満足した。

そしてとどめの一撃。


「村には私の幼なじみもいるし。今頃二人で仲良くやってるかな」

「何をしている。早く行くぞ。ラウルホーゼンには3日くらいで着くんだったな。身支度を済ませてくるので、街の入り口で待っていてくれ」

「支配人には何も言わなくていいの?」

「構わない。いや、そう言うわけにもいかないな。とりあえず今から辞表を提出してくる。それが終わったら出発だ。さて、一丁村を救うとしようか」


グレイスはスタスタと支配人の部屋へと戻っていった。

フラウはその姿を背後から見送った。


「まさかこんなに上手くいくなんてね。男って単純なものね」


そう呟いて、フラウは闘技場を後にした。



「で、いつ村に向かうんだ? 一刻も早く行かなければならないんだろう?」


身支度を終えたグレイスは、程なくして街の入り口でフラウと合流した。

早くラウルホーゼンへ向かいたいのか、落ち着かない様子だ。

仲間に引き込めたのは良かったが、こうも乗り気になられると逆に鬱陶しさを感じる。


「早く行こうにも、もうすぐ日が暮れるのよね。乗合馬車ももう出てないだろうし、これは明日にならないと無理かもね」

「何だと⁉︎ 一刻も早く村へ向かわなければならないんだろう。今から夜通し動ける御者を探して、頼み込むべきじゃないか?」


さっきまで全力否定していた相手に今度は全力で肯定されると、何となく腹立たしいものがあった。

とは言え、現状一刻も早く村に戻ったほうがいいのも事実である。


フラウとグレイスは二人してどうしたものかと思案する。

その時、フラウが何かを思い出したかのように声をあげた。


「あ!」

「どうしたんだ?」

「そう言えば知り合いの魔導士が王都に住んでて、その娘の得意魔術が召喚魔法なのよ。で、確か飛行生物を召喚できた気がするんだけど」

「なる程な。それに乗ってラウルホーゼンまで行くということか」

「そういう事。善は急げよ。早速その娘の所へ向かいましょう」


その言葉にグレイスは頷く。

そうして二人は、フラウの知る魔導士の元へと急ぐのだった。


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