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魔導士、田舎に帰る

街道を一台の馬車が行く。


ガラガラと車輪が音を立て、時折石を踏み上げて大きく上下する。

それでも止まることなく馬車は街道をひた走った。


「おうぇっぷ」


荷台では一人の女が口を押さえて、今にも色々なものをぶちまけそうになっていた。


「だから言ったじゃない。着いてこない方がいいって」


顔面蒼白の女、レイナ・イズールに声をかけたのは、自身は全く平気な顔をしたフラウ・リーゼンベルグであった。


「な、何言ってるのよ。こんな面白そうな、うっ、イベントに参加しない手は、ないわ……ううぅ」


そう言い終えると俊敏な速さで荷台から外へと顔を出す。

いつ吐き出してもいいように準備万端だった。


「はぁ。レイナのそういうとこ、嫌いじゃないけど直したほうがいいと思うわ」

「え、えへへ。私……そう思うぷぅ!」


ついに堪えきれなくなったレイナは馬車の荷台から胃の内容物を吐き出した。

轍とともに吐瀉物の軌跡が残る。


後から来た人はこの光景を見て驚くだろう。

いや、案外と見慣れた光景かもしれないな。


そんなどうでもいいことを考えながら、フラウはレイナが事を終えるのを待った。


やがて全てを出し終えたのか、さっきより少しだけスッキリした表情で、レイナが戻ってくる。


「大丈夫?」

「う、うん……ギリギリ……」


レイナはぐったりと項垂れながら力なく返事をした。


これが王都で剣聖と呼ばれる武人の一番弟子なのだから、世も末である。


そんなレイナの様子を見ながら、フラウは大きくため息をついた。


レイナが原因、と言うわけではない。

この溜め息の原因は、フラウが受け取った手紙にあった。


話は数週間前、控室まで遡る。





「早く開けてみなよ」


レイナに促され、フラウは手紙を開いた。


「ラウル……ホーゼン……」


手紙を持つ手がわなわなと震える。

レイナはそんなフラウの様子に気づかず、興味本位に聞いてしまった。


「ラウルホーゼン? 聞いた事ない名前ね。フラウは知ってるの?」


フラウは手に持った紙を膝に置く。

そしてがっくしと項垂れた。


「な、何⁉︎ いきなりどうしたの?」


レイナのその問いかけに、フラウはゆっくりと顔を向けた。

その瞳はまるで、死んだ魚のような目をしていた。


レイナもその尋常じゃない様子に、若干頬が引きつる。

フラウは再び、視線を床に落とした。


「あの……。大丈夫……じゃ、ないわよね?」


その様子はまるで燃え尽きた闘士のようだった。

全てを出し尽くし、真っ白な灰になったような哀愁を漂わせている。

普段あまり空気が読めないと言われるレイナだが、さすがにかける言葉が見つからなかった。


どれくらい経っただろうか。

ひょっとすると、時間の経過はほとんどなかったかもしれない。

フラウが唐突に口を開く。


「ラウルホーゼン。このリヴァレント王国の国境に位置する辺境の村よ」

「へ、へぇ〜。フラウよく知ってるわね。私初めて聞いたわ」


するとフラウは失笑する。


「そりゃそうよ。だって、私の生まれ故郷だもの」

「へぇー。そうなの・・・。て、えええ!!!!!???」


フラウとの付き合いはそこそこ長いが、故郷の話を聞いたのは初めてだった。


出会った頃は夢とか色んなことをお互いに話し合った。

けれど故郷の話をふると、フラウは毎回不機嫌になる。

しつこく聞こうものなら、すぐに魔法で昏倒させられたものだ。


そんなフラウからの突然のカミングアウト。

レイナも驚きを隠せなかった。


しかしレイナは考える。

これはまたとないチャンスではないか。


先ほどの手紙を思い起こすと、フラウの父親が倒れたそうだ。

さらに任地が故郷であるということは、父親の見舞いにも行けて協会の仕事も行える。

まさに一石二鳥。一挙両得。


「よかったじゃない。これでお父さんのお見舞いにも行けるわね!」


その言葉に反応したフラウは、とことん嫌そうな表情を浮かべながら、冷め切った目でレイナを一瞥した。


レイナは自分がそこそこ強いという事を知っている。

その腕は、王都にいる貴族の護衛団にスカウトされるほどだ。

そのレイナでさえ、暗い湖の底のようなフラウの瞳に、恐怖を感じざるを得なかった。


時折自分の空気読めない発言でフラウを怒らせる事はあったが、今回はかなりの地雷を踏んでしまったようだ。


その一瞥でレイナはすっかり口を噤んでしまった。


室内には時計の秒針の動く音だけがテンポよく響く。

誰も動きを見せないまま、暫くの時間が過ぎ去った。


不意に、フラウが勢いよく立ち上がった。

突然の事にレイナはびくりと体を震わせる。


「決まった事は仕方ない! そもそも私に任地を選ぶ権利なんてないのよね。魔導士としてやっていくには、とりあえず任地に行って仕事するしかないし。覚悟を決めていく事にするわ」

「……そ、そうよ。その意気よ!」

「うん。ありがと。レイナの楽観的な言葉で少し楽になったのかも」

「えへへ。照れますなぁ」

「いや褒めてないけど」


無表情で返すフラウに思わずレイナも無表情になった。


「それにしてもよくフラウの故郷が選ばれたわね。国内外合わせると、候補地って結構あるんでしょう?」


ふとレイナがそんな事を口にした。


魔導士協会から与えられる任地は、リヴァレント王国国内に存在する市町村と、同盟を結んでいる他国の市町村から選ばれる。

その中から他の魔導士とエリアが被らないよう調整されるのだ。


例外として、大きい街や治安の悪い場所については、同じエリアに副担当として派遣されるケースもあるが、基本同じエリアで新任の魔導士が複数活動する事はない。


さらに僻地であればあるほど人も少なく、治安維持の重要度も低くなる。

加えて町村間の距離があるため、必然的に担当のエリアが広く割り当てられる。所謂貧乏くじだ。


話を聞く限り、フラウの故郷は相当の田舎、つまり僻地だ。


近くに魔導士がいれば、当然エリアのバッティングが起こるはずである。

例え候補地が少なかったとしても、偶々フラウがそこに当てられるのはずいぶんな確率ではないだろうか。


「まあ偶然って事はないでしょうね。魔導士に与えられる任地って、実は出生地にできるだけ近いところになるの」

「え、そうだったの?」


レイナが驚くのも無理はない。

そもそも魔導士の人口自体そう多くないため、協会の活動は市井の人間にはあまり馴染みがないのだ。

だから一般の人間は、ある日突然、魔導士が派遣されてきた程度にしか関心を抱かない。


実際問題、各町村には自警団が設置されているため、魔導士が率先して治安維持を行う必要はない。

必要とされていない、の方が正しいかもしれない。


一応治安維持という名目ではあるものの、その実魔導士という存在を理解してもらうための啓蒙活動に限りなく近かった。


「当然前任者がいればできるだけ近い所、になるのが普通だけどね。結局は貴族出身の魔術師とかが辺境に回されないよう、僻地には僻地出身の魔導士を回しておけっていう保守的な考えの賜物よ。協会のイメージアップみたいな草の根活動は、平民にでもやらせとけっていう腐った慣習よね」

「そんな陰口みたいな事言っていいの?」

「いいのよ。本当の事だから。せいぜい爺さん婆さんの怪我の治療でもして、イメージアップに努めるわよ」


魔導士に憧れを持っている子供に聞かせたら夢を砕いてしまいそうな言葉だ。

レイナ自身、魔導士に抱いていたイメージに少しヒビが入った気がした。


「そういえば他の魔導士とエリアが被ったりしないの?」


レイナは先ほど思った疑問を口にしてみる。

協会もそこは考えているのだろうが、果たしてどう折り合いをつけるのか、部外者のレイナには皆目見当がつかなかった。

その問いに、フラウは簡潔な答えを返す。


「被るわよ」

「……え? それだけ?」

「他に何があるの?」


言われてみれば何もない。

お互いの領域を侵犯したとかそういういざこざがあるのかと思っていたが、案外そうでもないのだろうか。


「別に被ってたらどっちかがやればいいじゃない。むしろやってもらった方が私は楽でいいけど」

「何かフラウらしい考え方よね」


レイナのその言葉が気に入らなかったのか、フラウが少し頬を膨らませた。

ぶっきらぼうな態度のまま、フラウが付け加える。


「まあでも1年間の辛抱よ」

「え? 1年間?」

「任地は1年毎に更新されるの。希望すれば滞留も可能だけどね。ただ更新するには任地で功績を貯める必要があってね。功績を貯めれば貯めるほど、王都に近い任地に移動できるってわけよ」

「へぇ。そんな仕組みだったんだ」

「そう。そうなの! 今の魔導士で最大級に功績をあげた者たちは、すべからく王都に居を構えているわ! 彼らは7賢人と言って、協会のイメージの象徴なの。そして彼らには協会から莫大な援助金が与えられてて、昼も夜もなく働かずして研究に没頭できるの! 何て天国! 何てパラダイス!! 私はいずれ、七賢人と肩を並べる存在になって、王都で毎日ウハウハ暮らすのよ! あははははは!!」


フラウはまくしたてるようにそう言い切ると、下品な高笑いを上げた。


レイナは若干引き気味に、フラウから遠ざかる


ここまで自分の野望を開けっぴろげに話せる人間はそういないだろう。

しかも案外とゲスい。


レイナはそんなフラウを遠い目で見ながら、こうはなるまいと固く心の中で誓うのだった。

少し前まで自分も目がお金になっていたことは、取り敢えず忘れることにした。





話は再び車内に戻る。


車体は相変わらず、小刻みに揺れながら進んでいた。

大きめの石でも踏んだのか、荷台が音を立てて大きく上下した。合わせて二人の体も一瞬宙に浮く。


すぐに車内は静寂に包まれた。


「そういえば、レイナはどうしてついてこようと思ったの?」

「ん? だって面白そうだったから」

「いやー。面白いものなんて何もないけど」


あの田舎を見たことがないからそんなことが言えるのだと、フラウは内心思った。

しかしレイナの考え方は違っていた。


「別に面白いものを期待して付いてきたってわけじゃないわよ。ほら。私って、故郷とかもう無いじゃない。だからそういうのがあるのって、正直羨ましかったのよ。

それにフラウがどんなとこで育ったのかちょっと気になったから」

「レイナ……」

「どんなご両親があんたみたいなバケモノを育てたのかってね」


ぽかっ。


フラウが手に持った小さめの杖でレイナの頭を叩いた。

しかしレイナもそれが愛情表現だとわかっている。

まんざらでもない感じで、二人は笑みをこぼしあった。


「所でさ」

「何?」

「普通に話してるけど、気持ち悪いのはもう大丈夫なの?」

「え?」


その言葉を聞いた途端、見る見るうちにレイナの表情が曇っていく。

こみ上げる何かを堪えながら、口に手を当ててそれを何とか押し留めた。


「ひまほろほんはほほほもひはへはいへよ・・・うぶ」


言い終わるや否や、俊足の速さで荷台の縁へと移動し、顔だけを外に突き出した。


さすが剣聖の弟子。

見事な足さばきだ。


そして再び、轍とともに新たな軌跡を生み出した。


フラウは荷台から見える青空を仰ぎ見て、不安しかない今後を思い、今日何十回目かの深いため息をついた。



「とうちゃーーーーーーーーく!! ラウルホーゼン!!」

「馬車から降りた途端元気ね」


フラウは馭者に運賃を渡し終えると、地面に置かれた自分の荷物を背負った。


「喜んでるところ悪いんだけど」

「何?」

「ここラウルホーゼンじゃないわよ」

「え? ここどこ?」

「隣村のベルファーゲンよ。ラウルホーゼンはここから2時間くらい歩いたところにあるの」

「へー。お隣さんかぁ。…………2時間⁉︎」


レイナはがっくしとうなだれる。

フラウはその姿を見て盛大なため息を吐いた。

少しだけ申し訳なさを入り交じらせながら、ポツリとつぶやいた。


「だから着いてこない方が良いって言ったのに」



目の前には木で作られたアーチ状の門。

上には『ラウルホーゼンへようこそ』と書かれた看板が下げられていた。

しかし半ばからへし折れ半分が風にぶらぶらと揺れている。

まるでかつて村があったその名残のような光景だ。


「こ、今度こそ、とうちゃ・・・く」


バタリ。

レイナはその場に倒れこんだ。


「お疲れ様。今度はちゃんとラウルホーゼンよ。て、聞いてないか」


無理もない。

王都から馬車で3日。その間ずっと酔い通しだったのだ。

馬車に慣れている自分でさえ疲れが残っている。


さらに隣村からここに来る途中も、幾度となく休憩を挟みながらで3時間も掛かった。


遠くの空にはすでに赤みが差してきていた。


ここが魔導士協会から任地として与えられた場所。

そして、フラウの出生地であった。


(変わらない。何も変わっていない)


フラウは久方ぶりに自分の生まれ育った村へと帰ってきた。しかし特別感慨は浮かばない。


いい思い出がない訳ではない。

しかし当時のフラウにとっては、都会への憧れが強かったため、この村への未練は微塵もなかった。


ラウルホーゼンも昔は、炭鉱の村として栄えていたらしい。

良質な石炭や鉱石が取れることから、当時は炭鉱夫や行商人で溢れかえり、それ目当ての娼館なども多く立ち並んでいた。

何より隣国との街道の中継地点だったため、様々な人や物が行き交ったそうだ。


しかしフラウが生まれる二十年ほど前に、徐々に資源が底をつき始めると、間も無くして鉱山は閉山へと追い込まれた。


数多くいた鉱夫たちも他所の村へと移り住んでしまい、行商人も立ち寄ることが少なくなった。

かろうじて、国境付近にあるということで、国外へ出る際の最終の地として旅人などに利用される事もあったが、それもそう多くはなかった。


村が廃れるのに時間はかからなかった。


フラウが物心つく頃には、この街には民家と幾つかの商店、そして娼館しか残っていなかった。

娼館と言っても客はいないので、その殆どが宿屋と化している。従業員は若い娘ではなく、壮年の女性か年老いた婆様が中心だ。


フラウはそんな何もない村に嫌気がさし、父親と喧嘩別れをしてまで村を出たのだ。


フラウは肩に担いだ大きめの杖を空中に浮かせると、レイナに向けて魔法を放った。

地面に突っ伏したレイナの体が宙へと浮かび上がると、杖のある所まで移動してくる。

そしてその呪文が解けるとレイナの体は杖に引っかかり、その場で滞空した。


フラウが目の前の門をくぐる。

すると杖もそれに合わせて、フラウに追いすがる様に後ろをついていった。


通りには人の姿がほとんどなかった。

昔もそうだったが、そこは今も変わっていない様だ。


しばらく歩くと一軒の建物が見えてきた。

中からいい匂いが香ってくる。

扉にはバケットを模した木造りの看板が掛けられていた。


フラウはその建物に近づき扉を押した。

扉につけられた鈴がカラカラと甲高い音を響かせる。


「いらっしゃい」


扉を開けると年配の女性が返事をした。


恰幅のいい女性で、エプロンをつけバンダナで髪を覆っていた。

その女性が、カウンターに頬杖をついて、やる気のなさそうな顔を入り口へと向けた。


「エーデリアおばさん。こんにちは」


フラウは簡単に挨拶を返し、女性の元へと近づいていく。


「へ? え〜と。……ん? ん? もしかして、フラウちゃん……かぃ?」

「うん。久しぶり」

「いやいやいや。こりゃびっくりしたよ! 随分大きくなったわねぇ」

「あははは」


その女性、エーデリア・バレンタインは、カウンターを回り込んでフラウの元へとやってきた。

肩を掴んで慈しみを込めた瞳を向け、ぎゅっと抱きしめた。


目には少し涙を浮かべている。


やがてフラウを解放すると、目に浮かべた涙を服の袖口で拭い去った。


「いやー。ほんと久しぶりだねぇ。8年ぶりかい?ほんと、見違えたよ。随分と綺麗になっちゃって。あんたが村長さんと喧嘩して村を出てった時は、ほんとびっくりしたんだから。うちの倅なんてショックでしばらく寝込んじまってね。一体今まで、どこで何してたんだい?」


口を挟む隙もない勢いでエーデリアはフラウを質問攻めにした。

そのあまりの勢いに、フラウもたじたじだった。


ただフラウもエーデリアのことは嫌いではないので、久しぶりの再会に喜んでもらえたのは、素直に嬉しさを感じた。。


「今は王都で魔導士やってるの。今日は仕事の都合でこっちに来たのよ」

「そうだったの。魔導士なんてすごいじゃない! さすがこの村始まって以来の天才ね」


フラウは苦笑いを浮かべた。

昔から村の人間に天才と言われることが多かったが、どうにも慣れなかった。どうやら、今になってもそれは変わっていないらしい。


「所で、そっちの女の子は大丈夫なのかぃ?」


エーデリアはフラウの背後で杖に乗ってフヨフヨしているレイナを指差した。

まだ体力が戻らないのか、ぐったりしたままだ。


「大丈夫大丈夫。この娘のことは気にしないでいいから」

「そうかい? フラウちゃんがそう言うならいいけど。そうだ。もう村長さんには会ったかい?」


フラウは途端に渋面になる。

それはフラウにとって聞かれたくない事だった。


エーデリアはフラウのそんな反応を見て、その答えを悟った。


「せっかく帰ってきたんだから、ちゃんと会ってあげなよ。いくら喧嘩別れしたからって、もう8年も経ってるんだよ。いい加減仲直りしたらどうだい?」

「そうは言っても、そんなに簡単に割り切れるもんじゃないのよ」


とは言え、エーデリアの言う通り。

そもそも村に戻ってきた時点で、会わないわけにはいかない。

ラウルホーゼンの村長であるフラウの父、ジョシュア・リーゼンベルグに。


「でもね。ちゃんと話はしてあげなよ。この間だって、酒場で呑んだくれてたんだから。フラウちゃんが出て行ってからずっとそんな調子さ」

「この間?」


どういう事だ。


父が倒れたという知らせを受けたのは数週間前だ。

それが最近になって、なぜ酒場で呑んだくれているのか。

体調はこの数週間で治ったという事か。

或いは……。


ちょうどその時、店内に鈴の音が響いた。

二人が同時に扉へと視線を移す。


「こんにちは。晩御飯のパン買いにきたんだけど。……あれ? フラウじゃない! 帰ってきてくれたの⁉︎」


姿を現したのは一人の女性。

落ち着いた感じの、それでいてどこかフラウに似た風貌の女性だった。


女性は『キャー』と叫び声をあげながら、フラウに突進せんばかりの勢いで飛びついた。

そして飼い犬を扱うかの様にフラウの事を撫で回す。


「フラウフラウフラウフラウフラウフラウフラウフラウフラウフラウ〜〜〜〜〜」

「……イタイわよ」

「だって久しぶりの再会なのよ? 本当は食べたいくらいだけど、今はこれで我慢したげる」


今、という事は後でもっと酷いことになるのだろうか。不安しか感じない言い方だ。


しがみつく女性をフラウは無理やり引っぺがす。


「あー。鬱陶しい。早く離れてよ」

「もー。久しぶりの親子の再会なんだから、もう少し喜んでくれてもいいんじゃないの?」


フラウの母、リリーナ・リーゼンベルグは、唇を尖らせながら文句を言った。

頬を膨らませて眉間にシワまで寄せるオプション付きだ。


「ほんとは素直に喜んでもいいところなんだけど。母さん。一つ質問してもいい?」

「何でも来なさい。母と娘のスキンシップだもの!」

「じゃあ聞くけど。父さんほんとに倒れたの?」

「………」


リリーナは無言で視線をついと横に逸らした。フラウがそれを追って回り込むも、悉く視線を合わせないようにしている。

不自然なまでの笑顔貼り付けながら、決して視線を合わすまいと右へ左へと彷徨わせていた。


やがて痺れを切らしたフラウがリリーナの顔をがしっと両手で掴み、無理矢理自分の目の前に顔を向けさせる。


合わさる母と娘に視線。

二人の間に張り詰めた緊迫感が漂う。

エーデリアも口を挟めず、ただ傍観するしかなかった。


そんな重苦しい雰囲気の中、不意に、


「う〜ん。あれ? ここどこ。フラウ。その人達、誰?」


事情を何も知らないレイナが、三人に視線を彷徨わせながら、その緊張感をぶった斬った。


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