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ドラゴン討伐

フラウの一撃を受けてドラゴンの顎が跳ね上げられた。そのまま地面に着地し、数歩後退する。

ドラゴンが足を地面につけるたび地響きが鳴った。


牙の間から血を流しながら、忌々し気な瞳をフラウに向けた。


「いっーーーーーーーーーーーたぁぁっ!」


反対側には悲鳴を上げながら自分の拳を必死に押さえるフラウの姿があった。

ドラゴンを殴って余程痛かったのか、蹲って若干涙目だ。いつも余裕のあるフラウからは想像もできない姿だった。

それ以上にドラゴンの固い皮膚を殴って単に痛いで済んでいる事実に、レイナは驚きを隠せないでいた。


ドラゴンが唸りを上げるとフラウは顔を歪ませながらもドラゴンとの距離を取った。

直ぐに宙空から身の丈ほどもある杖を取り出す。


「フラウ、大丈夫!?」

「何とか。にしても一体これはどういう状況?」


レイナは素早くフラウと合流する。


頭がはっきりしてきたのか痛みを堪えながら当たりを見渡すフラウ。

前方にはドラゴンが睨みをきかせており、その周囲に広がるラウルホーゼンは炎に包まれていた。

ドラゴンは最大限の警戒と敵意をフラウに向けていた。


不意にドラゴンが炎をまき散らす。

フラウは杖を前方へと向けると、水の壁を展開してそれを防いだ。

ドラゴンのブレスを防ぎながらフラウが聞く。


「一体何なのよあれ。ドラゴン……よね? 寝起きドッキリにしては刺激が強すぎるんだけど」


寝起き、ということはどうやら寝ぼけてドラゴンにパンチを叩き込んだらしい。

今度から不用意にフラウを起こさないようにしようと、レイナは固く心に誓った。


「ドラゴンが突然村を襲ってきたの。先輩やニナ達と食い止めてくれてたんだけど、食い止めきれずに村まで被害が出ちゃったのよ……」


レイナは申し訳なさそうに目を伏せた。


ドラゴンの炎はいまだ止まず、二人を包み込もうとしている。

フラウはその炎を受け止めながら、空いた手で自分より高いレイナの頭をこつんと叩いた。


レイナは顔を上げフラウを見た。


「昔からレイナはそうよね。強いんだけど肝心なところでへましちゃって。もっと自信を持ちなさいよ。あんたは強いんだから」

「でも、私のせいで村が……」


瞳を潤ませながら顔を歪める。

いつも気丈なレイナがこんなにも感情を露わにするのはフラウの前だけだった。

フラウはそれが嬉しかった。自分にしか見せない顔を見せてくれる。長い付き合いで積み重なった関係がお互いをそうさせていた。


だからこそ許せなかった。レイナをこんな気持ちにさせた相手が。

レイナに涙を流させた相手が


「レイナ。ちょっと待ってて。直ぐ終わらせるから」


レイナを自分の背後へと回らせる。

そしてフラウも、最大限の敵意をもってドラゴンに向き直った。


ドラゴンはフラウの気配に戸惑いを感じていた。

今まで幾度も命の危険にさらされることはあった。それは縄張り争いであったり、ドラゴン同士の諍いであったり。しかしそれさえも打倒し、蹂躙し、生き抜いてきた。

ドラゴンは須らくそうして強くなり、成熟していく。それをできないドラゴンたちは成体になれずに命を落としていく。


元来ドラゴンは長命で、生殖能力があまり高くはない。十数年に一度の周期で、一個体が数個の卵を産む。その中で成体までなれるのは一部の力ある個体だけであり、だからこそドラゴンの個体数はあまり多く無かった。

戦いの中に生きてきたドラゴンにとって、その生涯の中で今初めて、力への純粋な恐怖を感じていた。

目の前の人間から漏れ出る気配に体が竦む。その迫力に灼熱のブレスが途切れた。


フラウは水の壁を解きドラゴンを睨みつけた。


「村をめちゃくちゃにしたことは構わない。ドラゴンは天災だから、仕方ないと割り切れる。けどね。レイナを泣かしたのは、絶対に許さないから」


途端に今までとは比べ物にならないプレッシャーがドラゴンに向けて放たれた。

魔力を当てられただけでドラゴンは数歩後退る。


フラウは杖を片手に悠然と歩き出した。呪文を口にしながらドラゴンに徐々に近づいていく。

口から呪文が紡がれるにつれて強烈な魔力が圧縮されて行くのが感じられた。

堪らずドラゴンは空中へと飛び立つ。


「逃がすわけないでしょ」


それはフラウの口から放たれた、途轍もなく冷たい言葉だった。僅かな慈悲さえ排した声音。

その言葉とともに、杖とフラウにかかる重力を取り除くとドラゴンを追って宙に飛んだ。


ぐるりと村の上空を旋回するドラゴン。フラウはドラゴンが旋回する円の中心で、杖の上に立って視線を動かしていた。

いつの間にか取り出した小さめの杖を向けたまま、一瞬もドラゴンから目を離すことはない。

ドラゴンも常に一定の距離を取りながらフラウの様子を伺っていた。


その様子を下からレイナが見上げる。


「レイナ。あそこにいるのはフラウ?」


声のした方を見るとニナ達が村の入り口までやって来ていた。

背後の炎はまだ残っていたが、どうやらニナが土壁で炎を避けるルートを作ったらしい。

レイナは空を見上げながらニナの質問に頷いた。


ニナ達も空を見上げ、フラウとドラゴンの戦いの行方を見守った。


暫く旋回していたドラゴンは空中で動きを止めると、フラウ目がけて咆哮を轟かせた。

地上にいるレイナやニナ、グレイスでさえその咆哮に動きが強張る。

しかしフラウは腕を組んだままドラゴンを睨みつけていた。至近距離からの咆哮も意に介していない。


ドラゴンはフラウのその様子に狼狽を隠せないでいた。しかしその感情が、ドラゴンに新たな力の覚醒を促した。

すぐに冷静さを取り戻したドラゴンは、静かに唸り声を漏らして炎を身の内にため込み始めた。今までとは比べ物にならない力の収束が感じられる。


その様子にフラウは杖を前に出す。呪文を唱えるでもなく、ただ杖を前に出すだけだった。

呪文の詠唱はもう完了している。今更詠唱は不要だった。


地上からはその様子が何とか伺えたが、フラウが何をしようとしているのかまでは誰もわからなかった。


やがて力をため切ったドラゴンの体から赤い蒸気が立ち上る。同時に体がわずかに光を帯び始めた。

それは魔導士が魔法を発動するときの様に似ていた。


ドラゴン種は生まれながらにして体内に多くの魔力を有している。

その為魔法に対しての耐性も他の魔獣と比べると圧倒的に高い。そして長く生きたドラゴンほどその魔力を扱うことに長けており、魔法を扱えるドラゴンはエルダードラゴンと呼ばれ別格視されている。

今眼前のレッドドラゴンは単に炎を吐く行為から、魔法として炎を扱うことを感覚で覚えたのだ。


「ちょっと待ってよ。何なのあれ。あんなの、魔法ってレベルじゃない……」

「どういうこと。ニナ?」


ニナは驚愕に目を見開き、それ以上何も答えなかった。

レイナは再びドラゴンに視線を移す。


ドラゴンが魔法を使う。それだけでも信じがたい事実だが、目の前のあれは今まで見たことのある魔法とは違う気がした。

何というか、レイナの知っている魔法はもっと淡い感じだった。

ニナやグリエラの使った召喚魔獣は別として、フラウが使うような魔法はもやっとした魔力という存在が形を成すイメージだ。色もぼうっとした印象だ。

しかし目の前のドラゴンの魔法は、もっと力が収束して濃い気配がした。そして飲み込まれそうな程に深い赤だった。

魔法を使わないレイナにさえ、その力の大きさが感じ取れる。


フラウを見る。相変わらず杖を前に出して構えている。

しかし何か呪文を唱えたり魔法を発動する気配はない。


「フラウ……」


準備が整ったドラゴンは、眼前に向けて大きく口を開いた。ドラゴンの強大な魔力により生成された極大の魔法が顕現する。


直後、赤い閃光が走った。

一直線に伸びた深紅の槍が、フラウのいた場所を貫きその背後にあった鉱山へと突き刺さる。

鉱山の岩肌が圧倒的熱量で蒸発し、深々と内部を抉った。ぶつかった岩肌の周囲も熱でドロドロに溶かされていく。

その衝撃は地上にまで届き、一拍おいて村にも衝撃波が襲い掛かった。レイナ達もろとも、多くの家屋が吹き飛ばされる。


ドラゴンの赤の光線が伸びていたのは僅か数秒だった。しかしその数秒で絶望的な破壊を周囲にまき散らした。光線が途切れるとその後を追うように空中で爆発が尾を引く。

フラウの居た空間は空気が焼かれ嫌な匂いが立ち込めていた。


衝撃で吹き飛ばされた家屋の破片をどけてレイナが顔を出す。


「……うそ」


そこには今朝まであった村の光景は影も形もなかった。


先ほどの衝撃で村を覆っていた炎も吹き飛ばされていたが、鉱山側に建てられていた家屋の半分は倒壊してバラバラになっていた。その隙間からは生活の跡が確認できるものが幾つも覗いている。

幸いなのは、村人たちが避難した丘が鉱山とは反対側にあったことだ。


その光景はレイナにとってあまりに衝撃的だった。いつも見慣れていた景色が一瞬で失われたのだから。

しかしすぐに、フラウの姿を探し空を見上げる。


フラウの姿は爆発の煙に覆われ見えなかった。

一方ドラゴンは未だそこに存在していた。消耗したのかやや弱った印象があったが、それでも堪えた様子はない。


あれだけの大質量の攻撃、いくらフラウといえど無傷では済まないだろう。いや、傷を負っていても生きていればそれで十分だ。

鉱山に易々と穴をあけるほどの威力、最悪の可能性も十分に考えられる。


レイナは胸が押しつぶされそうな気持ちで、上空に立ち込める煙が晴れるのを見ていた。

やがてニナやグレイス、ソウガ、キレイも瓦礫をどけて姿を現す。グリエラもドラゴンの子を抱えながら木材の下から姿を現した。


「フラウ……どうなったの?」


ニナの絞り出すような言葉にレイナは無言で答える。

凄絶な威力を目の前にして希望的観測を言えるほど、レイナも浅はかではなかった。


徐々に、やがて風に吹かれて煙が晴れていく。

レイナはフラウを探して空中に視線をさまよわせた。だが何処にもフラウの姿は見当たらない。

それは一つの事実を意味していた。


レイナは力なく、その場に頽れた。他の皆もその意味に絶望する。


ドラゴンは上空からレイナたちの姿を見つけると、威圧的な瞳で睥睨した。

そして再びの射撃体勢に入る。


「そんな。さっきの攻撃がまた来るんですの!?」

「これ、まじで終わったんじゃね?」

「……」


遥か上空にいるドラゴンの攻撃を止める術など誰も持たない。

ニナは苦し紛れに手をかざすが、万全の状態でも山に穴を開けるほどの威力を受け止めきれる自信は皆無だ。

最早誰もが諦めの言葉を口にするしかなかった。


ドラゴンの体が光を帯び始め、全身から赤い蒸気を立ち昇らせる。

口内から赤い光が漏れていた。


「アイアンフィスト!」


何処かからフラウの声が聞こえる。同時にドラゴンの体が衝撃に吹き飛ばされた。


「何が起こったの⁉︎」


ニナは周囲を見回した。しかしフラウの姿はどこにもいない。


吹き飛ばされたドラゴンは直ぐに体勢を立て直し、声のした方へ向き直った。

ニナも同じ方向を見る。


ドラゴンの魔法が開けた大穴の中心で、フラウは杖の上に立って浮かんでいた。

再びドラゴンの眼前まで戻ってくる。


「フラウ! 大丈夫なの?」


レイナはフラウに向かって大声で叫んだ。

遠くて分かりづらかったが、フラウは親指を上に立てて返事をする。

その姿に思わず安堵のため息が零れた。


フラウは無表情にドラゴンを見ていた。

ドラゴンの目の中には怯えが宿っていたが、それでも退くつもりはないようだった。

再びの魔法を放つべく、魔力を集中した。


「悪いわね。その魔法はもう出せないの」


一瞬にしてドラゴンの背後に移動していたフラウが、ドラゴンの耳元で囁いた。

直ぐに反応したドラゴンが回転しながら背後の空間を翼で蹂躙する。

しかし既にフラウの姿はそこにはない。


ドラゴンの真正面に姿を現したフラウが、呪文を口にした。


「雷帝の双牙、雪花の花弁。散り散りになりて、散り散りに成せ。万象天剣、クラウ・ソラス!」


呪文とともに、フラウの周囲に六本の光り輝く剣が現れた。フラウを中心に放射状に広がる剣は、周囲をゆっくりと回転している。

ドラゴンがその威圧に、急激に警戒心を高めた。


フラウは片手を天へと伸ばす。その動きに合わせ頭上で剣が回った。

その剣の動きがピタリと止まる。


フラウは天へと伸ばした手を振り下ろした。


六本の剣が別々の方向へ射出される。

それぞれが直ぐに向きを変え、全てがドラゴン目がけて飛んでいく。

そのスピードにドラゴンは反応できなかった。


一本の剣がドラゴンの翼を貫き、後に続く一本が肘から先を吹き飛ばした。

ドラゴンは痛みに叫び声をあげ、苦し紛れに炎を吐き出す。

しかしその炎を貫き、剣がドラゴンの腹を貫通する。残りの三本が残ったもう一本の腕と足先を吹き飛ばし、傷ついた片翼を完全に千切り飛ばした。


ドラゴンの各所のパーツが重力に引かれて落下する。

しかしドラゴンは片翼を失ってもその場に浮遊し続けていた。


大きなダメージを受けたドラゴンは既に虫の息だった。

口からは血を流し、穴の開いた腹からは止めどなく炎と血液が漏れ出る。

だがその目はまだ生きることを諦めてはいなかった。


フラウはドラゴンに悲し気な視線を向けた。


「ごめんね。ひょっとしたらあなたは、何も悪くないのかもしれない。私たちの身勝手に巻き込んで、あなたを意味もなく傷つけてしまったのかもしれない。だからあなたの命を奪うこと、許して何て言わない。でも、私にも退けない理由があるの」


フラウはもう一度ドラゴンに『ごめん』と言うと、ドラゴンに杖を向けて最後の呪文を紡いだ。


「紅き槍。黒き閃光。紅炎を纏いて貫き通せ。蹂躙せし焔――――」


ドラゴンはかすむ目でフラウを見つめた。

自分の下方へと視線を移す。その先の、人間に抱きかかえられた我が子を見た。


どうしてこうなったのか分からなかった。人間に奪われた卵を取り戻しに来ただけだ。しかし今、目の前の人間に命を絶たれようとしている。

確かな事は、自分は目の前の人間に負けたのだ。我が子を取り返すことができなかった。

この世は弱肉強食。それが世界の理。自分はただ弱者で、目の前にいる人間が強者だった。

今まで捕食する立場だった自分が、今回は捕食される側であった。ただ、それだけだ。


ドラゴンは再びフラウを見た。光を帯びた杖を見つめる。

そしてゆっくりと、その目を閉じた。


「プロミネンス!」


フラウは弓を射るような姿勢をとる。その手に現れた紅炎の矢を弓に番い、引き絞った。矢を持つ手を放す。

紅き閃光が一瞬にしてドラゴンを貫き、光の尾を引いて急激に向きを変え空へと消えた。

数舜置いて、轟音が地上に届く。雲の上で爆散したフラウの魔法が、その衝撃波で円状に雲を吹き散らした。

雲の隙間から陽の光が降り注ぐ。


陽の光を受けたドラゴンの胸には、ぽっかりと穴が開いていた。命を絶たれたその体が炎に包まれる。

浮力を失った巨大な鱗の塊は、やがて地上へと落下し、村のはずれ、鉱山の麓へと墜落した。その巨体が空高く土煙を巻き上げた。


フラウは遣る瀬無い表情で、再びドラゴンに謝った。


「ごめんね」





フラウは地上へと降り立った。

直ぐにレイナが駆け寄ってくる。


「フラウ!」

「うわっ! ちょっと、レイナ」


レイナはフラウに飛びつくと、その華奢な体を押し倒した。瓦礫が音を立てて崩れる。

慌てて追ってきたグレイスが二人を助け出す。


「レイナ。無茶しすぎよ。フラウだってドラゴンとの戦いで怪我をして……」


後から来たニナは、レイナに抱きつかれたままのフラウを見た。頭の天辺から足先に至るまで。

今しがた倒れた事による服の汚れは見られるが、ドラゴンの攻撃でついた傷は一切見当たらなかった。


「あんたやっぱ化け物ね」

「何か言った?」

「いえ。何も」


ニナは呆れ気味に溜息を吐いた。しかし浮かべるのは安堵の表情だ。

グレイスも抱き合うフラウとレイナを見て、柔らかな笑みを浮かべていた。ソウガとキレイ、グリエラも、戦いが終わったことで一様に緊張を解いていた。


皆は未だ燃え続けているドラゴンを見る。

おとぎ話の中の怪物。伝説の天災。そんな存在が目の前に現れて、あまつさえ倒してしまうとは、少し前であれば誰もそんなことが起こるなどと想像もしなかった。


しかし目の前の亡骸が、現実であることの証拠だった。


「レイナ。いい加減離れてくれない?」

「……うん」


ずっと抱き着いていたレイナはそっとフラウから体を離した。その顔は少しだけ瞼が赤く腫れていた。

フラウは微笑みながらレイナの頭をなでた。

今度はレイナもしゃがみこんでいたので、フラウの手は簡単に届いた。


「ただいま」

「うん。お帰り」


レイナは目の端に涙を浮かべて、満面の笑みをフラウに向けた。フラウもその反応に笑顔で応えた。


「それにしても、村、随分つぶれちゃったわね」


瓦礫の山と化した村を見ながらフラウが呟いた。

既に炎は鎮火しているが、家屋のほとんどは倒壊してしまっている。村だった面影は既になくなっていた。

他の皆も沈痛な面持ちでその様子を見る。


「フラウ様。ドラゴンは倒されたのですか?」


声のした方に振り向くと、そこにはルーシェとチェリスが立っていた。

ドラゴンが倒されたのを見て様子を伺いに来たのだろう。他の村人も数人、後ろについて来ていた。


「あ、ルーシェ。チェリスも。大丈夫だった?」


フラウは軽い口調で返した。ルーシェはニコリと微笑み返した。

するとニナがフラウのわき腹を突いて振り向かせる。


「何するのよ、ニナ」

「フラウ。あんた、この娘が誰かわかってんの?」

「んー。ちょっと抜けてる貴族様じゃないの?」


ニナは渋い顔をして頭をかいた。そっとフラウの耳元に口を近づける。

ボソボソとルーシェの正体を囁いた。


「…………まじで?」


ニナからその正体を聞いて、思わずルーシェを見た。ニナを見て、再びルーシェを見た。

ルーシェはニコニコしながらフラウに笑顔を向けていた。チェリスはその話題に関心がないのか、無表情を貫き通している。

もう一度振り向きニナを見た。ニナも同様の反応だ。


フラウは額に手を当てて、大きくため息を吐いた。


「はぁ。ドラゴンが来たのより質の悪い冗談ね」

「驚かせてしまってすみませんでした。一応お忍びということなので、他の方には黙っておいて頂けると助かるのですが」

「はいはい。もう何でもいいわ」


ひらひらと手のひらを振って、それ以上フラウは何も言わなかった。

ルーシェの後ろでチェリスが頭を下げる。


周囲の他の人間だけが、話の展開についていけていなかった。


「で、この惨状、一体どうなさるのですか?」


ルーシェが周囲を見渡しながらフラウに聞いた。フラウもどうしていいかわからず、他の皆に視線を巡らせた。

しかし誰からも答えは返ってこない。


「んー。どうしたらいいのかしらね。まあとりあえず、また一から復興させるしかないかな」


元々一から村を発展させてきたのだ。

既に村人はいるし、旅人の往来も増えている。昔に比べれば村興しの環境はよっぽど整っている。

以前よりは早いペースで村を盛り上げていけるだろう。


するとルーシェが一つの提案をした。


「でしたら、一度私の父にお会いしませんか?」

「あんたの父親……て、こくうぐぅ!?」


その言葉を言い終わる前にニナが後ろから口を塞いだ。

ルーシェは困った風な表情をしていた。


「確かにラウルホーゼンは王都でも名前が知られてきています。たぶん他の国でもその噂は広まっているでしょう。一からやり直すのも、フラウ様が辿ってきた道のりに比べれば、ずっと楽にできると思います。ですが、やり直すにも先立つものが必要になるかと。そこで、私の父にお会いして、援助を求めてはいかがかと思いまして」


ようやくニナから解放されたフラウが、ルーシェの言葉に首を傾げた。


「あんたの父親に援助を乞うったって、ご本人様に何のメリットがあるっていうのよ。こんな小さな村に援助したって、得るものなんて何もないでしょ?」

「いえ。単純に損得勘定ではありません。父は一応そういう立場ですから。それに、この国には災害復興のための資金が確保されています。ドラゴンの襲来は天災。つまり災害と見なされます。その為の復興であれば、資金援助はそう拒否されないと思いますよ」

「なるほどね。それなら確かに資金調達は可能になるわね」

「はい。それに、何といってもフラウ様は英雄ですもの」

「英雄?」


フラウは頭に『?』を浮かべた。

ルーシェは興奮気味に、フラウの手を両手で握りしめながら頷いた。


「ドラゴンを倒した英雄。魔導士フラウ! 国家勲章を授与されてもおかしくない功績です!」

「表彰って……。私あんまり目立ちたくないんだけど。それに、ただでさえドラゴンなんて希少な存在、退治したなんて言っても誰も信じてくれないわよ」

「いえ。それは問題ありません」

「どうして?」


ルーシェはフラウの手を力いっぱい握って、顔をずいと近づけてくる。


「この私が言うんですから、間違いありません!」

「…………」


ルーシェの自信がどこから湧いてくるのか分からなかったが、その妙な迫力にフラウはいつの間にか首を縦に振っていた。

周囲の人間はニナとチェリスを除いて、話についていけるものは誰もいなかった。

ちょっと私生活がドタバタしまして投稿がずいぶん遅くなってしまいました。自分で目標立てといて何だよって感じです。

もうちょっとで一部完結、みたいな感じなのでお暇であればお付き合いください。

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