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ドラゴンの猛威

フラウの家に到着すると、レイナはノックもなおざりに扉を開けて中に入った。


「あらレイナちゃん。どうしたの?」


そこにはレイナに視線を向けるフラウの母、リリーナの姿があった。

外の騒ぎを知らないかのように、穏やかな表情で編み物をしている。


「リリーナさん。こんなところで何やってるんですか! 早く避難しないと!」

「避難?」


リリーナは事態が呑み込めていないらしい。

どうやら本当にドラゴンが襲ってきたことを知らないようだ。


「今外は大変なんです。ドラゴンが襲来して、みんながパニックになってて、先輩たちが討伐に――――」

「レイナちゃん。ちょっと落ち着いて!」


リリーナに窘められ何とか落ち着きを取り戻す。

しかし悠長にしている場合ではない。早くフラウを起こしてリリーナを避難させなければならない。


レイナはリリーナに事の仔細を説明した。


「とにかく、今すぐフラウを起こして、リリーナさんは避難してください」

「分かったわ。ところでドラゴンとの戦い方、分かる人いるの?」

「い、いえ……」


リリーナは少し考え込むと、部屋の奥に引っ込んでしまった。

レイナはリリーナが一体何を言っているのか分からなかった。リリーナがドラゴンとの戦い方を知っているとは思えないし。

暫くすると、フラウを抱えながら居間に戻ってきた。その細腕でフラウを抱えていることにレイナは驚く。

空いた手には一振りの剣が携えられていた。


その剣をテーブルの上に置いた。


「これは?」


レイナがその剣を指さし聞いた。

リリーナはそれには答えずフラウを預ける。レイナはフラウの軽い体を背負った。恐らく魔法を使って軽くしているのだろう。


「この子はまだ三十分くらいは起きないと思うから、それまで時間を稼いであげて。この剣を使えばドラゴンにも対抗できるはずだから」


そう言って机の上に置いた剣を差し出した。

レイナはフラウを背負ったまま、その剣を受け取る。


「いい? ドラゴンの鱗はすごく硬いから、普通の剣じゃ中々傷はつけられないわ。ドラゴンが何より厄介なのは、攻撃力じゃないの。その防御力と体力の高さ。時間を掛ければ掛けるほど、こちらが不利になることを覚えておきなさい。あとドラゴンの最大の弱点は腹よ。飛び込むには覚悟と勇気が必要だけど、鱗の上から攻撃するよりよっぼど効果的よ。それと――――」

「ちょ、ちょっと待ってください! リリーナさん。どうしてドラゴンの事、そんなに詳しいんですか?」


レイナはリリーナの言葉を遮り聞いた。

しかしリリーナは答えるべきかどうか迷っているようだった。何度も頭を右に左に、うんうん唸っている。

やがてポンと手の平を合わせると、明るい表情で言った。


「私、魔物博士だから……てことじゃ、ダメ?」


可愛く小首を傾げてくる。はっきり言って、嫉妬するほどに綺麗だった。

これでフラウを生んでいる母親なのだから世の中不公平だ。

しかし誤魔化されるわけにはいかない。


「ダメです。絶対違うじゃないですか」

「よねぇ。仕方ないわねぇ。実は私、昔冒険者やってたのよ〜」

「……え? 誰がですか?」

「私よ。わ・た・し」


おっとりした笑顔で答えた。

どう見てもそんなタイプに見えないが、この剣を見る限り否定はできなかった。

かなり使い込まれたものだと一目で分かる代物だ。


「で、その時にドラゴンと戦ったこともあったの。だから戦い方を知ってるのよ。こんな話、余りしたことないんだから。他の人には秘密よ?」


人差し指をレイナの唇に当てる。レイナはその動きに全く反応できなかった。

リリーナが言っていることは間違いなく本当の事だ。そして彼女はドラゴンと戦って生き残れるだけの実力を持っている。少なくとも自分よりは強いと判断できた。


「分かりました。このことは秘密にしておきます。ちなみにそれって、フラウにも……ですか?」

「フラウはもう知ってるから構わないわ。それ以外の人には内緒ね?」

「はい」


リリーナは手を合わせて安堵の溜息を吐いた。


「よかったわ。で、さっきの続きだけど。その剣を使えば、ドラゴンの鱗も切り裂けるわ」

「え? それってどういう……」

「私もよく分からないんだけど、とにかくよく切れる剣なの。だから大丈夫なはずよ」

「はぁ。何だかよく分からないけど分かりました」


リリーナ自身よくわからないのなら自分が考えてもわかるわけない。

一先ずよく切れるという事だけ覚えておこうとレイナは思った。


「なら、これを先輩達に渡せばいいんですね?」


しかしリリーナは首を横に振った。そして優しい手つきでそっと鞘の上から剣を撫でる。


「この子はね、結構気分屋なの。女の子しか認めないし、自分の好みの子にしか心を開いてくれないのよ。どうやらレイナちゃんには懐いてくれたみたいだから、この子はレイナちゃんが使ってあげて。その方が、この子もきっと喜ぶから」

「フラウは……ダメなんですか?」


なぜ剣士でないフラウの名が口から出たのか、その時レイナは不思議に思わなかった。

恐らくこの剣の持ち主がリリーナだったからだろう。

リリーナは下唇に指をあてて答えた。


「んー。この子はいいんだけど、フラウの方が嫌がっちゃうから。それに、レイナちゃんの事、この子が気に入ったみたいって言ったでしょ?」


リリーナは柔らかな笑みを浮かべた。つまりこの剣はフラウに振られたということか。


理由がどうあれ、今この剣はフラウではなく、レイナを選んだのだ。そういうことであれば、受け取らない訳にはいかない。レイナは託された思いをしっかりと握りしめ、力強く頷いた。

リリーナは小さく笑みをこぼす。


「じゃあ、行ってらっしゃい。私は丘の方へ先に行っているわ」

「分かりました。必ずまた、この剣をお返しします」

「ええ。待っているわ」


そうしてレイナはフラウを抱えたまま、ドラゴン討伐へと向かったのだった。





ニナは村のアーチの前に立っていた。


ドラゴンのいるあたりは濃い霧に包まれている。先に行った誰かがやったのだろうか。

しかしあれはどう見ても魔法を使ったように見える。

ニナはその状況に首を傾げた。先にかけた三人の中で魔法を使える人間は誰もいないはずだ。


すると霧の中から四人のシルエットが浮かび上がる。

霧を纏いながら姿を現した。


「グレイス様!」


遠目からでもわかるその姿に、ニナは感動を覚える。

先ほどまでドラゴンと戦っていたのか体は傷だらけだ。


「あぁ。傷だらけのグレイス様もステキ……」


グレイスの後ろからは続いてソウガとキレイ、そして……。


「何であの魔女がいるの!?」


もう一人の女の姿を見つけて驚愕する。

前に撃退したはずのグリエラが、なぜこんなところにいるのか。いや、そんなことはどうでもいい。なぜグレイスと共にいるのか。そして何故グレイスと何かを話しているのか。


流石に距離がありすぎて何を話しているのかまではわからない。

そもそも今は魔術を使って遠視しているだけなので、声など聞こえようはずもなかった。

するとドラゴンの咆哮が聞こえてくる。


耳を塞ぐほどの音量ではないが、空気の激しい振動を感じた。

近くでこれを出されれば動きを止められるだろう。どうやらドラゴンの準備が整ったようだ。


霧の奥から黒い影が浮かび上がる。その霧を突き破って、巨大な体躯が姿を現した。

ドラゴンが現れた瞬間、ニナと目がはっきりと合った。

間違いなく、ドラゴンはニナを認識した。ニナを最も排除すべき人間であると。


ドラゴンは今まで追ってきた四人を余所に、ニナに向けて一直線に突き進む。

口に炎をため、その一撃で村ごと焼き尽くすために。


「あなたがグレイス様を傷つけたのね。叩き潰してあげる!」


ニナが前方に手をかざすと、ドラゴンとの間の地面に巨大な光の魔法円が浮かび上がった。その中心、空中に、巨大な岩石が出現し、魔法円内の大地が削り取られてゆく。

削られた石や砂がその巨石に吸い寄せられるように集まり、それが徐々に形を成していった。

遂に姿を現したのは、十メートルはあろうかという巨大なゴーレムだった。


ドラゴンは構わず前方に向けてブレスを放つ。ゴーレムは腕を交差し、そのブレスを受け止めた。その熱量に腕が半分ほど溶ける。

ブレスを突き抜け直ぐにドラゴンが腕を振るった。

ゴーレムはゆったりした動作ながら、腕を前に出してドラゴンの一撃を受けきった。

ごうんと鐘が鳴ったような重い音が響く。


ゴーレムはもう片方の腕でドラゴンの翼を掴もうとした。しかしドラゴンは高度を上げてそれを躱す。

ゴーレムの上空を回り、背後に回ると鋭い足の鉤爪で頭部を攻撃した。


「その程度じゃうちの子はやられないわよ」


ニナは前方に向けた手を左右に動かした。

するとゴーレムの上半身が、腰からグルリと反転する。そのままドラゴンの足を両手で受け止めた。

衝撃でゴーレムの体が僅かに沈み込む。


村に向かっていたグレイス達は、まるでおとぎ話のような現実味のない光景に目を丸くした。


「こりゃあ怪物同士の戦いを見てるみたいだな……」

「これが七賢人の力。凄まじいですわね」

「……」


誰もが戦慄を禁じ得ない。

三人がかりで大した手傷を追わせられなかった相手と巨大な石の塊が互角に戦っているのだ。それも手の出しようもない規模で。


ドラゴンが再び空へ飛び、次の攻撃に備えてゴーレムの頭上を旋回する。

ゴーレムもその動きに合わせて向きを変えた。


ドラゴンは次第に旋回の速度を上げていく。徐々に、徐々に、ゴーレムの動きが追いつかなくなってくる。

それを見計らったかのようにドラゴンが急降下した。

ゴーレムは手を伸ばし、ドラゴンを捕まえようとするがドラゴンはするりとその手を躱した。そして前足の鋭い爪をゴーレムの胸に突き立てる。


「ゴーちゃん!」

「「ゴーちゃん?」」


ドラゴン達を迂回して近くまで来ていたグレイス達が、ニナの言葉を思わず繰り返した。

幸いなことにニナにはその声は届かなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。


ニナは両手を胸の前に、ゴーレムを器用に操りドラゴンの攻撃を間一髪で躱していた。

しかしドラゴンの猛攻に反撃の糸口が見つからない。徐々に防戦一方な展開になってきていた。


「ニナ君」

「グレイス様!」


ゴーレムの操縦に集中していたためか、グレイスが近くまで来たことに気づいていなかったようだ。

ニナはゴーレムを自動操縦に切り替えグレイス達の元へ駆け寄る。


「傷は大丈夫ですか?」

「ああ。何とか。それよりニナ君の方は?」

「私は大丈夫です。ドラゴンの相手はゴーレムがしているので」


そういってニナはゴーレムを指した。

視線の先のゴーレムは、何とかドラゴンを抑え込んでいるようだ。


ニナのゴーレムは先ほどから幾度となくドラゴンの攻撃を受けている。しかしあの魔法円の上にいるためか、傷ついたそばから周囲の地面から土塊を吸収して回復していた。

地力では劣っているようだが、耐久力がかなり優れているようだ。


「でも私のゴーレムも、そう長くはもたないと思います。もう少しドラゴンを弱らせられると思ったんですけど、予想以上にドラゴンがタフなようで。このまま攻撃を受け続ければ、ゴーレムも回復が追いつかなくなっていずれは……」

「その前に何とかしなければならない、と言うことか」


グレイスは背後に視線を移した。

ソウガ、キレイ、グリエラ。三人とも先ほどの戦いでかなりのダメージを負っている。

道中グリエラの回復魔法で多少は体力が戻ったが、まだまだ全快には程遠い。今回の戦いでグレイス含め、四人はあまり役には立てなさそうだった。


そうなると、頼れるのはニナとレイナとフラウだけだ。

しかしドラゴン相手に近接戦闘はまさに命がけ。おまけに防御力が桁違いに高いドラゴン相手に接近戦は非常に不利だ。

たとえ魔法で援護したとしても、レイナではかなりの苦戦が予想される。

となるとニナとフラウに頑張ってもらうほかない状況だった。


「鳥を飛ばして王都に救援を要請しては?」

「いや、鳥はもう飛ばしてある。だが報せがつくまでまだしばらくかかるはずだ。例え王都が軍の派遣を決めたとしても、その頃にはこの村はなくなっている。今ある戦力だけで何とかするほかないだろうな」

「分かりました。ところでグレイス様。そこの魔女はどうしてここに?」


ニナが厳しい視線をグリエラに向ける。

糾弾の視線にグリエラは思わず目を背けた。


「ああ。どうやら彼女がこの事件の仕掛け人らしい」

「仕掛け人? こいつがドラゴンをけしかけたんですか?」


ニナがグリエラを睨みつける。

しかしそんなニナの態度をグレイスが制した。そっと頭に手をのせる。


「君の憤りももっともだが、今はお互いドラゴンを倒すという意味で利害が一致している。一先ずは共闘して、その件についてはドラゴン討伐後に話をしよう」

「グレイス様がそこまで言うなら……。わかりました。この話はまた後で」


一先ずニナへの説明はこれで十分だろう。彼女は自分で言うだけあって、非常に聡明なのだ。

しかし問題はドラゴンだ。討伐後とは言ったものの、ドラゴンを何とかする手が全く浮かばない。

村を捨てて避難する以外の回答が、グレイスには浮かばなかった。


「やっぱ俺がドラゴンを叩っ斬るしかねぇな」

「そんなことできるの?」

「当たり前だ!」


ドラゴンを切った姿を見ていないニナからすると、ソウガが意気込む理由が分からなかったのだろう。

しかしソウガもその言葉に真っ向から反論する。それでニナはそれが本当の事だと悟ったようだった。


ソウガが意気込み拳を握る。

確かに倒せずとも、手傷を負わせれば退散させることは可能かもしれない。

今の所ドラゴンに傷をつけれたのはソウガだけだ。フラウ達が合流すれば、援護に徹して貰って何とか可能性はあるかもしれない。


「グリエラ嬢。ソウガを回復させられるか?」

「申し訳ないですが。道中の回復だけで私の魔力は底をついてしまいましたわ」

「私も少しくらいなら回復魔法を使えますけど、ゴーレムにもかなり力を使ったので援護が難しくなります」

「くそっ!」


ソウガが拳を地面に叩きつけた。

頼みのソウガも今のままでは満足に戦えない。結果的に残りの戦力である、フラウとレイナが来るのを待つしかなかった。

しかしそう悠長に事が運んでくれるはずもなく。


『ごがぁ!』


ドラゴンの一撃がゴーレムの胸をえぐり取る。ゴーレムは数歩よろめくと、みるみるうちにその体が崩れ始めた。


「ゴーちゃん!」

「……」


もう誰もその名前に何もいうことはなかった。

それよりもドラゴンを足止めしていたゴーレムがやられたのだ。余裕を見せられる状況ではない。

皆が力を振り絞り武器を構えた。


ドラゴンはゴーレムを踏みつけるとのしのしとグレイス達に近づいてくる。

魔力のないグリエラはドラゴンの雛を連れて背後へ下がった。ニナは一歩下がり次の魔法の発動に備える。

二人をドラゴンから遠ざけるように、間でグレイス達が剣を構えた。


「私が隙を作るので、皆さんは追撃をお願いします」

「任せとけ」「……(コクリ)」

「ニナ君。君まで巻き込んでしまって済まない」


グレイスは背を向けながら、ニナに謝った。

しかしニナはそんなグレイスの背にコツンと額を寄せる。


「別にいいですよ。これでも私は魔導士なんですから。ドラゴン討伐も仕事の内です」

「……ありがとう」


ニナはグレイスから体を離すと数歩下がって両の手を前に出した。

そしてドラゴンがそこに来た時、呪文を口にする。


「氷雪の檻、アイスペイン!」


ニナの言葉に呼応して地面が眩い光を放ち、魔法円を描きだした。

その魔法円にドラゴンが足を踏み入れる。


『ぐがぁ!?』


魔法円が一際青く染まりドラゴンの足に収束していく。瞬間、ドラゴンの足先が氷に覆われた。その冷気が足を伝って徐々に上へと這い上がっていく。

ドラゴンは堪らずその氷から逃げようと翼をばたつかせるが、足はしっかりと地面に貼りついてその場から離れることができない。その間にも氷が覆う面積が広がる。

体を大きく左右に揺さぶり、力任せに地面を持ち上げようとする。


「させるか!」


グレイスが隙だらけになったドラゴンの頭部に向かって渾身の一撃を叩き込む。

斧が光を帯び頭蓋にぶつかると、グレイスの斧は甲高い悲鳴を上げて真っ二つに分かれた。


「なっ!」


直ぐに後ろに飛び退る。

だがその一撃は確実にドラゴンにダメージを通していた。僅かにドラゴンがよろめく。

ソウガとキレイがドラゴンの反撃を阻止するためすかさず前方へと走り込んだ。うまく魔法円を避けながら、地を蹴り空中から攻撃を繰り出す。

ニナも時折魔法を飛ばしてドラゴンの注意をそらす。徐々にだが、それらの攻撃がドラゴンに浅い傷をつけ始めた。しかしどれも決定打に欠けていた。


するとドラゴンが唸り声をあげ大きく頭を仰け反らせた。胸を空気で膨らまると、勢いをつけて地面に炎をまき散らした。

グレイス達の視界が赤く染まる。


「ストーンウォール!」


突如として出現した石の壁がドラゴンとの間に立ちはだかった。

炎の直撃が食い止められる。


「今のうちに下がって!」


ニナの声にグレイス達がドラゴンとの距離をとる。

やがて壁が赤く熱せられ、ドロドロと溶けだした。壁の向こうからその身が自由になったドラゴンが顔を覗かせる。


『ぐるぁぁあらぁぁぁあぁぁあぁぉぁぁ!!!』


再び威嚇の咆哮が轟く。その勢いに壁が吹き飛ばされ、グレイス達の動きが止まった。

ドラゴンは姿勢を低くすると、一直線に突っ込んでくる。

グレイス達は委縮からまだ抜け出せない。

その時、一人の助っ人が姿を現した。


「お待たせ」


レイナが皆を飛び越えドラゴンの前に躍り出る。

それでもドラゴンは速度を緩めない。


「レイナ! ドラゴンには普通の攻撃は効かない。逃げろ!」


レイナはドラゴンを目の前にしても冷静だった。

先ほどリリーナからドラゴンの弱点を聞いたからか。それだけではない。

リリーナから託された剣を胸の前に掲げる。

きっとこの剣があるから大丈夫なのだろう。持っているだけで不思議とそんな気持ちが湧いてくる。


「先輩。大丈夫」

「……レイナ」


レイナは深く息を吸い、そして吐いた。ドラゴンを真っ直ぐ見据えると、足に力を込め大きく踏み込んだ。弾丸のごとき速さで疾駆する。

ドラゴンはレイナに向かって鋭い爪を突き出す。

大丈夫だ。見える。キレイの剣ほど早くない。


それを紙一重で躱し、腕の側面を大きく切り裂く。ドラゴンは勢いを殺せず、そのままレイナの剣に肩まで切り裂かれた。

ドラゴンは悲鳴を上げ、グレイス達から逸れて地面を転がる。巨体が大量の土煙を巻き上げた。


「あのドラゴンの皮膚を切りやがった……」


自分の腕でさえ傷つけるのがやっとだったドラゴンを簡単に傷つけた。ソウガは、驚愕と共に悔し気な表情を浮かべる。

グレイスでさえ目の前の光景が信じられなかった。

レイナの後姿がいつになく大きく見えた。


「みんな。ドラゴンの弱点は腹よ。皮膚は固いけど、腹は比較的柔らかいわ」

「ちょっと待てよ。どうしてドラゴンの弱点なんて――――」

「話は後。ドラゴンはまだ死んでないわ」


ドラゴンは唸りを上げながら起き上がる。

しかし切られた腕に力が入らないためか前方にバランスを崩した。

地に伏したまま、ドラゴンは恨めし気な瞳をレイナへと向ける。


「レイナ。君がここにいるということはフラウ君も来ているのか?」

「フラウはまだ寝てるわ。だから村の入り口に置いてきた」

「はっ? この状況で寝てるだって!?」


グレイスの呆れ顔。ほかの皆も同じ表情をしていた。

しかしそれもフラウらしいというか、皆不思議には思わなかった。

そんないつもの光景に何故だか気持ちが軽くなる。


ドラゴンの動きも大分鈍ってきた。

流石にこれだけの攻撃を加えたうえ、レイナの一撃で腕を切り裂かれたのだ。致命傷がないとはいえ、それなりにダメージは受けているはずだ。


しかし一つ問題があった。


今まで村を背にドラゴンと相対していたが、その位置が反転してしまった。今はドラゴンの背後に村がある形だ。

ドラゴンの攻撃が向かないという意味では得策だが、これ以上ドラゴンを追い詰めて後ろに退かれては、それが直接村を壊す原因となってしまいかねない。

慎重な対応が求められる状況だった。


「一先ずドラゴンをこっちに来させないといけないわね。私がドラゴンの正面から少しずつ攻撃して引き寄せるから、皆は後ろに行かないよう注意を引きつけて」

「そんな危険な真似をレイナに任せられない」

「でもみんなボロボロじゃない。その体じゃドラゴンに一人で向かっていくのは危険よ。まだ傷を負ってない私が行くべきよ」

「それは……。そうかもしれないが……」


渋るグレイスに説得を試みる。

グレイスの反論はあくまで個人的な感情である以上、その後に続く言葉が何もなかった。

レイナは剣を手に前に進み出る。

しかしその肩をニナが掴む。


「ニナ?」


ニナはレイナを押しのけて前に出る。


「あなたが危険な目に合うとグレイス様が悲しむわ。それに、こういう時は魔法を使える私の出番よ。レイナは最後にドラゴンを迎え撃たなきゃでしょ?」


起き上がろうとしているドラゴンから目を離さず、ニナがいう。

レイナはそれ以上何も言わず後ろに下がった。

ニナは背後のグレイスを一瞥すると、少し悲しそうな表情を浮かべ、すぐにそれを正す。


やっと立ち上がったドラゴンは翼を大きく広げた。

口からは小さく炎を漏らしている。


ニナが片手を振り上げ呪文を叫ぶ。


「貫け、ストーンピラー!」


ニナが呪文を唱えるとドラゴンの背後から巨大な石柱が地面から突き出した。

それが次々ドラゴンへと飛来する。


突然の背後からの攻撃に、ドラゴンは反応できずいくつかの石柱が翼にぶつかった。

ドラゴンが悲鳴を上げる。

苦し紛れに飛び上がり、石柱の届かない位置に来ると、地面に向かって炎を噴出した。


「やばっ! ストーン――――」


突然のドラゴンの反撃に間一髪で地面から壁をせり上げ、ニナは炎の奔流を受け止めた。

石の壁で見えないが、恐らくこの先は火の海だろう。


「ニナ。これって、やばくない?」

「……もう避難は済んだんでしょ?」

「だと思うけど……」


ニナは口端を引きつらせていた。


いきなりの事に、自分たちの前面に壁を作り出すことには成功したが、流石にドラゴンの背後にある村まで手が回らなかった。

つまり、今頃炎の濁流が村の入り口を包み込んでいる可能性が高い。


しかし二人のやり取りにグレイスが冷静に口をはさんだ。


「レイナ。確か、村の入り口にフラウ君を置いてきたのでは……?」

「! どうしよ。フラウまだ寝てる……」


おろおろするレイナの肩にキレイはいつもの無表情でそっと手を置いた。

言葉にしないが落ち着けということだろうか。


「キレイの言う通りだぜ。フラウが戦ってるとこ見たことねーけど、グレイスさんを負かしたっていうじゃねーか。ならドラゴンの攻撃くらい平気さ。たぶん」


ソウガが励ましの言葉を口にする。レイナはその言葉を聞いて、何とか心を落ち着けた。

それにしても一体いつキレイが喋ったのだろうか。

皆が疑問を浮かべていると、しかしニナが余計な一言。


「でもフラウ寝てたのよね」

「「……」」


レイナが壁を見つめる。その先にある村を、そこにいるはずの親友を思う。


自分があんな所に置いてこなければ。もっと安全な場所にフラウを置いてくれば。

いくら悔やんでも悔やみきれなかった。


すると炎の向こうから甲高い叫び声が響いた。


「あっつぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「フラウ!」


どうやらドラゴンの炎は村まで到達していたようだ。幸い、フラウは丸焦げになる前に意識を取り戻したらしい。しかしフラウの叫びに反応したドラゴンの羽ばたきが聞こえてくる。

僅かに遠ざかるところを見ると村の方へ向かったらしい。


「ニナ。先に行くわ」

「あ、こら。レイナ!」


レイナは土壁を見回し、細かな凹凸を器用に蹴ってそれを飛び越えた。

皆はその姿を見送ることしかできなかった。


土壁から飛び降りると、目に飛び込んできたものは炎の海だった。

レイナの周囲は燃えるものもあまり無いため炎は少なかった。しかし視線の先、村の方面は大気が揺らいで見える。

炎の海をかき分けレイナは村へと急いだ。


村の入り口に見えたのは、フラウとドラゴンの姿だった。

炎の熱にやられたのか、フラウの体は左右に大きく揺れている。

ドラゴンは大口を開けてフラウを呑み込もうとしていた。


「…………たのに」


遠くからフラウのか細い声が聞こえてくる。しかしドラゴンがその言葉を聞くはずもない。

ドラゴンは顔を近づけ、喉の奥から炎を漏らした。


「せっかく…………たのに」

「フラウ!」


フラウの顔が炎の明かりに照らされ白くなった。

レイナは大声でフラウの名を叫んだ。


「折角いい夢みてたのにーーーーーーーーーーーーーー!」

「えーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


そう叫んだフラウの拳が、目の前のドラゴンの顎を空へと突き上げていた。

レイナはその光景に思わず叫び声をあげていた。

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