乙男(オトメン)魔王様と平凡乙女の協奏曲!!~平凡乙女編~
読んで頂きありがとうございます。
自己満足で書いた話ですので、設定的に甘い部分や違和感がある部分があるかもしれません。申し訳ないです。
温かなまるでお日様の日差しを浴びて、ぽかぽかと心も体も温まるかのように、幸せな安心感に包まれていた。
「……、……。」
幸せな夢の中を漂うよっていた"彼女"を呼ぶ声が聞こえてきた。
うっすらと目を開けて、"彼女"は自身を愛おしそうに呼ぶ存在へと意識を向ける。
そうすれば、今まで"彼女"を守っていた薄紅色の壁が、まるで花が咲き綻ぶように開いていき……
「やっと、会えましたね。
お待ちしていましたよ、私の可愛い娘、"ベルセポネ"。」
……そして、彼女は生まれたのである。
清廉なる美貌の持ち主である精霊王の娘として……。
※※※※※※※※※※
ある剣と魔法の勇者や魔王が存在する、6つの種族が均衡を保ち平和を維持している異世界があった。
その世界は、6つの種族をそれぞれの王達が治め、さらにそれを見守る王、即ち精霊王が世界の均衡を維持している世界がだった。
その精霊王が長年一輪の花の種に力を注ぎ込み、花は蕾となり、咲き誇り、一人の乙女が生まれた。
彼の乙女の名前は"ベルセポネ"。
異世界より流れ着いた"篠宮 希望"の魂を宿す乙女だったのである。
※※※※※※※※※※
「ベル……、ベルセポネ。
ふふ、本を読んでいたのですね。」
「お父様、どうなさいましたの?
今日は、夕方においでになると聞いていたのですけれど……」
ベルセポネがこの世界に生まれ落ちて、すでに数十年の月日が流れ、ベルセポネは父である精霊王に比較すれば平凡な容姿ではあったが、笑顔の可愛らしい少女へと成長していた。
「ええ、その予定だったのですが、早めに仕事を区切ることが出来たのです。
折角なので、ベルセポネと食事を一緒に出来ないかと思ったんですよ。」
「まあ、そうだったのですね。
ふふ、お父様とお夕食を共にするのは久しぶりですわ。」
ベルセポネは精霊王の言葉に穏やかな笑みを浮かべる。
愛娘の笑顔に精霊王も、穏やかな微笑みで応え、それを目撃した周囲の部下達を和ませるのだった。
「……そうでした、ベル。
貴方に伝えておかねばならぬ事があります。」
夕食の時間も終わり、日々の出来事などを笑顔で報告していたベルセポネへと頷きながら聞いていた精霊王は、突然思い出したかのように言葉を紡いだ。
「……ベル、もうすぐ一年が終わり、新たな年を迎えるに辺り、二つの国の王達が新年の挨拶を行うためにこの城を訪れます。」
「……例年通りのことですわね。」
精霊王の言葉にベルセポネは精霊王が何を言いたいのかすぐに思い当たる。
「ええ。
もっとも、貴女はまだ精霊としても成人はしていませんし、公式にも発表している訳では有りません。
ただ、警備上の問題もありますので、例年の様にその期間だけ王城の離れに居て頂く事になると思います。
……悪い虫が付いても困りますからね。」
「……お父様……?」
精霊王の最後の言葉が聞き取れずに、ベルセポネは聞き返してしまう。
「ふふ、何でもありませんよ。
……貴女には、寂しい思いをさせてしまうのは心苦しいのですが……」
「……お父様、私は大丈夫ですわ。
成人するまで、あともう少しの我慢ですもの。
早くお父様のご負担を少しでも減らすことが出来ますように頑張りますわ。」
「ベルセポネ……!
ありがとうございます。
でも、大丈夫ですよ。
貴女が生まれてからは、今まで以上に仕事が捗り、大きな乱れも起こることなく過ごせています。」
本当に不思議な事です、と精霊王は首を傾げてしまうのだった。
精霊王のいう世界の乱れとは、この世界を巡る"龍脈"の流れが外因的な理由により穢れたり、流れを変えてしまう事をさす。
精霊王は、そんな穢れてしまったり、流れを変えてしまった"龍脈"を浄化し、元通りに戻すことが彼の役割であった。
龍脈の乱れは、天変地異を巻き起こしてしまい、最後には世界すらも滅ぼしてしまう可能性がある程の力を秘めている。
それゆえに、精霊王の存在は必要不可欠であり、この世界では最も尊い存在として崇められていたのである。
そんな精霊王の住む天空の大地には、この世界に存在する"魔族"、"龍族"、"妖精族"、"人魚族"、"獣人族"、"人族"という6つ種族の中でも強い魔力を持ち、精霊王に入場の許可を与えられている"魔族"と"龍族"しか来ることは出来なかった。
他の"妖精族"、"人魚族"、"獣人族"は許可はあれど、自力で精霊王の元へと辿り着くことが出来なかったのである。
……だが、残る一つの種族である"人族"だけは精霊王の許可が下りることはなかった。
彼等は短命であり、すでに彼等の中で精霊王という存在は伝説の中の物でしかなかったのだ。
精霊王を心から敬う意味をほとんどの者達が忘れ、時には他の一族を害し、争いを始める事もしばしば有る"人間"。
全ての人間がそうである訳ではなかったが、他の一族達に比べて圧倒的に多い事は間違いではなかったのである。
そして、そんな尊い存在である精霊王の娘として誕生したベルセポネ。
精霊王しか扱う事が出来ない浄化の力は受け継いでいない事は当然であったが、その代わりに彼女には全ての命ある存在を癒す事が出来る力を宿していたのである。
その力もまた、尊いものだった。
ベルセポネは、精霊王を筆頭に精霊達に守られて育ったのである。
※※※※※※※※※※
数十日の時が流れ、ベルセポネは精霊王の言いつけ通りに王城の離れにて過ごしていた。
其処は、箱庭のような場所だった。
王城の中にある中庭の奥の、さらに奥にある王城で働くニンフ達ですら滅多に来る事はない場所にある何の変哲もない扉。
その扉こそが、王城の離れに通じる唯一の出入り口だった。
「……ねえ、ドリィ。
この本も、あの本も全部読んでしまったわ。
図書館にある別の本を読みたいのだけれど、私の代わりに持ってきて貰えないかしら?」
王城の離れにある花が咲き乱れる庭園において、ベルセポネは読書にいそしんでいた。
彼女が読む本の多くは、他の一族達の書いた数々の専門書が多かった。
精霊王の娘として恥ずかしくないように教養も、知識も、ベルセポネは多くの事を学び続け、長い年月を掛けて努力を重ねていた。
「姫様がお読みになっていない本など、すでに図書館には無いかもしれませんわ。
それに、余り根を詰めすぎても疲れてしまいますよ。」
ベルセポネの侍女である木のニンフであるドリィは苦笑してしまう。
「……そうかもしれませんわね。
でも、お願い。後一冊で良いの。
それを読んだら休憩しますわ、……ね?」
「ふふ、姫様のお願いですもの。
姫様、私が戻るまで此処でお待ち下さいませ。」
ドリィはベルセポネのお願いを聞き、王城内へと歩を進める。
この王城の離れへと入れる者など、居るはずがないと思っていたのだ。
なぜなら、精霊王の力によりこの王城の離れへと入れる扉は普段他者の眼に映る事がないように隠されているのだ。
……だが、精霊王も、ドリィも、ベルセポネ自身でも知らない場所で、すでに運命は動き始めていた。
※※※※※※※※※※
漆黒の衣装に身を包んだ褐色の肌に長い銀色の髪、真っ赤な瞳を持つ、無表情な凍り付いたような雰囲気を纏う美丈夫。
新年の挨拶のために精霊王の元を訪れていた6つの種族のうちの1つ、魔族を治めし王、魔王ハーデスだった。
ハーデスは精霊王の貴賓の一人として、専用の客室へと通されていた。
例年と変わらぬ、己の姿や雰囲気に圧倒され、怯える世話係のニンフ達の様子に辟易して、さっさと下がらせた彼の目の前に小さな影がよぎる。
無意識にそちらへと視線を向け、その姿を見たハーデスの背後に花が咲いた幻影が広がった。
ハーデスの表情は変わらずに無表情であったが、そこなしか頬に赤みが差しているようにも見える。
彼の心の機微を分かる者が見れば、すぐに嬉しそうにしているのだと分かる程の変わりようだった。
……もっとも、ハーデスの心の機微が分からない者にとっては変わらぬ無表情で睨み付けているようにしか見えないのだった。
ハーデスの視線の先にいたのは一匹の小さなだった。
「(……な……なぜ、精霊王様の王城内に小さく、可愛らしい猿がいるのだ?)
(……くっ、大きくつぶらな瞳に、ふさふさの小さく愛らしい身体。)
(……ぜひ……触りたい……)」
……ハーデスには誰にも知られてはならない秘密があった。
それは、ハーデスは小さく可愛らしいもの、キラキラ光る甘いスウィーツ、繊細で美しいレースやぬいぐるみなどをこよなく愛する"乙男"だったのである。
しかし、ハーデスの魔王としての立場は彼に"乙男"として生きる事を許してはくれなかった。 それゆえに、ハーデスは断腸の思いでその心を封じ、誰もが思い描く魔王としての満たされる事のない生を歩んできたのだった。
……ハーデス本人は決してばれていないつもりで有ったが、ハーデスの部下達はそんな魔王の趣味嗜好に関してとっくの昔に気が付いているであった。
ハーデスは、可愛らしい猿に向かって静かに、怖がらせる事がないように震える手を伸ばす。
必死な思いのハーデスとは裏腹に、小さな猿はハーデスの手に飛び乗り腕を駆け上がり、肩に乗りきゅるンとした瞳を向ける。
それは、小動物に怯えられ、逃げられるハーデスにとって初めての体験だった。
ハーデスは喜びの余り打ち震え、普段からお守り代わりに持ち歩いている裁縫道具へと手を伸ばす。
そして、その喜びを表現するかのように最高速度で1つの小さなチョッキとリボンを完成させた。
「……着て貰えるだろうか……?」
「うきっ!」
ハーデスの恐る恐る呟いた言葉に応えるように可愛い猿は返事をして、震えるハーデスの指先からチョッキを受け取る。
チョッキとリボンを着て見せた可愛い猿は、ハーデスの肩でバク転を決める。
「(……可愛らしい……。)」
その愛らしい姿に和んでいるハーデスの隙を突くように、ハーデスの長い髪を纏めていた髪留めを掴み可愛い猿は走り出した。
「……っっ?!」
髪留めを奪われてしまったハーデスは、小さな猿の速さであればすぐに追いつき、捕獲する事も出来ると考え、部下を呼ぶ事もせずに後を追う事にした。
王城内の中庭を奥へ、奥へと素早い動きで走る猿の前で、隠されている扉が開く。
扉を開いたのは、周囲に人気がない事を確認したドリィだった。
ドリィはそのまま素早く扉より出て、王城内へと足早に歩を進める。
……ドリィが閉めた扉の隙間にリボンが挟まって、僅かな隙間が生まれた事に気がつく事は無かったのである。
そして、扉がきちんと閉まっていない事により精霊王の力は発動せずに扉は消える事がなかったのだった。
ドリィが立ち去ったすぐ後に、想像以上に素早く、速い猿の姿を見失ってしまったハーデスは、己が猿へと贈ったリボンが中庭の奥にあった扉に挟まっている事に気が付いた。
その扉の中に猿が逃げ込んだと考え、扉の中へと入ってしまったハーデス。
「……まあ、どちら様ですか?」
そこで出会ったのは多くの者が恐れ、怯える己を前にしても、穏やかな笑みを絶やす事のない一人の乙女だったのである。
それこそが、多くの偶然が重なり起こった、出会うはずがなかった乙男魔王様と平凡乙女の出会いだったのである。
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「あはっ、これこそが僕からの贈り物だよ。
ちょっとだけ地味に不運だった君へ、その逆の体質。
幸運体質へ変化させたんだよ。
ああ、言っておくけど、僕はちょっとだけなんてケチな真似はしないよ。
あはは、とっておきの幸運体質だよっ!!」
精霊王すらも関知出来ない存在は、何処にあるかも分からぬ空間の中で独り笑い声を上げるのだった……。




