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街煙る。  作者: 々。
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第一話 紙巻の煙

 広い大学内に設けられた唯一の喫煙所、

2つのスタンド灰皿に6つの長椅子が用意されている、スペース的にも肩身的にも広いとは言えないこの場所に、吸い寄せられるかのように僕の足は動く。

昼の席の争奪戦はまだ行われていないらしく、誰もすわっていない長椅子に一人で座り込む。

 コンビニのセロハンテープが張られた紙巻タバコを胸ポケットから取り出す。なれない手つきで開封し持ち手を縦に振る。


「あれっ さては タバコ すっかりハマっちゃった?」


 女性の高い声が聞こえたかと思うと、座っている長椅子が揺れる。僕が喫煙所に吸い寄せられる一番の原因が来たようだ。


「樋口さんこそ、ヘビースモーカーなんですか?」


 声の主の顔を見ながら僕は聞き返す。 が、どうにも顔が重く下を向いてしまう。タバコにハマったのではなく、彼女にハマってしまったのだと気付いた時程から顔をろくに見れていない。


「ひっどい 花谷君! 女の子にそんなこと言っちゃダメだよ」


 彼女が怒っているのが横目に見えた。 そしてすぐに笑い、慣れた手つきで細長い紙巻きたばこに火をつける。彼女の口から漏れた甘い息と煙は、煙らしいなんとも言い難い動きをしながら都会の灰色の空に溶け込んでいった。




 大学に入って2年間、これと言って何もなかった。親の援助があり一人暮らししているとは言え、いつまでも抱っこに負んぶじゃいけないと思い、始めたアパレル系のアルバイトも、もうだいぶ慣れてきた。サークルにも入らずアルバイトに入り続けたせいか、それとも僕のコミュニケーション能力が著しく乏しいのか、友達と呼べるような人は一人としてできなかった。

 20歳になり、ふとタバコに興味を持った。 今まで存在も知らなかった大学内の喫煙所を求めて歩き回り、やっとたどり着いた時 壁に隣接した長椅子に一人の女性が座っていた。

それが樋口さんである。



「花谷君...2限出ないの?」


タバコの先をスタンド灰皿に押しつけて潰しながら彼女は聞いてくる。


「今日は...」


休みです。

そう言いかけて口を閉じた。


「今日は、もう終わりです」


休日にタバコを吸いにきた。なんて 聞けば気味悪がるだろう。

いや 実際に気味が悪い。



 他の学生が昼前でお腹を空かせながら講義を受けている頃、僕たちは他愛もない話を続けた。 お互いに4本ほど紙巻タバコを吸った頃、樋口さんからまた、他愛もない話が飛んできた。


「タバコ代、結構かかるよね。 私ね、手巻きに替えようと思ってるの」


彼女はすこしさみしげな顔をしてタバコ箱の中を覗きこんでいる。 左目を瞑り、線のように細くした右目。 長いまつ毛が空を向いている。 そして突然開いた両目が僕に近づいてくる。長椅子がシーソーのように僕の方向へ少し沈む。


「ねぇ 花谷くん聞いてる? (いつき)くん!」


「ごめんなさい。 ボーっとしてて...」


また顔が重くなる、地面の照り返しか顔が茹でたように熱くなった。

横目で見えた樋口さんは少し笑っていた。


「私、学食食べてから帰るね」


 樋口さんは、半分ほどの長さになった紙巻きたばこを灰皿に押し込み、立ち上がる。

喫煙所の隣に生えた名前も知らない低木と同じくらいの高さ。160cmくらいだろうか。

すると無意識のうちに口が動く。


「あのっ 僕も...!」


 気付くと 勢い良く立ち上がっていた。

二人しか居ない喫煙所に、どこからか聞こえる清掃員のほうきの音と、バランスを崩した長椅子が揺れる木のきしむ音がしばらく聞こえていた。

彼女は振り返り、首をかしげて僕を見る。


「僕も、 替えようかな... 手巻きに」

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