Phase5: 迷宮と不穏
ルナリアと共に生活空間の拡充を終えた和也は、いよいよ迷宮部分へと取り掛かった。
割と居住スペースの造成で満足してしまいそうになるが、ここからが本番である……のだが、ここは彼らが生き残るための生命線であるため、慎重に行こうと思い直した和也。
そのため実際に造成へと取り掛かる前に、「迷宮部分を造るのに、何か気をつけないといけないことって有る?」と和也がルナリアへと問いかけると、彼女は一瞬の間をおいて「はい」と答えた。
「迷宮に於いて部屋を造る場合は、必ず『出られる』ようにしてください」
「……最初のこの部屋みたいに、四方を壁に囲まれて孤立させるのはダメってこと?」
ルナリアの発した言葉に対して、周りをぐるっと見回しながら再度問いかける和也。
そんな彼に、ルナリアは「少し違います」とかぶりを振った。
「そのような部屋であっても、例えば出口用の転移陣を付けておくならば、問題は有りません」
「ふむ……転移陣って?」
「失礼いたしました。乗ると別の場所に有る、対になった陣へと転移する魔法陣です」
よくゲームでもあるやつか、と、過去に自身がプレイしたゲームなどを思い浮かべる和也。
ファンタジー物の他にもSF物などでも良く出てくる移動装置だ。サブカルチャーに慣れ親しんだ者であれば、想像するのは容易い。
「……つまり、侵入者を完全な密室に送り込んで放置するって手は使えない?」
「はい。どうしてもと言うのでしたら、出るためには複雑な手順を踏む必要のある鍵を掛ける……などでしょうか」
ルナリアの解説に「あ、そう言うのは良いんだ」と和也が苦笑を浮かべ、「必要なのは、『出られる』という概念ですので」とルナリアが言う。
それに対しては今一ピンと来なかったのか、和也が首を傾げると、彼の様子を見たルナリアが「簡単にですが、ご説明いたします」と申し出て、説明を始めた。
それによると、以下のようになる。
まず、この『迷宮』は『ダンジョンコア』からもたらされる魔力によって造られ、維持される。故に『ダンジョンコア』がある限り、例えば迷宮内の壁の一部が破損したとしても、魔力が供給されて修復される。
ではその魔力は、どのように『ダンジョンコア』から損傷箇所まで送られるのか?
答えは単純に、迷宮内の空間を通っているのである。
正確に言うならば、迷宮内には常に魔力が循環しており、その基点が『ダンジョンコア』である、となるだろうか。
それ故に『出口』のない部屋があると、そこに入り込んだ魔力が部屋の中から出られずに、溜まり、澱んで行ってしまうのである。
「ちなみに、その状況になったままにしてたらどうなるんだ?」
「まず、『出る』と言う概念がない部屋に入った魔力は、そこで停滞して循環が止まります。そのため『ダンジョンコア』に戻ってくることも無くなり、『ダンジョンコア』から魔力が一方的に出て行くのみになります。もちろん、『ダンジョンコア』自体には魔力を収集・貯蔵する機能がありますので、コアの魔力が枯渇することは有りませんが、その部屋に送られる分の魔力は確実なロスになります」
そこで一度言葉を切ったルナリアは、「ここまではよろしいですか?」と確認を取ると、再度説明を続ける。
「次に、一つの箇所に溜まり続け、ある程度以上の規模になった『魔力溜まり』からは、魔物が自然発生することがあります。その際、溜まっていた魔力の量や濃度が、多ければ多い程、濃ければ濃い程に、強い魔物が生まれます」
「迷宮内に強い魔物が出るんなら、それって良い事じゃ無いのか?」
「はい。通常であれば、そうした『魔力溜まり』を造ることはメリットです。ですが、この場合は部屋に出口が無いということが問題でして」
挙げた疑問に返ってきたルナリアの答えに、「ああそうか」と声を上げる和也。確かに部屋が密室では、折角生まれた魔物も意味を為さないか、と納得し──「いえ、問題はその先に有ります」と否定された。
「その先?」
「はい。まず先程申し上げました通り、『出口の無い部屋』へと入り込んだ魔力は、停滞し、澱みます。そして澱み、劣化した魔力から生まれた魔物は、ほぼ“狂って”いるのです。……密閉された空間に次々と生まれる、迷宮への帰属意識すら無くした狂った魔物達は、まず間違いなくこちらの言うことを聞くこともなく、やがて同士討ちを始めます」
「……まるで『蠱毒』だな」
蛙や蛇、虫など、様々な生き物を一つの容器で飼育し、争わせ、生き残った最後の一匹から抽出した毒をもって人を殺す、蠱毒。
ルナリアの説明からそれを想像した和也が呟くと、「確かに似ているかもしれません」とルナリアが言う。
「本来、迷宮内で死したものは迷宮へと取り込まれ、魔力へと変換されてその糧となります。これは侵入者であろうと、迷宮内で生まれた魔物であろうと代わりはありません。ですが『出口の無い部屋』で死した場合は──」
「『ダンジョンコア』までその魔力が戻ってこずに、その部屋に留まり続ける?」
ルナリアの言葉を継ぐように発した和也に、彼女は「正解です」と頷いた。
魔力は澱むと劣化する。劣化した魔力から生まれた魔物が殺し合い、そして迷宮に喰われて再び魔力へと還り、澱んだ魔力の坩堝へと戻っていく。争いによって生まれた狂気と、“負”の想念を多分に孕んだ、それらが生まれた時に使われた魔力よりも更に濁り、澱んだ魔力となって。
そうして濃く、昏く蓄積されていった魔力は、いずれ部屋が抱え込める限界点を突破し、暴走し、暴発するのである。
「……そうなった場合、最終的にどんな被害が?」
「そうですね……少なくとも、爆心地を中心にキロ単位の範囲で、辺り一帯は更地になるかと」
「なっ……」
彼女が言ったのは「少なくとも」。すなわち低く見積もっての話である。場合によっては更に甚大な被害を周囲にもたらすと言うことに考えが及んだ和也は言葉を詰まらせた。
「ですので、迷宮を造る際はその点にお気を付けください」と注意を促すルナリアに、肝に銘じますと頷く和也。彼女が言ったようなことになれば、自分たちも木っ端微塵なのだから当然だが。
ともかく、そうしてルナリアに説明を受け、またその後も随時アドバイスを貰いつつ、和也は迷宮を構築していくのであった。
◇◆◇
近頃、まことしやかに囁かれている『魔王』の噂。
噂の信憑性を裏付けるかのように、地震が起こった各地にて、天を突く高さの塔。湖の底の神殿。炭鉱の奥地から繋がった大洞窟──様々な新たな『迷宮』の発見が相次いでいるとの噂も広がっていた。
であるが故に、ファーブレン候領に属する山間の町カルッツァでは、町長と冒険者ギルド長、商業ギルド長の三者を中心とした幾人かの者達で、ある一つの決定が為された。
町を中心とした周辺の、大規模な探索だ。
何故ならば、この町でも近頃頻発しているからである。──『魔王』誕生の証とされる、地震が。
噂の『魔王』とやらが本当に居るかは定かでは無いが、もしも噂の通り『迷宮』が出来ているのであれば──それは危険と共に、チャンスでもあるからだ。
本当に迷宮が有り、そこに現れるモンスターが、貴重な素材の元となるようなものであったら……? それは間違いなく、さらなる町の発展へと繋がるであろう。
故に、先ずは探索。
そして『迷宮』が有れば、冒険者ギルドで選出した冒険者による調査を行うことが決定づけられたのだ。
それが彼らにとって吉と出るか凶と出るか。それを知るのは果たして──神か、魔王か。