Phase4: 拡張と造成
取り敢えず、と言う形ではあるが、自身の迷宮が置かれた地域の情報を確認した和也は、次いで実際に迷宮を拡張してみることにした。
迷宮の拡張と言っても、今回増やす部分は『生活』に使用するプライベートな空間なのだが。
拡張の方法は『ダンジョンメーカー』に表示された迷宮全体のマップに、拡張したい大きさ、形状、位置などを指定し決定してやれば、あとは勝手に行われるというお手軽仕様である。
家具等の物品、罠や仕掛けも同じ要領であり、迷宮運営素人でも簡単に行える。
とはいえそれらは全て、『ダンジョンコア』に蓄えられた魔力を消費して行われるため、無計画に増設すれば先の結果は火を見るよりも明らかであるが。
兎にも角にもまずは実践と、ルナリアに相談しつつ増設を開始する和也。彼女が言うには、迷宮の中枢部と言える『ダンジョンコア』の部屋は、後ほど丸っと機能移転出来るとのことなので、今いる部屋に付け加える形にして、増設していくことにする。
取り敢えず自分一人を想定し、寝室はこれくらい、トイレはこんなもの、風呂はこの程度、と空間を創っていく。
広げる空間が一人用の最低限なのは、和也は始め、生活空間を広く取ろうかと思ったのだが、ルナリアに「後ほど必要に応じて拡張すればよろしいかと。魔力は貴重です」と窘められたためだ。
一通りスペースを確保した後は、その空間へ物を置いていく。
それら物品も全て魔力によって創造されるというのだから、なんともはやである。
尤も、創れる物の種類やグレードは『ダンジョンコア』の能力に左右されるため、言わば“産まれたて”のコアである和也のものでは、然程豊富に創れるという訳でもないのだが。
そうして拡張範囲や創造物等を決めた和也は、『ダンジョンメーカー』の決定ボタンをクリックする。
と、パソコンが一瞬輝き、その直後、迷宮全体がズズンッと小さく揺れた。
恐らく今のは、迷宮が拡張された際に生じた揺れなんだろう。そう思いつつ、確認のために首だけで振り返った和也の目に、案の定先程まで無かったものが飛び込んでくる。
……別の部屋へ通じているであろう扉だ。
「……ちょっと確認してみるか」
最初の拡張なのだし、結果を見てみようと立ち上がった和也に、ルナリアが「お供します」と浮かび上がり、和也の斜め後ろに着いた。
どうせなら肩にでも乗ってくれればいいのに、などと思いつつ、ドアの一つへ向かう。
結果から言うと、ちゃんと部屋は出来ていた。それも、和也が想像していたものよりも良いものだ。
彼がそれを言うと、ルナリアは「当然です」と事もなげに答える。
「現状、最下級のものとはいえ、『魔王』様がお使いになられる物ですから、最低限の性能は保たれます」
ルナリアの説明に、和也はそれもそうかと頷いた。
言ってしまえば、無理矢理呼び出してこんな状況にした挙句、最初に使える設備は極貧……などという状態であれば、その者の魔族に対する評価は地に落ちる。そんな相手に協力するなどと誰が言わんや、である。
そうして増設された空間と設備を確認した和也は、再度コタツに戻って『ダンジョンメーカー』に向かう。
「……そう言えば、ルナリアは食事ってどうなんだ?」
座椅子に座ったところで、今しがた増設された設備のうち、キッチンを見た際に思った疑問を口にする和也。
それに対して、ルナリアは頭を振り「必要ありません」と答えた。
ルナリアの種族であるピクシーを初めとした多くの妖精族は、基本的に「食事」と言う形での栄養摂取は必要としていない。
彼女達は、一般に『空間魔力』と呼ばれる大気中に満ちる魔力を、直接活動エネルギーへと変えることが出来るからだ。
「じゃあ、楽しみとしても食べる事は無い?」
ルナリアの説明を聞いた上での和也の問いに、ルナリアは少しの間考え、
「そうですね……それならば、食事よりも花の方が嬉しいですね」
「花?」
「はい。直接空間魔力を取り込むよりも、花が吸収し、蓄えた魔力を吸う方が“美味しい”と感じるのは確かです」
そのルナリアの言葉を聞いて、今度は和也が「ふむ」と考え込み、しばしの後にやおら『ダンジョンメーカー』を操作しだすと、迷宮に増設する設備の一つを選び、ルナリアへ見せた。
『秘密の花園』。
迷宮のような密閉空間でも草花を生育できる部屋を創り出すというものだ。
『花園』と言う言葉からもわかるとおり、ある程度の広さ以上を確保しなければならないが、そこに生育する草花は魔法薬や秘薬の材料となるような、特別な草花であり、それに応じてコストも割と掛かる。
ルナリアは画面を見ると、すぐに和也の方へと向き直り「魔王様」と若干強い口調で彼を呼んだ。
「先ほども申しました通り“魔力”は貴重です。私などのためにお気を使われる必要はありません」
これから迷宮の本体部分を拡張しなければいけないのだから、彼女の言うことはもっともである。
和也としてもそれは解っているのだが、彼にとってルナリアは初めての仲間であり、この僅かな間でも彼女が非常に頼りになることは解っており、何より彼女が居るから自分が今“独り”ではないのだから、心情的にも「そうですか」と簡単には頷けない。
一方のルナリアもそれは解っているのだろう、すぐに表情を緩めて「ですが」と言葉を続ける。
「お心遣いはとても嬉しく思います──ありがとうございます、魔王様」
「いや、あの……あー、ど、どういたしまして」
スカートの裾をつまみ一礼するルナリアに対して、思わずたじろぎつつも返事を返す和也。
彼女の所作が可笑しかったからではなく、素人の彼の目から見ても優雅であったがために、なんだか急に緊張して動揺しただけなのだが。
とは言えこのまま引き下がるのは少し悔しいと思った和也は、『秘密の花園』を捜す際に見つけていた『夜花の鉢植え』と言う、暗い場所で咲く特殊な魔法花のプランターを「それじゃあ、これならどうかな?」とルナリアに提示する。
ルナリアの方も流石に続けて断るのも忍びなく、また提示された物にも不満は無かったため、今回は大人しく受け取った。
さて、そうしてルナリアへの贈り物で生活空間の拡充を終えた和也は、続いてメインとも言うべき『迷宮』の部分へと取り掛かった。
◇◆◇
この世界には幾柱もの神がおり、それぞれの神を祀り讃える神殿がある。
それぞれの神殿における教義や風習には、信仰する神に応じた特色があるのだが、“全ての神殿に”共通することが一つある。
“最も神に近しいもの”と言われる、『神子』と呼ばれる人物の存在だ。
様々な神を信仰する神殿の中で、最も規模が大きいのが『光の女神』を信仰するものであり、その総本山とも言うべき大神殿において、ある時『神子』に神託が下った。
──魔王、降臨す。
それに前後して、世界各地において、大小様々な“地震”が起こっていた。
普段、地震など起きないような地域においても起こったそれは、その土地に住まう人々に不安と不吉な予感を抱かせるに十分であった。
人の口に戸は立てられない。然程間を置くこともなく、どこからともなく『神託』の噂が流れ出す。
噂は瞬く間に世の人々の間に広まり、それに連れて老若男女、身分の貴賎を問わず、人々の間でまことしやかに囁かれるようになる。
「あの地震こそ、『魔王』が現れた証拠なのだ」と。