Phase3: 方針と情報
和也によって『ルナリア』と名付けられたハイピクシーの、凛とした、澄み渡るような声音で宣誓が成された。
そう、それは上辺だけの約束などではない、魂から発せられた“誓い”。
それ故にルナリアの言葉は、素直に和也の心に染み入り、やはり彼女は信頼できるとの思いを和也に抱かせるに充分だった。
「──ありがとう。本当に、嬉しいよ」
「いえ。礼を言われるようなことではありません」
笑みを浮かべて礼を言う和也に、ルナリアは「当然のことですから」と返した。
それからすぐに、ルナリアが「今後のことですが」と切り出したため、話の筋はそちらへと移る。
「それでは、魔王様は己が何をすべきだと思われますか?」
「そう……だな。『勢力バランスが魔族側に傾くように、神族と戦って勝利する』……何て言うのが、きっと百点の答えなんだろうな」
ルナリアに問われてしばし考えた和也は、一瞬眉根を寄せたあと、皮肉げに表情を歪めた。
一方でルナリアは表情を変えることなく、「そうですね」と首肯し、
「確かに“魔族全体”で見るならば、それが正しい答えになるかと」
そう言った後、すぐに「ですが」と言葉を続ける。
「“魔王様”お一人で考えるのならば、それに囚われる必要はありません」
「つまりルナリアは、俺は別に魔族のために動く必要はないと?」
和也が問うと、彼女は「その通りです」と首肯した。
一方和也は、まさか同意されるとは思っておらず、ルナリアの返答に驚きつつも黙考する。
「……つまり、今回俺をこの世界に連れてきた『召喚』には、召喚に伴って俺を『魔王』とやらに出来ても、行動自体を強制する力は無い?」
「はい。そもそも『勇者』の事例を見ても分かるように、この召喚法にて召喚された者は、この世界において大きな力を持ちます。そのような相手の行動を無理矢理縛るような術式を組むぐらいでしたら、“そうなるように”状況を整えた方が効率的ですから」
ルナリアの説明を聞いて、和也はなるほどと頷く。
『迷宮の魔王』という立場も、閉ざされ、拡張せざるを得ない『迷宮』というスタート地点もそう。
つまりは、今の自分の状況が、“整えられた状況”というやつなのだろうと。
そこまで思ったところで、和也の頭に、彼女はなぜここまで事情に明るいのかと、ふと疑問が浮かんだ。
そのため、「よくそんなこと知ってるな?」と訊いてみると、ルナリアは「正直に申しますと、私自身、少々困惑しています」と、傍目にはさして困惑していない様子で返答した。
「恐らくですが、魔王様が設定されました『迷宮の管理・運営のサポート』という召喚条件が影響しているかと」
ルナリアの言葉に、再度「なるほど」と頷いて納得する和也。
実際のところ彼にしてみれば、自分の味方であるルナリアが事情に精通していてくれるというのは非常に助かるし、「まずは情報を得る」という目的も達せられるため、何も問題無いのである。
ルナリアとしても、和也に問題や不都合が無ければ良いので、故に二人とも、それに関しては「便利だからいいか」で済ませた。
「それじゃあ、今後のことだけど」
改めて仕切りなおすように切り出す和也。
それに対してルナリアは「はい」と頷きつつ姿勢を正し、次の彼の言葉を聞く体勢を取ったため、和也は「そんなに畏まらなくてもいいんだけど」と苦笑しつつも、考えを述べた。
「取り合えずは無理に動かなくて良いみたいだし、まずはここ──拠点の拡充から始めようと思う」
そう言いつつ、ぐるりと部屋の中を見回す和也。
当然ながらここにあるものが変化しているはずもなく、狭い空間の中にあるのは地面を占める魔法陣と、今和也が座っている座椅子にコタツとパソコンのセットだけだ。彼にしてみれば、今の一時を過ごすだけならまだしも、この状態でずっと暮らすのは御免こうむると言ったところだろう。
「……他の『魔族』の人たちがどうかは知らんけど、俺の精神的には人間だからなぁ。流石に生活空間ぐらいは整えたい」
しみじみと自身の心情を吐露する和也に、ルナリアは「畏まりました」と一言。
『ピクシー』と言う、人とは違う生活様式を持つルナリアから見ても、この部屋で暮らすには無理があると思うし、何よりも主には少しでも良い暮らしをして欲しいと思うからだ。
「んじゃ、一緒に見て欲しいから、こっち来てくれるか?」
「はい。……失礼します」
モニタを指しながら和也が言うと、ルナリアは彼の前に飛んで行き、和也が「ここ、ここ」指差した、和也のすぐ前に座り込んだ。
ルナリアとしては、主である和也の前に座るのは、正直かなりの抵抗があるのだが、その主に指定されてしまっては嫌もない。
配置としては、座椅子に座った和也と、モニタの間にキーボードが置いてあり、キーボードと和也の間にルナリアが座っている、と言う状態だ。ルナリアのサイズ的にもこれが座りが良いのである。
和也はマウスを操作しながら、目の前……と言うか、顔の下にあるルナリアの頭を、「フィギュアと言うよりドールかなあ」と思いつつ、何とも無しに撫でる。これでルナリアが普通の人間サイズであったならば、間違ってもこんなことは出来ないだろうが。
「迷宮を拡張するに当たって先ず取得すべき情報は、この迷宮が何処に在るか、です」
「……つまり、どの勢力の、何て国の、どの位置に在るか?」
「はい。それに加えまして、迷宮がどのような外観で、どの空間……すなわち、地上に在るのか、もしくは空中や地中、水中などに在るのか……なども重要かと」
ルナリアが和也の考えを補足すると、和也はふむふむと頷きながら『ダンジョンメーカー』を操作していく。と、迷宮の情報欄にて、そのものズバリである『所在地』と言う項目を見つけた。
それによると今この迷宮があるのは、この世界最大の大陸である『ラングレン大陸』西部に栄える『ルディエント王国』の南部に位置する『ファーブレン候領』の、南西部にある山間の町『カルッツァ』近郊の山中の地下二十メートルほど、となる。
「……長いな」
「『ラングレン大陸』の南西端の方にある『カルッツァ』と言う町の近郊の山中、その地面の下……程度の認識で今はよろしいかと」
ザックリと要約してくれたルナリアに「ありがとう」と返しつつ、少しの間『ダンジョンメーカー』をいじってみる和也だったが、小さくため息を吐いて一度手を止めると、説明文の中で気になった部分をルナリアに訊いてみることにした。残念ながら『ダンジョンメーカー』からはそれ以上詳しい情報は得られなさそうだったからだ。
「ルナリアはこの『ルディエント王国』だとか『ファーブレン候領』だとかのことは何か知ってるか?」
和也の問い掛けに、ルナリアは「多少でしたら」と頷くと、モニタに向けていた視線をはずして身体を回し、和也と向かい合わせになるように向き直る。
「では、僭越ながら簡単にですが、説明をさせて頂きます」
そう言ったルナリアに和也が頷くと、彼女はは淡々と己が知る情報を語りだす。
──ルディエント王国。
世界最大の大陸、『ラングレン大陸』の西部に君臨する武力国家。複数の精強な騎士団を有し、国王『ガーベランド=ウェスト=ルディエント』の求めるがままに、周辺各国へ侵略を繰り返す。
常勝不敗にして“最強”と讃えられる第一騎士団と、残虐非道にして“最凶”と恐れられる第二騎士団は、周辺国のみならず遠方の国にも名を知られるほどである。
──ファーブレン候領。
十年前にルディエント王国に併呑された小国である『ファーブレン王国』が前身であり、領土の半分以上を山間部が占める。
現在の当主は、かつての王国の第二王子であり、当時ファーブレン王国内にルディエント王国の介入を許すに至った原因でもある。
──カルッツァ。
ファーブレン候領南西部の山間部に在り、南方の港町と北方にある領都を結ぶ宿場町である。
自然と人の往来は多くなり、それに伴って、置かれた商業ギルドと冒険者ギルドの支部の規模は大きい。
「……『冒険者』ってのはやっぱり、迷宮を攻略しに来たりするんだよな?」
「そうですね」
現在迷宮が存在している場所に関連する情報をルナリアから聞き終え、自身の質問に対するルナリアの端的な肯定を得た和也。
周辺各国に戦いを吹っ掛けまくる武力国家に、ワケ有りっぽい領主が納める地方の、迷宮を攻略しにくる冒険者とやらのギルドの規模が大きい町である。前途洋洋とはお世辞にも言えたものではないなと、何とも言えない表情で「ハァ」と溜め息を吐いた。