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Phase2: 会話と心情

 召喚された『ハイピクシー』は、自分の言葉に対して何の反応も返さない召喚主に、内心困惑していた。

 何か所作がおかしかっただろうかと思い返してみるも、問題ないはずだという結論しか浮かばない。

 もっとも、彼女のような『下級』に属する者としては、高位魔族の前に出ること自体が滅多にないことなので、自分自身で思う“問題無い”が実は問題であった……と言うこともあり得るのだが。

 ともあれ、固まった召喚主の様子を見ていると、ふとその様子に覚えがあることに彼女は気付いた。

 この反応はどんなものだったか。それを朧げな(・・・)記憶から探り──そうかと思い至った。

 彼女を前にした召喚主の反応は、彼女達の種族を前にした時の人間(・・)の反応にそっくりなのである。

 故に彼女は、どういうことだろうと疑問を浮かべる。上位魔族にとっては、自分など取るに足らない存在なのに、と。

 そして一度疑問を浮かべると、次々と新たな疑問が浮かび上がってくる。

 なぜこの部屋には、自分以外の配下の魔物が居ないのか。

 まさかこの召喚主は、上位魔族にとって大切な『最初の配下』を自分のような下級クラスにしたのだろうか。

 何よりなぜ、『ピクシー』の上位種とはいえ『ハイピクシー』という、言うなれば「子供」のような思考回路を持つ種族系統である自分が、これほどまでにしっかりとした、複雑な思考をすることができるのか。

 ──この、身体の奥底から湧き上がってくる、信じられない程に膨大な力のせいなのだろうか。

 そんなことを考えながらハイピクシーは、未だ惚うっと自分を見ている己が主へと、もう一度声をかけてみることにした。


◇◆◇


 自分の前に妖精の少女が実際に召喚され、和也は内心、割と焦っていた。『ダンジョンメーカー』の操作感的に、ゲームのキャラメイクをしているような感覚になっていたから、というのが主な理由だが。

 その上、召喚されたハイピクシーは、“妖精”の名に恥じない──というよりも、むしろ予想以上に端麗な姿をしていたから、尚更である。

 とりあえず、冷静なるよう努めて、和也は今一度眼前の少女の姿を観察することにした。

 身長は三十センチ強と言ったところか。大きめのスケールフィギュアぐらいだな、と、自室にあるそれを思い浮かべ、目の前の少女と比べて思う。

 小柄な顔立ちに切れ長の蒼い瞳、サラサラとした銀髪と白い肌が、醸し出す雰囲気と相まって、クールな印象を抱かせる。

 これだけ綺麗で可愛いと、ずっと見ていても飽きないなと、事実若干見惚れながら思う和也。


「……魔王様、私の顔に何か付いていますか?」


 目の前の美しい人形のような少女に再度声を掛けられ、和也はようやく我に返った。


「ごご、ご、ゴメン、何でもないっ」


 凄くどもったことに恥ずかしさを覚えつつ、和也はふと、ハイピクシーが口にした己に対する呼称が気になった。


「……その『魔王様』ってのは、もしかしなくても俺のこと……だよな?」

「? ……はい、そうですが」


 例の青幕に表示された文章に「魔王達へ」とあったはずなので、恐らくはそうだろうと思いつつ発せられた和也の問いに対して、ハイピクシーは当然とばかりに首肯する。その表情が、先程よりも訝しげなのは、和也の気のせいではないだろう。

 実際のところ、ハイピクシーは己の召喚主の様子がおかしいことには気付いていた。とはいえ何が、と言われると答えに窮する。

 ではどうするか? 簡単だ。解らなければ訊けばいい。

 本来であれば──このハイピクシーは別格であれど──『下級』に属するような存在は、多少何か疑問を持ったとしても、それを隔絶した立場にいる上位者に尋ねるような真似はしない。下手に機嫌を損ねれば、消し飛ばされるのがオチだと言うのが、本能のレベルで理解しているからである。

 長い年月を共に過ごし、信頼関係を築いていればまた別ではあろうが、今回で言えば召喚された直後であるため尚更だ。

 それでも彼女がそう判断するに至ったのは、偏に彼女の自我がほぼ生まれたばかり(・・・・・・・)だというのが大きいだろう。

 和也は与り知らぬことであるし、ハイピクシーもまた、明確に自覚しているわけではないのだが、彼女達のような『下級』に属する『妖精』族は、基本的に自我が薄い。

 そして和也が召喚の際に定めた“条件”は、本来であればその条件を満たす、もしくは近いものを『ダンジョンメーカー』が捜して呼び出すのだが、今回は“個”としての自我が薄い『下級の妖精族』を対象として召喚が行われたため、和也が定めた“条件”がハイピクシーの自我そのもの(・・・・)として植えつけられたのである。

 これは言うなれば魂に刻まれる「刷り込み」のようなものであり、彼のような“特殊な立場”にある者が初めて行う配下の召喚としては、最良と言っても良い結果であろう。

 ともあれそのような理由で、ハイピクシーは「恐れながら魔王様」と和也に声を掛け、彼の反応を伺いながら言葉を続ける。


「何か複雑で特殊な事情がお有りとお見受けします。……よろしければ、お話をお伺い致しますが」


 どことなく怜悧な雰囲気を受けるハイピクシーではあるが、和也はこのときの彼女の声音に、労わりと慈しみの想いを感じていた。

 完全に自分を案じての言葉なんだと理解した和也。

 彼女の想いが彼の心に入り込み──弱った部分を刺激した結果、彼の心は、その瞬間──決壊した。


「……んで……なんで、俺が、こんな目に合わないいけないんだよっ!!

 ふざ、ふざけん、なよ……どこなんだよここは! 何が魔王だ、何が勢力争いだ! そんなもんこの世界の連中で勝手にやってればいいじゃねえか!! 帰せよ……俺を家に帰してくれよ!!」


 激情が溢れだす。

 目の前の少女に当たっても仕方が無いと解っているのに、止められなかった。

 何気ない日常から、いきなり見知らぬ場所に放り込まれ、勝手に役割を押し付けられて放置される。

 正直、彼の心は限界だったのだ。

 ここまで何とか平静でいられたのは、僅かとは言え自室で使い慣れた物品が目の前にあったことと、現実逃避できる『ダンジョンメーカー(モノ)』が有ったからに他ならない。

 ──それからしばらくの間、和也は理不尽な八つ当たりにも等しい文句を言い続けた。言葉を荒げ、己をここに連れてきた何がしかへ恨みを発し──涙を流す。そして、ハイピクシーは黙ってそれを受け入れ続けた。


◇◆◇


「……なんかごめん、色々」


 子供のように泣き喚き、落ち着いたところで恥ずかしげに謝罪の言葉を口にした和也へ、ハイピクシーは「いえ、お気になさらず」と頭を振った。


「それで、いかがでしょうか。私でよろしければ、お話をお伺いしますが」


 和也が落ち着いたのを確認したハイピクシーは、再度問いかける。

 和也も今度は取り乱すこともなく、少し迷ったあと、少なくともこのハイピクシーは、自分が色々とサポートをして欲しくて呼び出したのだから、信用……信頼すべきだろうと思い、自分の現状について訥々と話しだした。……とはいえ、語れることはそう多くも無いのだが。

 まず大前提として、自分が本来『この世界』の存在ではないこと。

 気が付いたらこの部屋に居たこと。

 自分の愛用の道具が『ダンジョンコア』とやらになっていて、それから得られた情報では、自分が『迷宮の魔王』とやらにさせられていて、この世界の魔族と神族の勢力争いに巻き込まれているらしいということ。

 その割には一方的な説明表示の後は放置気味で、正直何を目的にすればいいのか分からないこと。

 なので、自分のサポートをして欲しくて、『迷宮の管理・運営のサポート及び、副官的ポジション』という条件を付け、ハイピクシーを召喚したこと。

 和也がそれらの事情を説明し終えると、ハイピクシーは得心が行ったと頷いた。


「そんなわけで、これから色々助けてくれると嬉しい」

「畏まりました。……それでは、早速ではありますが、魔王様に行っていただきたいことがあるのですが」


 行き成りそう切り出してきたハイピクシーに、和也は「お、おう、何だ?」と緊張しつつも返事を返す。

 そんな彼の様子に、ハイピクシーは一瞬、若干だけ口元を綻ばせ、すぐに澄ました表情に戻して和也の“最初の仕事”を口にする。


「私に“名前”を付けて下さい」

「……名前?」

「はい」


 一瞬意味が解らずに問い返した和也に、間髪いれずに頷いて返すハイピクシー。そしてすぐに、言葉の意味を説明する。

 すなわち、彼女達『ピクシー』は他の魔族や人間、亜人族のように両親から産まれるのではなく、『妖精郷』と呼ばれる、この世界とは位相のずれた異界の中心部に存在する『母なる樹(マザーツリー)』から生れ落ちる。

 『下級』のピクシー達はその時点から勝手気ままに生きるため、「名を付ける」と言う習慣そのものが無いのだ。


「……とは言え、魔王様の元に仕える以上、名が無いと言うのは不都合があります。何より、この先魔王様の配下が増えた際、『最初の配下』である私が名無しでは、示しが付きません」


 「ですので、是非魔王様に名を付けて頂きたく」と言葉を締めたハイピクシー。

 対する和也は僅かに躊躇ったあと、すぐに「解った」と頷き、考え──否、考える僅かな間もなく、その名(・・・)を口にする。


「ルナリア」

「……ルナリア、ですか」

「ああ。初めて君を見たとき、まるで月の光を切り取ったようだって思ったから」


 和也が住んでいた世界──地球のある神話における、月の女神『ルナ』と、この世界における(・・・・・・・・)、月を司る女神『ライルーナ』。

 彼女の想像以上にあっさりと発せられたその名は、偶然にも両世界において月を司る女神の名を模したもの。

 その名は彼女の胸中へとストンと落ち、その魂に、刻み込まれた。まるで、最初から決まっていたかのように、自然に。


「……私は今より『ルナリア』……この名、確かに。この先幾星霜が過ぎようとも、いかなる闇夜であろうとも、私が貴方様の行き先を照らしましょう。月の光は永久(とこしえ)に貴方の傍に……魔王様(マイ・マスター)

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