Phase1: 召喚と邂逅
・超不定期更新になると思われます。更新しなくなるということはないと思いたいです。
・展開事態も亀の歩みになると思われます。
・見切り発車です。ごめんなさい。
・R15等のタグはとりあえず。
如月和也は半ば引き篭もりのようなものである。
仕事はしている。が、仕事が終われば同僚と飲みに行くようなこともなく、恋人は居ないし友人は片手に数えるほどだ。人付き合いに関して言うなれば「深く狭く」であろうか。
そんな彼がある朝目が覚めたとき、そこは知らない場所だった。
床は均されて平らではあるが、四方と天井をゴツゴツとしたむき出しの岩盤に囲まれた、十メートル四方程度の密室。
床の大半を占めるように描かれているのは、ゲームやマンガ等でよく見る魔法陣らしきもの。
その中心──すなわちこの密室の中心に置かれた、自分の部屋で見慣れたコタツと、その上に鎮座する、これまた見慣れたデスクトップ型のパソコン。そしてパソコンのモニタに向かい合うように、コタツの前に置かれた座椅子。
以上がこの部屋にある全てである。
──意味不明。
それが彼の心情の全てであろうか。
次いで湧き上がってきたのは、ああこれは夢か、と言うもの。
そうだ夢だ。夢に違いない、と自分に言い聞かせながら、しかして慎重にコタツとパソコンに近づく和也。
とりあえず、コタツ布団を捲って中をチェック……何も居ない。
ひとまず安心した彼は、普段部屋でするように座椅子に座ってコタツに入り、パソコンの電源ボタンを押した──ところで、そういえばコンセントってどうなってるんだろうと思い至る。
パソコンから聞こえる駆動音。つまりは電源は繋がっていると言う事かと結論付けるも、やはり気になったのか、コタツから出てパソコンの後ろに回りこんでみる和也。
電源ソケットにケーブルは無かった。モニタも然りである。
首を捻りながら正面に戻ると、やはりパソコンは動いている。
いったいどこから電源を取っているのか……と思ったところで、そうだ、これは夢だったと思い返した和也。
うん、夢だった。夢だからいいんだ。
そう思い込んで、再び座椅子に座ってコタツに入り、モニタへと視線を向け──画面が青かった。
……ブルースクリーンとか久しぶりに見た……ってか、勘弁しろよ……。そんなことを思いながら、何も文字を表示していない画面に疑問を覚えつつ、仕方ないかと電源ボタンに指を伸ばし……不意に画面に文字が走ったことで、動きを止めた。
エラーメッセージでも出たかと思い、画面を注視する和也。
そうして表示された文字に視線を走らせ──
「……は?」
思わずそんな声が漏れた。
訳が解らないと思いつつも──それこそ今更なのだが──表示される文章を読み進める和也。
──新たな魔王達へ。
そんな出だしで始まるその文章を要約すると、以下のようなものである。
今和也が居る空間があるのは、彼が住んでいた『地球』がある世界ではなく、全くの異世界であること。
この世界では、遥か昔から『神族』と『魔族』が勢力争いを続けていたのだが、今より五百年程前、神族が人間達を利用して『勇者召喚』の秘術を開発、『勇者』を異世界より呼び出すことに成功した。
『勇者』の力は凄まじく、かつて魔族側で隆盛を誇っていた三人の『魔王』はことごとくが『勇者』に討たれた。
その後、初代『勇者』以降も『勇者』は召喚され続け、それによって勢力争いの天秤は、神族側へと大きく傾くことになる。
一方の魔族側も、ただ滅ぼされるのを待っていたわけではない。
“勇者に対抗し得るは勇者のみである”
魔族が信奉する神に仕える神官が受けた神託により、魔族側もまた、勇者召喚の秘術を研究しだす。
神族側のそれを解析し、模倣し、改良し。
そうして更に五百年の研鑽の果てに、ついにそれは完成した。
『魔王召喚の儀』
魔族の心臓とも言える物質、『魔核』を媒介とし、力の発露の方向性を特定させてやることによって、通常の召喚よりも発現する力を強めた、特殊な召喚方法。
これによって召喚された『魔王』は、その『魔核』を『ダンジョンコア』と呼ばれるものへと変質させ、召喚される。
──そう、この『魔王召喚の儀』によって呼び出される存在は、言うなれば『迷宮の魔王』となるのである。
なお、このパソコンが『ダンジョンコア』そのものであり、これは周囲の魔力を動力源に動くため、半永久的に稼動する。ただし、これが破壊されると、これの所有者である『魔王』も死ぬので注意が必要だ。
逆に言えば、この『ダンジョンコア』が存在する限り、『魔王』は老いることは無く、対外的な要因で死んだとしても、後に復活することが出来る。
ちなみに、力を強めたとは言っても、現在の魔族側の勢力規模の都合により、その力の強さは推して知るべし、である。
「……である。じゃねえよ、ふざけんな」
青幕上に白文字で表示される自身の現状を読み進め、思わずそんなツッコミを入れてしまった後、和也はおもむろにコタツに突っ伏した。
「マジかよ……」なんてぼやきが出るのも致し方なかろうか。
なんだかとっても現実なような気がするけれど、未だ夢である可能性を捨てきれない和也。故に彼は、とりあえずそのまま意識を手放すことにした。
◇◆◇
流石に随分と精神的にやられていたのだろう、数時間後、思った以上にかなりの長時間眠っていた和也が目を覚ました時、最初に目に飛び込んできたのは、愛用のパソコンであった。
コタツに突っ伏して寝てしまったために、身体が痛くてダルい。恐らくそのせいで変な夢を見てしまったのだろう。ああ、本当に変な夢だった。
そんなことを思い込みながら身体を起こして大きく伸びをした和也は、深いため息を吐いた。
視界に映るのは、石の床一面の魔法陣と、岩盤が剥き出しの壁と天井。
「夢じゃないのかよ……」
そう簡単に受け入れられるものではないけれど、独り言ちるも現実は変わらない。
だが、嘆いていても仕方が無いと、無理矢理に気持ちを切り替える和也。
それにしても、人を呼ぶだけ呼んどいて、説明はパソコン任せで後は放置とは適当にも程が有る。そりゃ神族にシェア奪われるわ。……そんなことを思いつつ、そうと決まればとりあえず必要なのは情報だと、目の前のパソコンをチェック。電源を消した覚えはないので、スリープモードだろう。
そう判断してすぐに立ち上げると、見慣れたデスクトップ画面が表示された。……これは本当に『ダンジョンコア』とやらになっているんだろうか? そんな疑問が和也の頭を過る。
……と、デスクトップ画面をチェックしていたところ、見慣れないアイコンを見つけ、和也の手が止まった。
カーソルを持って行き、ファイル名を見る。
『ダンジョンメーカー』。いかにもと言うか、捻りがない。
苦笑を漏らしつつも、まあいいかとアイコンをダブルクリックして、アプリケーションを立ち上げた。
◇◆◇
この『ダンジョンメーカー』。その名の通り、『迷宮の魔王』が司る迷宮を管理・運営するためのものである。
これによると、現在和也が司る迷宮の部屋はこの部屋のみであり、配下の魔物は当然ゼロ。
迷宮の拡張や配下の召喚、武具やアイテム、生活用品等の作成には、『ダンジョンコア』に貯められた魔力を使うのだが、現在初期値として貯まっている魔力量は、十万であった。
この十万という数値。正直言えば非常に少ない。
事実和也も、最初に数字を見たときは「多いな」と思ったが、色々と見ているうちに、どう考えても少な過ぎると考えを改めた。
例えば一通り『ダンジョンメーカー』の機能を確認した和也が、最初に行おうと思ったのが配下の召喚なのだが、現在和也が召喚できる配下は、九つの階級に分かれている。
すなわち『下級の上・中・下』、『中級の上・中・下』、『上級の上・中・下』であるのだが、例えば『下級の下』に属する魔物を召喚するのに、一体につき魔力百が必要になる。そして『下級の中』では二百五十、『下級の上』では五百。さらに言えば、『中級』は『下級』の十倍、『上級』に至っては百倍の魔力が必要になる。つまり、『上級の上』では一体につき五万もの魔力が必要になり、今の魔力で『上級の上』の配下を召喚しようものなら、二体で魔力が空になる。『下級の下』ですら千体で打ち止めなのだ。なんともはやである。
さて、和也がまず配下を召喚しようと思ったのには、勿論理由がある。
前述の通り、今の彼にとってもっとも欲しいのは“情報”だ。だが、今の彼にはそれを得る方法が無い……と、思われる。そのため、まずは自身のサポートをしてくれるような配下を召喚しようと思ったのだ。
だが、蓋を開けてみればこの有様である。
始めはできるだけ高ランクで知識系と思われる配下を召喚してみようかと思っていた和也であるが、この消費量では流石に躊躇われる。軽く覗いてみたが、迷宮の拡張などでどれほど使うことになるか解らないからだ。
そこで和也は、考えを変えてみた。
この『ダンジョンメーカー』で行える配下の召喚だが、実はある程度の条件設定が出来る。
例えば『下級の下』に属する『ゴブリン』の召喚時条件に「魔法に長けた者」と指定すると、召喚対象が『下級の中』に属する『ゴブリンメイジ』へと変更される。
この辺りの召喚対象の変更に関しては、最初に指定した種の近似種から選び出される。
更に言えば、召喚時に消費する魔力を増やすことができ、その費やした魔力量によって、召喚される配下が強化されると言う能力も備わっている。
和也はこれらの機能を使おうと考えた。
条件指定による対象検索を行う以上、基準となる種族は『下級の下』から探せば良く、良いのが見つからなければ『下級の中』に上げれば良い。
そう思って『下級の下』の召喚可能配下一覧を見ていた和也は、リストの真ん中辺りで良さそうなのを見つけ、数瞬迷った後にその種族に決めた。
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名前:ピクシー
カテゴリ:妖精
属性:風
耐性:無
弱点:無
「背中に半透明の羽を持つ、身長三十センチ程の少女の姿を持つ妖精種。数種の魔法を使うが、見た目通り肉体面は脆弱。いたずらを好むが戦いは好まない性格のものが多い」
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これならば万が一の時も対処がしやすいとの判断である。……そんな時が来なければ良いとは思ってはいるが、用心するに越したことはないであろうとの思いもあるのだが。
そうして召喚する対象を決めた和也は、今度は条件付けを入力する。ちなみに条件は『ダンジョンコア』と言う名のパソコンに付属のキーボードで、備考欄に手入力である。
内容は『迷宮の管理運営のサポート及び、その他諸々副官的なポジションに適した者』。こんなアバウトで良いのかと思いつつも、この『ダンジョンメーカー』にはヘルプ機能等は無いために、とりあえず物は試しだとエンターキーをタップする和也。
その結果、表示されたのは『下級の上』に属する『ハイピクシー』であった。ピクシーの上位種である。
ちなみにこの時点で和也は、半ば迷宮運営やら何やらではなくゲームをしている感覚になっている。さもありなん。
次いで彼は、召喚時に消費する魔力量を増加させる。いくらピクシーの上位種といえ、所詮は『下級の上』である。条件指定に合ったものを『ダンジョンメーカー』が選んだとは言え、何となく不安になった彼は、魔力量を上げて強化すればまあ良いだろうと考えたのだ。
とりあえず増やしたのは千五百。これでもともとの消費量と合わせて二千である。何となく切りの言い数字の方が良かったからだ。
だが、彼はふと思った。これではせいぜい『中級の中』未満であると。なんか悔しい。
そのためとりあえず数字を増やして、自分の気持ちに折り合いをつけてみようとした。その数五千五百。先ほどの数字と合わせて七千五百になった。
これで『上級の下』までは行かなくても『中級の上』は超えている。
何となくこれに満足した彼は、これならば最初から『中級の上』から選べばよかったんじゃ、なんて思いに蓋をして、ポチッとエンターを押した。
その瞬間──コタツを挟んだ向こう側の空中、丁度座った彼の頭ぐらいの高さに、前述のピクシーの大きさ──三十センチ程のものが入りそうな大きさの、球状魔法陣が現れた。
それは一瞬強く発光した直後、カシャンと、ガラスが割れるような音を立てて砕け散る。
そしてその中より現れたのは──
「……お初にお目に掛かります、魔王様。御呼びに応じ、参上いたしました」
──月の光を切り取ったような、背中ほどまである、サラリとした銀髪。
背中にある羽は燐光を発し、幽玄に煌く。
艶のある白く美しい素肌を包む、黒一色のゴシックドレス。
それの裾を軽く摘み上げ、優雅な一礼とともに、耳に心地よい声で口上を述べてから上げたその顔は、人形のような美しさと、少女の愛らしさを内包する。
──その身長三十センチ程の妖精の少女は、蒼く冷ややかで、それでいてどこか温かみのある瞳で、じっと和也を見つめていた。