その双子、夜空
万林光は警察官にはあるまじき歩き煙草をしていた。
しかしそれを注意するものはいない。なぜなら万林の周囲には彼の上司や部下、そしてあの"嫌味な双子"もいないからだ。
いや、実際万林にとって自身の上司や部下からの注意など彼に届いてはいない。よって実質彼の至福の時を邪魔するのはあの"嫌味な双子"とそして──
プルルルル
「おう。佐々木か。どした。」
佐々木一。万林の部下の一人だ。
「……おう。……そうか。すぐだ。あと数十分もあれば着く。」
──事件の知らせ、それだけだ。
「ああ。詳細はその時に頼む。」
通話を切り万林は舌打ちをして残りまだ五センチほどはあるだろう煙草を携帯用灰皿に押し付けた。
「たく、なんでこういつもいつも…。」
ぐちぐちと文句を並べ立てながら走り出す。現場は目と鼻の先だ。
「うおっ?!」
そして万林は曲がり角を曲がり、人とぶつかった。
「っ」
転ぶ寸前で踏みとどまった万林に反し万林がぶつかってしまった相手は意外と体格の良い万林に吹き飛ばされ尻餅をついてしまっていた。
慌てて万林は駆け寄ると相手に怪我がないかを目だけで確認し、大丈夫か、と手を差し伸べようとしたが、
「セクハラ。」
全てはその台詞のせいで台無しとなった。
途端万林は苦虫を噛み潰したかのように表情を歪ませ、これまた苦々しい声で言った。
「てめぇかよ。夜。」
「どうも。万林警部。」
そんな万林とは対照的に薄い嘲笑を浮かべる夜と呼ばれた少女──"嫌味な双子"の片割れ朝尾夜──はその手をとると立ち上がった。
「──っ?!!」
一方万林は夜に触れられた瞬間言葉にならない叫びを上げ、夜が立ち上がるとその手を叩いて距離をとった。
「……万林警部。あなたが知人限定の女性恐怖症なのは理解していますけど、今の態度はどうかと。」
「わ、悪い……って!理解してるならいきなり触んじゃねぇ!!」
「えー。だって女性恐怖症のくせに無駄に紳士的な万林警部をいじるのすっごく楽しいんですもん。」
「"もん"じゃねぇ!!気持ちわりぃ!!」
クスッと笑った夜に万林の表情の凶悪さが増したのは言うまでもない。
「それより万林警部。」
「あ?」
ドスのきいた声に夜は怯みもせず言った。
「何しに来たんです?」
「は?」
「佐々木刑事に呼ばれたんですよね?事件ですよー、って。なら早く行かないと空が──」
「夜。」
気だる気な、しかしどこか甘ったるさの残る声が夜の言葉を途中で遮った。
「やっぱり。」
「?」
振り返った夜の呟きに眠たげに半開きした目の少年は首をかしげた。
「夜、佐々木、さん、方法、解けたから、呼んできて、って頼まれた。」
少年は首をかしげたまま日本語を覚えたての外国人のようにたどたどしく用件を伝えた。
もちろん彼は日本語覚えたての外国人ではなく、夜の弟──"嫌味な双子"の片割れ──である朝尾空。生まれも育ちも日本である。
「あははー。万林警部?」
「言うな。」
「空。謎といてしまったって。」
「うっせ。」
「さすが私の空ですね。」
「黙れブラコン。」
無表情の言葉の応酬の中、のんきな空の退屈そうなため息が一つ。
「ま、そんなことどうでもいいんですけどね。」
「だったら一々突っ掛かってくんな。」
「それは、まぁ、私なりのコミュニケーションですから。それよりも、空。」
眠た気な空の瞳を覗き込み微笑む。そして空の腕をひいて顔を近づける。
途端に万林は何かを察知したのか顔を明後日の法学へ方角へ向けた。
「お疲れさま。疲れた?」
「うん……少し。」
「そっか。」
額同士をくっつけるのは双子の幼き頃からのコミュニケーションであり、他意はない。
しかし如何せん二人は絵になりすぎるのだ。そして万林の位置から二人を見るとまるでキスをしているようにしか見えない。
わかっていても辛いものがある、と後に万林は語る。
「あー。ごっほん!」
いたたまれなくなったのか、万林は咳払いをすると額を合わせたまま動かない二人をちらりと見た。
「そ、そろそろ行かねーか?夜、てめぇも呼ばれてんだろーが。」
その言葉に額を離し振り返った夜は呆れたように、空は少し驚いたように言った。
「空気、読めないんですか?」
「いたんだ……、ですね、万林さん。」
ビキッと青筋が立つ。
「てめぇら…っ」
「ま、でも万林警部の言うことも一理ありますし……、行こう。空。」
「うん。」
空の手をひいてさっさと歩いて行ってしまう夜。
万林はもうため息を吐くしかなかった。
「変っわらねぇーなあ。まじで。」
誰に向けられたのかもわからない呟きだけを残して万林も後を追った。