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それが正解  作者: 藍随能恵
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4.クラスメイトな問

  


 「はじめまして、瀬名春樹です。いつも亜美がおせわになってます」

 

 頭上からの低音は小学生ながら170センチ超の365日×12年毎日見慣れた人物から発せられている。少年から男になりきる直前の、大人の男にしては少しだけ線が細く胸板も薄い、しかし恐らくあと2~3年のうちには完全に脱皮するであろうそれは、最もあやうく脆そうで、それでいて決して折れることなくしなる竹のような、人生でほんの短い期間。今の春樹がまさにその時だ。顔だちもあどけなさは抜けてはいるが、中性的な美しさをもっている。春樹は幼いころから、可愛らしい面立ちではなく綺麗な容姿をしていたためか、可愛い赤ちゃんね、とはあまり言われたことはなかった。きれいな顔をしている赤ちゃんね、とはよく言われた、と亜美と春樹どちらの母もいっていた。


 女装させたら絶対似合うのに。


 春樹に誕生日に欲しいものを問われると、この数年間というもの亜美は必ず春樹の女装を強請った。完全にスルーされ続けてはいるが。


 と、無意識に現実逃避をしている間にその男はゆきの彼氏と本宮からもなかば強引に自己紹介をさせると、

「それでは、オレ達は夕飯の買い物があるので、これで失礼します。本宮さん、これからもクラスメイトとしてこいつのことをよろしくお願いします」

 と、もはやお約束化されているいつものセリフに加え、本宮には爽やかに念押しし、いつもよりかなりしっかりと亜美の指に己の指を絡め、踵を返して去ってゆく。

一同が昇降口に到着後、靴を履き替え校舎をでるまでの僅か3分にも満たない時間の出来事であった。呆気にとられた3人ではあったが、やられた…最初に自分を取り戻したゆきが声に出さずに呟くと、

 「櫻井って付き合ってるやついたんだ…」

続いて本宮が声に出して呟いていた。

 かくして、またしてもゆきの連敗記録は更新したのである。




 入校許可証を借りに亜美の自宅に立ち寄った際、春樹は亜美の母親に米を買ってくるついでに夕飯の買い物をしてくることを申し出ていた。


 櫻井家の米と飲料水は瀬名家で支払っている。

それは、春樹の母親が職場復帰する際に春樹を預かってもらう時に春樹の両親が相談して決めた事だった。当初は現金を渡したが、亜美の家で頑として受け取ってもらえなかったので、それならばせめて、と最後は泣き落としして受け取ってもらうようになったのが米と水だったのだ。

 米は毎週1回、両親からお金を預かり、春樹が購入し、亜美の家に届ける。いつも両親が夜勤の日に購入し、そのまま泊めてもらっているのだ。

水は、春樹の家と同じに1階と2階に各1台のサーバー式でお湯も使えるタイプで、業者にボトルを毎週届けてもらっている。サーバーメンテナンス料なども含めて全て瀬名家の口座から引き落としされている。

 亜美の両親はそんなことはしないでくれ、と何度も断ってきたが、春樹の両親も、本当はもっといろいろしたいのをこれ位でおさえているんだ、と譲らなかった。

 春樹の両親からすれば、亜美の家で息子を預かってくれなかったら、春樹の母親の職場復帰は不可能であったし、怪我や熱を出した息子の学校に急患外来のある総合病院に勤務していて抜けられない春樹の母に替わって迎えに行ってくれたのは亜美の母だ。活発な息子の毎日の洗濯、日に日に大きくなる息子のおかず代やおやつ代、週に2日は泊めてもらっている、その光熱費だとてバカにならないはずだ。亜美の母は専業主婦なので、その代金の全ては亜美の父の収入だけで賄っているのだ。

 春樹の両親は亜美の両親に頭が上がらない。会えばお互い相変わらず軽口を言い合う仲には変わりはないが、心の中では本当に感謝していて、縁起でもないことではあるが、万が一、唯一の働き手の亜美の父に何かあった場合を考え、毎月一定額を『亜美ちゃん貯金』として積み立てている程だ。勿論、名義は人様の子にはできないので、渋々ながら息子名義にしてはいるが。春樹の母などは、自分の給料全額渡してもいいくらいに思っているのだ。だれも助けてくれなかった時に当たり前のようにその手を差し伸べてくれた。人の役に立ちたい、自身がナースとして、人として常に指針としていることだがしかし、外来勤務の時も病棟でも、忙しいときに限っていろいろ重なって、患者さんに笑顔で接することができなくなる瞬間が1年のうち1度や2度ではなかった。しかし、こんなにも身近に目標となる同世代で尊敬できる人がいる幸運に、春樹の母は亜美の母には感謝してもしきれない。春樹の父と結婚して一番良かったことは夫を通じてこのかけがえのない親友に出会えたことだと思っている。

 息子のことを自分の子と同じように育ててくれた亜美の両親と同じように春樹の両親もまた、亜美のことを自分たちの娘のように可愛がっている。両家とも一人しか子宝に恵まれなかったが、それぞれ違う性別の子供なので、女の子がほしい、男の子がほしい、という感覚はなく過ごすことができたのは幸いかもしれなかった。


 亜美が小学校に上がった年、春樹は自分の両親と亜美の両親に、将来亜美との結婚を宣言をしたのだった。

 勿論、春樹の両親、とりわけ母親は大賛成だった。むしろ反対する要素が見つからない。

その為に彼なりに考えたのだろう、それまで亜美と仲良くやっていた通信講座の幼稚園コースを突然辞め、亜美と同じ小学1年生コースと、もう一つ上の2年生コースを受講し始めた。加えて亜美と共に習っているピアノの他に、合気道、空手、剣道をやりだしたのだ。その送迎もまた主に亜美の母だったのだが。そこで出会った年上の子達の兄姉などから使わなくなった教科書を譲り受けたりしていたのだった。それは小学校6年生のいまでも続けている。


 きっといろいろふっきれたんだわね


 亜美の卒園時と小学校入学時の春樹の様子から一時はどうなることかと案じた母親達であったが、春樹のプラスの方向への変貌ぶりにほっと胸を撫で下ろす。その横では吹っ切れたどころか、むしろ真逆だ、と気づいていたのは父親たちのみであった。

 ともあれ、4人の親たちは幼い春樹の奮闘ぶりに2種類の微笑みを浮かべた。






 

 


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