2.下級生な問
佐久間ゆきは所謂世話好きの女と春樹に認定されている。彼女は亜美の小学校からの親友だ。3月27日と学年の中で最も遅くに誕生した亜美は、絵に描いたように学年で1番小さく、勉強も運動もあらゆる面において、同級生たちのそれより劣っていた。春樹と同じ4月生まれということもあり、ゆきは亜美のそれとは真逆であった。同級生とはいえ、4月生まれのゆきと3月生まれの亜美とではほぼ1年の差がある。つまりゆきが母の胎内で細胞分裂を始めたころ、亜美の母の卵子と父の精子とはまだ出会ってすらないのである。この差は子供の頃、とりわけ小学校低学年まではかなり大きいものだ。1年生の証である黄色い帽子をかぶって、ランドセルも背負っているのにもかかわらず、その背格好から、どうしても幼稚園児、しかも年中位にしか見えず、ゆきは慣れるまで、暫く時間を要したものだった。同じクラスで出席番号順ですぐ後ろの席にちょこんと座る亜美に、第一子で長女ということも大いに手伝って、気が付くとなにくれとなく世話を焼いていたゆきであった。その関係は友達というよりも姉妹のような感じに近く、お互い中2の現在に至っても大した変りはない。
そんなゆきにとって春樹は鬼門である。
小学校の頃から亜美の家に遊びに行けば必ずいるかわいい弟のような存在、であったならどんなによかったことか!
亜美の家に遊びに行く、春樹がいる、それはまだいい、仕方がない。しかし、自分の家に亜美を誘って春樹が付いてくる、女子の友達何人かで買い物に出かけるときも、プールに行く時も、お祭りに行く時も、あの時もこの時もいつもいつも亜美を誘うといらぬ付録がやってくるのだ。男子の友達が来る誘いは必ず春樹絡みの理由で断られ、更には食事やお茶にしようとファミレスやハンバーガーショップなどに入ればボックス席の端に亜美を押し込めその隣に陣取るという徹底ぶり。そうして必ず亜美の母に夕飯の買い物を頼まれたから、と言って亜美の手を引き6時には連れ帰るのだ。
とにかく、この7年以上、ゆきの親友との逢瀬はあの背後霊春樹によって、ことごとく邪魔されてきたのだ。そしてこのことは亜美の為にも決してよろしくない。ゆきはカレができてからというもの益々実感しているだ。
ゆきには付き合って1年になる彼氏がいる。その彼氏とは去年と違いクラスが離れてしまったせいもあり、ゆきは授業の合間の僅か10分間の間でも、彼のクラスに会いにいくのだ。必然的に亜美との時間は格段に少なくなった。そのことは予想以上にゆきにストレスを与えていた。プライベートはあの春樹によって殆ど阻まれてきたゆきにとって、亜美と一緒にいられるのは春樹のいないこの中学校の空間でしかない。その貴重な時間を亜美と彼氏の狭間で大きくゆれていたのだった。その間にクラスの男子の何人かが亜美に近づいていたのを何度か目撃していたのだったが、その中にはカレの親友の本宮も含まれていた。ゆきはその時閃いたのだった。
そうだ、亜美と本宮が付き合うようになれば、休み時間も一緒にいれて、ダブルデートもできるんじゃない!
ゆきは自分の閃きの凄さに、自分の将来の大物像が瞬時に浮かび空恐ろしくなったほどだ。そういうわけで、このひと月ほど、ゆきはカレに閃きのことを話し、本宮の気持ちを聞き出してもらえば果たしてゆきの閃いた通りであった。そうした下準備のもと今日の日をセッティングしたのだ。
人気のない図書準備室にて本宮の気持ちを聞き出したカレにかるくご褒美ベロちゅーをした後、真っ赤になりぼーっとして余韻にるカレを一人残してゆきは足早にその場を後にする。亜美と一緒に次の授業の体育のため着替えながらゆきはこう説得したのだった。
「カレとの時間も持ちたいけど、亜美との時間も大切にしたいの。同じようにカレも親友の本宮との時間が大事だと思うの。お互い付き合ったからって友達付き合いもさせないような束縛はしたくない(背後霊のように)。あの背後れ…やっ、幼馴染のボクちゃんのために土日あかないんだったらせめて、学校帰り4人で一緒に帰るだけでもしたいの。そうしたら、カレも私と本宮と一緒にいれるし、私だって、亜美といられる!たまにでいいの、亜美。このままだと私たちお互いストレスで別れてしまうかもしれない、ね、お願い!」
そんな風に頼まれて、ことわれる人間などいるはずもない。例え相手が亜美でなくとも。かくして亜美は二つ返事でOKしてくれたのだった。
この時ゆきは舞台俳優となるか映画俳優となるか声優となるかはたまた脚本家になるか将来の自分像が具体化されてきて、軽くめまいを覚えたのは、亜美には内緒だ。