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それが正解  作者: 藍随能恵
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1.同級生な問

 


「それじゃぁまた帰りな」

「あっ、春樹、今日はちょっと用事があるから先帰ってていいよ」

「用事って?」

そんな話きーてねーぞ。

「あ、うん、ゆきちゃんたちと…」

「たち?」

亜美が俺の纏う空気を感じ取ったのだろう、言いよどんだがはっきりさせておかなければ。

「う、うん。ゆきちゃんとゆきちゃんのカレとカレのお友達で同じクラスの本宮くんの4人…で…」

「亜美…」

それって傍からみりゃ確実ダブルデートじゃねーか。冗談じゃねぇ!

「だからね、あのね、今日は…」

ふざけてんのか、この女。

「はーっ、それじゃぁまた帰りな」

大袈裟にため息を吐いて、俺はにっこり笑って同じ言葉を繰り返す。

「えっ、春樹…」

それ以上は聞こえないとばかりにオレは踵を返して隣の敷地に建つ小学校へ向かう。

肩にかかるランドセルのベルトが忌々しい。

なんでオレは中学生じゃねえんだ、亜美より2学年も下なんだよ!


春樹と亜美は所謂幼馴染である。

春樹と亜美の父親同士が大学のサークル仲間という関係で、学部は違えどウマが合いバイトを一緒にやったり、金欠になるとお互い助け合ったりとかなり親しくしていた仲だった。社会人になっても、仲間同士定期的に飲んだりしていた席でお互いの結婚相手を紹介し合って更に輪が広がる。春樹と亜美の両親はその中でも結婚時期が最も近かったことも大いに手伝い、パートナー同士もすぐに打ち解け、女同士で旦那そっちのけでお茶をしたり、時には飲みに出かけたりと交流も深まったのだった。学生時代とさして変わらない場所にお互い新居を構えたために隣向いとまではいかないまでも、歩けば遠いが車で行くほどの距離でもない、なんとも中途半端な距離ではあるが、同じ学区内だったため亜美との付き合いは春樹が母の胎内で細胞分裂を始める前からの付き合いであった。



「まあまあ落ち着けって、春樹。また例の2つも上の幼馴染ちゃんのことかよ。ったく、お前も大概だよな。たまには同級生の女子の皆様の熱い視線にも少しは目を向けてやれ。レディの皆様のアプローチに答えてやるのも世の情け、ラブリー チャーミーな男前、春樹&翔太!なーんてな、朝から冴えてるだろ、オレ、わはははぐぇっ…」

スパーン、といういい音が教室中に響き渡り、それまでの女子の視線に加えて男子の視線までも集めてしまった春樹はますますしかめっ面になった。

「ふざけた事言ってねーでさっさとテメーの席にもどりやがれ」

「…ふざけてんのはどっちだ、わざわざ上履き脱いで親友のオレの頭叩くかよ、ていうか先週からここオレの席」

殴られた頭を摩りながら、しかしさり気なくヘアスタイルを直すのも忘れない目の前の悪友に心の底からうんざりし、視線を亜美の通う中学校のある隣の敷地へと向ける。春樹の右隣の翔太からは未だにギャーギャーとうるさいが、幸い左隣は人ではなく、只彼に愛しい女の過ごす、あと9か月後に自身も通うこととなる校舎を、何の障害もなく見せてくれる窓枠のみである。そこからの梅雨の晴れ間の心地のいい風を感じながら、彼はしかし今朝の彼女の聞き捨てならない言葉が頭から離れない。相変わらず騒がしい右隣の物体を華麗にスルーしつつ、放課後の彼女の確保をシュミレートしていた。



いったん家に戻った春樹は速攻で先ほど来た道を戻る。小高い丘といってもいい場所に春樹の通う小学校と隣接して中学校がある。

亜美の家からは裏門が近いため、少々遠回りではあるが、春樹もそちらから回って隣の小学校の裏門から登下校している。

が、住宅地に隣接している裏門とは違い、街へは当然正門からのほうが格段に便がよい。


 今日が5校時限で助かった。


いつもは6時間授業後掃除なのであるが、本日は学校側の都合により、5校時限で中間休み中に掃除だったため、いつもより格段に早く帰宅できた。


 まあ、普段通りでも関係ねーけど。


放課後の翔太の絡みをかるくスルーし、急ぎ帰宅した春樹は、階段を駆け上がり自室のドアを開けると、忌々しいランドセルを投げ捨て、髪をヘアワックスで整え、伊達メガネを引っかけ、腕時計をする。それだけで、高校生か大学生にしかみられない。

4月8日に生まれた春樹は亜美と反対に同級生の中でも誕生日がはやい。彼女のそれとは逆に幼稚園の頃から同級生の中では背が高かった。小学校生活最後の年になってもそれは変わらない。両親も身長があるので、遺伝も大いに関係しているのだが。171センチと小学生らしからぬ身長はランドセルを背負うと別の意味でかなり目立ち、その姿は軽く町内会の名物になっている。光の速度で身支度を終え、出かけるために自室のドアに向かう途中、投げ捨てた例の忌々しい物体に足を引っかけ、中身が散乱する。


  ったくムカつく。


思わずギリギリと歯ぎしりをした春樹であったが、モノにあたっても仕方がないと考え直し、ため息をひとつつくと散乱した教科書やノートを戻しながら本日何度目かの同じことをまた考える。


自分があと1週間早く生まれていたなら。

亜美の誕生が1週間遅かったら。


そうしたら自分たちは2学年違いではなく、同学年で同じクラスで一緒に登下校もできて…。実年齢では1つしか違わないのに、この国の新年度が4月から始まるということが、本当に腹立たしい。


オレが早く生まれていたなら、或いは亜美が遅く生まれてたら、4月新年度じゃなかったら、そのうちのどれか1つでも叶っていたなら、渋々ながら実年齢と同じ1学年下で留まっていられたものを。


掛け違った釦のように、このまま二人の人生までもすれ違い続けてしまいそうな、油断をしていると深い底なしのクレバスに落ちていくような何とも形容しがたい深い闇に飲み込まれていきそうになり、思わず拳を強くすれば自分の指先の冷たさに驚く。


春樹が亜美より学年で2つ下だと正しく理解したのは幼稚園のときであった。

4月8日生まれの春樹は同級生よりも体格がよく、男の子ということもあり活発であった。

看護師をしている春樹の母は当初保育所を希望していたが、全国的に問題となっている待機児童の一人である春樹も決して例外ではなかった。そんな時亜美の家の近くの幼稚園が満3歳児から入園可能になったのだった。満3歳児といっても、春樹は4月生まれなので、入園式は普通に学年1つ上の年少児と一緒に出席した。

対する亜美はというと3月27日生まれで女の子ということも手伝ってかおっとりしていて、体格もあまり良くないために、無理して年少から園生活を送らせることもないだろうと両親が判断し、年中からの入園となった。

かくして2学年違いの二人は一緒に入園式に出席することとなったのだった。








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