レイクサイドのミステリークラブ
明るいものを明るい場所に置いても目立たないけれど、暗い場所に明るいものを置くとそれは誰の目にもよく映える灯火になる。
木を森に隠した方が良い理由もそれと同じ。類似したナニカを周囲に配置することでどれほどそれが特異なものであったとしても、それはごくありきたりな一般事象へと変化してしまう。
およそ人口3000人にも満たない山王村には小中高一貫の学園がある。
山王村唯一無二の大きな湖の傍らに私たちの学び舎、竹ノ原学園の校舎はある。どれほど時代が進化してもこの校舎はいつも旧態依然とした木造建築であり、図書館と職員室、そして体育館に最新の無線LANルーターが設置されるようになっても、やっぱり私は思う。――この学校はとても古いと。
古風なくせに意外にも今の若者の流行やトレンド、ファッションやサブカルチャーには柔軟に対応する竹ノ原学園には携帯電話はおろか、スマートフォンもノートパソコンもタブレットも自由に持ち運んで良いことになっている。
どうしてだろう?授業に集中できないじゃないか。と頭の固い教師が一人ぐらいいても良さそうなのに、竹ノ原学園の職員室でそのような議論がおきたことはここ20年の間に一度もないそうだ。
雑誌も漫画も持ち込み自由。お昼にはピザを宅配で注文する生徒がいるくらいだから、おそらく他の学校と比べても自由な校風なのではないのだろうか、と私は竹ノ原学園の傍にある湖を眺めながらぼんやりと思うのであった。
放課後の春の季節。暖かい陽光と美しい景色、そして体育館から発せられるWiFiの電波につられて多くの学生がこの湖の周囲で各々ノートパソコンやタブレットを持ち、自由に、そして適当に青春を謳歌しているように見える。
現在中学三年生の私は、受験や進学とは無縁なこの退屈な日常をどう過ごすべきかで最近まで悩んでいたのだが、新しく部活に入ることでその悩みを解消することに成功した。
『レイクサイドのミステリークラブ』
主に高等部の先輩方が中心となって活動するこの部活動がやることは基本的に、ミステリーに関する談義だ。
部長の渡部さんに副部長の木場。金髪女子の佐々木に私で計四人のこの少ないミステリークラブにはあるルールがある。
それは、山王村に関するミステリーを1人1つ、活動ごとに必ず提出すること。
周囲を山々に囲まれたここ山王村には昔から不思議な事件が多く起きていて、それは今も継続中だ。
ミステリーサークル、幽霊、超能力、超常現象などなど。通常では考えられないような事柄がごく日常的に発生するこの村で謎に事欠くことはあまりない。
ごく最近の出来ごとですら不可思議なことが多いのだ。その歴史を紐解けばもっと不可解な事件を多く発見することができるだろう。
そう考えた私はここ最近、インターネットはもとより図書館に市役所、古本屋などを利用して、とにかくこの村のルーツに探れるようなものはないか情報収集をしていた。
そうこうしているうちに私は、ある重大な発見をした。
山王村で起こる数々の不可解な事件はここ、竹ノ原学園を中心に発生しているのだ。
「へえ。それは面白いね」
今日のレイクサイドのミステリークラブには私と部長の渡部さんしかいなかった。
渡部さんは高等部の3年生で、黒い長髪と白い肌、そして赤い唇が魅力的な大人な女性だった。既に夏用のセーラー服に着替えている渡部さんは木陰に背もたれながら、切れ長の瞳で私の方をじっと見つめてくる。
……なんだか少し照れる。
「学園を中心に起こるっていうと、具体的にはどういうことなのかしら?」
「そうですね。例えば昭和50年に起こった神隠しの事件なんですけど……」
私はタブレットをタップしてフォルダを開いた。やがてタブレットには昭和50年代に発生した記事のスクラップが表示される。
「見てください。神隠しが発生した場所って全部、この場所の近辺で起こっているんですよ」
私が指でタップして山王村の上面図を開くと、渡部さんは興味深そうに覗いてきた。渡部さんはものすごい巨乳なので、その度にバストが揺れる。……少し羨ましい。
「この赤い点はなに?」
「あ、それは私が編集したものです。神隠しが発生した場所ごとに赤い点をつけたんですけど、この赤い点、学校に近づくにつれて数がどんどん増えていってませんか?」
「そうね。不気味」
昭和50年代。山王村では不可思議な神隠し事件が多く発生した。
もともと行方不明になる人が多い場所ではあったのだが、この年代に入ってから急に消失する数が増えるようになったのだ。それも子供が。
「その話しをしたのは前回の部活のときよね」
渡部さんは長い髪をかきあげながら言う。白いうなじが夕日を浴びて、少し艶かしかった。
「りえちゃんはたまに、目つきがオヤジっぽくなるわね」
「う、すいません」
「別に構わないけど。それで?あの前回の部活動で議題になった神隠し事件について調べてみたの?」
「はい。そうなんです。これってなんなんでしょうね?」
私が質問をすると、渡部さんはタブレットの画面に人差し指を置く。
「ここ。どこかわかる?」
彼女の人差し指の先には赤いマークと、ある建物があった。
「え、そこって確か、開かずの体育倉庫?」
山王高校のグラウンドの隅には体育倉庫が3つある。その中の1つに開かずの体育倉庫と呼ばれる倉庫があり、ここ何十年の間、誰もそこに入ったことはないらしい。
もちろん、今まで何人かの生徒が肝試し感覚で倉庫への侵入を試みたことがあるそうなのだが、あの倉庫への侵入は物理的に不可能なのだ。
なにせ壁は分厚いコンクリートでできているこの倉庫には窓と呼べるようなものは1つもなく、鋼鉄でできた扉を閉めてしまうと完全に密閉されてしまうからだ。
扉には頑丈そうな南京錠がかけられており、その鍵を持っている人はもういないらしい。なんでも紛失してしまったそうだ。
「あの部屋が開かずの体育倉庫なんて呼ばれるようになった理由、りえちゃんは知っているかしら?」
私は首を横に振った。
「そう。それはちょうどよかったわ。なら今回のお題はこれにしましょう。さっそく談義しましょう。あの体育倉庫最大のミステリーを」
今からちょうど30年くらい前の話よ、と渡部さんは赤い唇を動かして話し始めた。
竹ノ原学園には三人の仲の良い生徒がいたの。
名前はわからないわ。そのときどきによって名前が変わるから。でもA君じゃ可哀想だし。山田くんと鈴木さん、そして田中さんとでもしておきましょうか。
この仲の良い三人はいつも一緒に遊んでいたの。いわゆる幼馴染ね。小さい頃からどこでも一緒。勉強も遊びも、スポーツも。そして恋の相手も。
小さいときはただの仲の良い三人でも、ある程度年齢を重ねると話は別だったみたい。幼馴染の鈴木さんと田中さんは、山田くんのことを好きになってしまったそうよ。
明るい性格の鈴木さんと、物静かな田中さん。幼馴染なのに正反対な2人はまるで欠点を補うように今まで深い仲を築いていたけれど、山田くんに恋心を抱くようになってからは、その関係が徐々に崩れ始めたの。
どちらが先だったのかしら。ある寒い冬の日にね。山田くんは開かずの体育倉庫……あら、私としたことがとんでもないミスをしたわ。この頃はまだただの体育倉庫よね。開かずの体育倉庫になるのはこれからだったわ。
とにかく、山田くんは体育倉庫に呼び出されたの。相手は幼馴染のどちらかだったわ。
どちらが山田くんを呼び出したのか。実はその真相は定かではないの。だって山田くんが体育倉庫に到着したときには、鈴木さんも田中さんもいたのだから。
山田くんが体育倉庫に入ったとき、2人は口論をしていたそうよ。
もちろん、今までケンカをしたことはあったそうよ。幼馴染だってケンカくらいするわ。完璧な人間じゃないんだから。
ただ、そのときのケンカは今までとは違ったそうよ。今までのケンカが他愛のないお遊びなら、これは修羅場とでも呼んだ方が良いぐらいの激しいものだったそうよ。
これはまずいと思った山田くんはね、まあ当然だけど仲裁に入ったわ。とにかくケンカをやめさせようと思って、2人の間に割って入ったそうよ。
その時にね、ちょっとしたハプニングがあったみたい。割って入った山田くんを、田中さんと鈴木さんは同時に突き飛ばしたのよ。
弱い女の子でも、2人同時ならばそれなりに力があったみたい。山田くんは後ろに突き飛ばされて、あんなに堅そうなコンクリートの壁に頭をぶつけたそうよ。
痛そうよね。でもね、山田くんはその痛みを感じることなく、そのまま気絶してしまったそうよ。
さあ、ここからが本題なんだけどね。山田くんはそのあと、しばらくしてから目を覚ましたの。
ただ目を覚ました彼は一瞬、ここがどこだかわからなかったそうよ。というのも、周囲が光一つない真っ暗闇だったから。
彼は慌てたわ。当然よね、何も見えない暗闇にたった一人で置いていかれたら、誰だってパニックを起こす。
でもね、彼はその闇のなか、一人ではなかったそうよ。闇の中から女の子の声が聞こえたそうなの。
その声を聞いてすぐに山田くんはわかったそうよ。近くにいるのは田中さんだ、とね。
山田くんは田中さんから事情を詳しく聞いたわ。どうしてこんなことになったのかを。そしてここがどこなのか、もね。
結論からいえば、そこは体育倉庫だったの。明かりがまったくない理由は、扉が完全に閉まっていたから。
いろいろ聞きたいことはあったのだけれど、とにかくここから出た方がいいと考えた山田くんは扉を開けようとしたわ。でも、無駄だった。扉はね、外から施錠されていたそうよ。
田中さんが言うにはね。実は山田くんが気絶したあと、田中さんも鈴木さんに突き飛ばされて壁に頭をぶつけたそうなの。そして気がついたらこの体育倉庫の中に閉じ込められていたそうよ。
さあ、ここからが本当の恐怖の始まりよ。
その夜はとても寒い日でね。そして次の日から学校は2ヶ月間の冬休みになる予定だったの。
12月23日から始まる冬休みが終わるのは、2月の20日。もしもここから脱出することができなければ、彼らはここで2ヶ月間、飲まず食わずの生活を送らなければいけなくなる。
だから山田くんは相当焦ったそうよ。今みたいな携帯電話がある時代ではなかったから。それにあの体育倉庫の壁は分厚くて、どんなに大きな声を出しても外には届かないの。
つまり彼らは、完全に閉じ込められてしまったのよ。
「これで話しは終わりなの」唐突に渡部さんは話しを終わらせた。
「え?ここからが本番じゃないんですか?」
「違うわ。これでミステリーに必要な背景は理解できたのでしょ?私たちはミステリー愛好家。別にホラーが好きなわけじゃないの」
なんだか腑に落ちない気分だった。
「さて、次にこの体育倉庫が開けられたのは冬休みが終わった翌日の始業式の日。体育倉庫から異臭がするということでね、朝一番に体育倉庫が開けられたわ。当時はあの南京錠を開けるための鍵はあったから、開けるのに手間はとらなかったわ」
――扉を開けた生徒と教師たちはそこで、衰弱している山田くんを発見したのと渡部さんは言う。
「発見次第、山田くんはすぐに病院に搬送されたわ。でも、2ヶ月間もあんな空間に閉じ込められていたからね、衰弱は激しく、生きているのが不思議な状態だったそうよ。……山田くんはその数週間後に息を引き取ったわ」
「そう、ですか」
「この話はね。山田くんが絶命するまでのわずかな間に彼から聞いた話しだそうよ。だから噂に尾ひれがついて実話とは違う内容になっているかもしれないけれど、これだけは事実。きちんと新聞の記事を読んで調べたから間違いないわ」
渡部さんは人差し指をたて、「あなたにわかるかしら?」と言う。
「山田くんが搬送された後、体育倉庫の中を教師の一人があらためて確認したそうよ。そしたらね、一人の女子生徒の死体があったわ。それはね、鈴木さんの死体だったの。彼女の遺体から腐臭が出ていてね、死後数ヶ月が経過していたのは素人目にもよくわかったわ。ただ一つだけ、疑問点があったの。山田くんの話しが正しいのならば、どうして鈴木さんの死体はあるのに、田中さんの死体はないのかしら、ってね」
「ん?どういうことですか?だって田中さんは山田くんと話しをして、あれ?」
私は自分で何を言っているのかわからなくなった。
「あの体育倉庫はね、一旦扉を締めるとまったく何も見えなくなってしまうの。だから山田くんが鈴木さんを田中さんと見間違えた、いえ、聞き間違えた可能性はもちろんあるわね。でも、もしも真実、山田くんの話し相手をしていたのが田中さんで、鈴木さんは最初から死んでいたとしたら?いえ、それよりももっと重要なのは、やっぱりこれよね。あんなにも完璧な密室空間から、どうやって田中さんは消えたの?」
「それが、神隠し?」
「違うわ」
渡部さんはやけにきっぱりと断言した。
「ねえ、木を森に隠す理由って何?それはそこが木を隠す場所に最適だからじゃないのかしら?」
「そうですね」
「じゃあ、この事件が起きた時の背景をもう一度おさらいしてみましょうか。いい、昭和50年の山王村は、異常なくらい神隠しが発生していたのよ。でも、もしもその中の一つの事件が、まるで神隠しのような様相をした殺人事件だったら、どうなのかしら?」
「それは……」
「ここは山王村の竹ノ原学園。UFOの目撃情報は全国でトップレベルで、一昨日ビッグフットの足跡が見つかったそうよ。村長のお孫さんは生まれてからもう10年も経っているのに、いまだに0歳児のような容貌をしているし、コンビニの万引き犯は必ずといっていいほど高い確率で人体放火の被害にあっている。あなたはこの村に来てから何回UFOを見たの?」
「13回です」
「そうね。それでも少ないくらい。この村では非日常的なことがよくあるの。でもね、だからみんなおかしな事件や不可解な現象に対して感覚が麻痺しちゃっているのよ。だから気づけなくなっている。本当の事件に」
「じゃあ、渡部さんはこの事件に関しては神隠しじゃないって思うんですか?」
「思うわ。だって、私だけが真実に気づいているのだもの」
渡部さんは木陰から立ち上がり、湖を眺めている。
「ここはレイクサイドのミステリークラブ。たとえ山王村がおかしな場所であろうと関係ないわ。ここで語られる内容に不思議なことは何一つないのだから」