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暴力/同級生【ヤミプラス】

「おはよう」

隣の机の上に鞄をおろしたのは土樽要平。

同級生で、結構仲良くさせてもらっている。彼はなかなかに友好的で、話していて楽しい。と思う。毎朝挨拶をしてくれる。嫌われてはいないと思う。

うん、嫌われてない。

「お、おはよう。要平君……」

名前を呼ぶ唇は震えている。

私も、嫌いじゃない。嫌いじゃないけど。

うん。

実はこの土樽に一昨日校舎裏に呼び出された。それを私は無視した。

行きたくなかったのだ。忘れていたということに自分の中で片付けた。本当に忘れてしまいたかった。

隣の席の人でよく言葉を交わす異性に人気のない場所に呼び出されたら、自意識過剰だって言われるかもしれないけど、その、やっぱりそういうことを想像してしまう。

結局、土樽にいけなかった理由を話す機会がなくて放置している形になっている。

「牟田口、今日お前日直じゃねぇ?」

ノートを広げながら土樽はこっちをみてくる。私はその視線から逃れたくていきおいよく立ち上がった。

「そっそうだった!! ありがとう要平君!!」

ろくに彼のほうも見ずにお礼を放って日直の仕事に向かう。先生に今日の授業の詳細を確認したり、黒板を掃除したりと小さな仕事もあるから大変だ。



「牟田口ー、日誌頼めるー? 俺、部活あるからー」

部活用のバッグを掴んで半ば押し付けるようにして日直の遊部君が教室を出て行った。私の返事を聞かずに。少しむかついたが、部活があるのなら仕方がない。私の所属している美術部は、あいにく活動日じゃない。

自分の席に着き、日誌を広げる。誰もいない教室の中で一人シャーペンの芯を出した。

今日一日を振り返る。

土樽と、宿題の確認したり、昨日のドラマの話したり、最近起こった殺人事件とか、先輩たちの噂話をしたりした。

なんだ。

なんでこんなに土樽のことしか出てこないんだ。

恋仲にはなりたくない。だから一昨日の呼び出しを無視した。変な雰囲気になりたくなかった。このまま、普通の席が隣の同級生。それで良いじゃないか。

だから、一昨日の選択は間違いじゃない。

頬を叩く。

こんなことうじうじ考えるべきじゃない。

呼び出しに私が答えなかったことを土樽は気にしていない様子だった。だからこのままでいい。

自分の中で結論付けて、私はシャーペンを持つ手に力を入れる。

深く考えるのは無しだ。

あっちだって気にしていないのならそのままでいい。

「っと、遊部君が……」

考えたことを口に出しながら文字を連ねる。

遊部君は陸上部のエースで、身長が低くて、犬みたいで可愛い。今日も女子から弁当のおかずを貰って回ってた。餌付けされているみたいで、思い出すと笑ってしまう。

「牟田口」

ぎくりとした。

教室で日誌に書いている内容を口に出しながら笑っているところを見られた。私しかいない教室の扉の所に立って居たのは、土樽だった。思わずシャーペンの芯を折ってしまった。

いつも教室で話す時はクラスメイトがいる。でも、今は私と二人きりだ。

心臓が暴れる。彼が近づいてくる。

「遊部? なぁ、遊部がどうかしたのか?」

「え……?」

聞いてたんだ。いったいいつからいたんだろうか。

土樽は私だけをじっと見つめている。手元に視線を落としてくれれば、日誌を書いているくらいわかるはずなのに。

何も言えない。

「なんか約束してんの? この後会うとか?」

私はやっとの思いで日誌を手にして、土樽に見せた。

土樽はそれを見るわけでもなく、床に叩き落とした。あっけにとられてそれを目で追うこともできない。

床に落ちたそれを土樽は蹴り上げる。突然の彼の行動に肩が跳ねた。

「よ、要平君、あの、別にそういうわけじゃないよ。っていうか、どうかした、の?」

土樽は私の肩を掴んだ。息を呑み、土樽の瞳を見上げる。

何も読めない。ただ、いつも話しているときとは違って笑っていなかった。冷たい雰囲気は変わらない。

「そうそう。要平君。俺は土樽要平。お前の隣の席で、クラスで一番仲がいい」

口が半開きになっていた。

自分の手を使って彼の手を押し返すことも考えたけれど、案外それはあっさり私の肩を離れて行った。

そして土樽は笑った。いつも教室で見せる愛嬌のある、親しみやすい笑顔。

「う、うん……?」

「うん? ってことは肯定だよな? お前は俺と一番仲がいいんだから、俺以外の男の名前で笑ってるのはおかしい、おかしいんだよっ……」

細められた目から熱が消えたような気がした。気がしただけだと思う。

最後のほうに言っている意味がよくわからなくて聞き直そうかと思った。だから、彼を必死に見つめ返した。何でこんなことを言うのだろうか。

「よくわからないよ……? 私は日誌を書いていただけだよ?」

「……日誌……?」

彼の手が離れたし、笑ってくれたので私は彼が蹴って吹っ飛んだ日誌を拾い上げる。机の上に広げなおして、椅子に座る。

土樽はずっと私の行動を見ていた。監視されているような気分になったけれど、この際気にしないことにする。

私の手元を覗き込むと、消しゴムを掴んで私が書いた遊部君の記事を消した。

「ちょっと、要平君なにするの?」

慌てて土樽の手首をつかんだが、結局すべて消されてしまった。消しゴムを丁寧に元にあった場所に戻すと土樽は私の顔色をうかがうように覗き込んでくる。

近い距離に困惑したが、動じない、気にしないと決めた。

「俺のこと、書けよ」

そう、気にしない。

彼は気にしていない様子だったから。

私は彼と、特別な関係になるつもりは無くて。

だから、気にしないって。

信じられなくて目を丸めて彼の瞳を見つめ返すと、突然彼は私の頬を撫でた。

「あの、さ。なんでそんなこと言うの?」

聞きたくないことだった。そんな言葉をかけられて、こんな風に頬を撫でられたら、もう決定的だ。

彼は、私のことが好きなんだ。

遊びなのかもしれない。その可能性に賭ける。会話の流れをそういう方に持っていきたくなかった。だからと言って、これを聞かないわけにはいかない。

そう判断したのだ。

息を呑むと、土樽の瞳が何かで揺れた。

「だっておかしいだろ。今日、お前は俺以外の男と話していないはずだろ」

硬直した。外部活の元気のいい掛け声がやけに耳につく。かちりと、教室の時計が分を刻んだ。

教室には誰もいない。

誰もいないって、なんでだろう。

いつもこの時間帯になら、まだ居るはずだ。

どうして誰もいないんだ。

「なんで、知っているの……?」

確かに、最近私は男子と会話をしない。何でだっけ。今日も、同じ日直の遊部君とも最後に短い言葉を交わしただけで、昼間は全然話さなかった。

問いかけようとしたら、土樽が情報をくれるから。だから、遊部君に話しかける必要も無くて。

「あ? もしかして、最後にあいつと話したから? だから俺の事書かなかったわけ?」

質問の答えではない。彼の指が私の耳を摘まんだ。鈍い痛み。

私はシャーペンを掴んだ。少しだけ震えている。

何で、怖いんだ。土樽がいつもと違うから。だって、教室で話す時は優しいじゃないか。

避けてきた。自分の中では。一昨日のことがあった時から。妙に気まずくて。

「わ、わかった。書くよ。書くから」

ここはさっさと書いてしまおう。満足させよう。それで、できればもうあまりかかわらないようにしよう。

だって怖いから。

「帰らないの……?」

相変わらず私の耳を掴んだままの土樽は動かないで立っている。できるだけ彼の表情を見ないようにしながら問いかけると、手を離してしゃがみこんだ。目線が下がり、土樽が机の上に顎を乗せる。

「帰らねぇよ。遊部待たないといけねぇし」

私はゆっくりではあるが日誌に土樽のことを記していく。変な気分だ。土樽にこんなことを強要されることになるなんて思ってもみなかった。さっさと距離を置きたい。やけに手汗が出てくる。怖くない。大丈夫だ。

ただのクラスメイトでまだいられる。

いら、れる。

「遊部君とどこかいくの?」

話題がそれたことがうれしい。もしもあのまま彼に喋らせていたら、私への思いを聞く羽目になっていたかもしれないから。

「ちげぇよ。牟田口と話すなって言ったから、罰を与えないと……」

「え?」

ダメだ。聞こえてしまった。

話すなって言った?どういうことなんだ?

男子は私とあまり話してくれない。私と会話をした人は次の日に、必ず学校を休んでいる。

衝撃が全身を駆け巡る。

土樽から目を離すことができない。私の手が止まったのを疑問に思ったのか、土樽は私の手元から顔を上げる。シャーペンを取りこぼしてしまう。

土樽が、立ち上がる。

私を、見下ろす。

「そ、そうなん、だ」

言葉に詰まる。できるだけ、深入りしないようにしよう。

目線を落とす私の頭を、誰かが掴んだ。誰かなんて言わなくたってわかる。土樽だ。土樽にしかできない。

無理矢理顔を上げさせられる。

外が暗くなってきている。

日誌を早く書かないと。早く、この人から離れないと。この人とは、ただのクラスメイトで終わらせるつもりだから。

「牟田口、これを聞いて何も思わないわけ? 俺のこと、怪しいとか思わないの?」

答えることができない。

怪しいだなんて、思わない。もう関わりたくない。怖いんだ。

ただのクラスメイトだと思っていた。隣の席で、良くしゃべって、それ以上発展させずに、お互い空気を呼んで終わる関係だと思って居た。

それが、どうだ。

彼は今、一線を越えようとしている。確かに、揺るぎそうになったときはあった。この人とならって考えたことはある。でも、無理だったんだ。この人の考えることを理解することは、不可能だ。

「なんでだよっ……!」

頭から手が離れたと思ったのは一瞬だった。両手で顔の横を挟まれる。指が頭皮に食い込んですごく痛い。顔を歪めて抵抗しようとするけど叶うはずも無かった。

「俺に興味ないって言いたいの!? 毎日しゃべってるだろ!! 俺としかしゃべってないし!! 俺に興味持たないっておかしいんだよっ!!」

爪が頭皮にめり込んで、変な音がする。目に薄い涙の膜が張るのを感じた。土樽の手首を掴んで腰を引いて、逃れようとする。その分だけ彼は力を強くする。

自分の首を絞めている気分だ。彼の行動の意図が読めない。

「なっなんでそんなこと言うの!? 私が誰としゃべろうが、誰に興味を持とうが関係ないじゃない!!」

怒りに任せて叫んだ。いつの間にか恐怖は消えて、怒りだけが私の中を支配していた。

くらみそうなくらい、頭の中が熱い。

私の言葉を聞いた土樽君が私の頭から手を離して、椅子から突き落としてきた。床に腰を打った痛みよりも先に、椅子を飛び越えて私に馬乗りになった土樽の姿に気を取られた。逃げ腰になる前に、私の体から自由が奪われる。

遠慮なく土樽は私のお腹に腰を下ろす。体重でお腹が押されて息が苦しい。吐きそうだ。

「はぁぁああっ!? 関係ないわけないだろ!? 頭大丈夫かお前!!」

「要平君のほうこそ頭大丈夫!?」

土樽は私の上で叫んでくる。

おかしい。なんだこれ。何やっているんだ。二人して。さっきまで普通だったじゃないか。少なくとも、私は。

「……んなこと言うならお前から変えるよ?」

遠回しな彼の言葉に鳥肌が立った。変な熱を含んだ瞳と、冷たいものを吐き出す唇。

口応えをしようとして開いた私の口に気付いたのか、彼は私の頬を勢い良く叩いた。

一拍分くらいおいて、確かな痛みが私を襲う。睨みつけようとした途端、もう一度今度はもっと強い力で叩かれる。

「痛い? これ、お前としゃべった男がみんな経験して来たんだよ。もっと強いのも、全部全部。周りのやつに俺とお前の環境を作ってもらっていたのに。お前が生意気言うから、仕方ないよな?」

涙腺が緩んで、前が見えなくなった。

土樽が手を振り上げたのを見て、それが拳だと分かって、顔をそむける。

彼は、ずっと私との世界を作ってきたんだ。私としゃべって、私の興味を自分に向けさせるために。それなのに、私と遊部君が喋って、私がほかの男に笑って。

それが許せなかったんだ。

訳が分からない。この言葉はもう言えない。わかってしまったから。全部、分かってしまったから。

この人は、おかしくない。自分のしたいことをしているだけなのだ。

だから彼の中で、自分は正しい存在なのだ。

「っぁ、わ、悪い……まじで痛かった? ごめん、ごめんって、泣かないで。ほら、立って」

優しい手つきで、私を立ち上がらせるとさっき叩かれた拍子に唇を噛んで出血してしまったのを見つけたのか、眉を下げた。それを指で拭ってくれる。

お腹の圧迫感が消えて、そして優しい表情になってくれたことに安心して涙の量が少なくなる。それを確認した土樽は、壊れ物を扱うかのように私を抱きしめた。

腰から力が抜けている。今頃になって、打ち付けた腰が痛いことに気付く。

「せっかく頑張ってきたのになぁ……お前に暴力振るいたくなかった」

耳元でささやく声に、私は眠たくなった。

どこもかしこも痛い。痛い箇所が多すぎて、どこが痛いのかもうわからない。

何が間違っているのかわからない。

「……きっと、病み付きになっちゃうからさ……」

一昨日、彼にちゃんと会って彼の愛を受け入れたり、しっかりとまっすぐに断っていたらこんなことにはならなかったとか。そんなことはありえない。どうなっても彼は私を手に入れるつもりだっただろうな。

彼の腕の力が、私の体を締め付ける。


せめて、好きだって言ってくれたらもう少しだけ、報われるかもしれないのに。

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