どうでもいいこと
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……そういえば、紗佐と戸沢は何をしていたのだろうか?
「……ふぅ」
戸沢はノートを閉じると、かったるそうに立ち上がった。彼は先程まで、この図書室で自習をしていた。尤も、然程はかどらなかったようだが。
「まったく、こういう日はさっさと帰るに限るな」
ノートを鞄に詰めて、図書室を出て行く。
玄関へ向かって歩いていると、廊下の片隅で紗佐と担任の春山が話していた。戸沢は見ない振りをしていたが、春山のほうが彼に気づいてしまった。
「おい戸沢。ちょっとお前も手伝え」
「……なんでしょうか?」
思わず舌打ちをしそうになったが、それを堪えてそう返す。
「会議室の長机が壊れてな。倉庫にある奴と交換してくれ。今、上沼にも頼んだんだが、一人だと大変だからな」
「……分かりました」
この教師に口答えしてもあしらわれることは目に見えているので、大人しく従う戸沢。それを見た春山は、満足そうに頷いた。
「じゃ、そういうことで頼んだぞ」
春山が去ってから、戸沢は傍らにいる紗佐を睨みつけた。
「あ、あの、えっと……」
紗佐は申し訳無さそうに俯いていたが、戸沢は鼻を鳴らして会議室へ歩いていく。紗佐もすぐそれに気づき、彼の後を追った。
「まったく、何で僕がこんなことを……」
戸沢はブツブツ呟いているが、口を動かすより手を動かしたほうがいいと思う。
「あの……本当にごめんなさい」
紗佐は心から謝っているのだが、戸沢は聞く耳を持たない。こっちも手を動かしたほうがいいだろうに。
ところで、例の壊れた長机なのだが……。
「……何なんだこれは?」
会議室の机は、全ての脚が折れていた。誰が悪戯でもしたのだろうか。
「面倒だ。あの馬鹿共にでも押し付けて、僕は帰る」
などと言っていたが、教室ではゴタゴタ(狼が闇代に襲われたり、ほのじが入り込んだり、昔話になったり、三角関係が勃発したり、その他諸々)が繰り広げられ、そんな雑用を言いつける状況でもなく。結局、言いそびれたので自分たちですることとなった。
「大体、あの馬鹿共は脳味噌が腐ってるんじゃないだろうか? 学校であんな破廉恥な行為に出たり、愛だのなんだの戯言を並べたり……」
だから手を動かせっての。まだ一つも片付けてないじゃないか。
対して紗佐は、既に六つの机の脚を畳んで、運び出しやすいようにしていた。どこかの誰かさんとは大違いだ。
「っしょっと!」
そして机を一つ抱えると、危なっかしい足取りで会議室を出て行く。
「それにあの野蛮人は神聖な校舎で不純な行いを……」
暫くして、紗佐が新しい机を持って戻ってきた。そして別の机を持って、また会議室を出て行く。
「そもそもあれはロリコンか? あんな子供をかどわかすなんて……」
いや、闇代はお前と同い年だから。しかも、また紗佐が新しい机を持ってきた。そしてまた別の机を抱えて出て行く。
「第一、何でこの僕を差し置いて、あんな野蛮なだけの奴に……。あんな奴の何がいいんだ?」
途中からひがみになってるし。そしてまた紗佐が(以下略)。
「僕を見ろ。成績優秀で、清廉潔白。見た目だって、あれなんかより、よっぽど……」
その意見には賛成できない。
「あの……」
「それに僕はいつだって正しい。あいつは常に間違っているだというのに……」
「あの……」
「何だ!?」
独り言を邪魔されて、怒鳴るように振り向く戸沢。紗佐は恐縮しながら、彼の前にある机を指差し言った。
「残ってるの、この机だけなんですが……」
「は?」
どうやら、独り言に夢中になっている間に、紗佐が残りの机を交換し終えていたようだ。
「ああ。なら、これもやっておいてくれ。僕は帰る」
「は、はい……」
結局、自分は何もせずに帰るのか。そんなんだからもてないのだろう。戸沢背理夫、残念な男。