ちょい短いけど、きりがいいのでご勘弁
……男性客が帰宅した。
「ただいまー」
彼の声に、家の奥から家族が次々と姿を現した。
「おかえりー」
「おかえりなさい」
「おかえり」
出迎えたのは、夫婦と数人の子供たち。しかし、その中にあかりの姿はなかった。
「……あかり、まだ寝てるの?」
彼の言葉に、出迎えた女性―――あかりの母は小さく頷く。
「ご飯も食べてないし、全然起きてこないの」
「そうか……」
呟くように答える声は残念そうだったが、分かりきっていたことだからなのか、特に気落ちすることなく家に上がる。そして彼の向かう先は、やっぱりというかあかりの部屋だった。
「あかり、起きてるかい?」
扉をノックし、部屋の主に声を掛けるが返答はない。無理にでも入ってしまおうかとも考えたが、もう夜なので寝てしまったのかもしれないと思い、結局彼はそのままあかりの部屋を後にしたのだった。
「あかり、起きてるかい?」
部屋の中に、男性の声が響き渡る。
「……」
しかし、あかりは布団を被ったまま出てくるつもりがないらしい。やがて、部屋の前にいた人が去っていくのが、気配で分かった。恐らく諦めたのだろう。また部屋に踏み入られなくて良かったと安堵する一方、少し寂しく感じてしまうあかり。天邪鬼なのは重々承知しているが、乙女心は複雑なのよと、誰にでもなく言い訳している。
「……寝よ」
そう呟き、目を閉じるが、昼間も眠っていたせいか、中々寝付けないあかり。そんな中、頭を過ぎるのは、そろそろ行かないと授業日数が足らなくなるんじゃないかという、なんとも今更な心配だった。
◇
……閉店後の居酒屋『虹化粧』にて。
「ったく、結構うまくいかねぇもんだな……」
テーブル席を布巾で拭きながら、狼は落胆したように声を漏らす。因みに、現在店内は彼と優の二人だけだった。闇代と一片は奥に引っ込んで、既に休んでいる。後片付けは色々面倒なので、慣れている狼が手伝うほうが楽なのだ。
「どうかしました?」
故に、なのか。はたまた、久々に親子で二人っきりだからなのか。優は嬉しそうに、狼に問いかけた。
「ん? ああ、ちょっとな」
「もしかして、天野さんのことです?」
さすがは子煩悩な親。我が子の考えることは全てお見通しらしい。
「折角アシストしたのに、天野さんには遠慮されちゃいましたけれど」
「やっぱ、気づいてて言ってたのか」
狼も分かってたのね。……やっぱり、親子だな。血は繋がってないらしいけど。
「……まだ、関わるつもりですか?」
「ああ」
優の問いに、狼は間髪入れずに答えた。それを聞いて、優は呆れ気味に溜息を吐く。
「我が子ながら、お節介が大好きなんですね」
「それもあるけどな」
狼は布巾を畳むと、それを優に手渡し、続ける。
「なんかむかつくんだよ」
「むかつく?」
さすがの優も、その言葉は理解出来なかった様子。狼は補足するようにこう言った。
「親も、兄弟も、孫思いの爺さんもいるのに、それが気に食わないみたいだからな。贅沢にも程があるだろ」
それは、狼に血の繋がった家族が居ないからか。皮肉などではなく、本心からそう言っているかのようだった。
「そうですか」
優は、それ以上何も言わず、坦々と後片付けを続けるのだった。




