細かいことを気にすると禿げるよ
「それじゃあ、遠慮なく―――」
「だめぇぇーーー!!」
おっと、いい所に助っ人が。現れたのは、女子生徒用の制服を身に纏った人物。長くて艶のある黒髪に、大きくてクリクリした円らな瞳の、とても可憐な容姿。華奢な体躯にこの顔立ちだと、(闇代ほどではないが)とても高校生年代には見えない。
「あたしの狼君に手を出さないで!」
「誰のだって……?」
その人物は狼の突込みを無視して、闇代を突き飛ばした。……いかに不意打ちとは言え、彼女は霊術で強化されているというのに……凄いものだ。
「ほのじ、お前なんでこんなとこにいるんだ?」
ほのじ、と呼ばれた人物は振り返ると、
「だってぇ! 狼君がピンチなんだもん!」
「答えになってねえ。……まあ、助かったから良しとするか」
「良しとしないでぇ~~」
突き飛ばされた闇代の声は、聞こえない振りをする狼だった。
……更に更に数分後。
現在教室には狼、上風、紗佐、氷室、戸沢、闇代、一片、そしてほのじの八人がいる。とりあえず、細々したことは置いといて、話は狼とほのじのことになっていた。
「こいつと会ったのは、正確に言うならつるむようになったのは小六の春。日付は確か……、五月の二十九日だったか?」
「何でそんなに細かく覚えてんの?」
「そこまで覚えてるなんて。ほのじ、嬉しい」
呆れる上風と、自分に都合がいいように解釈して照れているほのじ。さすがに皆慣れたのか、その辺は全力で無視。
「んでまあ、こっからは俺の口から聞くより、こっちのほうが分かりやすいだろう」
と言う訳で、ここからは狼の回想に入る。
◆◆◆
時間は四年前に遡る。とある小学校の教室、既に放課を迎え、閑散としていた。ある一部屋を除いて。
「きゃっ!」
突き飛ばされ、壁に叩きつけられる児童。幼き日のほのじだ。見た感じは今のほのじをそのまま小さくしたようなものだが、このフリルがたっぷりあしらわれたワンピースは何なんだ?
「おい、聞いたか? 『きゃっ!』だって」
「へっ、女みたいな声出してんじゃねえよ」
そんなほのじを嘲笑う男子児童たち。そんな彼らを前に、ゆっくりと起き上がるほのじ。何か言いたそうにしながら、男子達を見返す。
「何だよその目は?」
児童の一人が声を荒げるが、ほのじは目を逸らしたりしない。
「男の癖に、女の格好してんじゃねえよ」
別の児童が、一人。『彼』の肩を押した。
「気色悪いんだよ」
さらにまた別の一人が、罵声と共に肩を押す。
「学校来んなよ」
たかが子供の言うことではあるが、それ故に子供の心に深く突き刺さる。ほのじは今にも泣き出しそうだ。しかし、それでも罵声は一向に止まない。と思われたが、実際にはすぐ止まることとなる。
「こらっ!」
教室に現れた闖入者の声に、一同はその方へと振り返る。
「女の子をいじめるなっ!」
声の主は、幼き日の上風であった。……のだが、右手に木の棒を持っているのが若干気になる。
「おい、聞いたか? 女の子だって」
男子児童たちの下品な笑い声。だがそれも、上風の一睨みで途端に止む。
「狼、こいつら取っちめて」
「あいよ」
男子児童たちの背後に、他の男子が現れていた。幼き日の狼。右手には、てるてる坊主のような形状の金属塊。
「あいつに逆らうと怖いから、大人しくボコられてくれ」
その金属塊を、近くの男子に投げつける。
「がっ……!」
金属塊は男子の肩に当たり、彼はその勢いで後方へ飛ばされる。先端が重いので、その分衝撃が伝わりやすいのだろうか。
「てわけだから、抵抗しないでくれよ。そうすれば痛くねえから」
狼にフルボッコにされ、男子達はほのじに泣いて謝ったそうな。
◇◇◇
「てな感じだったな」
というわけで、回想終了。
「てか、うるっちって小学生の頃からああだったんだ……」
同級生に武力行使。一体、教師達にはどうやって言い訳しているのだろうか。
「てか、上風が自分の手を汚してないのがすげえ気に食わんのだが」
言われてみれば、確かに。
「あの時の狼君、すっごくカッコ良かったんだから」
何故か自分のことのように、誇らしげに語るほのじ。
「というわけで今すぐ結婚して」
「しねえ!」
怒鳴られるも、まったく気にせず狼に抱きつくほのじ。しかしそれを見て、闇代も負けじと猛アタック。
「狼君、今すぐここで二人の愛の結晶を―――」
「お前も何言ってんだ!?」
両側から美少女達(?)に抱きつかれ、正しく『両手に花』状態の狼。しかしまったく嬉しく無さそうだ。まあ、彼の性格を考えれば当然であろうが。
「ずーるーいー! あたしも二人で愛の結晶を育むの!」
「いや、お前と愛の結晶なんざ死んでも嫌だ」
そういえば忘れていたが、さっきの回想からほのじが男だと判明していたのだった。何故か周りが気づいていないのだが、気にしないで置こう。
「ああ、すごく不快だ……」
表情から疲れが滲み出ているぞ、狼。
「まあ、好意もここまでくると鬱陶しいでしょうけど」
「ほんとうるっちって我侭だよな」
外野が好き勝手言ってるのは、無視している様子。
「と言うわけで、さっさと離れろお前ら」
「「嫌」」
そこは声がユニゾンするんだな。
「嫌じゃねえ」
「「嫌ったら嫌」」
またしてもユニゾン。ここまでハモらんでも……。
「そろそろ両腕が疲れてきたんだが……」
「「それが?」」
この二人には、思いやりというものがないのだろうか?
「とっとと離れろ」
「「もう二度と離さない」」
「何故に!?」
とても迷惑なことこの上ない愛だ。
「……何で俺の周りは変わり者ばっかなんだろうか?」
琵琶湖のように、深い溜息を漏らす狼であった。




