表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クインテット。ナイツ 日常編  作者: 恵/.
P―繋がる。ナイツ
19/36

更新再開の目処は建たないがとりあえず追加


  ◇


 ……放課後。


「おーい上沼」

 名前を呼ばれ、肩をビクッと震えさせる紗佐。恐る恐るといった感じで振り返ると、そこには狼がいた。彼が一体、紗佐に何の用だろうか?

「昨日辺りから天野が来てないみたいなんだが、何か知らないか?」

「……あ」

 この声は、何かを知っていたからではなく、あかりの存在をたった今思い出したために漏れたのだ。しかし、狼にそれが分かるはずもなく、

「何か知ってるなら教えてくれ。一応、そういうのも把握しないといけないからな、役目柄」

 結構真面目だな、などと思うのだが、しかし紗佐は首を横に振るだけだった。

「そうか。クラスだと、天野はお前くらいとしか口聞かないから、何か知ってるかと思ったが……。まあ、何かあったら教えてくれ」

 そう言い残して、狼は教室から出て行った。

(私、天野さんのこと、すっかり忘れてた……)

 残された紗佐は、孤高のクラスメイトの存在を忘却していたことに、罪悪感を覚えるのだった。



 ……その頃、あかりは。


「……」

 夢を、見ていた。自分が夢の中にいると自覚している、俗に言う明晰夢という奴だ。

「知ってる? あの子の両親、兄妹なんだって」

「うそー? そんなことってあるのー?」

「あ、それ、私も聞いた」

 あかりの視界、その端に映るのは、小学生くらいの女児数人。声を潜めて(いるつもりだろうが、はっきり聞こえている)、こそこそと話し込んでいる。

「有り得ないよねー、普通」

「普通じゃないよね」

 別に、直接何かをされるわけではない。ただ、好奇の視線に晒されるだけ。声を掛けても、無視されるだけ。誰も話してくれないだけ。ただ、それだけのことが、少女を、あかりを苦しめる。

(もう、思い出したくもないのに……)

 これはあかりの、幼い日の記憶。奇異の目で見られ、異質な存在として扱われ、ただ除け者にされ続けた、過去を見ているに過ぎない。

(何で、今頃……?)

 自問するが、その答えは既に出ている。

(ああ、そうか……)

 この頃だったか、彼女が男を嫌うようになったのは。嫌悪感を覚えだしたのは。最初は父親だった。自分を、こんな境遇に産み落とすこととなった元凶。こいつが妹に手を出したから、こうなったのか、と。それが、弟や、赤の他人にも広がった。そして、そんな男たちを受け入れる女も許せなくなっていた。男は穢れ、それを受け入れた女も穢れ。いつしかその考えが、あかりの頭を埋め尽くしていた。

(上沼さんのあれ、そんなに堪えたのかな……)

 見るからに男子が苦手そうな同級生、上沼紗佐。内気でか弱そうな彼女は、自分と気が合いそうだと思っていた。だから、彼女からの声には返答をしていたのに……彼女も、同類だった。穢れきった、醜い人間の、一人だった、と。つい先日、思い知ったのだ。

(別に、親しかったわけでもないのに……)

 ただ顔を合わせ、声を交わす。ただそれだけの相手なのに、そんな失望をしてしまうのは、余程自分が人との関わりに飢えているからか。だが、自分は嫌いだ。穢れた人たちが、みんな。

(まあ、まともに話さなくて良かった)

 中途半端に親しくしていたら、その分深く傷ついただろう。相手にも不快な思いをさせたかもしれない。だが、たかがその程度の付き合いだ。別にこっちが勝手に縁を切ったって、向こうは気にも留めないだろう。―――しかし。

(だけど、何なんだろう……?)

 それが、堪らなく辛いのは、何故なのか……?

 そんな暗い気持ちのまま、あかりは目を覚ました。



「……」

 あかりは無言で起き上がり、ぼさぼさになった髪を掻いた。そして、そっと溜息を吐く。

「……お腹、空いた」

 思えば、丸二日ほど何も口にしていない。仮病を使って学校を休み、食欲がないと言って食事も取っていない。ずっと寝ていたとはいえ、さすがに腹が減るはずだ。

「ほーら、お粥だよ」

「……!?」

 かと思えば、突然声がした。それに気づいたときには、あかりの祖父が彼女の部屋に入って来ていた。

「丁度いいタイミングだったね。さ、お食べ」

「……何しに来たの?」

 あかりは、恨めしそうに祖父を見上げる。対して祖父は何でもなさそうに、

「ん? お粥デリバリー」

 そう答えて、レンゲでお粥を掬う。

「ほら、あーん」

「……する訳、ないでしょ」

「でも、食事もまともに取れないくらい弱ってたんでしょ? 無理しなくていいから」

 ええ、弱ってましたとも。体ではなく、心がだけど。

「ほら、あーん」

 もう一度同じ台詞を言われ、あかりは渋々口を開いて、食べさせてもらう。……これがもう少ししたら、立場が逆になるんじゃないだろうか。

「どう?」

「……おいしい」

 そう答えると、祖父が(笑顔で)更に勧めて来るので、それを丁重に断るあかり。しかし結局、用意されていたお粥がなくなるまで、『あーんの刑』を甘んじて受けることとなったのだった。



 そして、お粥を完食した頃。

「……ごちそうさま」

「お粗末さま」

 あかりは顔を真っ赤にして、目元が隠れるくらい深く布団を被った。恥ずかしいのだろうか?

 しかし、少し経つと落ち着いたのか、顔だけ出して、こう言った。

「……ねえ、私って、変?」

「さあね」

 しかし、問いかけられた祖父は、曖昧に答えた。

「生憎と、世界で一番変わり者の子供を二人も持ったから、他はみんな普通に見えるんだ」

「……そう」

 祖父の回答に満足出来なかったのか、あかりはやや不満げな様子。すると祖父は、それを見て、問い返してきた。

「あかりは、自分が変だと思うのかい?」

「……分からない」

 少し考えた後、首を振りながらそう答える。すると祖父は、更に問いを重ねた。

「まだ、気にしてるのかい?」

「……」

 しかし、あかりの返答はない。……何故なら、彼女はもう既に、眠りに落ちていたからだ。

「まだ寝るんだ……。まあ、寝る子は育つって言うしね」

 出来れば、その心に巣食うものを、夢の中に置いてきて欲しいと思う祖父であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ