お誕生日クエスト 二の巻き
そんな光景を、あかりはまたしても、ぼんやり眺めていた。
(上沼さん、男子と会話するんだ……)
思うのだが、何故あかりはぼんやりと、ここまでしっかりとした思考ができるのだろうか。
(しかも、事務的な会話とかじゃなくて、自分から話しかけるなんて……)
いや、紗佐も男子と会話くらいするだろう。相手が一片なら、尚更。
(……やっぱり、私がおかしいのかな?)
その問いに答える者はなく、あかりはただ、チャイムが鳴るまで呆けているのだった。
◇
……放課後。
「一片さん、そろそろ」
「ああ」
紗佐と一片が、並んで教室を出た。
「あれ? 何であの二人、一緒に帰ってるの?」
それを見た闇代が、不思議そうに首を傾げる。
「さあな。どっかへ遊びに行くんじゃねえか?」
「どこかって?」
「知らねえ」
とか言いつつ、何か知っていそうに見えるのは、目の錯覚なのか。
そんな紗佐達を、あかりはこっそりつけていた。
(もし、もし上沼さんも―――だったら、私……もう、人間不信になるかも)
そんなことを呟きながら、二人の後を追う。その行為には、一体どれほどの想いが込められているのだろうか。
◇
……商店街にて。
「さて、ここまで来たはいいが、どうしたものか……」
一片は腕を組んで、そんな言葉を漏らした。何をそんなに悩んでいるのだろうか。
「とりあえず、片っ端からお店に入って、色々見て回るのがいいと思うよ」
何だ、買い物か? お買い物デートか? ……すんません、私が悪かったです。だから殺気を篭めて睨まないでください。
「ふむ。それも悪くないな」
二人は早速、手近にあった本屋に入った。
「本?」
「ああ。電子書籍が普及しているとはいえ、紙媒体も根強い人気があるからな」
この本屋には、電子書籍化されていない専門書や雑誌、実用書などが主力である。隅のコーナーには紙の漫画や小説、電子書籍を焼いたメディアなどがひっそりと置かれている。
「でも、漫画や小説は電子書籍が主流じゃない?」
「いや、大半の出版社は電子書籍化していない作品を多数販売している。書店に来なければ買えない物も多い」
そう言って、小説のコーナーへ足を運んだ。
「小説なの?」
「向坂狼から仕入れた情報によると、あれは結構読書をするほうらしい」
意外な事実が判明した。頭の緩い子だと思ってのに……。
「純文学はあまり読まないらしいからな、その辺で選ぶといいかもしれない」
だが一片が見ているのは、隅っこの更に隅、古そうな本が置かれた辺りだ。有名どころではなく、マイナーなものを選ぼうという魂胆か?
「……見たこともないタイトルが並んでいる」
「これって、十年以上前の作品みたい」
単なる売れ残りではないのか? 売れ残りコーナー。
「よく考えたら、本ってプレゼントするのが一番難しいと思う」
「そうダナ」
食べ物なら、相手の好きなものを贈ればいい。服なら、サイズの合った、相手に似合うものを贈ればいい。だが、本は趣味が大きく反映される。しかも、相手の好きな分野であれば既に持っている可能性がある。だからといって相手の読まない本を贈っても、無駄になってしまう。これほどまでに選びにくいプレゼントはないだろう。
「……出直すか」
「そう、だね」
殆ど空振りの状態で、本屋を後にした。
次に訪れたのは、独特な雰囲気の雑貨屋だ。何が独特なのかといえば、その店内である。LED電球を黄色いセロファンで覆って白熱電球のような発色にし、壁紙と天井を黒で統一、高い棚に商品を雑多に詰め込んで、光は十分にあるが、全体的に暗くしてある。しかもその商品というのが、ファンシーなぬいぐるみやシュシュ、コスプレ衣装やその小道具、シンプルな文房具に、酒のつまみでお馴染みなビーフジャーキー、果ては、今時製造もされていないビデオテープやフロッピーディスクなんてものもある。雑貨と言うより何でも屋のほうが合っているかもしれないが、これでもこの商店街唯一の雑貨屋である。
「ここなら、多分何かあるよ」
「寧ろ、あり過ぎて困るくらいなのダガ……」
とりあえず、近くの棚から見ていくことにした。二メートルを超えそうな棚を見上げながら、その狭い間を縫うように二人で通る。
「何故チャイナ服が……?」
一際大きな棚に、他の商品を隠すようにして、チャイナ服が掛けられていた。買って欲しいのだろうか。
「プレゼントにコスプレ衣装はないと思う」
「しかし、あれは喜びそうダ」
まあ、優と一緒にコスプレしてたからな。同居している男(恋愛感情皆無)から送られて、喜ぶかは別として。
「とはいえ、コスプレ衣装にするなら、向坂狼の好みを聞かねばな」
「どうして?」
「言わずもがなであろう」
「……あー」
一片は携帯を取り出すと、狼にコールする。どうでもいいが、どうして一昔前の簡単携帯なのだろうか。
「もしもし」
《何だよ?》
電話に出た狼の声は、どことなく不機嫌そうであった。
「チャイナ服は好きか?」
《はぁ?》
いや、いきなりそんな聞き方しても答えないだろう。
《何なんだよ、藪から棒に》
「チャイナ服のコスプレは好きかと聞いている」
《いや、チャイナ服なんかどうでもいいが》
「そうか。ではスク水か? メイド服か? 制服……はいいか。兎の着ぐるみなんかもあるが、どれがいい?」
《何で俺はお前とコスプレの話なんかしないといけないんだ?》
「興味ないのか。それは残念ダ」
《ああ、まったく興味ねえよ。もういいか? 切るぞ?》
返事も待たず、狼は通話を切ってしまったようだ。
「とりあえず、コスプレはなしとなった」
「最初からそのほうがいいと思ったんだけど……」
気を取り直して、別の商品も見ていくことに。
「あっ、これは?」
紗佐が見つけたのは、クッションくらいの大きさがある、熊のぬいぐるみだった。
「しかし、子供っぽいものはよくないと……」
「でも、可愛いよ?」
確かに、ぬいぐるみに興味がなくとも可愛いと思える。女の子へのプレゼントとしては十分な気もするが。
「……まあ、候補には入れておこう」
そう言いつつ、ぬいぐるみを手に取る一片。他の客に買われないように確保するのだろうか。
「とにかく、他にも見て回るか」
「うん」
そうして、他の店も含めて、日が暮れるまでプレゼント探しをしたのだった。