この表現、セーフだよね……?
◇
……昼休み。
「狼君!」
授業が終わるや否や、狼に飛び掛る闇代。
「いい加減止めろ」
彼はそれを、闘牛士の如くひらりと躱した。
「きゃっ……!」
つんのめって、椅子に激突する闇代。凄い音がしたが、闇代は結構頑丈なので問題ないだろう。
「このパターン、もう飽きたんだが」
そんな彼女を、冷たい目線で見下ろす狼。闇代は跳ね起きて、抗議するような目で狼を見つめた。
「もう、冷たいんだから」
「というかいい加減、学習しろよ」
もっともそれをされて、狼の動きに対処できるようになっては、彼自身が困るのだが。
「あらら、またやってる」
そんな二人を見て、上風が寄ってきた。いつものように、ニヤニヤと笑いながら。
「だからその婆臭い笑いを止めろ」
「一応、誕生日はあんたのほうが早いんだけど」
狼は五月二十九日生まれ。上風は九月十七日生まれ。無論、同じ年に生まれている。
「因みにわたしは八月二十四日生まれだよ」
「それは、俺らの何年後だ?」
「同じ年だよ!」
つまり闇代は、上風よりも早くに生まれたということになる。
「……何だか、狐に摘ままれたような話だな」
「化かしてないから」
狼はどうも、闇代を大袈裟なくらいに幼く見ている節がある。何故だろうか?
「いや、あなたも結構言ってるよね?」
まあ、ロリとか幼女とか、言ったような気もするが。中学生って普通、(幼女は言いすぎだとしても)ロリに含めることは多いと思うが。
「もう何度目になるか分からないけど。こんな可愛い子に好かれてるのに、嬉しくないの?」
上風が、至極一般的な疑問を口にした。他人からの好意を、ここまで嫌がれるのだろうか?
「それがな。最近の闇代、ちょっとおかしいんだ」
「おかしいって?」
「何故か、俺の下着とか体操着とかがなくなってるんだよ」
しかも、脱いだ直後の。体操着に至っては、汗でぐしょぐしょになった奴だ。
「それと闇代ちゃんは関係ないじゃない」
「昨日優が、それら行方不明衣類達を、闇代の部屋で発見したんだ」
「……あー」
察してくれたらしい。
「しかも、前にも似たようなことがあったんだ。あの時も確か、闇代の部屋から出て来たんだよな」
それは最早、疑うなと言うほうが酷でないか?
「最近こいつ、あれなのかもな」
「あれって?」
「猫が小便を撒き散らしたりするようになる、あれだ」
「ああ、なるほど。発情期ね」
いやいやいや、その表現はどうなんだろうか?
「ち、違うもんっ! ただ、ちょっとだけ狼君が愛しくなって……。だけど、狼君に迷惑掛けられないから、狼君の匂いだけで我慢してるんだもんっ!」
「「……」」
……すみません、合ってました。ぴったりでした。
「話は聞かせてもらったぁーっ!」
教室の戸を勢いよく開け放って入ってきたのは、同級生のほのじだった。
「何でお前が出てくるんだ……?」
面倒なことがまた一つ増えたとでも言わんばかりの狼。対してほのじは、闇代にも引けを取らないぺったん胸(実は男なので当然)を張って、堂々と答える。
「狼君あるところにほのじありっ! ほのじは、狼君と共にあるんだよ」
「その割りに最近顔見せなかったじゃねえか」
「もしかして、寂しかったの?」
「まさか」
狼の返事が素っ気無いのは、ほのじが潤んだ瞳を上目遣いにして訪ねてきたから照れているためではなく、それが本心だからであろう。
「だって最近、さみに色々付き合わされてるんだもん。服選んだり、髪留め選んだり、鞄選んだり、靴選んだり……。学校に居てもあちこち連れまわされて、挙句何も無いから困ってたんだよね」
因みに、さみというのは、ほのじの妹である。まあ、彼女が何をしていたのかはある程度予想できるが、今はそれを語る時でない。
「というわけで、狼君の服は全部ほのじがもらいます」
「何故だ!?」
何をどうすればそんな結論になるのだろうか? 飛躍し過ぎている。
「だって、狼君はこいつに服を取られて困ってるんでしょ?」
「ああ。それは事実だな」
迷惑を掛けないように服を盗ったようだが、それも十分に(というか却って)迷惑だったようだ。
「だ・か・ら、ほのじが狼君の服を全部もらってしっかりガードします」
「いや、それだとお前に盗られたのと大差ないんだが……」
どの道服はなくなってしまうし。
「じゃあとりあえず、今着ている制服から―――」
「話を聞けよ!」
彼の都合などお構い無しに手を伸ばしてくるほのじだったが、闇代のダイブに慣れている狼は、それを易々と躱した。
「くっ……ならばこれでっ!」
ほのじが取り出したのは、今時小学生も使わないであろう虫取り網だった。
「一体どこから出したっ!?」
「これで、狼君を生け捕りに……ふっふっふっ」
一歩、また一歩と忍び寄ってくるほのじに、狼は僅かに後退り。そして。
「どりゃあぁーっ!」
ほのじが虫取り網片手に、狼に飛び掛る。
何故か教室で、虫取りならぬ狼取りが始まってしまった。