船の人々…二〇四七号室・5
松子夫人は、ふう、と溜め息をついた。
「今日の私は変。三毛がいないだけで不安でたまらなくなって、小説を読んでヒステリーを起こした」
三毛は少し安心した。いつもの松子夫人に戻ってきた。
「明日、陸に着くわ。そして、新しいお客さんが来る」
松子夫人は完全にいつもの夫人に戻って、予言者めいた、少し茶目っ毛のある言い方をした。三毛はきょとんとした。
「新しいお客さんが来る時は、こんなふうに神経が不安定になるの。他の人もそうじゃなかった?」
三毛は繭子を思い出した。そう言えば、少し変だった。
「三毛は初めてよね。この間三毛が来たときは安心したのよ。かわいくておとなしい子猫だったから」
松子夫人がにっこりと三毛に笑いかける。
「普通のお客はあまり好きじゃないの……。癖の多い人ばかり」
三毛は部屋じゅうの人形を見渡した。確かにそうだ。
「明日が憂鬱。三毛、今日は私と一緒にいてね。またヒステリーを起こすのは嫌だから」
もちろんそのつもりだ。三毛は一番好きな松子夫人と一緒にいたくて、ここまで追い掛けて来たのだから。
松子夫人は再びきびきびと動き始めた。彫像の間をすいすいすり抜けながら、広間に出る。
「ちょっとお茶を入れてくるわね。……やあねえ、ドアが全部開けっぱなし。あんたが来てくれること期待してこんなことしたのよね。ひどい自己憐憫起こしたもんだわ……。でも、来てくれたわね、ありがとう」
三毛は松子夫人の声を遠くに聴きながら眠りにつこうとしている。
「あんた水飲むでしょう? すぐ用意するから……」
とにかく、松子夫人が元気になってよかった。
三毛はほっとした気分だった。