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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第二章 子供
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子供…二〇四七号室・3

「姉が私に七色の花びらの薔薇の管理を言いつける場面の時です。『ちゃちいなあ』って、馬鹿にしたような男の子の声が聞こえました。振り向くと、開いたままのドアの横の壁に、十五歳くらいの男の子がいました。とても綺麗な男の子で……。色白で、西洋人の様な彫りの深い顔立ちで……。それが城内さんでした。

「その時家には城内さんという父の部下の方がいらしていて、大人の談笑の声が遠くから聞こえます。彼は父親に連れてこられたけれど、暇を持て余して家を探検し、とうとう私達の部屋を見つけたらしいのでした。

「私は彼があんまり素敵な男性だったので、それに内気さもあったことですから、どぎまぎとしながら黙って彼にみとれていました。しかし絹子さんは違いました。大人びた、冷たい顔で『何がちゃちいのよ』と言い返しました。

「『その薔薇だよ。如何にも作り物って感じで、安っぽいよ』

「そう言って城内さんが指差したのは、私が持つ、絹子さんが千代紙で手作りした七色の花びらの薔薇でした。

「『どこが安っぽいと言うのよ。とても綺麗に出来ていてよ』

「絹子さんは顎をちょっと上げて傲然とした態度で言いました。すると城内さんは苦笑なさって――。

「『僕が作ってあげるよ。手が器用なんだ』

「近寄って、ひょいと私の手から紙の薔薇を取り挙げました。私は彼があんまり近くにいるものですから、顔までこわばって……。

「城内さんは絹子さんの古びたままごとの小道具を眺めて、

「『ふうん。こうなっているのか。簡単だよ。もっと外側の花びらを何かで膨らませて、中にも似たようなのを今よりたくさん作ればいいんだ』

「と一人で納得して、勝手に千代紙と鋏を私の方の机の上から取りました。そしてじょきじょきと千代紙を切り始めました。私達は、唖然としました。それは私には一番大事な千代紙だったのです。なので、とても悲しくなって、ついつい涙をこぼしてしまいました。絹子さんが怒りました。

「『止めなさい! 繭子さんの千代紙よ。勝手なことをなさらないで』

「城内さんは手を止めて、困ったように私を見ていました。城内さんが、

「『御免よ。でももう切ってしまったから……』

「と反省しても、絹子さんは、

「『買って返して!』

「と強く言い張ります。

「『参ったなあ』

「と、私は城内さんが頭をかいているのを見て、泣き止みました。そして、微笑んでみました。みっともないところを見られてしまった、と思うと子供ながらに恥ずかしくて。なので、こう言いました。

「『いいのよ。絹子さん。あのう、それなら最後まで薔薇を仕上げていただけませんこと。それなら嬉しいですわ』

「私は精一杯大人らしく見えるよう気取って言いました。すると、城内さんは私に笑いかけて下さいました。私はもう城内さんに恋していましたから、感極まって、頭が真っ白になってしまいましたわ。城内さんはすっかり意気を取り戻して、

「『じゃあ、のりを貸してよ。針金は?』

「と色々要求し、私が差し出す手芸用の道具類を次々受け取って行きます。絹子さんは黙って、それをじいっと見ています。

「城内さんはとうとう立派な薔薇を作り上げられました。まるで本物そっくりで、驚きましたわ。花びらが内側に行くに連れ段々小さくなるところ、先の方がちょっと外に反っているところ……。

「『まあ、綺麗!』

 と私は誉めました。すると城内さんはにっこりして、

「『君にあげるよ。紙のお詫びに。お姉さんはいらないらしいし』

「と、それを私に差し出して下さいました。私は、まるで天にも昇る気持ちでそれを受け取りました。それからずっと、自分の机の上に飾っていたと思います。宝のようにして……。

「あの時、姉はふん、と鼻を鳴らしておりましたわ。

「『妙な物を妹に送らないで頂きたいわ』

「と威張って。城内さんは苦笑します。どうやら二人はあまり相性が良くないようでした」

 繭子は一人ごちた。

「初めはあんなに仲が悪かったのに……」

 三毛はギュウッと強く抱かれ、苦しい位だった。

「それからしばしば城内さんはお父上に伴ってやって来ては、私達のことを色々にからかったり、可愛がったりするのですわ。私は専ら可愛がられるほうで、絹子さんはからかわれるほうで……。城内さんがいらっしゃると、とても遊びが楽しくなりますの。非常に猫可愛がりして下さるし、お話は面白いしで。……あの頃は、城内さんも私達を妹のようにしか思っていらっしゃらなかったようですわね。

「しかし、私が十五歳位の頃でしょうか。城内さんは相変わらず頻繁に家にいらしていました。私のお父様と城内さんのお父様はとても仲がよろしいのですわ。お父様の城内さんがいらっしゃる度、息子の城内さんが私達の部屋にいらっしゃいます。私はそれが、楽しみで楽しみで。

「この頃には、私は城内さんのことをいつも考えずにはいられないほどになっていました。何度も溜め息が出ました。絹子さんはその事に気付いていたようです。

「『あなた、恋文を出したらどう?』

「と言います。何だか面白がっている様子です。私は赤面して…もちろんそんなことはいたしませんでした。しかし、城内さんはしょっちゅう私に小さな贈り物をしてくださいます。拾った桜貝だとか、満開の梅の枝だとか、綺麗なものばかり。私にだけ、送られていました。

「『絹子はこういうおもちゃみたいなのは、嫌いだろう?』

「理由を尋ねると、城内さんは笑ってこうおっしゃいました。確かにそうです。絹子さんは本当の宝石や絹のドレスのような、高いものしか欲しがりませんの。

「『繭子さん、そんなちゃちな贈り物、部屋に飾るのは止めて頂戴』

「そう言います」

 繭子の顔が険しくなった。

「今考えれば、とても物欲しそうにそれをじろじろ眺めていたわ!」

 声の調子が急にヒステリックになったため、三毛はビクンと跳ねた。

「それでも城内さんのささやかな贈り物はとても嬉しくて……。

「『君が喜んでくれると思って』

「そう言って頂く度、私は恥ずかしさに顔を赤らめてしまいましたわ。

「十六歳の頃…ですわ。お昼の後絹子さんが、

「『外にリスがいてよ』

「とクスクス笑いながら言いました。私は無邪気な物で、一階の裏口を出て、慌てて裏庭にそれを見に参りましたの。すると、城内さんにばったりお会いました。私はとても驚きましたわ。

「『どうして……』

「と尋ねると、

「『これを見たんだ。それで、早く君に会いたくて慌ててやって来た。とても嬉しいよ』

 と、薄桃色の便箋を手にしています。私はピンと来ました。絹子さんが余計なことをしたに違いありません。私は困って、城内さんにどんな態度を取るべきか、迷いましたわ。

 私はとりあえず事実を教えようと、そして謝ろうと口を開けました。その時です。城内さんが私にぐっと近寄って来られました。私はうろたえて、後退りをします。でも、次の瞬間には、私は城内さんの腕の中で、強く抱きすくめられていましたの。

「『君を愛している。いずれ結婚したいと思っている』

「城内さんは苦しそうに、私の耳元で囁かれました。私は余りのことに呆然となり、次に恥ずかしくなり、最後には天にも昇るほど嬉しくなって、とうとう涙を溢しました。城内さんはその涙を肩に感じて、身を離して私を見つめます。

「『その涙は、イエス、もしくはノーかな?』

「ひょうきんに言いながらも、不安そうでした。ですが、私は直ぐに涙を拭き、一番綺麗に見える笑顔を作って、

「『イエス、です』

「と答えました。城内さんはホッとされたようでした。そしてまた、私を抱き締めて下さいました。そうです。この時、私は婚約の証に、あのレースのハンケチを頂いたのですわ。

「『僕はまだ学生の身で、君に宝石を送るような身分じゃないんだ』

「とおっしゃっていました。

「『でもね、品物は安くとも、君への思いは本物だよ。君だけを愛している』

「とも。私は幸せでした。

「絹子さんに報告しました。それから偽の恋文のことも、お礼を言いました。絹子さんは、

「『あら、何のこと?』

「と空とぼけていましたが、分かっています。絹子さんは私のために、こういう素敵な取り計らいをしてくれたのですわ。私の城内さんに恋する気持ち、城内さんの私への気持ちを二人より早く気付いて、二人が幸せになるよう、取り計らってくれましたの。私は姉が大好きでしたわ」

 繭子は懐かしそうにどこか遠くを見る。三毛にも、その溢れんばかりの幸せが伝わってくる。しかし、顔が曇る。

「――今となっては意図が掴めないのですけれど」

「でも、繭子さん。水を差すようで悪いんだけど、あなた、十六で婚約なさったのね。でも、あなたは二十歳まで……」

 松子夫人が言いにくそうに言った。途端に、繭子は目を虚ろにした。

「私達は確かに婚約致しましたわ。なのに、そうです、確かに私はいつまでも待たされることになりました。庭での突然の婚約以降、城内さんはお父様が家に来る来ないに関わらず、いつもこっそりと一人で庭にいらっしゃいました。夜中ですわ。週に三回ほど、私達はこっそりと会いますの。それには姉がよく手引きをして下さいました。手紙の受け渡しは姉が必ずどうにかしてくれましたし、人の見張りをしてくれたり。――こんな姉をどうして疑わねばならないのか、甚だ疑問ではあるんですけれど」


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