船の人々…二〇四七号室・4
ふいに、松子夫人が身を起こして三毛を見た。瞼を赤く泣き腫らしていたが、笑っていた。手に持っていた木彫りの猫を三毛に見せる。
「見てよ三毛。この猫可愛いでしょう。昨日仕上げたの」
それを見ても何とも思わなかった。また同じ人形が増えたな、と思っただけだった。
同じ猫の人形はもう何体もこの二〇四七号室にあった。木や、石や、陶器や、粘土で作られた、すらりと細い猫の座像。
人間の像や人形もそうだった。何十体あるのか知らないが、この部屋にいる人間は、松子夫人を除けばたったの三人だった。
男が一人、女が二人。男は青年のように若かったり、壮年期の姿をしていたりと様々だったが、どれも同じ男だった。偉そうに紋付きの着物を着ていたり、だらしのない猫背で木の椅子に座って卑屈な顔をしていたりしている。
女の一人はいつも同じような姿だった。二十歳前後のそれなりに綺麗な女で、豪奢な格好をしていた。一体だけある陶器の人形では、けばけばしい化粧が施されていた。抜け目のない獣のような目つきをしていて、三毛にはそこから何か混沌とした感情が感じられた。それが、その女のものなのか、制作者である松子夫人のものであるのかは分からないけれど。
もう一人の女は一番多くあった。彼女の姿は子供の頃から成熟した女性になるまでのものが、細かい変化を遂げながら並んでいた。優しげなもの、悲しそうなもの、まがまがしいもの、見る者に一番多くの感情を訴えかけてくるのもこの女だった。
彼女の顔だけの彫像が、広間の硝子棚の一番上に載せてある。三毛は、あの彫像だけは正視できない。彼女の苦悶の表情は、何か恐ろしい物を見たときのものに違いない。一体、何を?
「三毛、この人形はここに置いとくから」
松子夫人はこん、とサイドテーブルに猫を置いた。
「仲良くしてやってね」
と、微笑む。
松子夫人は、この部屋の住人達の事を説明しない。無口で従順な三毛にも言わず、黙って彼らを作り続ける。その作業には、苦痛を帯びている。しかし、喜びに満ちているような時もある。松子夫人は、毎日彼らと静かな交流を図ることで命を保っている。三毛にはそう見える。