子供…一〇二五号室・5
「何だか分からないけど、何もかもを口に出してしまいたい気分なの」
絹子が少し唇を噛む。
「秘密を秘密にしておけないの」
前を見ながら、手探りで三毛の柔らかい耳をつまんで優しく揉む。三毛はそれを気にかけることも出来ないくらい疲れている。
「全部言ってしまいそうだわ。繭子さんに、全てを打ち明けてしまいそうなのよ」
声が震えた。三毛はハッとして絹子の顔を見た。
「三毛になら話せるわ。また来てちょうだい。お願いよ」
絹子の顔は青ざめていた。脅えらしい物が見えた。
「私が怖い? 三毛。私は私が怖いわ。何であんなこと口走ってしまったのかしら」
三毛は絹子の広く開いた襟ぐりに押し付けられた。冷たい皮膚に三毛の裸の鼻が触れた。
三毛はじっと抱かれていた。その後絹子は口をつぐんで語りかけるのを止めた。
靴音が響く。
絹子の体が、太い廊下から分化した更に細い廊下に入り込む。
「部屋が近付いてきたわ」
絹子がやっと喋った。声がかさついている。
「どうしよう。繭子さんは私を部屋に入れてくれないかもしれないわ」
三毛はそっと体を絹子にすりつけた。絹子が三毛を撫でた。
「ああ、ドアが……」
声は止んだ。絹子は繭子と共に暮らす自分の部屋の前で立ち尽くした。息が荒い。心臓が波打つ。
三毛が鳴いた。その瞬間、絹子は決意したようにドアノブを掴み、サッと押し開けた。
部屋は暗かった。散らかった物は全てそのままだ。
繭子はあの時から身じろぎさえした跡もなかった。椅子の上に、蹲る少女。
「寝ている」
絹子が呟いた。声の調子が違う。ホッとしたのだろうか。
「繭子さんは寝ているわ」
違う。何かが急激にずれたような感覚が三毛を襲う。声が変わっている。
小さな笑い声が聞こえた。三毛は慌てて身じろぎをした。
その瞬間、三毛は手を離された。急激な落下に驚いて、着地に失敗した三毛は無様に床に叩き付けられた。
絹子はクスクス笑っている。散乱した部屋の中で、傷付いた妹を前にして。
三毛は痛む脇腹を気にしながら、絹子の顔を見ようと首を上に曲げた。その途端、また抱き上げられた。
「部屋から出てちょうだい、三毛」
あっという間に三毛は廊下に放り出された。
「今から城内さんに会うの」
ドアの隙間から陽気な声の主を見上げた。すぐに目を伏せる。
絹子の顔はあの異様な笑顔に変わっていた。目が飛び出し、犬歯が覗く奇妙な笑顔に。
「さよなら、三毛。楽しかったわ」
ドアが三毛の目の前で閉じた。三毛はすぐさま身を翻し、走り去った。
精一杯の速さで走っても、後ろから聞こえてくるのは甲高い絹子の笑い声。常軌を逸した人間の喜びの声。
「私、城内さんに会うのよ。ご存じかしら、繭子さん」
ドアごしのくぐもった声が三毛に追い付いてまとわりつく。
やはり絹子は異常だ。