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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第二章 子供
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子供…一〇二五号室・5

「何だか分からないけど、何もかもを口に出してしまいたい気分なの」

 絹子が少し唇を噛む。

「秘密を秘密にしておけないの」

 前を見ながら、手探りで三毛の柔らかい耳をつまんで優しく揉む。三毛はそれを気にかけることも出来ないくらい疲れている。

「全部言ってしまいそうだわ。繭子さんに、全てを打ち明けてしまいそうなのよ」

 声が震えた。三毛はハッとして絹子の顔を見た。

「三毛になら話せるわ。また来てちょうだい。お願いよ」

 絹子の顔は青ざめていた。脅えらしい物が見えた。

「私が怖い? 三毛。私は私が怖いわ。何であんなこと口走ってしまったのかしら」

 三毛は絹子の広く開いた襟ぐりに押し付けられた。冷たい皮膚に三毛の裸の鼻が触れた。

 三毛はじっと抱かれていた。その後絹子は口をつぐんで語りかけるのを止めた。

 靴音が響く。

 絹子の体が、太い廊下から分化した更に細い廊下に入り込む。

「部屋が近付いてきたわ」

 絹子がやっと喋った。声がかさついている。

「どうしよう。繭子さんは私を部屋に入れてくれないかもしれないわ」

 三毛はそっと体を絹子にすりつけた。絹子が三毛を撫でた。

「ああ、ドアが……」

 声は止んだ。絹子は繭子と共に暮らす自分の部屋の前で立ち尽くした。息が荒い。心臓が波打つ。

 三毛が鳴いた。その瞬間、絹子は決意したようにドアノブを掴み、サッと押し開けた。

 部屋は暗かった。散らかった物は全てそのままだ。

 繭子はあの時から身じろぎさえした跡もなかった。椅子の上に、蹲る少女。

「寝ている」

 絹子が呟いた。声の調子が違う。ホッとしたのだろうか。

「繭子さんは寝ているわ」

 違う。何かが急激にずれたような感覚が三毛を襲う。声が変わっている。

 小さな笑い声が聞こえた。三毛は慌てて身じろぎをした。

 その瞬間、三毛は手を離された。急激な落下に驚いて、着地に失敗した三毛は無様に床に叩き付けられた。

 絹子はクスクス笑っている。散乱した部屋の中で、傷付いた妹を前にして。

 三毛は痛む脇腹を気にしながら、絹子の顔を見ようと首を上に曲げた。その途端、また抱き上げられた。

「部屋から出てちょうだい、三毛」

 あっという間に三毛は廊下に放り出された。

「今から城内さんに会うの」

 ドアの隙間から陽気な声の主を見上げた。すぐに目を伏せる。

 絹子の顔はあの異様な笑顔に変わっていた。目が飛び出し、犬歯が覗く奇妙な笑顔に。

「さよなら、三毛。楽しかったわ」

 ドアが三毛の目の前で閉じた。三毛はすぐさま身を翻し、走り去った。

 精一杯の速さで走っても、後ろから聞こえてくるのは甲高い絹子の笑い声。常軌を逸した人間の喜びの声。

「私、城内さんに会うのよ。ご存じかしら、繭子さん」

 ドアごしのくぐもった声が三毛に追い付いてまとわりつく。

 やはり絹子は異常だ。


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