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砂糖細工の船に乗って  作者: 酒田青
第一章 船の人々
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船の人々…二〇四七号室・3

 この突然起こった妙な混乱は、二階から階段を降りてきた男の登場で幕が降りた。松子夫人は慌ててハンカチで目元を押さえ、涙で白粉の乱れた顔を隠して立ち上がった。三毛はとっさに落ちるようにして床に降りた。松子夫人はうつむきがちになって、男と入れ違いに階段を登って行った。三毛は呆気にとられてそれを見ていた。男も、怪訝な顔で松子夫人を振り返った。

 全く今日は涙の多い日だ。それに、人の涙のなんと厄介なことか。

 ふと、視線に気が付いた。線の細い神経質そうな男が、光る銀ぶち眼鏡の奥から憎々しげに三毛を見ていた。こんな目で睨みつけられる覚えのない三毛は、負けじと三白眼を上目使いに相手を見た。それを見た男は馬鹿にしたように笑い、ロビーの硝子戸を押して出ていった。

 ドアは開いていた。

 松子夫人は木彫りの人形を撫でながら、泣いていた。グスグスと鼻を鳴らす。三毛は松子夫人が横たわるベッドに跳び乗って、壁を向いて丸まった松子夫人の背中に体を向けて座った。

 松子夫人の部屋は、間取りは同じだが、姉妹の部屋とは全く様相を異にしていた。無地のベージュの壁紙に、クリーム色の麻のカーペット。家具類も茶色を基調としていて、至ってシンプルな部屋。寝室の小机に載った松子夫人の細々とした物は、松子夫人の趣味の良さを思わせる。

 だが、初めてこの部屋――二〇四七号室――に入った者は、この部屋の異常な雰囲気にたじろぐだろう。

 部屋じゅうに、無数の動かない人間がいるのである。

 円い広間には、彫像が五体、壁に沿って並んでいる。その他にも、人が歩くスペースも無いほどに、大きな男女の石や木の像が部屋を占領している。壁の奥の硝子の飾り棚には小さな作り物の人間が何十人も並び、木造の棚には陶磁や木や人毛を使って作った本物の人間さながらの人形が数体。これらは松子夫人の寝室にも及ぶ。

 三毛は彼らの視線を一斉に背中に浴びながら、松子夫人に会いに来た。

 初めて部屋に入った時は、彼らのことが怖かった。三毛は彼らに生命があるように思えた。しかし、慣れてしまえば、猫にとって楽しい障害物でしかない。動かないものなどどうってことはない。例え、今でも彼らの息づく音が聞こえていたとしても。

「三毛、ごめんね。今日の私は変ね」

 松子夫人は湿った声で言った。三毛は全くその通りだと思ったが、黙っていた。

「昔のことを思い出したのよ。本を読んでたら、何と無く思い浮かんで」

 三毛は首を傾げた。松子夫人は作り話に自分を重ねて涙を流すまでに感傷に浸るような人間だっただろうか?


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